列車切り離し後、食堂車を含む前部側は、そのまま今庄方へ走行しトンネルを抜けたも のと誤認されたため、機関士 3 名と車掌 1 名を除き、他の職員は残された後部側の避難誘 導にあたることとなった(80)。その結果、国鉄職員 13 名のうち乗客数の多い前部側にはわ ずか 4 名、乗客数の少ない後部側には 9 名とアンバランスな配置となった。
4)乗客 1 名が 1 週間後に発見
前述したように、乗客の一人は1週間後に暗渠の中から遺体で発見されている。発見が 遅れたのは、遺留品が三つ(列車内、敦賀側のトンネル内、今庄側のトンネル内)に区分 して管理された上、金鉄局内でも問い合わせ窓口(厚生課)と遺留品窓口(公安課)が異 なったため、不明者がいることに気付かなかったことなどが重なったためと考えられる(81)。 5)情報の錯綜
金鉄局は、本局および現地(敦賀、今庄)にそれぞれ事故対策本部を設置した。そのた め、敦賀の対策本部では今庄側の状況が把握できず、後部側の乗客らが敦賀側へ救助され た時点で全ての救助活動が終了したと思い込んでしまった。こうしたことが救助活動に不 十分さを招いてしまった(82)。
また、15 時に全線開通という誤報が流れ、駅では乗客が混乱し、警察でも死者数をダブ ルカウントするというエラーが発生した。そのため、事故当日の午前中には死者数はいっ たん 40 名以上と発表され、その後もその数は何度も修正された(83)。
(6)事故後の対策
1)事故防止緊急対策および恒久対策
北陸トンネル事故が発生する以前の列車火災対策といえばそのほとんどが車両側のハー ド対策にあった。それまで国鉄により取り組まれてきた主な列車火災対策を電車、気動車、
客車に分け、表Ⅲ-10 に示す。
ここで、同表の中の事例の一つをみておく。1967 年 11 月 15 日に東海道本線三河大塚~
三河三谷間で発生した急行安芸号の列車火災である。この事故は、北陸トンネル事故と同 様、深夜帯の食堂車(客車)で発生し、食堂車従業員の 2 名が焼死した。事故後の主な対 策として導入されたのが、列車火災など不測の事態が発生した場合に行われる列車の緊急 停止手配である。これにともない、「火災が発生したら列車を直ちに停車させる」という指 導が行き届いていたために、北陸トンネル事故において機関士がトンネル内に列車を停車
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月 日 時間
1951 昭和 26 4 24 13:45 106 92 京浜 桜木町 構内 電車
(パンタグラフ)
架線工事中の 線路(架線垂下)に
誤って進入
・屋根および屋根上機器の絶縁化
・貫通していない車両の妻を貫通式に改良
・ドアコックの増設
・三段窓の改良
・電車の天井板を金属板張りに変更
・き電回路に故障選択装置の設置
1966 昭和 41 1 1 9:04 0 1 横浜 新横浜 構内 電車
(床下機器)
ATS-B及び ブレーキ取扱い
が不適切
・ATS装置の構造作用と取扱い方の再徹底
・ブレーキ装置故障のため応急処置後の ブレーキ試験は必ず実行
1970 昭和 45 12 1 8:32 0 2 東海道 関ヶ原 構内 電車
(パンタグラフ)
降雪により トロリー線との 接触状態が悪く、ト
ロリー線が溶断
通風器の改造および絶縁強化
1972 昭和 47 2 3 7:51 0 0 大糸 北大町 構内 電車
(室内)
電気暖房回路の ニクロム線が 断線接地した際に
過熱、発火
電気暖房器発熱体のニクロム線をシーズ線に 取替えの促進
発生年月日 年
事故後の主な対策 死
者 (人)
負 傷 者
(人)
場所 車両
(出火場所) 原因
月 日 時間
