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第2章 ヒューマンエラーに起因する鉄道事故の分析

第2節 ヒューマンエラーと鉄道事故

(1)定義

1)ヒューマンエラーとヒューマンファクター

① ヒューマンエラー

図Ⅱ-3 は、ミュラー・リア(Muller Lyer)の錯視図である。両側の線分を物差しで測る と同じ長さであるが、誰が見ても右側の線分が長く見える。これはよく人間の視覚と物理 的な量との間に生じる誤差いわゆる錯覚と説明されるが、ヒューマンエラーと呼ばれるこ とはない。それでは、ヒューマンエラーとはどういったものであろうか(13)

ヒューマンエラーの定義は数多くあるが、代表的なものは以下のとおりである。

ⅰ)ヒューマンエラー研究の第一人者であるジェームズ・リーズンは、ヒューマンエラ ーを「計画された行動過程において、意図した結果が得られないこと」と定義してい

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る。リーズンは単なる動作の失敗だけでなく、計画段階から間違っていた判断や決定 のミスもエラーとしている(14)

ⅱ)日本ヒューマンファクター研究所は、ヒューマンエラーを「達成しようとした目標 から意図せずに逸脱する、期待に反した人間の行動」と定義している。人は望みどお りの結果を期待して一生懸命行った結果、期待どおりの結果が得られずエラーとなっ た場合がヒューマンエラーということになる(15)

ⅲ)小松原明哲は、ヒューマンエラーを「すべきことをしない、すべきでないことをす る」と定義し、うっかり・ぼんやりという意図しない行為のほか怠慢や手抜きといっ た意図的な行為も含め、不適切行為と幅広く捉えている。ただし、テロのような反社 会的な犯罪行為までは含まないとしている(16)

ⅳ)芳賀繁は、ヒューマンエラーを「人間の決定または行動のうち本人の意図に反して 人、動物、モノ、システム、環境、機能、安全、効率、快適性、利益、意図、感情を 傷つけたり壊したり妨げるもの」と定義している。そして、産業事故や労働災害を引 き起こすエラーも日常生活の中のうっかりミスも全てヒューマンエラーとしているが、

サボタージュやヴァンダリズム(破壊行為)は含まないとしている(17)

以上のとおり、研究者により定義の範囲が異なるものの、「意図した行動が行えず、期待 した結果が得られなかった」という点では共通している。

図Ⅱ-3 ミュラー・リアの錯視図

出所: 大山正・丸山康則(2004 年)『ヒューマンエラーの 科学』麗澤大学出版会、24~25 頁。

② ヒューマンエラーの分類

ヒューマンエラーは様々な見方ができることから、分類も数多く存在する。エラーには、

一般的に知られている個人が起こすエラーのほか、チームや組織によるエラーもある(18)。 まず、個人が起こすエラーからみておく。このエラーは、さらに認知心理的な視点によ り意図しない行動におけるエラーと、意図した行動におけるエラーに分類される。この場 合の意図しない行動は、スウェイン(A.D. Swain)によるオミッションエラーやコミッショ

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ンエラーが該当する。オミッションエラーとは、「やり忘れ」いわゆる失念であり、ノーマ ン(D.A. Norman)のラプスに該当する。一方、コミッションエラーとは、「やり損ない」

でありノーマンのスリップに該当する。このエラーは、判断そのものは正しいが、実行に 際して異なることをしてしまう、例えば錯誤などによる順序の誤りや選択のエラーなどが ある。この点に関連して、ラスムッセン(J.Rasmussen)の SRK モデルでは、人間の行動を三 つのパターンに分けて説明されているが、三つのうち意図しない行動に該当するのは反射 操作であるスキルベースである(19)

一方、意図した行動はノーマンのミステイクである。これは、ラプスやスリップとは異 なり、判断そのものが間違っているエラーであり、ラスムッセンの SRK モデルのうち規則 ベースの行動や知識ベースの行動が該当する。不安全行動いわゆる違反は意図した行動に 含まれ、その背景には日常的に繰り返されている些細な違反もあれば、必要に迫られて安 全よりも作業効率を優先した違反もある。後者のような何らかの意図はあるものの、シス テムの破壊が目的ではない規則違反は、違反した者より組織に原因があると思われる。た だし、システムの破壊が目的である不安全行動は破壊行為という異なるカテゴリーに分類 されるため、本稿で扱う事故とは区別しなくてはならない(20)

次に、チームエラーとは、「チームとして行動する過程で、個人あるいは複数の人間が起 こしたエラーのうち、チーム内の他のメンバーによって修復されない」と定義されている。

このエラーは、チームのメンバーによって修復されることなく、外部に影響を与えるエラ ーとして表面化する。一般にチームで行動することにより、お互いの不得意やミスをカバ ーし合いヒューマンエラーが減少すると考えられるが、集団過程にともない思考や行動の 質や量を低下させ、かえってヒューマンエラーを発生させてしまう場合もある。チームエ ラーは、チーム内においてエラーを指摘・修正できないことで発生すると言われているが、

その背景として権威勾配などによるコミュニケーションの不備がある(21)

