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アクセント

ドキュメント内 博士学位論文(東京外国語大学) (ページ 70-86)

それぞれの弁別特徴は、次の3つである。各アクセント記号をアクセント単位末に付す。

• 下降型:アクセント単位末尾に向けて下降する。/Ď£/で表記。

• 平進型:下降も上昇もしない。/Ă

£/で表記。

• 上昇型:アクセント単位末尾に向けて上昇する。/Ĺ£/で表記。

3つのアクセント型のピッチパターンを模式化したものを、図2.2から図2.4に挙げる。実線が弁別的 なピッチパターンを示す。点線は、必須ではない余剰的なピッチパターンを示す。平進型では、アクセン ト単位初頭で上昇のピッチ変動が、上昇型では、アクセント単位初頭で下降のピッチ変動が任意で実現す る。なお、長母音を含む音節内にピッチの変動がない場合、母音が短母音化する現象が多く見られる。

図2.2: 下降型アクセント 2.3: 平進型アクセント 2.4:上昇型アクセント

図に示す通り、アクセント単位の長さが変わってもアクセント型の対立が一定であり、上昇あるいは下 降の位置、すなわちどの音節あるいはモーラでピッチが変動するかは、非弁別的である。そのため、N アクセント(上野1977, 2012)でかつ語声調(早田1977, 1999)の言語であると言える30

表2.7に、これまでに見つかっているミニマルトリプレット31 およびミニマルペアを示す。ハイフン

(-)は該当するアクセント型の例が見つかっていないことを表す。下降型と平進型のミニマルペアが最も 多い。一方、平進型と上昇型の上昇型のミニマルペアは1例のみである。さらに、平進型と上昇型に所属 するアクセント単位の語頭の分節音には、偏りが見られる。平進型と上昇型に所属するアクセント単位に 見られる語頭の分節音の偏りについては、2.3.6で詳しく述べる。

30N型アクセントとは、アクセント単位の長さに関わらず、アクセント型の対立が一定数であるアクセント体系を指す。語声 調とは、アクセント単位全体に音調が与えられるアクセント体系を指す。従って、語声調は各音節に弁別的な音調が与えられ る一般的な声調(中国語など)とは異なる。語声調はまた、(狭義の)ピッチアクセント(日本語東京方言など)とも異なる。

なぜなら語声調は、特定の音節あるいはモーラに一貫してピッチが付与されるわけではなく、アクセント単位全体でその音調 が実現する体系を指すからである。

31 麻生・小川 (2016)では、/sisjanĎ£/「知っている」/sisjanĂ

£/「切った」/sisjanĹ£/「着た」をミニマルトリプレットとして 提示しているが、分節音に/sisjan/を含むミニマルトリプレットは、2つのアクセント単位から成ると分析する。/sisjanĎ£/

「知っている」は、/sis-j a-n/と分析でき、下降型アクセントを持つ継続補助動詞1の影響によって下降ピッチパターン が、/sisjanĂ

£/「切った」と/sisjanĹ£/「着た」は、上昇型アクセントを持つ近接過去接辞-jaの影響によってそれぞれ平進ピッ チパターンと上昇ピッチパターンが、それぞれ実現している可能性が高い。詳しくは、6.4.3および9.2.1を参照されたい。

