90 データ数
第3節 鉄道重大事故の背景要因
(1)分析対象
ヒューマンエラーに起因した重大事故には、「鉄道職員による取扱い誤り」が作業場面に おいて直接起因したもの(図Ⅱ-4 の case①,③,④)もあれば、列車事故や設備あるいは車 両故障などといった通常とは異なる事象が発生したあとの対処過程で発生したもの(図Ⅱ -4 の case⑤)もある。本稿では、後者についてもヒューマンエラー分析の対象とする。
すなわち、ヒューマンエラーが直接起因したと考えられる「鉄道職員による取扱い誤り」
244 件と、それ以外の重大事故 417 件のうち列車事故や設備・車両故障などといった事象 が発生した際の対処過程で発生したヒューマンエラーの分析を行う(表Ⅱ-15)。
1944 年度から 1948 年度は、太平洋戦争に起因する鉄道職員や物資の不足などから十分
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明治 大正 昭和前期(注1) 昭和後期(注2) 合 計
乗務員
8 28 80 27 143
駅(輸送)
11 10 47 17 85
トロリー(注3)
0 1 4 3 8
しゃ断機
0 0 7 1 8
合計
19 39 138 48 244
0 1 54 107 162
6 30 40 15 91
0 8 28 2 38
2 2 22 6 32
0 3 14 6 23
3 9 47 12 71
30 92 343 196 661
災害関係 車両関係 競合脱線 線路関係 鉄道職員
による 取扱い誤り
踏切関係
その他 合 計
な保守が行えず、事故が発生しやすい環境下であったと推定される。そのため、この期間 に発生した事故は他の事故と区別する必要があると考えられることから分析対象外とした。
また、日本国有鉄道運転局保安課「運転事故通報」などの資料を確認したところ、記述内 容に乏しい重大事故がいくつか見受けられたためにそれらも除外した結果、分析対象とす べき事故は表Ⅱ-16 のとおり全部で 186 件となった。
ところで、「鉄道職員による取扱い誤り」以外の重大事故 417 件のほとんどは、人のエラ ーが直接関与しないもの(図Ⅱ-4 の case②や⑥に相当)であることから、今回の分析では 対象外とした。ただし、今後詳細な資料が入手できれば、case②や case⑥の事例であって も不可抗力ではなく管理不良や確認が不十分といった人や組織に関わる要因も抽出される 可能性があることから、これらの分析は今後の課題とする。
表Ⅱ-15 重大事故の発生原因
注 1: 昭和初期は、1926 年度から 1960 年度。
注 2: 昭和後期は、1961 年度から 1986 年度。
注 3: トロリーとは、作業用材料などを線路上で運搬するための車輪付き台車の ことであるが、モーターカーやマルチプルタイタンパーなどの大型作業機械 類も含まれる。
出所: 日本鉄道運転協会、前掲書、1~20 頁。
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明治 大正 昭和前期(注1) 昭和後期(注2) 合 計
鉄道職員による取扱い誤り
15 31 70 45 161
上記以外
0 6 7 12 25
合 計
15 37 77 57 186
表Ⅱ-16 本稿が分析対象とする重大事故件数
注 1: 昭和初期は、1926 年度から 1960 年度。
注 2: 昭和後期は、1961 年度から 1986 年度。
出所: 日本鉄道運転協会、前掲書、1~20 頁をもとに筆者作成。
(2)分析手法
「鉄道職員による取扱い誤り」いわゆるヒューマンエラーは、し忘れや見間違いをはじめ 様々な種類のものが存在する。また、ヒューマンエラーは単一の原因で生じることは少な く、いろいろな要因が絡み合って発生している場合が多い。こうしたヒューマンエラー問 題を分析するのに、これまで m-SHEL モデルや 4M あるいは 5M(39)といった分析手法が用いら れてきた。いずれの手法も、ヒューマンエラーの原因究明を行う際、エラーを犯した本人 自身の問題に加え、環境要因を含む様々な要因も考慮に入れることで共通している。以下、
本稿では、m-SHEL モデルを用いて分析を行う。
m-SHEL モデルは、エルウィン・エドワーズにより 1972 年に提案され、フランク・ホー キンスが 1984 年に発表した SHEL モデルがベースとなっている。ここでいう SHEL モデルと は、ヒューマンファクターの範囲を一層明確にするために境界要素をソフトウェア
(Software)、ハードウェア(Hardware)、環境(Environment)、ライブウェア(Liveware)
に分けたことから、それぞれの頭文字を取って名前が付けられたものである。このモデル の中心には人間、つまりシステムの使用者であるLが存在する。ヒューマンエラーの防止 を図るには、人間(L)の特性がどのようなものか十分理解した上で、これと境界を持つ 他の要素を次のとおり適合、調和させなくてはならない(40)。
まず、人間(L)の特性に適合させる必要がある要素の第一はハードウェア(H)であ り、このL-Hの境界領域では、一般的にマン・マシン・システムが考慮される。例えば 人体に適合する座席の設計などが、この領域に該当する。次に、要素の第二はソフトウェ
