第 3 章 “人家”に関する観察
3.4 観察結果
3.4.1.5 間接指示における旁称用法の“人家”と旁称代名詞“別人”
本項では、間接指示と旁称用法の“人家”および旁称代名詞“別人”との関係を観 察していく。
東郷(1999:44)によれば、間接指示とは、指示表現が「対象を直接に指示するの ではなく、いったん命題内容の一部となってから対象を指示する」ことを言う。これ を人称代名詞に当てはめれば、文あるいは記憶にある人を当該代名詞が指し示す用法 のことを指す。東郷(1999)は間接指示の特性を以下のように記述している。
(65) a. 値踏みの場(Circumstances of evaluation)81からの間接指示である b. 語彙内容に依存する
c. 対象の名前・所属カテゴリーがわからなければ指示できない d. 指示領域を分割することができない
81 「値踏みの場」とは「指示表現が用いられた命題の真偽が決められる場」(東郷1999:45)を指す。
まず、データから抽出された“別人”に相当すると思われる“人家”の例を見てみ よう。
(66) 母亲(略)笑 说:“元元,你 打扮得 太 和 别人 一样 了。 人家
母 笑う 言う 人名 貴方 化粧 すぎる と 他の人 同じ 強調 [=ほかの人]
抹 红嘴唇,你 也 抹 红嘴唇, 人家 涂 红指甲,你 也 涂 红指甲,这
塗る 赤い唇 貴方 も 塗る 赤い唇 [=ほかの人] 塗る 赤い爪 貴方 も 塗る 赤い爪 これ
岂非 反 不 引起 他人的注意?” 《关于女人》
じゃないか 却って 否定 引く 他人の注目
「母は笑っていったのだった。「ねえ、あなた。ほかのひとと同じようにお化 粧したのね。ひとが赤い口紅を塗っているから、自分も塗る。ひとが爪を赤く 染めているから、自分も染める。それだと、かえって目立たなくなるのじゃな いかしら。」」
(67) 在 生人 面前,她(姜静宜)努力奋斗,努力 给 人家 以 聪明、大方、
に 見知らぬ人 前 彼女(人名) 努力 奮闘 努力 に [=見知らぬ人]で 聡明 上品
讲礼 讲理、 文明可亲的印象。 《活动变人形》
礼儀正しい 道理をわきまえる 教養豊かのイメージ
「人前では聡明で上品で、礼儀正しく、道理をわきまえ、教養豊かに見えるよ う、懸命に努力した。」
(66)、(67)はどちらも旁称用法の“人家”であり、自然な文でもある。(66)の“人家”
は前文に出現した先行詞“別人”(ほかの人)と照応し、“母亲”(母親)と“元元”
(人名)以外のだれかを指し示す。(67)の“人家”は前文に出現した“生人”(見知 らぬ人)と照応し、“姜静宜”(人名)以外の人を指し示す。つまり、(66)、(67)は、
旁称用法の“人家”には間接指示用法があることを示したものと言える。
一方、データの中には、(66)、(67)とは異なり、“別人”(ほかの人)や“生人”
(見知らぬ人)といった先行詞がないものもあった。以下の例を見られたい。
(68) 昨天 带 儿子 去 逛 公园。看见 人家 的孩子 都 换上了 漂亮的春装,
昨日 連れる 息子 行く ぶらつく 公園 見る[=ほかの人]の子供 皆 着替えた 綺麗な春の服
再 看看小鲲,还 穿着 肮脏的 棉衣裤, 心里 真 不是滋味。
それから 見る 人名 まだ 着ている 汚れる 綿入れの服 心 本当に つらい
《人啊,人》
「きのう、息子を連れて公園に行ってきた。よその子はみんな小ぎれいな春の
装いに変わっているのに、うちの鯤だけがあい変わらずうす汚れた綿入れの上 下だ。それを見て、おれはほんとにつらかった。」
(68)の“人家”には先行詞がないが、その指示対象はわかる。実際、抽出されたデ ータの中にはこのような例が少なくない。このような場合、“人家”の指示対象はそ れが出現した文の前後文脈により判断されることになる。
既に見たように、先行研究では、旁称用法の“人家”は旁称代名詞“別人”に相当 すると言われているが、上の(66)から(68)の“人家”を旁称代名詞“別人”に置き換 えてみると次のようになる。
(66)ʼ 母亲把她浑身上下看了一遍,笑说:“元元,你打扮得太和别人一样了。別人抹
红唇,你也抹红嘴唇,別人涂红指甲,你也涂红指甲(略)。”
(67)ʼ 在生人面前,她(姜静宜)努力奋斗,努力给別人以聪明、大方、讲礼讲理、文
明可亲的印象。
(68)ʼ 昨天带儿子去逛公园。看见别人的孩子都换上了漂亮的春装,再看看小鲲,还穿
着肮脏的棉衣裤,心里真不是滋味。
(66)から(68)の“人家”を“別人”に置き換えた文は、いずれも自然な文であり意 味も変わらない。“別人”の指示対象は“別人”が出現した文の前後文脈を手がかり として推定できる。このことから、旁称代名詞“別人”も旁称用法の“人家”と同様 に、間接指示専用の人称代名詞と言うことができる。
ところで、3.4.1.1で提示した次の例を見られたい。“別人”を用いた(69a)は自然な 文であるが、それを“人家”に置き換えた(69b)は不自然な文となる。
(69) a.[状況:A,Bは発話場面にいるが“別人”の指示対象は不在]
A:是 谁 干 的?
だ だれ やる 強調
「だれがやったの。」
B:不 是 我,是 別人。
否定 だ 私 だ ほかの人
「私じゃなく、ほかの人だ。」
b.[状況:A,Bは発話場面にいるが“人家”の指示対象は不在] A:是 谁 干 的?
だ だれ やる 強調
「だれがやったの。」
B:*不 是 我,是人家。
否定 だ 私 だ
(69a)の“別人”の指示対象、また、(69b)の“人家”の指示対象のいずれも発話現
場には存在せず、つまり、発話場面にいるAとB以外の不特定の人を指しているこ とから、どちらも間接指示として用いられていると言える。また、(69a)、(69b)のい ずれもコピュラ動詞“是”を用いた文である。しかしながら、そのような環境の下、
“別人”は使用できても“人家”の使用はできない。(69b)において“人家”の使用が できないのは、“人家”の直接指示用法のところで見たのと同じく、“人家”は「措 定文」には用いられても、(69b)のような「指定文」には用いられないことに因ると思 われる。
以上をまとめると、旁称代名詞“別人”にも旁称用法としての“人家”にも間接指 示用法がある。ただし、“人家”の使用には制限があり、いわゆる「同定文」「指定 文」には用いられない。