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第 3 章 “人家”に関する観察

3.1 観察対象

現代中国語における“人家”には、一般に、普通名詞と人称代名詞という2つの品 詞が付与されている。このうち、本研究では、人称代名詞として使用される“人家”

を研究対象とする。人称代名詞“人家”を研究対象とする理由は、人称代名詞“人家”

には多種多様の用法があるにも拘わらず、これまでの研究の多くは、“人家”の各用 法の単なる記述にとどまっており、それら各用法と類似した他の形式との類似点と相 違点についての考察が不足しているからである。また、先行研究では、人称代名詞“人 家”が持つ諸用法の分類自体、研究者により様々であり、いまだ統一的見解はない57。 したがって、本研究では、まず、これまで先行研究で指摘されてきた各用法を整理し た上で、本研究の研究対象となる用法を示していきたい。

まず、第2章でも触れた、吕主編(1980: 406-407)の指摘した“人家”の用法につ いて、改めて確認しておく。

1. 泛称说话人和听话人以外的人,和“自己”相对,大致相当于“别人”。

「話し手と聞き手以外の人を指し、“自己”と対をなす。ほぼ“別人”に相

57 代表的な先行研究による人称代名詞としての“人家”の用法分類をまとめると次の表のようになる。

代表的先行研究による人称代名詞としての“人家”の用法分類 代表的な研究者 人称代名詞としての“人家”の用法分類

吕主編(1980 旁称 3人称、「人家+名詞」 1人称

翟(2004 旁称 3人称 1人称 「人家+名詞」

杜(2002 旁称 3人称 1人称 2人称

赵(2009 旁称 3人称 1人称 2人称 「人家+名詞」

王(2013 他称(旁称+3人称) 1人称

张・方(1996 他称(旁称+3人称) 1人称 2人称

当する58。」

2. 称说话人和听话人以外的人,所说的人已见于上文。大致等于“他”或“他们”。 在名词性成分前加“人家”,语气较生动。

「話し手と聞き手以外の人で、すでに前に現れた人を指す。ほぼ“他”ある いは“他们”に相当する。名詞的要素の前に“人家”を付けると、いきいき とした表現になる。」

3. 称说话人自己,等于“我”。稍有不满的情绪。

「話し手自身を指す。“我”に相当する。やや不満の気持ちが含まれる。」

本研究では、以下、人称代名詞“人家”の各用法について、“別人”に相当するも のは“人家”の「旁称用法」、“他”に相当するものは“人家”の「3人称用法」、

“人家”の後ろに名詞を伴うものを“人家”の「人家+名詞」用法、“我”に相当す るものは「1人称用法」と称するものとする。

なお、张(1982)をはじめ、王(1999)、邵(2003)などは、人称代名詞“人家”

の用法として、上述した以外に、聞き手を指すものもある、と主張している。同用法 の使用はかなりの制限を受け、頻度も低いが、用法としては確かに存在すると考えら れることから、本研究ではこれを「2人称用法」と称し、本研究の対象とする。

“人家”の2人称用法の存在に対する理解は、その旁称用法と関係があると考えら れる。まず、“人家”の旁称用法を改めて見てみよう。

先行研究では、“人家”の旁称用法は2つの定義があるとされている。ひとつは、

「話し手と聞き手以外の人を指す」というもの、また、もうひとつは、「話し手ある いは聞き手以外の人を指す」というものである59。つまり、“人家”の旁称用法は誰 か以外の人を指すが、この「誰か」という基準がそれぞれ異なっているのである。本 研究は、後者の基準を支持する。なぜならば、それは“人家”の1人称用法の理解に 関わってくるからである。先行研究によると、“人家”の1人称用法と2人称用法の 場合に、発話場面にいる対象は話し手と聞き手のみとなるという条件を満たさなけれ ばならないとされている。このとき、話し手あるいは聞き手以外の人を指さざるをえ ない。“人家”の1人称用法を理解するにあたって、吕(1985:92)は、「可以拿‘你’

做主体,指你以外的别人,那么‘我’也在内;有时候,意思就指的是‘我’。(「あ なた」が主体なら、「あなた」以外の人を指す。意味的には“我”(私)を指すこと もある。)」と説明している。この説明は先に見た「話し手あるいは聞き手以外の人 を指す」という定義に従うものであろう。これと同様に、話し手が主体なら、話し手

58 1から3の日本語訳は牛島徳次・菱沼透監訳(2003: 328)『中国語文法例辞典』からの引用。

59 「話し手と聞き手以外の人を指す」と主張するものとして、邵(2003)、郭・沈(2004)、翟(2004 などがあり、「話し手あるいは聞き手以外の人を指す」と主張するものとして、王(1997刘(2010 季(2014)などがある。

