130 い安全水準を支えていると考えられる(115)。
第6節 小括
鉄道業界においては、これまで作業内容や作業条件が異なるという理由で過去に発生し た鉄道事故の事例が十分活用されてこなかった。過去の事故資料に基づいた本研究では、
背景要因の発生傾向と要因間の関連性を明らかにした。そして、背景要因の分析を通して それぞれの事故の共通性を把握することを試みた。今後は、背景要因を抽象度の高いカテ ゴリーへ置き換えることにより、鉄道事故に限らず他分野で発生した事故との相互比較の 可能性も開けるものと考えられる(117)。
また、本研究は、残余リスクとしてE4(滅多にない事象に遭遇)やm5(安全文化の欠 如)、L-L(コミュニケーションの問題)、E2(ダイヤ乱れ)のうち保守作業に関わるも のを取り上げ、これらに関する過去の安全対策を分析した。その結果、全体的に既存の規 程を従業員に遵守させることに力点が置かれている傾向にあったことが分かった。今後は ヒューマンファクターの特性を考慮した上で、エラーを誘発させる要因の除去という視点 に重点を置いた事故の再発防止対策を推進すべきである。
ところで、本稿では、国有鉄道時代に発生した事故を対象に論議を展開してきたが、こ こで分割・民営化後の安全の取り組みについて、ヒューマンエラーに関連する事項を中心 に簡単に触れておく。
わが国では 2001 年、鉄道事故の調査機関として航空・鉄道事故調査委員会が発足し、そ の後 2008 年には同委員会が国土交通省の外局たる運輸安全委員会に改編され、事故の再発 防止を目的として鉄道事故及び重大インシデントの原因究明が図られるようになった。運 輸安全委員会では、事故調査において背景要因を含めた構造的要因の分析を重視しており、
ヒューマンエラー分析の深度化はますます重要な課題となっている。
また、2006 年には、前年度に運輸の各部門においてヒューマンエラーに起因する事故や
131
トラブルが多発したことを受け、国土交通省は運輸安全マネジメント制度を新設・導入し た。これにより、鉄道事業者ごとに安全管理体制の構築・改善が求められるようになり、
ヒューマンエラー分析の理解と活用が不可欠なものとなった。
最後に、列車事故や災害といった異常時に遭遇した場合に、いかにして置かれた状況を 把握し、臨機応変に対応できるか、そのための態勢をいかに構築していくかは鉄道の安全 確保の上で重要な課題である。本稿ではこの問題をほとんど考察できなかった。今後の課 題としたい。
[注]
(1) 福田久治・薮原晃「鉄道におけるヒューマンエラー・データベースの開発」『鉄道総 研報告』第 8 章第 7 号、1994 年 7 月、43 頁。
(2) 安部誠治(1998 年)『鉄道事故の再発防止を求めて-日米英の事故調査制度の研究
-』日本経済評論社、36 頁。
(3) 佐々木冨泰・網谷りょういち(1992 年)『事故の鉄道史』日本経済評論社。
(4) 佐々木冨泰・網谷りょういち(1995 年)『続・事故の鉄道史』日本経済評論社。
(5) 久保田博(2000 年)『鉄道重大事故の歴史』グランプリ出版。
(6) 山之内秀一郎(2005 年)『なぜ起こる鉄道事故』朝日新聞社。
(7) 日本国有鉄道運転局保安課「運転事故通報」第 221 号(1967 年 8 月分)、19~22 頁。日本鉄道運転協会(2009 年)『重大運転事故記録・資料(復刻版)』日本鉄道運転 協会、1~10 頁、71~72 頁、144 頁。
(8) 福島大学・松川事件研究所 http://www.matsukawajiken.com/labo/ (2015 年 8 月 10 日アクセス)。
(9) 鉄道総合技術研究所余部事故技術調査委員会(1988 年)「余部事故技術調査委員会 報告書」6~20 頁。
(10)日本鉄道運転協会、前掲書、179~180 頁。
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(11)日本国有鉄道運転局保安課、前掲、第 260 号(1970 年 11 月分)、3~14 頁。
(12) 『読売新聞』東京本社版、1960 年 1 月 3 日、11 面。『毎日新聞』東京本社版、1960 年 1 月 3 日、11 面。
(13) 大山正・丸山康則(2004 年)『ヒューマンエラーの科学』麗澤大学出版会、24~25 頁。
(14) James Reason(1990),
Human Error,
CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS, p.9./林喜男 監訳(1994 年)『ヒューマンエラー 認知科学的アプローチ』海文堂出版、10 頁。同 上書、25~26 頁。(15) 石橋明(2003 年)『事故はなぜ繰り返されるのか』中央労働災害防止協会、38 頁。
(16) 小松原明哲(2003 年)『ヒューマンエラー』丸善、10 頁。
(17) 芳賀繁(2000 年)『失敗のメカニズム-忘れ物から巨大事故まで』日本出版サービ ス、35 頁。
(18) 小松原明哲、前掲書、18 頁。
(19) 同上書、16~18 頁。石橋明、前掲書、44~45 頁。行持武生(2004 年)『ヒューマ ンエラー防止のヒューマンファクターズ』テクノシステム、15~17 頁。
(20) 石橋明、同上書、44 頁。行持武生、同上書、15~17 頁。James Reason(1990),
op.cit.
