第 7 章 結論
7.1 本研究の課題に対する回答
本節では、本研究の結論として、“人家”の本質および日本語「ひと」との類似点 と相違点を、第2章であげた“人家”の研究課題に回答する形で述べていく。
1. “人家”の諸用法とその各用法に対応する人称代名詞の「直接指示」と「間接指 示」における類似点と相違点について
本研究では、東郷(1999)が提示した直接指示と間接指示の観点、また、同じく東 郷(1999)が提唱した「談話モデル理論」の観点から“人家”の諸用法とその各用法 に対応する人称代名詞、すなわち、旁称代名詞“別人”、3人称代名詞“他”、1人 称代名詞“我”、2人称代名詞“你”との類似点と相違点を観察した。
まず、本研究の第3章では、東郷(1999)が提示した直接指示と間接指示を説明し た後、それらに従い、“人家”の諸用法および先行研究においてそれらに対応すると 言われてきた人称代名詞との類似点と相違点を観察した。その結果は、以下のように まとめられる。
発話場面にいる人物を指す際には、旁称用法の“人家”も旁称代名詞“別人”も用 いられない。すなわち、それらはいずれも東郷(1999)の言う直接指示の用法は持た ないが、発話場面にいない対象を指す際には、どちらも用いられる。これは、旁称用 法の“人家”と旁称代名詞“別人”のいずれも東郷(1999)の言う間接指示専用の形 式であることを示すものである。
一方、3人称代名詞“他”は発話場面にいる第三者を直接に指示できると同時に、
会話や文章の中ですでに出現した第三者を指すこともできることから、東郷(1999) の言う直接指示用法および間接指示用法の両方を持つことがわかった。これに対して、
3人称用法の“人家”は発話場面にいる第三者を直接に指示することはできないが、
会話や文章の中ですでに出現した第三者は指すことができるため、“人家”には東郷
(1999)の言う直接指示用法はないが間接指示用法はあるということが明らかになっ た。
そして、1人称代名詞“我”と2人称代名詞“你”はいずれも発話場面にいる話し 手もしくは聞き手を直接に指示できるが、“人家”の1人称用法、2人称用法には直 接指示の用法はなく、いずれも間接指示の用法しかないことが明らかになった。また、
“人家”の1人称用法、2人称用法は、1人称代名詞“我”と2人称代名詞“你”と は異なり、指示対象を指定的に示す文では用いられないことも新たに示された。
東郷(1999)の言う直接指示と間接指示の観点から見た“人家”の諸用法とその各 用法に対応する人称代名詞の類似点と相違点は、表7-1のようにまとめられる。
表7-1 “人家”の諸用法のそれぞれに対応する人称代名詞との類似点と相違点 旁称用法 3人称用法 1人称用法 2人称用法 関連対象 人家 別人 人家 他 人家 我 人家 你 喚起用法
直接指示 × × × 〇 × 〇 × 〇 ×
間接指示 〇 〇 〇 〇 〇 × 〇 × 〇
次に、第5章では、東郷(2000)の提唱する談話モデル理論に従い、“人家”の諸 用法と各用法に対応する人称代名詞の類似点と相違点を改めて見た。その結果は、以 下のようになる。
まず、旁称用法の“人家”と旁称代名詞“別人”は、特定の対象となる人物が発話 場面にいる場合、それは、談話が始まる前に、話し手と聞き手の各自の発話状況領域 に登録されているが、話し手の発話によって、話し手の言語文脈領域に導入され、そ の直後聞き手の言語文脈領域にコピーされることになる。しかし、旁称用法の“人家”
と旁称代名詞“別人”は不特定の人を指示するため、指示対象との間に齟齬が生じて しまい、聞き手の言語文脈領域にある対象は、発話状況領域に登録された対象と知識 リンクでは結ばれない。したがって、発話場面にいる特定の対象を指示するために旁 称用法の“人家”、旁称代名詞“別人”が用いられることはない。一方、第3章で述 べたように、発話場面に対象となる人物がいない場合には、“別人”の使用は可能で あるのに対して、“人家”の使用は不可能である。そのような場合に用いられる“人 家”と“別人”には、次のような違いがある。まず、“別人”の場合、話し手、聞き 手それぞれの共有知識領域に登録されている“別人”の語義、すなわち、「~以外の 不特定の人」という知識から、発話状況領域に登録された話し手と聞き手以外の人を その指示領域として分割することができるため、いわゆる指定文でもその使用が可能 である。一方、“人家”は“別人”に見られるような指示領域の分割ができないこと から、“別人”とは異なり指定文で使用することはできない。
次に、同じ発話場面にいる第三者を指示する場合、“人家”は“他”が持つような 指示領域分割機能を欠いているため、予め話し手の指差し行為(または視線など)等
により指示対象が同定されている必要がある。つまり、当該状況において“他”の出 現には何の制約もないが、“人家”の出現には“他”のそれと比べると制約があると いうことである。一方、間接指示の場合、3人称代名詞“他”と同様に、“人家”の 使用には話し手および聞き手の共有知識領域(の中のエピソード記憶領域)が活性化 され、さらに、これらの領域に登録された対象がその同一性を保証するリンクで結ば れている必要があることが明らかになった。
