5.4 名詞の形態操作
5.4.2 接辞
名詞類に付加する接辞は、人称代名詞に付加する複数接辞と、数詞に付加する類別接辞(5.3)と以外は 派生接辞である。本節では名詞類に付加する3つの接辞(複数接辞、指小接辞、場所化接辞)についてそ れぞれ述べる。複数接辞は人称代名詞に付加するか否かで、屈折接辞か派生接辞か異なる。
5.4.2.1 複数接辞
複数接辞は、有生物のうち人間を表す名詞にのみ付加し、複数を表す。複数接辞には-(i)ma、-(n)da、-nzi の3つの形式がある。-(i)maは、語幹末がa, o以外の名詞語幹には-ma、それ以外の語幹には-imaが実
現する。-(n)daは、語幹末がnの名詞には-da、それ以外の語幹には-ndaが実現する。3つの接辞のう
ち、-nziはutama「子ども」にのみ付加する接辞である。
表5.7に、複数接辞の形式と例を挙げる。一般的に、-(i)maは、人称代名詞語幹および親族名称を表す 語彙名詞語幹に付加する傾向がある。-(n)daは、3人称代名詞語幹usita「彼ら」や、指示代名詞uri「あ れ」kuri「これ」、aboa〜abo「母」、ijaa「父」などの一部の親族名称を表す語彙名詞語幹の他、親族名称 以外の人間を表す語彙名詞(例:pïtu「人」、sinsin「先生」など)に付加する傾向がある。
表5.7: 複数接辞の付加例
形式 例 意味
-ima ba-ima 「私達(excl)」
be-ma 「私達(inc)」
da-ima 「あなた達」
ha-ima 「(彼ら)自分達」
pa-ima 「おばあさん達」
buja-ima 「おじいさん達」
abo-ima 「お母さん達」
ija-ima 「お父さん達」
uri-ma 「あれら」
kuri-ma 「これら」
-nda usita-nda 「彼ら」
aboa-nda 「お母さん達」
ija-nda 「お父さん達」
pïtu-nda 「人々」
midumu-nda 「女達」
bidumu-nda 「男達」
uri-nda 「あれら」
kuri-nda 「これら」
sinsin-da 「先生達」
utama-nda 「子ども達」
-nzi utama-nzi 「子ども達」
表5.7を見ると(5-38)に挙げるとおり、aboa「母」、ija「父」、utama「子ども」等には同じ語に異なる 形式の複数接辞が付加される例が見つかっている。
(5-38) a. abo-imavs. aboa-nda「お母さん達」
b. ija-imavs. ija-nda「お父さん達」
c. utama-ndavs. utama-nzi「子ども達」
従って、語によりどの接辞が選択されるか一定の傾向はあるものの、それだけでは決まっていない可能 性が考えられる。-(i)maと-(n)daに関しては人称代名詞や呼称詞(Silverstein (1976)の名詞句階層の上
の方)に-(i)maが付加しやすいということが挙げられる。その他にも、名詞が指し示す対象が話し手に
とって目上かどうかが基準になっている可能性も考えられる。これらについては、下地 (2018)でセマン ティックマップを用い複数接辞の分布を記述したものがあるため、このマップに当てはめ記述できる可能 性が考えられる。そのためには、文脈に注意しながら24 複数形を再調査する必要がある。これに伴い、語
24 呼びかけの文脈なのか否かなど。
彙名詞の下位分類についても改変の可能性がある。今後の課題とする。
人称代名詞を用いる時には、単数か複数か、人数に応じた複数接辞が現れる。例えば、(5-39)は、3人 で会話している際、1人が2人に対して発言したものである。この時、2人称単数daを用いては、どち らか一方に言ったことになり、2人に言ったことにはならない。2人に向けて言う場合には、必ず複数形 が現れる。従って、屈折接辞として扱う。
(5-39) a. da-ima 2nd-pl
meegamenicï 毎日
ngi 行く.cvb
daa 継続.npst
saa.
推量2
「あなたたちは毎日行っているんでしょう。」
b. ∗daa 2nd.sg
meegamenicï 毎日
ngi 行く.cvb
daa 継続.npst
saa.
推量2
1人称代名詞の派生複数形ba-imaおよびbe-maには、聞き手を含むか否かという、包括・除外の違
いがある25 。be-maは、beeのみで包括複数の意味があるため、複数接辞-maは余剰的な要素と言える。
まず以下に包括形bee-maの例文を挙げる。(5-40a)と(5-40b)は、話者同士が共有する経験を話しあう 場面の発話であり、聞き手(=話者)を含む包括形be-maが用いられる。(5-40c)は昔話の中の、仲間へ の呼びかけの発話である。
(5-40) a. e そう
ci=n 付帯2=も
be-ma 1st.pl.inc-pl
nu=n 何=も
s-an-u.
する-neg-npst
「だけど、私達は(その後)何もしない。」
b. be-ma 1st.pl.inc-pl
<ooensite 応援して
kurerusane>.
くれるさね
「私達は応援してあげるよね。」
c. be-ma 1st.pl.inc-pl
pïngir-air-u=ta.
