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格標示のアラインメント

ドキュメント内 博士学位論文(東京外国語大学) (ページ 131-153)

4.1 節の基本構造

4.5.2 格標示のアラインメント

まず、波照間方言では、音形をもった別形式の省略とは考えにくい。なぜならS/A/Pおよび時あるい は数量を表す名詞句以外の斜格項には、基本的にはすべて格助詞が付加しているからである17。例えば、

日本語東京方言の「今日学校(に)行ってね、…」という発話では、与格標識「に」は省略することも可 能である。しかし波照間方言では、このような場合必ず向格助詞が付加し、省略することはできない。言 い換えると、音形を持つ標識が付加しないことが直格項を表す標識であると言える18

(4-38) kjuu 今日

gaku=ci 学校=all

ng-i 行く-cvb

joo, dsc2

「今日学校に行ってね、…」

次に、S/A項にしばしば後続しうる助詞を主格標識や対格標識ではないかと疑っても、その可能性は 低い。候補となる代表的な助詞には、焦点助詞=(n)du12.1)および主題助詞=ja12.2)がある。(4-39) に焦点助詞がS項に後続する例を挙げる。

(4-39) supusïn=du 膝=foc

jam-u-n.

痛む-npst-ind1

「膝が痛い。」

焦点助詞と主題助詞は、S/A項にしばしば直接後続する。しかし、これらの助詞は以下の表4.2に示す とおり、分布範囲が広い。S/A項の他、P項、あるいは斜格項にも後続し、焦点助詞にいたっては、述語 にまで後続し得る。従って、これらの助詞が直格項専用の形式(格標識)とは考えられない。(4-40)に焦 点助詞がP項に後続する例を挙げる。

(4-40) pïmiza=ja ヤギ=top

fuca=ndu 草=foc

hoo.

食べる.npst.ind2

「ヤギは草を食べる。」

表4.2: 焦点・主題助詞の分布 直格項 斜格項 動詞述語

焦点助詞 〇 〇 〇

主題助詞 〇 〇

-4.5.2.2 中立型に推移した歴史的背景

一方で、周囲を主格対格型の格組織を持つ方言で囲まれている中、波照間方言が中立型の格組織を持つ ようになったのは、焦点助詞=nduに起因すると考えられる。=nduは、もともと主格助詞nuと焦点助

17言いよどみや言い間違いは含まない。

18 例外が2つある。1つは時間あるいは数量を表す名詞句である。通常、副詞的に機能する時間や数量を表す名詞句には、音 形を持つ標識が付加しない。例えば(4-38)kjuu「今日」は名詞句ではあるが、格標識は後続しない。p. 103(4-15)を参 照されたい。もう1つは場所を表す指示名詞na「そこ」である。例えば、naa a-n(そこ ある-ind「そこにある。」である。

位格助詞1の出自と考えられる。詳しくは8.7.5を参照されたい。

詞duという形式が結合した形であると考えられている (平山1988) 。八重山語の諸方言を見ても、主格 標識がnu、焦点標識がduという形式であることが多い。従って、波照間方言もかつては主格対格型の アラインメントを持ち、主格標識がnu、焦点標識がduであった可能性が大きい。その後、波照間方言 ではこの2つの形式の融合が進み、=nduという1つの形式に変化したと考えられる。さらに=nduが焦 点標識と再解釈された結果、主格標識nuが単独では用いられなくなり、中立型となったと考えるのが妥 当であろう。つまり、主格標識nuと焦点標識duの文法化の段階として、以下の(1)から(3)の段階 が想定できる。

(1) nuduがそれぞれ主格標識と焦点標識として機能し、主格標識が表出する多くの環境では、焦

点標識を伴うnuduという形式で表出する段階

(2) nuduに音韻変化が起こり=nduという形式に変化する段階

(3) =nduが焦点標識として再解釈され、=nduの適用環境が広がる段階

上記3つの段階は、歴史的に同じ祖方言から分かれたと言える八重山語白保方言(1.3.2)を観察した結 果からも支持できる。白保方言では現在、主格標示にのみnduという形式が用いられている(中川奈津子 氏, 2017 p.c.)。これはまさに(2)の段階である。

周辺方言の推測から以外にも、内的再建によって=nuが再建できる。述語にa(r)「ある」o(r)「いらっ しゃる」という存在を意味する動詞が現れる節(presentative construction/存現構文)で、S=nu 標示されることがある(4-41)

(4-41) S=nuで標示される例 a. [jama]=na

山=loc1

斜格

[maagi+ki]=nu 大きい+=nom S

a-tar-oo.

