(6-5) ami=ndu 雨=foc
fi+gisja-sar-oo.
降る+前望.npst-?-ind2
「雨が降りそうだ。」
日本語古典文法に認められる形容詞には、ク活用・シク活用があり、かつては意味によって所属する語 彙が分かれていた(山本1955)。琉球諸語の属性を表す動詞語幹が「名詞と存在動詞(ある)」(サアリ型)
を由来とする場合、ク活用・シク活用の別があると言われている。上村 (1961)を見ると、北琉球沖縄語 首里方言はサアリ型で、2種類の活用(sa活用、sja活用)がそれぞれク活用、シク活用に対応している。
しかし、波照間方言の属性動詞語幹は上記で述べた通り、接触により複数の語幹形式が生じたとされてい ることからク活用・シク活用の別はない(かりまた2009)。例えば、Dixon (1982) の示す形容詞の意味 特徴のうち、大きさ(dimension)に関する語に、busaha「大きい・多い」とbebisja「小さい・少ない」
がある。前者はha属性動詞に、後者はsja属性動詞に分類される。さらに、活用の違いであれば、語幹 内のhaやsjaより前の音形がhaとsjaのいずれの場合にも現れることが考えられるが、これまでに色
(color)に関する語に1例(agaha/agasja「赤い」)見つかっているのみである。
属性動詞を形容詞として独立させることで、日本語あるいは他の琉球諸方言との比較研究が容易に行え るという利点はあるが、波照間方言に関して言えば、繰り返しになるが、属性動詞と一般動詞、特に存在 を表す動詞a(r)「ある」と全く同じ形態論的特徴を有する。a(r)「ある」以外の一般動詞とは、軽動詞構 文での分布が若干異なる程度である。属性動詞語幹末に同じ音形(haやsja)が共通して見られるという 形態的特徴や、若干の分布の違いがあるため、別のカテゴリーとして認めることも可能ではあるが、本論 文ではこれらを軽微な違いと捉え、現代では動詞とは別に形容詞という品詞を設けることはせず、動詞の 一部として扱う。
表6.2:語幹クラス
異形態
語幹 意味 交替語幹 非過去接辞 中止接辞 クラス1 jum 「読む」 - -u -i
hak 「書く」
-ng 「行く」
-クラス2 arah 「洗う」 aras(ï) -∅ -e
nah 「産む」 nas(ï)
marah 「死ぬ」 maras(ï)
クラス3 iri(r) 「入れる」 ir -∅/-u -a
ndi(r) 「出る」 nd
uti(r) 「落ちる」 ut
クラス4 agaha(r) 「赤い」 - -∅/-u -i
takaha(r) 「高い」
-maroha(r) 「低い」
-クラス2の交替語幹は、非過去接辞、過去接辞、あるいは禁止法接辞のいずれかを語幹の直後に付加す る場合に必ず現れる。例えば、arasï-∅(洗う-npst)「洗う」、arasï-ta(洗う-pst)「洗った」、arasï-na
(洗う-proh)「洗うな」である。クラス2の交替語幹末のïは、確信法2接辞-ooが直接後続する際、母 音同士が融合し現れないため括弧に入れた。クラス3, 4の語幹末に示す括弧内のrは、現れる場合と現れ ない場合がある。
クラス3の語幹末のrは、(1)非過去接辞として-uが付加する場合、5 (2)非過去接辞に確信法2接 辞-ooが付加するする場合、(3)命令法接辞が付加する場合の、3つの環境で現れる。クラス4の語幹末 のrは、(1)非過去接辞に確信法接辞-ooが後続する場合と、(2)中止接辞が後続する場合の2つの環境 で現れる。クラス3の交替語幹は、中止接辞-aが後続する場合に用いられる。
クラス2, 3, 4に付加する非過去接辞は環境によって音形を持たない。音形を持たない接辞は、活用表
以外の例文等では必要がない限り基本的に示さない。
語幹に派生接辞が付加し語幹をさらに拡張する場合、交替語幹とは認めないが、見た目には交替語幹と 同じような接辞の異形態が現れる。例えば、(6-6)に挙げるクラス1の語幹に使役接辞を付加する場合、
使役接辞には、異形態として-ahや-asïなどといった形が現れる。これは、クラス2の基本語幹と交替語 幹の形式(例:arah/arasï「洗う」)と並行的に考えられる(6-7)。使役接辞はクラス2語幹形成接辞とも 言える6。
5 iri-∅(入れる-npst)とirir-u(入れる-npst)はどちらも「入れる」という意味である。意味的に2つに違いは見出せない。
6派生接辞(例えば使役接辞など)を付加した語幹は、そうではない語幹と比べると多少異なる点が観察される。このような微 細な違いは、別語幹と呼ぶ程の違いではないと考えられるため、既存の語幹クラスに分類し記述する。
(6-6) jum-uta-n 読む-pst-ind1
「読んだ」