表2.7: ミニマルトリプレット・ミニマルペア

音素配列 下降型 平進型 上昇型

/zïï/ /zïïĎ£/「血」 /zïïĂ

£/「乳」 /zïïĹ£/「地」

/pii/ /piiĎ£/「女性器」 /piiĂ

£/「火」

-/pïn/ /pïnĎ£/「日」 /pïnĂ

£/「屁」

-/pana/ /panaĎ£/「鼻」 /panaĂ

£/「花」

-/kii/ /kiiĎ£/「毛」 /kiiĂ

£/「木」

-/kee/ /keeĎ£/「井戸」 /keeĂ

£/「卵」

-/kacï/ /kacïĎ£/「風」 /kacïĂ

£/「うに」

-/faa/ /faaĎ£/「鞍」 /faaĂ

£/「蔵」

-/simi/ /simiĎ£/「爪」 /simiĂ

£/「包む」

-/sumu/ /sumuĎ£/「下」 /sumuĂ

£/「肝」

-/sunu/ /sunuĎ£/「昨日」 /sunuĂ

£/「着物」

-/usï/ /usïĎ£/「牛」 /usïĂ

£/「臼」

-/zïn/ /zïnĎ£/「膳」 - /zïnĹ£/「金」

/mee/ /meeĎ£/「米」 - /meeĹ£/「前」

/nan/ /nanĎ£/「名前」 - /nanĹ£/「波」

/juu/ /juuĎ£/「魚」 - /juuĹ£/「湯」

/mun/ - /munĂ

£/「思う」 /munĹ£/「麦」

表2.7の内、/zïï/を含む3つのアクセント単位の音声波形・F0曲線・スペクトログラムを図2.5から

図2.7に示す。録音は、インフォーマントに単独で発音してもらう形式で行った。なお、音響分析には

Praatver. 5.4.21)を用いた。図2.5は下降型の例である。高く始まったピッチが、アクセント単位末に

向かって下降している。図2.6は平進型の例である。ピッチは早めに上昇し、そのままの高さをアクセン ト単位末まで保つ。末尾に向かって上昇も下降もしない。図2.7は上昇型の例である。低く始まったピッ チが、アクセント単位末に向かって上昇している。

3LWFK+]

7LPHVHF

図2.5: /zïïĎ£/「血」

3LWFK+]

7LPHVHF

図2.6: /zïïĂ

£/「乳」

3LWFK+]

7LPHVHF

図2.7: /zïïĹ£/「土・地面」

本節では、まず、名詞と動詞のそれぞれの各アクセント型について2.3.1から2.3.3で詳しく述べる。複 合語および属性動詞(6.1)のアクセントは、これから述べる名詞・動詞のアクセントとは少し異なるた

め、2.3.4で分けて記述する。次に2.3.5で、先行研究と本論文の立場の違いを述べる。最後に2.3.6で、

アクセント体系の歴史的な変化について述べる。

2.3.1 下降型

下降型アクセントは、ピッチ下降があることが弁別的特徴である。この型に属するアクセント単位の基 本的なピッチパターンは、高ピッチから始まり、末尾に向けて徐々に下降するものである。一方で、ア クセント単位初頭に無声母音が実現する2音節2モーラ語の場合(例えば/pana/[ph˚5˚n5]「鼻」など)、

残りの音節でピッチパターンを担う必要がある。従って、基本的なピッチパターンとは異なるパターン が観察される。例えば(2-106)/pani/では、1/ni/すなわち2音節目で急激に下降するパターンと、

(2/ni/のみ低いピッチで実現するパターンが観察される。いずれにせよ、弁別特徴としてピッチ下降が 観察されるため下降型である。

名詞は、類別語彙(金田一1974)12類(12拍名詞)が32、あるいは系列別語彙(松森2010, 十嵐他2012など)のA系列の語の多くが、この型に属する33 。動詞は、類別語彙で主に1類の動詞が 属する。

(2-106) /pooĎ£/

/kiiĎ£/

/faaĎ£/

/pucïĎ£/ へそ

/kacïĎ£/

/musïĎ£/

/paniĎ£/

/takabuĎ£/ 煙草 /kipusïĎ£/ /sukaraĎ£/ /supusïnĎ£/ ひざ

(2-107) /konĎ£/ 買う

/jagunĎ£/ 焼く

/nagunĎ£/ 泣く

/birunĎ£/ 座る

/bassinĎ£/ 忘れる

下降型のピッチパターンを担うために長母音化規則が適用される場合がある(2.5.1(C)Nから成る語 を単独で発話する場合には初頭音節が必ず長母音化する(例:/kiiĎ£/「毛」。他の形態素が後続し、1つの アクセント単位を成す場合には初頭音節は長母音化する場合とそのままの場合とがある(例:/kii=nduĎ£/

〜/ki=nduĎ£/「毛が」)。

2.3.2 平進型

平進型アクセントは、ピッチが大きく上昇も下降もしないことが弁別的特徴である。この型に属するア クセント単位のピッチは、高く始まり、その後大きなピッチ変動がない。任意で若干低めのピッチから始 まることがある。任意で生じる若干低めのピッチは、実現するとしたら1音節目である。従って、アクセ

32 類別語彙とは、本土諸方言間でアクセント対応が明らかな語群のことである。現代の日本の本土諸方言と文献資料(とりわ け、平安末期の漢和辞典である『類聚名義抄』の声点表示)における単語アクセントの対応に基づいて祖体系に建てられるア クセントの対立グループを「類」と呼び、その所属語彙(その対応を実現している単語)が「類別語彙」である(上野2006)

