第 2 章 米脂窰洞四合院の歴史と成立
2.2 窰洞住居型式の発展
2.2.1 靠山式窰洞
①社会背景
宋時代から見られた靠山式窰洞は山の斜面を掘削した原始的な住居形態である。農家の 住居として、道具を収納する小窰洞や農作業の場所も見られる。今回の調査では現在も使 われている靠山式窰洞住居のデータ収集を行ったが、全て清時代以降に建設されたもので ある。
黄土は柔らかく、浸食しやすいため、「窰臉」( 窰洞の顔 ) と呼ばれる正面の壁面は、石 あるいは煉瓦で保護されている。断熱性と蓄熱性が高い「冬暖夏涼」の住居であり、主に 南向きの斜面の等高線に沿って、テラス状に配置される。しかし、通風が悪い、改増築し にくいなどの欠点があるため、次第に地上式に建て替えられた。窰洞の孔数は 3 あるいは 5 が多く、前庭が広く作られ、果物や野菜を栽培していた。
②靠山式窰洞の建設方法
既往研究のもとに靠山式窰洞の建設方法を以下のようにまとめる。地形により、作り方
①敷地を整え、L 字型の断面を作る ②アーチ形の断面を持つ横穴を作る
③石で正面を保護する ④奥行きを長くするためのボールを作る
図 2-9 靠山式窰洞の建設方法
も若干の差異があるが、まず敷地の斜面を整え、「L」字方の断面を作る。次に、整理した 壁面に間口と奥行きを決め、アーチ形の断面を持つ横穴を掘り、上部に煙突を作る。掘り 出した土を使って、窰洞の前に庭を作る。また、正面の壁面となる垂直部分に石或いは煉 瓦を積み上げ、上にアーチの形に従って建ちあげる。最後に、入口にドアと窓を付けて、
室内は泥を塗ってから白い石灰を塗る(図 2-9)
③古城における靠山式窰洞の現況
調査した 9 院の図面を図 2-10 に示す。1 院では 1 家族が住んでいる以外は数家族が共同 で利用している。
賃貸化にともなう部屋の増築によって庭空間が狭くなったため、現在でも野菜の栽培を 行っているのは 9 院の中の 5 院のみとなった。2 院において、靠山式窰洞の老朽化に伴い修 繕も難しくなり、1980 年前後に母屋の一部を地上式窰洞へ建て替えた。使われ方は昔と変 わらないが、アルミ建具と石の壁面を使用しているため、採光と防水性が向上された。建 て替え時に、RC 造・煉瓦壁の「平房」ではなく、地上式窰洞にした理由として、窰洞が「冬 暖夏涼」であることと、地域の伝統を表すアーチの形が持つ安心感があげられていた。2 院 とも当初の目的は家族利用のためであったが、現在は余った部屋を賃貸している。
❶ 東城圪崂12号 ❷城隍廟湾2号
❽ 華厳寺湾33号 ❾ 華厳寺湾66号
❸華厳寺湾39号 ❹華厳寺湾35号
❺華厳寺湾63号 ❻ 華厳寺湾42号 ❼安巷子15号
1 3 5 10m 入口
図 2-10 靠山式窰洞住居図面
④事例
図 2-11 に示した参考事例の住居は中華民国初年 (1912 年 ) に建設されたものであり、現 在 3 世帯が所有している。2 世帯は 2000 年に開発された集合住宅に移住していたため、窰 洞を他人に貸している。収納室に不要な家具などを置いている。所有 1 世帯は 1 孔の窰洞 に居住しており、増築した厨房と水洗便所を利用している。賃貸世帯は 1 孔の窰洞に住ん でおり、共用水道と共有便所を使っている。
生活環境を改善するため、数回にわたって改修されている。建設当初では、庭や農作業 する場所があったが、現在収納室が増築され、庭がなくなった。窰洞正面を綺麗に仕上げ るため、穴居の前面に煉瓦で奥行き 1m 程度のボールトを作っている。間口の寸法は 3m 程 度と揃ってるが、各窰洞の奥行きは 7.51m ~ 9.37m と大きく異なっている。
図 2-11 靠山式窰洞住居事例 所有
世帯
賃貸世帯
N
平面図 立面図
1 3 5m