27 線にわたり ATS が整備された(75)。
第4節 鉄道事故の発生件数の推移と発生傾向の分析
(1)分析の目的
鉄道事故の定義は図Ⅰ-1のとおり、これまで度々見直されてきたために、事故の発生件 数を歴史的に長期にわたって俯瞰することは統計的にも困難である。また、発生件数デー タそのものも全体を総括するような統計の類はなく、各種文献の中に一定期間ごとに散在 して記録されているのが現状である。そこで、鉄道事故の発生件数が長期的スパンでどの ように推移してきたかを把握するために、各種文献のデータを組み合わせ、必要に応じ補 正を行った上で、歴史的に長期にわたって概観できる事故統計を作成した。
以上の作業を前提に、本節では、鉄道職員の取扱い誤りを減少させていくにはどのよう な施策が有効であるかをマクロ的に捉えるために、運転事故および列車事故件数の推移と 安全に関する施策との関係について分析を行う。ただし、複数の鉄道事業者が介在すると
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施策の有効性が捉えにくくなることから、ここでは民鉄の事故件数は含まず、あくまで国 有鉄道の事故件数のみとする(90)。
既述のとおり、1922 年度から鉄道事故の軽微なものも統計に計上されるようになったこ とで件数が著増した。そのため、1922 年度を挟んでそれ以前とそれ以後の時期における運 転事故の発生件数を比較することは困難である。そこで、分析の対象時期は、1922 年度か ら公共企業体・日本国有鉄道の最終年度である 1986 年度までとする。
(2)発生件数の推移 1)運転事故
1922 年制定の「鉄道運転事故報告規程」(達第 462 号)により運転事故が定義されるよ うになった。その後、1968 年の「運転事故報告基準規程」(運達第 7 号)制定にともない、
従来の運転事故が新たに運転事故と運転阻害に区分されるようになった(図Ⅰ-1)。したが って、本規程が制定される前の運転事故件数と制定後の件数とを単純比較することができ ないことから、制定後の運転事故件数に運転阻害件数を包含することで補正を行った。
1968 年当時、運転事故は、列車事故(列車衝突・列車脱線・列車火災)、踏切事故、そ の他事故(職員の取扱誤りにより部外者の物に損傷[物件の損害額 50 万以上のものに限 る。]を生じたもの、特に重要と認めたもの)の 3 種と定義された。また、運転阻害は運転 事故以外のもので、原因により部内原因(種別は車両脱線のほか 15 種類)、部外原因(種 別は列車妨害のほか 7 種類)、災害原因(種別は風水害・雪害等にともない車両に脱線・破 損または故障を被ったことにより生じた車両災害のほか 5 種)の 3 種に区分された。
その後、1971 年の運達第 2 号により、運転事故の種別に「人身障害(鉄道職員の取扱い 誤りにより人の死傷を生じたものまたは本人および関係者の不注意により列車もしくは車 両にふれて人の死傷を生じたもの)」が加えられたことから(91)、1971 年度以降の運転事故 は、人身障害を除外することで補正を行った。また、補正後の列車百万キロあたり件数は、
補正前の運転事故や後述の責任事故の列車百万キロあたり件数を用いて算出を行った。以 上の補正を行った後の運転事故の発生件数と列車百万キロあたり件数の推移を図Ⅰ-4 に 示す。
同図より、太平洋戦争の負の影響が大きかった 1940 年代(92)を除き、運転事故は全体的 に減少傾向にあることが分かる。これは、技術の進歩、巨額の設備投資、関係従業員の努 力と教育訓練などが寄与したことによるものと推定される。鉄道の歴史を振り返ってみる
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と、その発展は他面で事故との戦いの歴史でもあった(93)。
ところで、図Ⅰ-4 が示すように 1983 年度以降、運転事故件数が急激に増大している。
これは、1984 年度の『日本国有鉄道監査報告書』によれば、従来の事故の把握に対する取 り組みが必ずしも十分でないとの反省に基づき「事故の正しい把握に努めた結果」とされ ている。運転事故は、運転阻害のような軽微な事故を含むことから、日本国有鉄道時代に はこのような表面化されにくい事故を隠蔽、いわゆる「マルにする」ということが日常的 に行われてきた(94)。表Ⅰ-10 によれば、運転阻害の中でも特に部内要因の増加が著しいこ とが分かる。その背景として、前記の監査報告書では、鉄道職員の職務に対するモラルの 欠如、業務執行体制の乱れ、職場管理の甘さ、世代交代やシステムチェンジの進展に伴う 基本的知識や技能の不足および指導訓練の形式化等が挙げられている。数年後に分割・民 営化を控えていたこの時期、事故が発生しても正しく報告されなかったという当時の体質 を抜本的に改革しようとした日本国有鉄道経営陣の姿勢が認められる。