逃げる-pot-npst=引用1
「(今なら)私達は逃げられる、と。」
次に除外形ba-imaの例文を挙げる。以下の例文は、複数の話者が、自分達の経験を筆者に語る談話か らのものである。それぞれの例文で聞き手を含まない除外形が用いられる。
(5-41) a. sjama-ima 兄さん-pl
baar-i 笑う-cvb
ci 付帯2
ba-ima=ga 1st-pl=dat1
e=nu そう=gen
panasï 話
sïk-asï-tar-oo.
聞く-使役-pst-ind2
「兄さんたちは、笑いながら私達にそんな話を聞かせたんだよ。」
b. e そう
si する.cvb
ba=n 条件=も
ba-ima 1st-pl
<cjanto>
ちゃんと sis-i 知る-cvb
da-tar-oo.
継続1-pst-ind2
「それでも、私達はちゃんと知っていたんだよ。」
25 話者の直観によると、包括形beeやbee-maのほうが、baa-imaより親しみを感じるという。
c. ba-ima=n 1st-pl=も
ee=ru そう=foc
sis-i 着る.cvb
ng-j 行く-cvb
a-ta 継続1-pst
tee.
dir.ev1
「私達もそんな風に着て行ったってば。」
表5.1の派生複数形に挙げた形式のうち、1人称単数banuに対応する複数の形式banu-maと2人称 単数danuに対応する複数の形式danu-maが1930年代の資料に報告されている(宮良1980)。しかし、
筆者の調査の限りでは見つかっていない26。
5.4.2.2 指小接辞
有生物を表す名詞に付加し、子どもを表す接辞-(n)tamaが見つかっている。名詞語幹末がnの場合に
は-tama、それ以外には-ntamaが実現する。「〜の子」と訳せるため、これを指小接辞と分析する。例え
ば、otta「カエル」に指小辞を付加する形式otta-ntamaは、カエルの子ども、すなわちおたまじゃくし を意味する。
表5.8: 指小接辞の付加例
形式 例 意味
-ntama pïmiza-ntama 「子ヤギ」
nman-tama 「子馬」
gokka-ntama 「ひよこ」
-ntamaという形式は、属格=nuに名詞utama「子ども」が後続した形式が、文法化したものであると
推測できる。指小接辞に関連する、もっとも頻繁に用いられる「男の子、女の子」を表す形式biduntama
「男の子」、miduntama「女の子」は、bidumu「男」、midumu「女」に指小接辞が付加したものと考え られる。語幹末のmuは削除され、語彙化している27。
5.4.2.3 場所化接辞
名詞に付加し、「〜のあたり」「〜のところ」などと訳せる接辞-ntaが見つかっている。場所化接辞と分 析する。属格助詞=nuに場所を表す形態素28が後置した形式が文法化したものと考えられる。(5-42)およ び(5-43)に例を挙げる。
(5-42) a. e そう
s-utar-a
する-pst-条件1
abo=ja 母さん=top
udurugi, 驚く.cvb
munu もの
sis-j 知る-cvb
ar-u
継続1-npst
pïtu-nta=ga 人-所=dat1 sondan
相談 si する.cvb
ng-ja-ta 乖離-dur-pst
cju.
hs1
26 このことから、banuのnuが、4.5.2でも問題となる主格標識nuとは分析しにくい。理由は、格標識に複数接辞が後続する とは考えられないからである。
27 語幹末のmuのうち、先に母音uが削除され(子音音素間の母音脱落音韻規則(2.5.2)による。)bidum-ntamaになり、鼻 音のmとnが同化し、nが実現しbidu-ntamaに変化したと考えられる。
28ただし、ta単独で場所を表す語例は今のところ見当たらない。
「そうしたらお母さんは驚いて、物知りの人の所に相談しに行ったとさ。」
b. paka-nta=ga 墓-所=dat1
ee=ru そう=foc
or-utar-oo
いらっしゃる-pst-ind2 raa.
dsc1
「(葬式の時は人々が)墓の所にそうやっていらっしゃったよね。」 (5-43) a. kajo-nta
人名-所 a
ある.npst naa?
q
「カヨの所にあるか?」
b. ndi+per-i+suu
出る+入る-se+する.npst
tukuru-nta=ru 所-所=foc
ar-oo.
ある-ind2
「(人が)出入りする所らへんにあるよ。」
ホストとなる名詞は有生無生を問わない(5-42b)。移動を表す動詞ngi「行く」、o(r)「いらっしゃる」
では場所接辞の直後に与格助詞が現れる(5-42)。一方、存在を表す動詞a(r)「ある」が場所接辞に後続す る場合、(普通現れる)位格助詞=naが現れない(5-43)。なぜこのようなことが起こるのかについて、場 所接辞が現れる例文の他、存在動詞と位格助詞の関連についてもさらに調査する必要がある。
第 6 章
動詞形態論
本章では、6.1で動詞の基本的な構造を提示した後、動詞の語幹クラスについて6.2で述べる。次に6.3 では動詞が語としてどのような形式で用いられるか、屈折形式について述べる。動詞にかかる形態操作 は接辞付加がほとんどである。屈折接辞と派生接辞の形式と機能について6.4および6.5で述べ、最後に 6.6で接辞付加以外の形態操作すなわち複合と重複について述べる。