1961 昭和 36 1 12 13:02 0 0 常磐 我孫子 取手 気動車
(床下)
排気管の熱に より引火 1961 昭和 36 4 27 7:40 0 0 東北 御堂 構内 気動車
(床下)
冷却管の破損 漏油が排気管
で発火 1961 昭和 36 7 15 14:10 0 0 常磐 土浦 構内 気動車
(床下)
床下の燃料 タンクからの漏油 1961 昭和 36 4 15 14:17 0 0 常磐 友部 構内 気動車
(機関部)
変速機補給 ボンプ繰出管
折損
機関関係や変速機関係といった重要箇所の 加修を禁止し、加修した配管は早急に取替え
1969 昭和 44 3 10 10:02 0 1 房総西 太海 安房 鴨川
気動車
(床下)
制輪子火花が 汚損した床下 断熱材に着火
床下断熱材の撤去
アンダーシール等の断熱塗料を塗布
1971 昭和 46 6 20 20:16 0 0 福知山 藍本 構内 気動車
(食堂車)
電子レンジ から漏れた油 が床下で引火
・消火器増設
・食堂車電子レンジの漏油防止対策 発生年月日
年
いずれも、昭和35年に新製の特急型気動車
(DC81形式)によるもので、故障が多発した
・可燃材の改良
・排気ガスもれ防止
・変速機油管の配管変更
・機関付近に消火器の取付け
・機関、変速機に火災警報装置の取付
・燃料飛散防止(しゃへい板、採油弁取付け)
・暖房方式を温気から温水に変更 事故後の主な対策 死
者 (人)
負 傷 者
(人)
場所 車両
(出火場所) 原因
させたものと思われる(84)。
表Ⅲ-10 主な列車火災対策(1972 年以前)
その1 電車
その2 気動車
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月 日 時間
1967 昭和 42 11 15 1:32 2 0 東海道 三河 大塚
三河 三谷
客車
(食堂車)
石炭レンジ 過熱
・食堂車の厨房設備の改良
・寝台カーテンの防火処理
・列車の緊急停止手配、車内巡回の強化
1969 昭和 44 6 24 19:53 0 0 山陽 防府 富海 客車
(床下)
たばこの火が ダクト内に侵入
して発火
・ユニットクーラーダクト内の一部断熱材の撤去
・絶縁塗布の塗布換気ダクト取入口の一部に 覆いを取り付け
・外気取入口オイルパス油の変更
1969 昭和 44 12 6 6:19 0 0 北陸 南今庄 敦賀 客車
(電源車)
エンジン室内 の漏油が 床下で引火
・電源車に火災警報装置の設置
・電源車の歩み板の金属化、内張板の撤去
・ホロの難燃化
・客車の暖房保湿帯の難燃化
1971 昭和 46 1 13 6:21 0 0 東北 三戸 諏訪 ノ平
客車
(室内)
回送運転中
寝台カーテンが 電気暖房により
過熱発火
・整備作業の指導強化
・回送車両の電気暖房機の取扱いの適正化
・車内巡回の強化
・B寝台車の電気暖房整備の推進
・消火器の操作訓練の徹底
1971 昭和 46 10 6 1:58 1 4 山陽 笠岡 大門 客車
(洗面所)
たばこの 不始末
・くず物入れをアルミ製とする
・気動車、客車の客室出入口、便所、洗面所等 の一部難燃化
・夜間における車内巡回の強化 年
発生年月日
事故後の主な対策 死
者 (人)
負 傷 者
(人)
場所 車両
(出火場所) 原因
その3 客車
出所: 鉄道火災対策技術委員会(1975 年)「鉄道火災対策技術委員会報告書」50~53 頁。鉄道火災対 策技術委員会(1974 年)、前掲、72~83 頁。日本国有鉄道運転局保安課、前掲、25 号~275 号。
以上をもとに筆者作成。
ところで、北陸トンネル事故は、多くの要因が複雑に絡み合って発生したため、事故後、
