第 6 章
動詞形態論
本章では、6.1で動詞の基本的な構造を提示した後、動詞の語幹クラスについて6.2で述べる。次に6.3 では動詞が語としてどのような形式で用いられるか、屈折形式について述べる。動詞にかかる形態操作 は接辞付加がほとんどである。屈折接辞と派生接辞の形式と機能について6.4および6.5で述べ、最後に 6.6で接辞付加以外の形態操作すなわち複合と重複について述べる。
6.1.1 一般動詞
一般動詞のうち、文を終止できる動詞の構造を(6-1)に挙げる。波括弧内に挙げた接辞同士は共起しな いことを意味する。さらに、否定接辞に後続する波括弧内の、2つの角括弧で示したAの接辞群とBの接 辞群も互いに共起しないことを意味する。例えば、同じA群の接辞でも非過去接辞と確信法接辞は、別 の波括弧の接辞同士なので共起しうるが、同一波括弧内の確信法接辞1と2、あるいはA群の非過去接辞 とB群の命令法接辞は共起しえない。近接過去接辞は、確信法接辞1と共起する例のみが確認されてい るため、ここでは丸括弧で示した。
動詞の形態操作のほとんどが接辞の付加である。複合動詞の場合、語根に動詞拡張接辞が付加し、さら に語根が後続する。
(6-1) 一般動詞の基本構造
語根−使役接辞
−受身接辞
−可能接辞
−否定接辞
A
−非過去接辞
−過去接辞
(−近接過去接辞)
−確信法接辞1
−確信法接辞2
B
−命令法接辞
−意志法接辞
−禁止法接辞
6.1.2 属性動詞
6.1.2.1 構造
次に属性動詞の基本構造を(6-2)に挙げる。
(6-2) 属性動詞の基本構造
ha/sjahaを含む複合的な語幹−使役接辞−否定接辞
−過去接辞
−非過去接辞
−確信法接辞1
−確信法接辞2
属性動詞については、注意されたい点が2つある。1つ目は、属性動詞は従来、形容詞と分析されてき た形式であるが、語尾を観察した結果、本論文では動詞として分類するという点である。2つ目は、動詞 として分類するものの、属性動詞語幹にはアクセント単位が2つ観察されるという点である。
まず1つ目について述べる。動詞として分析する理由は、属性動詞が存在動詞a(r)と全く同じ動詞形 態論的特徴を有するからである。属性動詞語幹内のha/sjahaに先行する部分はShimoji (2008)の言う PC語根(Property Concept Root)と呼べる。ha/sjahaの由来については、明確ではないものの、ha は、存在動詞a(r)「ある」と全く同じ動詞形態論的特徴を有することから存在動詞を由来としている可能 性が高い。sjahaのsjaについては、近隣の言語との接触(6.1.2.2)以外にも、動詞s「する」の中止形s-j
「して」と継続を表す補助動詞a(r)「〜している」からなる補助動詞構文であった可能性も考えられる1。
1 一部のsja属性動詞では、si〜sjまでを語幹と分析できることがある。例えばoosja(ha)「青い」には、oos-i「青く」、keesjaha
本論文では、PC語根にhaが後続する属性動詞をha属性動詞、sjahaが後続する属性動詞をsja属性動 詞と呼ぶ。sja属性動詞の語幹末haは、現れる場合と現れない場合がある2。
次に、2つ目について述べる。歴史的に名詞と存在動詞が組み合わさった形式を由来とする名残から、
属性動詞語幹にはアクセント単位が2つ観察される(2.3.4.2)3。
しかし、自立語が2つ並ぶ「句」と呼べるほど自由ではない。現代では句全体が化石化しているため、
分析の際に1語なのか句なのか決め難いという背景がある。筆者は属性動詞語幹について、動詞に準ずる 複合的な語幹として分析し、属性動詞語幹と呼ぶ。その根拠は(1)形式末尾が動詞の屈折形式をとるこ とと(2)内部構造が密接であるためである。動詞語幹そのもの、すなわち1語として分析しない理由は、
アクセントの例外として考えるには、これまでのアクセントの例外(特定の複合名詞の数例や、由来があ る程度明確な接辞と分析できるもの)とは異なる性質を持つからである。属性動詞の内部要素はパターン を成している。従って、アクセントの例外とは分析しがたい。
6.1.2.2 属性動詞の歴史的特徴
ha属性動詞とsja属性動詞の成立の過程についてはかりまた (2009)を参照されたい。かりまた (2009) は、波照間方言と八重山語石垣白保方言(1.3.2)の属性動詞4 を60語程度比較した。その結果、もとも とha属性動詞のみ存在していたが、近隣の言語と接触することでそれ以外の語幹形式が生まれたと結論 付けた。従って、属性動詞の中ではha属性動詞がもともとあった形式で、sja属性動詞はha属性動詞 が成立した後、属性動詞に組み込まれたと言える。なお、かりまた (2009)は属性動詞の語幹末にsaha,
sjaha, sja, saを認めている。このうち、筆者の調査ではsaのみで現れる語彙は見つかっていない。ただ
し、(1)語幹末がsahaの場合に、haが脱落する例と、(2)sjahaの場合にさらにsaが後続する例が見 つかっている。前者の例は2つ見つかっている。wassaha「悪い」とbusaha「大きい」に関してwassa
「悪い」、busa「多く」である。
(6-3) wassaha-n.