図Ⅰ-4 運転事故
出所: 萩原昭樹・福田美津子(1995 年)『国有鉄道 鉄道統計累年表』交通統計研究所、456 頁~459 頁。
日本国有鉄道(1971 年)『日本国有鉄道百年史』第 8 巻、530 頁。以上をもとに筆者作成。
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部内 部外 災害
1967 昭和42 92 1,877 2 23 1,948
3,512 8,925 1,823
16,208 1968 昭和43 83 1,968 4 20 2,0353,158 8,845 2,110
16,148 1969 昭和44 76 2,169 1 15 2,2312,932 8,490 2,304
15,957 1970 昭和45 70 1,968 4 18 2,0242,553 8,122 1,746
14,445 1971 昭和46 60 1,829 675 0 14 2,5502,726 7,895 1,691
14,187 1972 昭和47 66 1,807 642 3 18 2,5002,870 7,915 1,810
14,453 1973 昭和48 75 1,761 648 2 19 2,4673,340 7,433 2,381
14,973 1974 昭和49 69 1,467 568 5 20 2,0893,631 6,423 2,629
14,204 1975 昭和50 59 1,287 556 4 12 1,8943,352 6,188 2,303
13,181 1976 昭和51 68 1,166 523 2 14 1,7453,639 6,795 3,745
15,401 1977 昭和52 41 1,077 504 0 10 1,6123,398 6,533 2,553
13,592 1978 昭和53 51 945 462 1 10 1,4493,018 6,473 2,094
12,572 1979 昭和54 61 839 432 0 13 1,3192,775 6,359 2,813
12,834 1980 昭和55 51 846 413 0 14 1,2962,534 5,081 3,341
11,839 1981 昭和56 33 771 395 2 8 1,1932,294 5,021 2,156
10,269 1982 昭和57 34 689 329 1 8 1,0452,343 4,898 2,431
10,388 1983 昭和58 49 738 359 0 13 1,1334,427 5,522 3,951
14,6741984 昭和59 37 651 301 2 11 980
9,966 8,098 2,842
21,5851985 昭和60 33 648 267 2 5 945
10,022 8,941 3,315
22,9561986 昭和61 20 718 301 0 4 1,035
12,426 10,899 2,597
26,656単位:件数 重複
(差引) 注1 人身
年度 列車事故 踏切事故 障害 その他 (補正後)運転事故
運転阻害 注2 運転事故
(補正前)
表Ⅰ-10 運転事故件数の補正
注: 表内の数字は、事故件数。
注 1: 重複(差引)は、踏切事故のうち、列車事故となったものである。そのため、運転事故件数 を求める上で差引きする必要がある。
注 2: 1968 年の運転事故報告基準規程(1968 年運達第 7 号)により、運転阻害が区分されたが、
1968 年発行の 1967 年度国鉄監査報告書より区分されるようになった。
出所: 萩原昭樹・福田美津子(1995 年)『国有鉄道 鉄道統計累年表』交通統計研究所、456 頁~459 頁。日本国有鉄道『鉄道要覧』1965 年度~1986 年度。以上をもとに筆者作成。