ある-pst-ind2

「山に大きな木がありました。」

b. [<okjakusan>]=nu お客さん=nom S

o=cjara...

いらっしゃる.npst=条件3

述語

「お客さんがいらっしゃったら…」

c. [midumu=ndu 女=foc

S

nar-u なる-npst

munu もの

bidumu=ndu 男=foc

nar-an

なる-neg.npst te 引用2

kutu]=nu こと=nom a

ある.npst

述語

baa?

q

「女ができるものを男ができない、ということがあるか?(いや、ない)」

(4-41)Sを標示する=nuは、主格であると考えられる。ただし、存在や移動を表す動詞のSがすべ

て=nuで現れるわけではない19

19 他動詞文のA=nuで標示されると分析できる例は、1例見つかっている。mee=gara miduntama=nu<zidensja>...

存現構文でのみ、Sの一部が=nuで標示されることについて、焦点助詞の意味機能の広がり方を考慮す ると、以下(a)から(c)の段階を仮説として挙げられる。琉球諸語における焦点助詞の意味機能は、対比 の機能から、他の機能に広がったと考える立場がある(下地2015)

(a) (1)から(3)に挙げた文法化の段階(1)では、対比の機能でのみ主格標識nuと焦点標識duの組み

合わせが用いられていた。

(b) (3)の段階で、焦点標識が対比以外の機能を獲得するまで、存現構文では、相変わらず主格標識nu

のみで用いられていた。

(c) その後、焦点標識が対比以外の機能を獲得し、多くの環境で=nduが用いられるようになったが、

それまで主格標識nuのみで用いられていた存在を表す文(存現文)の一部のSで、その痕跡が 残っている。

このことは、筆者が話者と書き起こしを行う際、話者に談話内で=nuを用いた例文、例えば(4-41a) 聞き返すと、十中八九(4-42)のように=nu=nduと言い換えることからも、支持できる。(4-42)は、自 然談話で得られた例文(4-41)を個別に聞き直したものである。焦点助詞=nduが対比以外の機能を獲得し た現在(すなわち(3)の段階)では、自然談話内で=nuを用いていた箇所を、改めて聞かれると=ndu 言い換えるという現象は至極自然である。

(4-42) jama=na 山=loc1

maagi+ki=ndu 大きい+=gen

a-tar-oo.

ある-pst-ind2

「山に大きな木がありました。」

以上のとおり、波照間方言は歴史的に主格対格型のアラインメントであったが、主格標識と焦点標識の 融合により、中立型のアラインメントへ変化したと考えられる。従って、現在では中立型が圧倒的優位で あるが、任意の主格標識が散発的に現れうる。

4.5.3 談話内における直格項の表出環境

波照間方言の談話を観察すると、多くの項は表出しない。実際に、直格項のうちS/A項はほぼ表出し ない。表出する環境は(1)焦点が当たっている場合、(2)指示転換が起こる場合、そして(3)その他に 分類できる。本節では2つの談話を観察しながら、直格項が表出する環境について述べる。

4.5.3.1 談話内における直格項の表出の有無とその形式

次の談話を用い、直格項(S/A/P)が表出するかしないか、表出するとしたらどのような形式であるか をまとめた。

nubur-i kuta sïka...(前=abl女の子=nom自転車 乗る-cvb接近.pst逆接)「前から女の子が、自転車(に)乗ってきたけ ど…」本例は、接近するという点で、Aではなく、Sとも考えられる。さらに、<zidensja>「自転車」の後に不明瞭な個所が あり、即座にAとは判断しかねる。この他の例文において、A=nuで標示される例がないかさらに調査する必要がある。

=nuSを標示するという点で、南琉球与那国語の古いデータ(Shimoji 2014)にも、同様の傾向、すなわち存現構文でS

=nuが後続するという傾向がみられる。ただし、与那国語の当時のアラインメントは活格不活格型(注14)であり、A/S 標識として=nga=nuがあると考えられているため、状況は異なる。