, pp.195-196./十亀洋訳(2014 年)『ヒューマンエラー[完訳版]』海文堂出版、252~253 頁。
(21) 行持武生(2004 年)、同上書、23~26 頁。
(22) 石橋明、前掲書、52~53 頁。James Reason(1990),
op.cit.
,p.173./十亀洋訳、前 掲書、223 頁。James Reason,Managing the risks of organizational accidents
, 1997, Ashgate, pp.10-11. /塩見弘監訳(1999 年)『組織事故』日科技連、12~13 頁。(23) 大山正・丸山康則、前掲書、8 頁、26~27 頁。
(24) 小松原明哲、前掲書、13 頁。
(25) 石橋明、前掲書、40~42 頁。
(26) Frank H. Hawkins (1987),
Human Factors in Flight
, Gower Technical Press , pp.18-19./石川好美訳(1992 年)『ヒューマン・ファクター-航空の分野を中心と して-』成山堂書店、5 頁。(27) 行持武生、前掲書、テクノシステム、3~5 頁。
(28) Erik Hollnagel(2004) , Barriers and Accident Prevention , Ashgate ,pp.4-15.
133
/小松原明哲監訳(2006 年)『ヒューマンファクターと事故防止』海文堂出版、20~
31 頁。
(29) James Reason(1997),
op.cit.
, Ashgate, pp.1-3./塩見弘監訳、前掲書、1~3 頁。James Reason(2008),The human contribution : unsafe acts accidents and heroic recoveries
,Ashgate, pp.35-36./佐相邦英監訳(2010 年)『組織事故とレジリエン ス』日科技連、43 頁。(30) 久保田博、前掲書、179 頁。
(31) 米山信三(1985 年)「責任事故の背景要因の分析」『鉄道労働科学研究資料』No.85-7。
池田敏久・大嶽ヒサ・米山信三(1985 年)「責任事故の背景要因の分析(2)」『鉄 道労働科学研究資料』No.85-17。
(32) 日本国有鉄道運転局保安課(1973 年)「運転事故報告基準規程」13 頁。
(33) 責任事故に関する調査票では、関係者の属性のほか、素因(仮眠、馴れ合い、単純 ミスなどの 13 項目から一つを選択)のほか、46 項目からなる背後要因に関し、該当 するかどうか 3 段階(あてはまる○、あてはまらない×、不明△)で評価を行ってい る。また、本調査の背景には、1983 年から全国的に推進された「事故の正しい把握」
により、小さな事故も詳しく調査・分析してデータを管理・活用する新しい事故管理 体制の定着化がある。
(34) 池田敏久・田中友三郎・大嶽ヒサ(1984 年)「責任事故の現状と防止対策の力点 - 1983 年度の責任事故の分析から-」『鉄道労働科学研究資料』No.84-19、1 頁。米山 信三、前掲、5 頁。この分析から作業体制として、異常時などの非定例作業に対する 対応能力の不足、定例反復作業における警戒心および大脳意識レベルの低さ、構内作 業におけるチーム・コーディネーションの不測、悪天候時の屋外作業における作業急 ぎの四点が指摘された。また、作業者個人として、若年層・新任者の知識・技量の不 足、経験者層のマンネリ化、運転考査要注者の素質・作業能力の不足の三点が指摘さ れた。
(35) 米山信三、前掲、21 頁。
(36) 米山信三、同上、6~8 頁、33~83 頁。吉田裕・安部誠治(2015 年)「ヒューマン エラーに起因する鉄道事故の防止に関する一考察」『公益事業研究』第 66 巻第 3 号、
4 頁。
(37) 木野二郎・寺田和嗣・石毛哲郎(2007 年)「安研型防護無線自動発報システムの開
134
発」『JR EAST Tachnical Review』No.21、15~20 頁。
(38) 高橋政士(2006 年)『詳解 鉄道用語辞典』山海堂、451 頁、483 頁。これまで閉 そく信号機の停止現示が 60 秒を過ぎても変わらない場合には運転士の判断で列車を 時速 25 キロ以下で進行することができる無閉そく運転が取られてきたが、取扱ミス が多発したために、1999 年頃より現在の閉そく指示運転へと変更された。
(39) 小松原明哲、前掲書、13~19 頁。4M とは、Man(人)、Machine(機械)、Media(環 境)、Management(管理)を指し、5M は四つの M に mission(目的、目標)を加え たものである。Man は m-SHEL でいう L(Liveware)、Machine は H(Hardware)、Media は S(Software)及び E(Environment)、Management は M(Management)に相当するように、
4M と m-SHEL の各要素は概ね互換性があると考えられる。
(40) Frank H. Hawkins,
op.cit.