これまで述べてきた個人やチームのエラーは、活動性エラーあるいは即発的エラーとも 呼ばれ、エラーの存在がはっきりしていることから対策が打ち出しやすいと考えられる。

一方、組織エラーは潜在性エラーとも呼ばれ、複雑なシステムの中に潜在しているために 見えにくく、対策が打ち出しにくい特徴を持つ。このエラーの背景には、過酷なノルマや 不適切な管理、作業環境の不備などが存在すると考えられる。組織エラーは、現代におけ る複雑なシステムにおいて最大の脅威である。その詳細は後述する(22)

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③ ヒューマンエラーの防止

ヒューマンエラーを分析する際、ヒューマン・マシン・システムによるアプローチを抜 きにしてヒューマンエラーと失敗を同一視すると、エラーを犯した人間だけが問題視され、

エラー防止に有効なシステム改善は何も検討されないことになってしまう。それは、あく まで事故分析や事故防止の観点から、失敗と同義語であるべきでないと考えられている。

ところで、ヒューマンエラーは運輸事故のほか、医療事故や産業事故など様々な領域で 発生するが、作業内容や作業環境あるいは作業従事者が異なることから一括して論じられ ない。ただ、同じ限界や短所を持つ人間が関与していることから、多くの共通点は認める ことができる。換言すれば、ヒューマンエラーは、すべての人間に共通するものであるた めに、他業界で実績のある事故防止策をその業界の特情に応じ改良を行えば、活用できる と考えられる(23)

④ ヒューマンファクター

ヒューマンファクターはヒューマンエラーと同様、いくつかの定義があるが、代表的な 定義は以下のとおりである。

ⅰ) エルウィン・エドワード(Elwin Edwards)は、「人間科学を体系的に適用するこ とで、システムエンジニアリングの枠内で統合して、人間とその活動の関係を最適な ものにする」と定義し、ヒューマンエラーの防止にはヒューマンファクターの最適化 を目指すべきとしている(24)

ⅱ) 日本ヒューマンファクター研究所は、「機械やシステムを安全にしかも効率的に機 能させることから必要とされる人間の能力やその限界、基本的特性などに関する知見 や手法の総称」と定義している。基本的特性とは、人間が長い進化の過程で培ってき たものであり、人は一度に一つのことしか処理できず、常にエネルギーを温存して仕 事を楽にやろうとする特性などと言われている(25)

ⅲ) フランク・ホーキンス(Frank H Hawkins)は、「人間と機械や装置との関係、そ の処理との関係、その環境との関係」と定義している。すなわち、仕事と生活の環境 における人間に関することである(26)

以上の三つの定義は、ヒューマンファクターは「人と人を取り巻く様々な要因との関係」

という点で共通している。

ところで、ヒューマンファクターを複数形で綴ったヒューマンファクターズとは、ヒュ ーマンファクターに基づき人々の能力や限界に適合するように機器、作業あるいは作業環

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望ましくない結果 望ましい結果

予測しないまたは予測できない事象 事故 (ex.宝くじに当選、まぐれ当たり)幸運のめぐり合わせ

予測したまたは予測できる事象 不運、不幸 達成、目標の満足

成功(通常の行動)

境を設計・改善するための学問と定義されている。また、ヒューマンファクターズは、人 間工学と同じ学問領域という点で似ているが、前者は作業者を取り巻くシステムや職場組 織全体というマクロ的な視点、後者は作業者と機器・機械との界面に焦点を当てたミクロ 的な視点の違いがある(27)

2)事故

事故とは、予想外あるいは計画外の事象や出来事であり、場合によっては人身の死傷や 経済的損失が発生する。事故は英語で”accident”というが、”by accident”となると意 思や意図がなく偶然に発生、すなわち望まない結果が偶然発生したことを意味する。一方、

ドイツ語では”unglücke”というが、運がないことを意味する”(ge)lucke”が語源となっ ている。このことから、運が悪ければ事故に遭うと解釈することができる。

ところで、エリック・ホルナゲルにより、事故は「望まないあるいは好ましくない結果 となった突然の予期しない事象あるいは出来事」と定義されるが、この突然の予期しない 事象は直接的あるいは間接的に人間の活動によりもたらされる事象で、突然発生するもの である。そのため、地震などの自然現象やビジネスにおける損失は、事故とはいわない。

ホルナゲルによれば、事故は予期しない事象と望ましくない結果の両条件が揃ってはじめ て成立し、予期しない事象が発生しても望まない結果を防止できれば事故とはならないと されている。

表Ⅱ-7 は、事象と結果から状況を四つに分類したマトリックス表である。なお、予想し ない結果は必ずしも望ましくないあるいはネガティブな結果になるとは限らず、「宝くじに 当選」のように望ましい結果をもたらすものもあるが、本稿では扱わない(表Ⅱ-7 の右上)

(28)。

表Ⅱ-7 事象と結果

出所: Erik Hollnagel(2004) , Barriers and Accident Prevention , Ashgate ,pp.8.

/小松原明哲監訳(2006 年)『ヒューマンファクターと事故防止』海文堂出版、

24~32 頁。