• 3分半程度の自由会話、合計72

• 3分半程度の昔話(独話)、合計47

まず、S項についての集計結果を表4.3に挙げる。表中の小計には、助詞の有無、種類によらず項が表 出する場合の合計を記載した。∅には、形式として表出しない場合の数字を挙げた。表出する項の合計数 と表出しない項の数を記したセルを灰色で示す。「が」は、日本語の主格助詞である。それ以外の助詞に ついて、焦点助詞は12.1、主題助詞は12.2、主格助詞については4.5.2.2、累加助詞については12.3.1、条 件助詞については11.3.2.1をそれぞれ参照されたい。自由会話では、計70節のうち自動詞節は54節あ り、表出したS項は22個、表出しないS項は32個であった。およそ半分のS項が表出しない。昔話に 関しても、同様の傾向がみられた。47節のうち自動詞節は28節あり、表出したS項と表出しないS項は どちらも同じ14個であった20。なお、実際に分析に使用したテキストは巻末の付録Bに収めた。

表4.3: S項の表出の頻度と形式 自由会話 昔話

助詞なし 5 2

焦点助詞 6 7

主題助詞 4 5

主格助詞 1 0

累加助詞 3 0

条件助詞 1 0

「が」 2 0

小計 22 14

∅ 32 14

自動詞節合計 54 28

表4.4に、自由会話のA/P項についての集計結果を挙げる。表中の小計には、助詞の有無、種類によ らず項が表出する場合の合計を記載した。縦軸がA項に関する集計、横軸がP項に関する集計である。

∅には、形式として表出しない場合の数字を挙げた。「を」は、日本語の対格助詞である。

自由会話の他動詞節は16節あった。灰色で示すセルは、A項とP項について、表出する項の合計数と 表出しない項の数が記されている。すなわち、いずれの項も表出する節は7つ、A項が表出せず、P項の み表出する節も7つ、いずれの項も表出しない節は2つ、A項のみが表出し、P項が表出しない節は0 ある。母数が少ないためはっきりとは言えないが、多くのP項が表出することが見て取れる。

20 自由会話も3分半であるが、昔話と自由会話の話のスピードは全く異なる。そのため、合計の節数にも違いが出ている。

表4.4: A/P項の表出の頻度と形式(自由会話)

Pなし P焦点 P主題 P並列 P「を」 小計 P∅

A助詞なし 2 0 0 1 0 3 0

A焦点助詞 0 0 0 0 0 0 0

A主題助詞 2 0 0 1 0 3 0

A主格助詞 0 0 0 0 0 0 0

A累加助詞 0 0 0 0 0 0 0

A条件助詞 1 0 0 0 0 1 0

小計 5 0 0 2 0 7 0

A∅ 4 0 1 0 2 7 2

他動詞節合計 16

表4.5に、昔話のA/P項についての集計結果を挙げる。昔話の他動詞節は19節あった。直前に挙げた 表4.4と、表の見方は同じである。従って、いずれの項も表出する節は2つ、A項が表出せず、P項のみ 表出する節は10、いずれの項も表出しない節は6つ、A項のみが表出し、P項が表出しない節は1つで ある21。多くのP項が表出する傾向は、先に見た自由会話からだけではなく、昔話でも見られた。

表4.5: A/P項の表出の頻度と形式(昔話)

Pなし P焦点 P主題 P累加 P「を」 小計 P∅

A助詞なし 0 0 0 0 0 0 0

A焦点助詞 0 0 0 0 0 0 0

A主題助詞 0 0 0 0 2 2 1

A主格助詞 0 0 0 0 0 0 0

A累加助詞 0 0 0 0 0 0 0

A接続助詞 0 0 0 0 0 0 0

小計 0 0 0 0 2 2 1

A∅ 6 1 0 0 3 10 6

他動詞節合計 19

自由会話と昔話で項が表出している環境を観察すると、多くは指示対象が予測不可能な場面で表出して いると分析できる。指示対象が予測不可能な場面とは、(1)指示対象が新しい情報である場合や、際立た

21A項のみが表出し、P項が表出しない節の例は、続く節でP項が表出する形で言い換えられている。従って、A項が表出し P項が表出しない例は、基本的には現れないと言える。付録B.2(B2-15)および(B2-16)を参照のこと。

ドキュメント内 博士学位論文(東京外国語大学) (ページ 131-153)