以外の人を指し、文脈によって「あなた」を指すことが可能となり、それはつまり、

“人家”の2人称用法ということになる。

一方、ここで特に問題としたいのは、3人称用法の“人家”である。この用法では、

“人家”の先行詞は必ず人間となる。これについて、以下に、吕主編(1980)の例を 改めて提示する。

(45) 小高 正在写 工作报告 呢,人家(指小高)哪儿 有 时间 陪 你 出去。

人名 書いている 中間総括 強調 [=小高(人名)] どこ ある 時間 お供 貴方 出かける

(吕主編1980:406)

「高さんはいま中間総括を書いているところだ。彼(高さん)に君のお伴をする ひまなんてあるものか。60

(46) 我 问 过 好几个 大夫,人家(指大夫)都 说 这个病 不要紧。 (同上)

私 聞く 完了 何人も 医者 [=複数の医者] 全部 言う この病気 大丈夫

「私は何人もの医者に聞いたが、みんな(医者)この病気は大したことはないと 言った。」

(45)、(46)の“人家”の指示対象はいずれも前文に出現し、それぞれ“小高”(高 さん)、“大夫”(医者)である。このように、“人家”の先行詞は一般に人間であ る。しかしながら、本研究が収集したデータの中には、先行詞が人間といった上述の ケースに当てはまらない場合があった。2.3でも提示したが、ここで改めてその例を 示す。

(47) Mark陪着 海萍 去 了 公安局。人家 把Mark 拦 门口 说:“只 问 她

人名 お供する 人名 行く 完了 警察署 [=警察] を人名 止める ゲート 言う だけ 聞く 彼女

一个,你 不必 进 了。” 《蜗居》

一人 貴方 否定 入る 強調

「Markは海萍のお供して警察署に行ったが、[警察に]ゲートに止められ、「彼 女一人しか取り調べないので、あなたは入る必要がない。」と言われた。」

(48) 她 尽可能 忍住 涌动 在 胸中的委屈,解释说:“(略)我心里火急火燎的,

彼女 なるべく 我慢 沸き立つ に 胸の悔しさ 解釈 言う 焦る

早点 没 吃, 就 牵着 她 去 厂桥门诊部, 挂 了 个 头一号,人家

朝食 否定 食べる すぐ 連れる 彼女 行く 厰橋の診療車所 受付 完了 助数詞 1番目 [=医者]

60 (45)(46)の日本語訳は牛島徳次・菱沼透監訳(2003: 328)『中国語文法例辞典』からの引用。

一开诊 就 给 她 瞧 了……” 《钟鼓楼》

診察が始まる すぐ に 彼女 診る 完了

「それを無理におさえて、姑に事情を説明した。「(略)気がせくので、朝ご飯 も食べないで、この子を連れて厰橋の診療車所へかけつけたんです。いの一番 だったので、診察がはじまるとすぐ診てもらえましたけど。」」

(47)、(48)の“人家”の指示対象はそれぞれ「警察」と「医者」であるが、“人家”

の前後の文にそれを示すような人間を表す先行詞は見当たらない。では、“人家”の 指示対象を判断する手掛かりは何なのであろうか。文脈から見ると、“人家”の指示 対象を想起させるのは、人間を表す名詞ではなく、場所や機関名などを表す名詞、具 体的には、(47)については“公安局”(警察署)、(48)については“厂桥门诊部”(厰 橋の診療車所)ということになろう。しかし、“人家”のこのような用法は、管見の 限り、従来の研究では指摘されたことがない。だが、本研究は、“人家”のこの用法 は“人家”を理解する上で欠かせないものと考える。そこで、本研究は同用法を「関 連対象喚起」用法と称し、研究対象のひとつとして扱うことにした。この「関連対象 喚起」用法は“人家”の3人称用法と深く関わっていると思われることから、当然“人 家”の3人称用法も本研究の対象となる61

さらに、本研究は旁称用法の“人家”も研究の対象とする。旁称用法とは、“別人”

に相当する“人家”のもっとも基本的な用法である。しかし、形式が異なれば意味的 にも何等かの差異があるという見方に従えば、“別人”と“人家”の間にも何等かの 違いがあると考えられるものの、今までの研究においては、“人家”は話し言葉であ り、“別人”は改まった言い方であるといった主張にとどまっており、より詳細な研 究はほとんど見られない。こうした点を踏まえ、本研究は旁称用法も研究対象とする ことにした。

以上の人称代名詞“人家”の諸用法を整理して図式化すると、以下の図3-1になる。

旁称用法 3人称用法

他称用法 「関連対象喚起」用法 人家 1人称用法 「人家+名詞」用法

2人称用法

図3-1 人称代名詞“人家”の諸用法

61 本研究の“人家”の「関連対象喚起」用法は、連想照応と呼ばれる現象と見なされる。これについて は後述する(3.4.1.95.5参照)。

図3-1において、点線で囲まれた部分が本研究の研究対象となる。つまり、本研究 は、“人家”の「旁称用法」、他称用法に属するもののうちの「3人称用法」と「関 連対象喚起」用法、「1人称用法」、「2人称用法」をその研究対象とする。