第 7 章 結論
7.1 総括
7.1.1 米脂四合院建築的特徴と窰洞文化の考察
①窰洞住居の歴史
窰洞住居は宋時代から中華人民共和国建国後の単位家属院までも引き継がれてきた。歴 史の記録とヒアリング調査の内容をもとに、古城歴史的な発展過程を明らかにし、平面構 成と建設方法から古城にある窰洞住居を 4 つの段階に区分した。
宋時代から見られた村は主に靠山式窰洞で構成され、村民は農業を主としていた。明時 代から石材を主な構造材とする地上式石窰洞となり、人口の増加と住宅地範囲の拡大と伴 い、商業が生まれた。県庁の設置や城壁の建設のより、古城は県の中心地となり、他地域 四合院文化の影響を受けてから経済的に余裕となった家族は中庭型式の窰洞四合院を建設 した。中華人民共和国建国後は公有の住居と施設が建設され、それは一列の窰洞と庭によ り構成する住居である。
建設技術の発展に伴って、窰腿の厚さは薄くなり、空間が効率的に確保できるようになっ てきた。一方、総じて奥行きの深い孔が厚い壁で仕切られ、各孔が独立した空間となって いる。窰洞の空間の独立性が高く、各孔が個別に貸し出されている。
②窰洞棟の割合が高い
米脂県と地理的近い山西省平遥では、窰洞を母屋とする四合院建築群が米脂に先立つ明
時代から建設されていた。明時代のはじめには、山西省から米脂県への移住者が多く、後 期になると、山西省との交流が盛んになった。また、清時代には職人が四合院の技術を伝 えている。米脂県の窰洞四合院は、山西省の窰洞四合院を先例として地域の窰洞文化と四 合院文化が融合したものだと言える。米脂四合院の平面構成は、山西のものと大差はない ものの、米脂の方が、より窰洞棟の割合が高い。それは地域の特性から窰洞の文化がより 強く残ったと考えられる。
③「小窰+煉瓦造」の中間型式が見られる
古城四合院において、棟の型式は窰洞と木造・煉瓦壁の房がある。窰洞棟は蓄熱性と耐 久性が高く持続的に利用できるなどの特徴があり、住民はそのことを昔も今も強く意識し ていた。内部空間の形と棟の規模から窰洞を孔が平行に並ぶ独立孔型と孔が交差している 交差孔型に分類することができる。
房は木造屋根・煉瓦壁の煉瓦造型と奥側に小窰洞を設置する小窰+煉瓦造型に分けられ る。後者は平遥四合院では見られなく、棟の一部を断熱性能の優れた窰洞にし、一部を広 い空間が取れる木造・煉瓦壁として両者の利点を生かしたものだと考えられる。
7.1.2 米脂窰洞四合院における雑院化の意味
①建設当初では中庭と各棟の意味
他地域四合院と同じように、米脂四合院も中庭を中心として、周囲を各棟が囲まれている。
その中庭は居住者がいろんな活動が行う場所とされ、今も昔も重要な役割がある。古城の 四合院は、地方都市商人のための 2 進院以下の小規模な住居である。現在、2 跨院では 2 つ の中庭と認識されているが、2 進院では中門と壁があるものの、1 つの中庭として認識され ている。
乾燥寒冷地域である米脂県において、石灰岩と土などの入手しやすい建築資材を使った建 築型式として地上式窰洞が作られた。一番奥にある正窰棟は家主の居室であり、両側にあ る廂房 ( 窰 ) 棟は息子や娘達の寝室あるいは厨房として使われた。手前の棟は庁房 ( 窰
)
棟と呼ばれ、主に人が集まる場所、先祖を祀る場所として使われた。こうした家族の長幼 の序を平面に反映する点では北京、平遥四合院と同様である。他地域の倒座棟は主に使用 人の寝室や倉庫として使ったのに対し、古城の庁房は、宴会、結婚式や年中行事を行う場 所あるいは先祖を祀る場所として利用していた。②中庭を共用空間とする多世帯の利用実態
1948 年に行った土地改革を機に、四合院の所有権が分割され、1 家族の住居は数家族共 同で居住することとなった。家族人数の減少に伴い住居の賃貸化が始まり、現在では居住 者の約 3/4 が賃貸世帯であり、その多くは子供を県立学校に通わせるために居住している。
所有と利用の関係によって、四合院の利用形式を 5 つに分けられる。8 割以上の院において は、所有権が分割され、多世帯が共同で所有している。5 割以上の院では複数の所有世帯と 複数の賃貸世帯が共同で居住している。
1 院当たりの平均居住世帯数は 7.74 世帯であり、各部屋をプライベートな空間とし、中 庭にある便所、水道、中庭を共用するシェアハウスのような使われ方をしている住居が 9 割に見られた。所有世帯の約 8 割が厨房を持ち、約 5 割が水洗便所を持つのに対して、賃 貸世帯の 9 割以上は 1 室の居室を利用している。
窰洞では空間をさらに細かく分けることができず、1 孔の窰洞は生活空間の最小単位とし て使われてきた。寒冷地である米脂県において、土、石で壁を厚く建設された窰洞は恒温 性がよく、独立性が高いため、ワンルームマンションのような使い方に適合している。
7.1.3 窰洞四合院増改築の特徴
住居の増改築は主に 1990 年から 2008 年までの間に所有世帯が行い、各世帯専用の厨房 や水洗便所という生活環境の改善と賃料を得るためであった。増改築により、所有世帯の 多くは厨房と水洗便所が整備された部屋に居住するようになったが、依然多くの賃貸世帯 は 1 室を利用している。主に院子の分割、棟の建て替え、小屋の増築と厨房と水洗便所の 増築及び増設が見られる。
①窰洞の建て替えがない
窰洞を他の建築形式に建て替えた事例は見られないが、木造・煉瓦壁の房の約 1/3 が RC 造・
煉瓦壁の平房に建て替えられた。
②中庭に大規模の増築が少なかった
北京四合院では、約 7 割の住棟は単位が管理している公房である。増築率が 60% ~ 70%
であり、1 院に居住している住民も米脂県古城より多い。それは木造煉瓦壁の房は構造的に 改築しやすく、1 室の増築や個室に分けるのは容易であると考えられる。
一方、米脂県では中庭において大規模の増築が見られなく、厨房や便所、物置など小規 模の増築が見られる。
③院子が分割される事例もある
少数だが中庭を含めて院子を分割した事例が見られた。壁や入口の増設により、院子の一 部が独立し、窰洞四合院という伝統住居の型式が崩れつつある。