(6-7) a. jum-ah-e 読む-使役-cvb
「読ませて…」
b. jum-asï-ta-n 読む-使役-pst-ind1
「読ませた」
6.2.2 不規則動詞語幹
規則的な語幹クラスの他に、不規則動詞語幹がいくつか見つかっている。表6.3に、これまでの調査で 見つかった不規則動詞語幹の一覧を挙げる。
表6.3: 不規則動詞語幹の一覧
どの語幹クラスと同じ異形態を用いるか
語幹 意味 交替語幹 非過去接辞 中止接辞
k 「来る」 1 1
s 「する」 1 1
en 「言う」 1 1
mu 「思う」 2 1
nu 「縫う」 2 1
h 「食べる」 ho 2 2
k 「買う」 ko 2 2
sik〜sïk 「使う」 sïko 2 2
mi(r) 「見る」 3 1
o(r) 「いらっしゃる」 3 1
bu(r) 「いる」 3 1
hi(r) 「あげる」 h 3 1
a(r) 「ある」 3 1
nen 「ない」 3 3
ja(r) コピュラ動詞 3 1
不規則動詞語幹のうち、mu「思う」、nu「縫う」が同じ振る舞いを、h「食べる」、k「買う」、sik〜sïk
「使う」が同じ振る舞いを見せるが、メンバーが少ないため、1つの活用クラスとは認めなかった 。この
5つの動詞に関しては、動詞の形態音韻規則を設け、クラス1の動詞語幹に分類することも可能である。
例えば「食べる」を意味する動詞語幹をhではなくhaとし、形態素境界にa-iの連続があった場合に母 音が融合し、eが実現するという規則を立てれば、ha-i(食べる-cvb)→he「食べて」を導くことが可能 である。muも同様に、形態素境界にu-uの連続があった場合に母音が融合し、uが実現するという規則 を立てれば、規則を立てれば、mu-uta(思う-pst)→muta「思った」を導くことが可能である。本論文 では、音韻規則の数を増やすより、不規則動詞語幹を増やす記述方法を選択した。その理由は、それぞれ 3つ(h「食べる」、k「買う」、sik〜sïk「使う」)、と2つ(mu「思う」、nu「縫う」)の語幹しか見つかっ ていないからである。今後このような動詞語幹が増えれば、音韻規則を立て、クラス1の動詞語幹に分類 することも考えられる。
不規則といえども、これらの動詞語幹は全く不規則な振る舞いをするわけではなく、部分的に規則的な 活用クラスの特徴を持つ。p. 147の表6.2に挙げた非過去接辞、否定接辞、中止接辞が、不規則動詞語幹 でどのように現れるかも合わせて示す。当該セルにはクラス番号を記した7。例えば、h「食べる」、k「買 う」、sik〜sïk「使う」は、基本的にクラス2と同様の活用の振る舞いを見せる。異なる点は、交替語幹の 形式である。mi(r)「見る」、o(r)「いらっしゃる」など、語幹末にrが現れる語幹はクラス3に似ている が、一部でクラス1と同じ活用をする。s「する」とen「言う」は、ほとんどクラス1と同じ活用をする が、前者は母音音素の挿入の音韻規則が適用されることがあるため、後者は語幹末音nに後続する母音が 削除されることがあるため、不規則動詞語幹とした。
詳しい形式については、巻末の付録A「不規則動詞の活用表」を参照されたい。不規則動詞語幹のグロ スの振り方について、他の活用クラスと同様の接辞異形態が現れる場合にのみ、形態素分析をしてグロス を振る。
6.2.3 語幹クラスに関する先行研究
波照間方言の動詞活用クラスについては、大きく語幹末音による分類(平山他 1967,杉村 2003)と後続 する接辞の形式による分類(加治工1998,麻生2009)を取る立場がある。前者は語幹の末音が子音か母音 かという基準に重きを置き、まず子音と母音に二分する方法であるが、内部でさらに子音音素による分類 が行われ、結果的にクラスの細分化8が行われている。一方、後者の分類方法は、語幹にどの接辞の異形 態を付加するかによって分類する方法である。それにより、加治工 (1998)では6つ、麻生 (2009)では 5つのクラスを設けている。
本論文では、後者の立場から動詞語幹について分類を行い、メンバーが少ないクラスについては不規則 動詞として扱った。しかし、結果的に前者の観点も網羅しているとも言える。子音語幹に2種類(語幹末 がh/sïか、それ以外か)、母音語幹に2種類(語幹末がiか、aか)認めている。しかし、その内容は単 に語幹末の分節音ではなく、後続する接辞の異形態や交替語幹の現れ方を検討した結果によって導かれた ものである。
7 クラス4の語幹は複合的な語幹であるので、どの語幹クラスと同じ異形態を用いるか考慮する対象から外した。「ある」を意 味するa(r)には、否定接辞は付加しない。しかし、他はクラス4とおなじである。
8平山他 (1967)では子音クラスで10、母音クラスで4つ。この中に本論文でいうクラス4(属性動詞)は含まれない。