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ア(S)であり、L-Sの境界領域では、マニュアルやチェックリストの配列、空港や駅 で見られる図表示などが該当する。要素の第三は環境(E)であり、L-Eの境界領域で は、全ての人間を環境に適合させることを目的とした。例えば、飛行士は騒音に対してヘ ルメットや耳栓、寒さに対して飛行服を着用するようになったが、技術の進歩により、ヘ ルメットや耳栓に変わり防音装置、飛行服にかわりエアコン・システムというように環境 を人間に適合させるようになってきた。要素の最後は、ライブウェア(L)であり、モデ ルの中心にいる人間以外、たとえば他の乗務員や教官、乗客などが該当する。L-Lの境 界領域では、指導やチームワークなどが含まれる。また、人間どうしの領域であることか ら、安全確保のためにも行動や作業の決定場面において、グループとしての役割が果たさ れることが期待される(41)。
以上のアイデアをもとに、1994 年になって、東京電力のヒューマンファクター研究室が マネジメントはすべての基盤であると考え、従来のモデルに m(management)を付加した。
こうして出来上がったのが m-SHEL モデルである(42)。
(3)分析方法
鉄道では数多くの職種や作業場面があることから、多くの要因が抽出されると発生傾向 の把握が困難となる。そのため、m-SHEL モデルを用いて重大事故の背景要因分析を行う際、
それらをグループ化する抽象化された用語が必要となってくる。
まず、事故資料の入手が比較的容易な昭和後期 57 件の事故について、試行的に背景要因 を抽出し、いくつかのグループに集約したところ、表Ⅱ-17 のとおり全部で 17 要因となっ た。次に、分析対象の重大事故がこれらの各要因に該当するかどうか、事故一件ごとに分 析を行った。ただし、分析対象となった事故は全て 1987 年の国鉄の分割・民営化前に発生 した事故であり、関係者によるインタビューは不可能であることから、過去の事故資料等
(43)に記載された背景要因に関する記述から表Ⅱ-17 の各背景要因に該当するものがあると 思われるものには全てマルを付け、表Ⅱ-18 のような分析一覧表を作成した。なお、背景 要因の抽出では、どうしてもL(エラーを起こした本人)に集中しがちとなるために、L 以外の要因を一つでも多く抽出すること、及び過去の資料等の分類内容に沿った要因の抽 出を行うことを心掛けた。
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m1 無理な作業計画 作業が輻輳、勤務がハード
m2 不安全な作業計画 工事・検査による保安装置停止 リスクの伴う入換作業
m3 作業変更 運用変更、行き違い駅の変更
m4 役割分担の問題 駅と工事(部門間の役割に問題あり)
m5 安全文化の欠如(違反など) 違反行為、列車防護
規程の問題 規程が対応していない H1 設計の問題 ブレーキ、信号機、ATS
H2 保安装置の使用停止 信号機停止、信号機消灯
E1 要注意箇所 下りこう配、曲線、トンネル
E2 ダイヤ乱れ 列車遅延
E3 頻度が低い作業 滅多にない入換ルート、不定期運用
E4 滅多にない事象に遭遇 信号機消灯、列車事故、流転
L1 理解経験不足 下りこう配、列車防護
L2 体調不良・眠気 眠気、体調不良、精神朦朧
L3 焦り タイムプレッシャー、列車事故
作業輻輳、他に気をとられる
L4 錯 誤 信号の見誤り、作業時間の誤認
コミュニケーションの問題 打合せ不良、伝達不良、確認不良
L-E
背 景 要 因
L
L-L
代表的な事例
L-S m
L-H
m1 m2 m3 m4 m5 H1 H2 E1 E2 E3 E4 L1 L2 L3 L4
事故1 ○ ○ ○ ○
事故2 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
事故3 ○ ○ ○ ○ ○
事故4 ○ ○ ○ ○
事故5 ○ ○ ○
L-L
No. m
L-S L-H L-E L
表Ⅱ-17 背景要因とその具体例
表Ⅱ-18 分析一覧表
95
1
L4
錯 誤54.3
2
L1
理解経験不足24.7
3
L3
焦り16.7
4
L2
体調不良・眠気9.7
1
E4
滅多にない事象に遭遇37.6
2
E1
要注意箇所28.0
3
E2
ダイヤ乱れ27.4
4
m5
安全文化の欠如( 違反など)26.3
5L-L
コミュニケーションの問題21.5
6
H1
設計の問題21.0
7
E3
頻度が低い作業17.2
8
m2
不安全な作業計画16.7
9
H2
保安装置の使用停止16.1
10
m3
作業変更7.0
m1
無理な作業計画3.2
m4
役割分担の問題3.2
13
L-S
規程の問題1.1
① L要因
② L以外 の要因
順
位 要因 発生割合
(%)
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(4)分析結果 1)各要因の発生割合
L(エラーを起こした本人)に関する要因の発生割合は、表Ⅱ-19 の①のとおりである。
信号の見誤りや作業時間の誤認などを含むL4(錯誤)の発生割合が他の要因に比べ高く、
全体で 54.3%となっている。これは、2(2)の先行研究でも示唆された、「思い込みや判 断の省略によるものの、事故割合が 51%」の結果にほぼ一致する。発生割合が 20%以上の 要因は、L4 のほかL1(理解経験不足)の 2 件であった。
一方、L以外の発生割合は表Ⅱ-19 の②のとおりである。列車事故発生時や信号機故障
(消灯)時などを含むE4(滅多にない事象に遭遇)の発生割合が一番高く、全体で 37.6%
となっている。また、発生割合が 20%以上の要因は、E4 のほかE1(要注意箇所)、E2
(ダイヤ乱れ)、m5(安全文化の欠如)、L-L(コミュニケーションの問題)、H1(設計 の問題)の 6 件であった。
表Ⅱ-19 要因の発生割合
注: 塗りつぶしは、発生割合が 20%以上のもの。