33 系列別語彙とは、琉球諸語の複数の方言におけるアクセント対応が明らかな語群のことである。本土方言における類別語彙 の琉球諸語版である。祖方言に三型アクセント体系を設定し、それぞれのアクセント型に所属する語彙をA系列(語群)、B 系列(語群)、C系列(語群)と呼ぶ。各方言によって、各系列の音調パターンや、系列の合流・分岐の仕方は異なる。詳し くは、松森 (2010) ,五十嵐他 (2012)を参照されたい。

ント単位初頭に無声化した母音が実現する場合には、観察されない34。名詞については、類別語彙の3 45類(12拍名詞)、系列別語彙のB系列およびC系列の語がこの型に属する。動詞については、類 別語彙で主に2類の動詞がこの型に属する。以下、(2-108)に名詞、(2-109)に動詞の例を挙げる。無声子 音音素あるいは母音音素で始まる語が多い。

(2-108) /kiĂ

£/

/amiĂ

£/

/imiĂ

£/

/iruĂ

£/

/fucaĂ

£/

/patonĂ

£/

/katanaĂ

£/ 包丁

/fuciriĂ

£/

/kanganĂ

£/

/amasukuruĂ

£/ (2-109) /kunĂ

£/ 来る

/munĂ

£/ 思う

/utinĂ

£/ 落ちる

/perunĂ

£/ 入る

/hakunĂ

£/ 書く

平進型は、ピッチパターン実現のために最低1モーラあれば問題ないと言える。しかし、長母音化規則 が適用される場合がある(2.5.1)。例えば「木」を意味する語は、単独の発話でも/kiĎ£//kiiĎ£/が共に 観察される。

2.3.3 上昇型

上昇型アクセントは、アクセント単位末尾に向かってピッチ上昇することが弁別的な特徴である。この 型に属するアクセント単位の初頭は低ピッチから始まり、多くは末音節あるいは末モーラのみ高ピッチで 実現する35

名詞については、類別語彙の345類(12拍名詞)、系列別語彙のB系列およびC系列の語がこの 型に属する。所属する語の類と系列は、平進型と同様である。動詞については、類別語彙で主に2類の動 詞が属する。以下、(2-110)に名詞、(2-111)に動詞の例を挙げる。有声子音で始まる語が多い。

(2-110) /hiiĹ£/

/ninĹ£/

34平進型に属するアクセント単位は、基本的に初頭が無声子音あるいは母音である。任意で生じる若干低めのピッチは、主に初 頭が母音のアクセント単位で観察される。これまでに見つかっている初頭が有声子音のアクセント単位は/zïï/「乳」のみで ある。

35 初頭から末尾にかけての漸次上昇の場合もある。

/junĹ£/

/zïnĹ£/ お金

/battaĹ£/ お腹

/misjuĹ£/ 味噌

/deguniĹ£/ 大根 /garasïĹ£/ カラス

(2-111) /nunĹ£/ 縫う

/mirunĹ£/ 見る

/niirunĹ£/ 握る

/jumunĹ£/ 読む

上昇型の一部のアクセント単位は、初頭でピッチが下降し、末尾に向けて再び上昇するというピッチパ ターンを示すことがある。初頭の分節音が鼻音である場合が多いが、初頭のピッチ下降と相関性があるの かは不明である。このようなピッチパターンが実現するアクセント単位には、/maasu/「塩」/nanda/

「涙」、/maami/「豆」/minan/「貝」/misikurumin/「耳」/naubi/「あくび」/mimizï/「ミミ

ズ」、/gucimin//gucirumin/「脇」などの語がある。松森 (2015)は、初頭で下降してから上昇する

というピッチパターンを当該アクセント型(本論文でいう上昇型)の重要な特徴として「下降上昇型」と 呼んでいる。しかし、本論文では末尾に向けての上昇が唯一弁別的であり、初頭の下降は音韻的にはあく までも任意であり、非弁別的であると考える。その根拠として、/maasu/「塩」や、/nanda/「涙」と いった名詞は、高ピッチで始まる発音が多いものの、同じ環境で低ピッチで始まる発音も観察されること が挙げられる36。図2.8および図2.9に上昇型のアクセントを持つ/minan/「貝」の音声波形・F0曲線・

スペクトログラムを示す。図2.8はアクセント単位初頭に下降がないパターンのものである。低ピッチか ら始まり、末尾にかけ上昇している。図2.9はアクセント単位初頭に下降があるパターンのものである。

比較的高いピッチから始まり、/na/に向かって下降し、最後の/n/で上昇している。

36名詞を単独で発話した場合でのみ調査している。名詞単独ではない場合のピッチパターンについて、どちらのピッチパター ンが多いかについては未調査である。

ドキュメント内 博士学位論文(東京外国語大学) (ページ 70-86)