車両側、トンネル側のハード対策をはじめ、ソフト対策や組織に関わる対策まで幅広く検 討され、実施に移された。それらの多くは、トンネル内火災対策として、国鉄から JR に継 承され今日に至っている。
国鉄の「北陸トンネル列車火災事故対策本部」は、11 月 9 日に列車火災事故防止緊急対 策として以下の五項目を挙げ、1972 年の年末輸送までに全長 5 キロ以上の長大トンネルへ 完備することを決定した(85)。
緊急対策五項目
(ア)列車無線でトンネル外との通話を可能とするため、漏えい同軸ケーブルを設置 (イ)電灯を一斉に点灯できるスイッチをトンネル内に設置
(ウ)乗客にも使用できる強力な懐中電灯を寝台車に設置 (エ)トンネル内に消火器を設置
(オ)火災を起こした食堂車と同形式の車両を使用禁止
上記の緊急対策のほか、「北陸本線北陸トンネル列車火災事故に関する特別監査報告書」
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「鉄道火災対策技術委員会」の設置
→列車火災に対する抜本的な対策を樹立 鉄道技術研究所に「火災研究室」を設置
→火災に関する総合的な研究開発を実施
運転事故防止対策委員会に「列車火災事故防止対策専門委員会」を設置 →諸対策を実施推進
消火器類 (トンネル用消火器)(車両搭載用消火器)(消火栓)(化学消防車両)
照明設備類 (一斉点灯用スイッチ)(車内非常灯/強力懐中電灯)
通信連絡設備 (車内放送設備)(無線機搭載)(沿線電話機)(携帯メガホン)
(漏えい同軸ケーブル/無線難聴対策)(トンネル内支障報知装置)
救援用機具類 (救援用モーターカー)(救出用担架)(梯子)(渡り板)(脚立)
( ロープコンベアー)
諸表示類 (消火器所在表示)(一斉点検スイッチ表示板)(距離案内表示)
(沿線電話機表示灯)(斜坑出口表示灯)
その他 (斜坑の舗装・手すり新設・扉改良)(排水溝の修繕・新設)
(防毒マスク)(空気呼吸器)
ソフト対策
車両の点検・清掃、客室内の失火防止(車内巡回の強化)(乗客の協力)列車火災時における処置手順の改訂、教育・訓練の実施、スライド・映画の製作
ハード対策①
(車両関係)
ハード対策②
(地上設備)
組織関係
車両の難燃化 (同形式車両の使用停止)、車両の改造
(1973 年)や「鉄道火災対策技術委員会報告書」(1975 年)に基づき、表Ⅲ-11 に示す対 策がとられた。この表によれば、トンネル内の避難誘導をともなった本事故を契機に、こ れまで取り組まれてこなかった地上設備の対策に力を入れられたことが認められる。ソフ ト対策では、金転保第 66 号(1975 年 12 月 5 日)により列車火災発生時における職員の役 割が明確化され、トンネル内では列車の停車や車両の切り離しは行わず、トンネル外へ脱 出することが定められた(86)。
表Ⅲ-11 北陸トンネル列車火災事故後の対策
注: 赤字は、11 月 9 日の北陸トンネル列車火災事故対策本部の対策会議で策定された緊急対策五項目 であり、1972 年末までに完備された。
出所: 日本国有鉄道総裁「列車火災事故防止対策の実施について」(運保第 853 号、1972 年 12 月 5 日)。
列車火災事故防止対策専門委員会(1976 年)「列車火災事故防止対策の現状と今後の進め方につ いて」。 日本国有鉄道金沢鉄道管理局運転部(1979 年)「長大トンネル火災対策設備について」。
以上をもとに筆者作成。
既述のとおり、北陸トンネル事故を契機に、地上設備のハード対策が数多く講じられて きた。ところが、これらの対策の中には化学消防車両のように保守が困難なうえ、火災発 生時の出動が現実的でないものや、防毒マスクのように長時間の使用が困難なものなど、