また、1人称用法の“人家”、2人称用法の“人家”については、そのいずれにお いても、話し手の発話状況領域に登録された対象と聞き手の発話状況領域に登録され た対象の同一性を保証することがもっとも重要であること、また、発話状況領域の対 象と言語文脈領域に導入された対象はいったん共有知識領域を経由した上で、リンク されることも明らかになった。
さらに、“人家”の使用の際にもっとも活性化されやすいのは、話し手と聞き手の 各自の共有知識領域であること、また、これまで“人家”と置換可能とされてきた他 の人称代名詞と“人家”とのもっとも大きな違いは、前者は指示領域の分割が可能で あり、発話状況領域の対象を直接に言語文脈領域に導入できることから、直接指示が 可能であるのに対し、“人家”は指示領域の分割が不可能なため、発話状況領域の対 象と言語文脈領域に導入された対象の間に知識リンクを直接に結ぶことはできず、必 ず共有知識領域を経由する必要があることも明らかになった。この共有知識領域の必 須的経由こそが「人家」が間接指示専用の形式であることを説明する。
2.“人家”の「関連対象喚起」用法の特徴について
先行研究によれば、“人家”の旁称用法は旁称代名詞“別人”、その3人称用法は 3人称代名詞“他”、その1人称用法は1人称代名詞“我”、その2人称用法は2人 称代名詞“你”に相当し、“人家”は各用法に対応する人称代名詞と置き換え可能だ と言われてきた。しかしながら、本研究が用いた資料体の中には、先行研究に指摘さ れた人称代名詞のいずれとも置換できないものがあった。本研究は、この用法を「関 連対象喚起」用法と称し、その特徴を明らかにした。
まず、“人家”の「関連対象喚起」用法では、前後文脈に機関や場所などの語、つ まり人そのものを示しているわけではない照応先があり、対象がその照応先に関係す る人になる用法と定義した。さらに、“人家”は、文脈に出現した名詞の示す場所が 喚起する人々を指すこともできるのに対し、他の人称代名詞にはそのような機能が見 られないことも確認された。これは、“人家”と他の人称代名詞を区別するもっとも 大きな相違点である。
また、第5章では談話モデル理論の観点から、“人家”の「関連対象喚起」用法を
分析した。その結果、“人家”は、照応する人を表すものがない場合、前後文脈に出 現するものや出来事に関するフレームの中にもっとも関連性が高い人を対象として 喚起する。このとき、話し手の談話モデルDM-Sと聞き手の談話モデルDM-Hの共有 知識領域と言語文脈領域が活性化される。この“人家”では、前後文脈に出現したも のや出来事のフレーム知識が非常に重要な役割を果たす。そして、ここで重要なのは、
先行発話のある語が喚起した話し手の共有知識領域にある「意味フレーム」の中で連 想された人と聞き手の共有知識領域にある「意味フレーム」の中で連想された人との 間に知識リンクが結ばれる点である。言い換えるならば、この話し手の共有知識領域 にある「意味フレーム」の中で連想された人と聞き手の共有知識領域にある「意味フ レーム」の中で連想された人の同一性が保証されない限り、“人家”は用いることは できないということである。
3.“人家”の感情表出機能の特徴について
従来の研究によれば、“人家”の3人称用法、1人称用法、2人称用法には話し手 の何等かの感情・評価的意味が感じられると指摘されているが、“人家”の旁称用法 に感情表出機能があるか否かについては、異なる3つの意見がある。そこで第3章で は、まず、“人家”の旁称用法には感情表出機能がないことを明らかにした上で、“人 家”の諸用法の感情表出機能を観察した。その結果は以下のようにまとめられる。
“人家”の3人称用法、1人称用法、2人称用法を、それぞれ対応する3人称代名 詞“他”、1人称代名詞“我”、2人称代名詞“你”へと置き換えることによって、
典型的人称代名詞は指示性が強く、話し手の感情を表すことがないのに対し、“人家”
は指示性も示すが、それ以上に話し手の感情および話し手の指示対象に対する態度・
評価の表出が際立たせることを明らかにした。また、先行研究では、“人家”の感情 表出機能は“人家”という語そのものと深く関わると指摘するものが多いが、“人家”
の使用により喚起される感情が具体的にどのようなものなのかは文脈を見なければ ならないことを明らかにした。つまり、“人家”は、指示対象に対する感情を喚起す るマーカーのようなものということである。
一方、先行研究によれば、“人家”は話し言葉として会話文で主に使用されると指 摘されている。しかしながら、本研究の資料体を「会話文」、「地の文」、「独白」
に分け“人家”の出現数を分析した結果、数は少ないものの、「地の文」と「独白」
にも出現することがわかった。このことを“人家”の感情表出機能という観点から見 るならば、“人家”が「会話文」に現れる場合、それが表す感情、また、指示対象に 対する態度・評価は「話し手」のものと解釈されるが、「地の文」に現れる場合には、
それが表す感情は「語り手」の指示対象に対するものであり、「独白」に現れる場合