悪い.npst-ind1
「悪い。」 (6-4) wassa
悪い
kutu こと
ar-an-u.
cop-neg-npst
「(何も)悪いことはない。」
busa「多く」は副詞として機能する。sjahaの後ろにsaが後続する例は複合語の後部要素としてのみ 用いられる前望を意味するgisjahaである(6.6.1)。
「きれい」には、kees-i「きれいに」という形式(6.3.2.4)が見つかっている。例)ina=jaoos-izinto=ja takaha-n.(海=top 青い-cvb空=top高い-ind1)「海は青く、空は高い。」kees-ifuk-i sita...(きれい-cvb拭く-cvb=継起)「きれいに拭いて…」
2基本的には自由変異である。否定接辞が付加するときのみ必ずhaが現れる。
3 名嘉真 (1992)は、琉球諸語の属性を表す語に「名詞と存在動詞(ある)」(サアリ型)、「動詞の連用形と存在動詞(ある)」
(クアリ型)という成り立ちを想定し、琉球諸語における分布を調査した。名嘉真 (1992)によると、波照間方言のha属性動 詞は、サアリ型だという。しかし近年、クアリ型と分析する見方もある(かりまた2009)。
4 かりまた (2009)では「形容詞」と呼んでいる。
(6-5) ami=ndu 雨=foc
fi+gisja-sar-oo.
降る+前望.npst-?-ind2
「雨が降りそうだ。」
日本語古典文法に認められる形容詞には、ク活用・シク活用があり、かつては意味によって所属する語 彙が分かれていた(山本1955)。琉球諸語の属性を表す動詞語幹が「名詞と存在動詞(ある)」(サアリ型)
を由来とする場合、ク活用・シク活用の別があると言われている。上村 (1961)を見ると、北琉球沖縄語 首里方言はサアリ型で、2種類の活用(sa活用、sja活用)がそれぞれク活用、シク活用に対応している。
しかし、波照間方言の属性動詞語幹は上記で述べた通り、接触により複数の語幹形式が生じたとされてい ることからク活用・シク活用の別はない(かりまた2009)。例えば、Dixon (1982) の示す形容詞の意味 特徴のうち、大きさ(dimension)に関する語に、busaha「大きい・多い」とbebisja「小さい・少ない」
がある。前者はha属性動詞に、後者はsja属性動詞に分類される。さらに、活用の違いであれば、語幹 内のhaやsjaより前の音形がhaとsjaのいずれの場合にも現れることが考えられるが、これまでに色
(color)に関する語に1例(agaha/agasja「赤い」)見つかっているのみである。
属性動詞を形容詞として独立させることで、日本語あるいは他の琉球諸方言との比較研究が容易に行え るという利点はあるが、波照間方言に関して言えば、繰り返しになるが、属性動詞と一般動詞、特に存在 を表す動詞a(r)「ある」と全く同じ形態論的特徴を有する。a(r)「ある」以外の一般動詞とは、軽動詞構 文での分布が若干異なる程度である。属性動詞語幹末に同じ音形(haやsja)が共通して見られるという 形態的特徴や、若干の分布の違いがあるため、別のカテゴリーとして認めることも可能ではあるが、本論 文ではこれらを軽微な違いと捉え、現代では動詞とは別に形容詞という品詞を設けることはせず、動詞の 一部として扱う。