前述のとおり、運転事故は運転阻害のような軽微な事故から部外要因の影響が大きい災 害に起因する事故や踏切事故まであらゆる種類の事故を包含している。そのため、発生件 数の推移と安全に関する施策との関連性を全体的に分析するのは困難である。そこで本稿 では運転事故のうち、鉄道職員の取扱い誤りに相当する責任事故(95)件数の推移について検 討を行う。この場合、日本国有鉄道発行の『鉄道要覧』より連続して得られた 1936 年度以 降の件数を対象とする。以上を前提に、責任事故の件数と列車百万キロあたり件数の推移 を図Ⅰ-5 に示す。
図Ⅰ-5 によれば、責任事故も運転事故と同様、太平洋戦争の負の影響が大きかった 1940 年代を除き、全体的に減少傾向にあったことが分かる。また、運転事故は太平洋戦争後の 件数が戦前の件数に比べ 2 倍以上となっていたのに対し、責任事故は逆に半分以下となっ
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ていることも確認できる。前者については、列車百万キロあたり件数では戦前と同等ある いはそれ以下であることから、これは戦後の高度成長期における列車本数の増加が影響し たものであると考えられる。一方、後者については、列車百万キロあたり件数とともに減 少しているが、これは鉄道職員の取扱い誤り、いわゆるヒューマンエラー防止に寄与する さまざまな対策が実施されたことによるものと考えらえる。
ところで、責任事故は年間 150 件~200 件のレベルから減少することはなく、横ばい状 態が続いている。これは、保安装置いわゆるハード対策でカバーできるものは限られ、か つ規程やマニュアル、教育、訓練といったソフト対策に依存している作業が少なくないこ とが、こうした責任事故の横ばい状態を生んでしまったものと推測される。このことは、
ヒューマンエラー防止対策の難しさを改めて示しているといえよう。
なお、責任事故は、1980 年代に運転事故と同様に著しく増大し、1984 年、1985 年の発 生件数は 5,000 件を突破した。これは、事故の要因が鉄道職員本人にある責任事故の場合、
エラーをした本人への責任追及や処分の対象となりうるため、それまで隠蔽されていた小 規模の事故が職場規律の是正にともない、表面化したことによるものと考えられる(96)。 最後に、運転事故に占める責任事故の割合を図Ⅰ-6 に示す。1936 年度以降の平均は 3.6%
であり、運転事故のほとんどが責任事故以外で占められていることが分かる。ところが、
1980 年代の責任事故件数の増大にともない、その割合は全体の 4 分の 1 を占めるに至った。
図Ⅰ-5 責任事故
出所: 日本国有鉄道『鉄道要覧』1945 年度~1986 年度をもとに筆者作成。
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図Ⅰ-6 責任事故の占める割合(運転事故)
出所: 日本国有鉄道『鉄道要覧』1945 年度~1986 年度。萩原昭樹・福田美津子(1995 年)、前掲書、
456 頁~459 頁。日本国有鉄道(1971 年)『日本国有鉄道百年史』第 8 巻、530 頁。以上をもとに 筆者作成。
2)列車事故
1930 年に列車事故から車止衝突、車輌脱線、車輌接触の三項目が除外されたことから、
1929 年以前のデータは、この三項目の件数を除外することにより補正を行った(表Ⅰ-11)。 また、列車接触と 1926 年に追加されたトロリー衝撃は、それぞれ 1958 年、1967 年に列車 衝突へ統合されたために、ここでは列車事故の件数として加えた。さらに、1968 年の「運 転事故報告基準規程」(運達第 7 号)の制定にともない、列車事故に列車火災が加わった。
このため、本規程が制定される前の列車事故は、列車火災を包含させる補正を行った(表
Ⅰ-11、表Ⅰ-12)。また、補正後の百万キロあたり件数および各種文献から引用できなかっ た 1956 年度から 1959 年度までの列車百万キロあたり件数は、運転事故や責任事故の列車 百万キロあたり件数を用いて算出を行った。以上の補正を行った後の 1922 年度以降の列車 事故の発生件数と列車百万キロあたり件数の推移を図Ⅰ-7 に示す。
図Ⅰ-7 のとおり、太平洋戦争の負の影響が大きかった 1940 年代を除き、戦後は戦前に 比べ列車事故についても件数および列車百万キロあたり件数ともに減少傾向にあったこと がわかる。特に、1925 年度から 1932 年度ならびに 1951 年度から 1954 年度にかけて、大 幅な減少が認められる。その理由について詳しくは後述するが、鉄道職員への教育、指導、