, pp.20-22./石川好美訳、前掲書、7~9 頁。(41)
Ibid
. , pp.22-24./同上書、9~11 頁。(42) 河野龍太郎(2006 年)『実務入門 ヒューマンエラーを防ぐ技術』日本能率マネ ジメントセンター、139 頁。河野龍太郎(2004 年)『医療におけるヒューマンエラー なぜ間違える どう防ぐ』医学書院、53 頁。
(43) 過去の資料等とは、主に次の五つを指す。日本鉄道運転協会、前掲書。日本国有鉄 道運転局保安課、前掲、第 1 号(1949 年 4 月分)~第 453 号(1986 年 12 月分)。鉄 道院(省)「鉄道院(省)年報」「鉄道院(省)鉄道統計年報」1908 年度~1935 年度。
鉄道院(省)総裁(大臣)官房研究所「鉄道災害記録」1912 年度~1927 年度。運転 局保安課監修 運転保安会編(1956 年)『運転事故写真と解説』。
(44) 鉄道省、同上、1923 年度、116~117 頁。鉄道省大臣官房研究所、同上、1923 年度、
141~142 頁。『大阪朝日新聞』1923 年 4 月 17 日、11 面。定刻より 35 分遅れで発車 した下り 62 列車は、遅延であるほか乗客の多さや下り勾配にともない速度が高めで あった。
(45) 岩瀬修治(1924 年)『鉄道事故判例集』鉄道図書局、131~132 頁。『鉄道時報』1923 年 4 月 28 日、3 面。1923 年 4 月 4 日付けで湊町運輸および保線両事務所長によるレ ール振替工事のための破線工事施行ならびにトロリー使用の事務所達が関係現場に 配布された。この事務所達により、4 月 13 日~19 日は六つの列車間合、4 月 20 日~
26 日は二つの列車間合が承認されたことが通達されたが、いずれも脱線事故が発生 した 310 列車~61 列車の間合は含まれていない。
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(46) 岩瀬修治、同上書、135 頁。鉄道省大臣官房研究所、前掲、141~142 頁。
(47) 鉄道省、前掲、116~117 頁。鉄道省大臣官房研究所、同上、141~142 頁。『大阪朝 日新聞』1923 年 4 月 17 日、11 面。日本鉄道運転協会(2009 年)、前掲書、1~20 頁。
岩瀬修治、同上書、130~138 頁。『伊勢新聞』1923 年 4 月 17 日、2 面、1923 年 4 月 19 日、2 面。『鉄道時報』1923 年 4 月 21 日、5 面。鉄道省の資料では死者 6 名と書か れているが、あくまで即死の数である。鉄道図書局発行の『鉄道事故判例集』や事故 現場近くの願正寺(津市大里宇山室町)に建立された慰霊碑には、入院先での死者を 含め 14 名とされている。
(48) 岩瀬修治、同上書、132 頁。『鉄道時報』1923 年 4 月 28 日、3 面。『大阪朝日新聞』
1923 年 4 月 16 日、号外。『大阪朝日新聞』1923 年 4 月 17 日、11 面。空転の原因は、
下り 60 列車が多客輸送であったほか、4 月 16 日の早朝に上り混合列車が大河原駅 付近で満載してきた重油を線路上に漏出させたことも原因であると言われている。
(49) 岩瀬修治、同上書、132~133 頁。
(50) 同上書、135 頁。『大阪朝日新聞』夕刊、1923 年 4 月 17 日、2 面。
(51) 岩瀬修治、同上書、131~132 頁。
(52) 同上書、131~133 頁。鉄道省、前掲、116~117 頁。
(53) 岩瀬修治、前掲書、131~133 頁。
(54) 同上書、131~133 頁。
(55) 同上書、131~133 頁。『鉄道時報』1923 年 4 月 21 日、5 面。
(56) 鉄道省大臣官房研究所、前掲、1926、1927 年度、113~114 頁。
(57) 『伊勢新聞』1923 年 4 月 17 日、2 面。
(58) 日本国有鉄道運転局保安課、前掲、第 260 号(1970 年 11 月分)、3~14 頁。
日本貨物鉄道株式会社貨物鉄道百三十年史編集委員会(2007 年)『日本貨物鉄道百 三十年史』中巻、571~572 頁。『毎日新聞』東京本社版、1970 年 11 月 16 日、1 面。
『日本経済新聞』東京本社版、1970 年 11 月 16 日、23 面。
(59) 日本国有鉄道運転局保安課、同上、8 頁、13 頁。日本国有鉄道運転局長、運保第 1382 号、1970 年 11 月 15 日。『日本経済新聞』東京本社版、1970 年 11 月 16 日、
23 面。第六十三回国会閉会後参議院「交通安全対策特別委員会会議録」第三号、
1970 年 11 月 16 日、16~18 頁。第 84 回運転事故防止対策委員会(1968 年 5 月 6 日)により、鉄道管理局長が指定した要注意駅は 1,185 駅となり、1970 年 3 月ま