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第3章 貸出金の測定 — 金融機関を例として —

Ⅱ 金融資産の測定 — 理論的考察

1.効率的市場仮説

米国が主張する金融資産の全面公正価値(出口市場価値;mark-to-market)測定は,

市場が決定する価格は常に正しいとする効率的市場仮説が前提となっていると考えられる.

市場は,すべての入手可能な情報を反映して,新しい情報に対してすぐに反映する場合

に効率的であると表現される.入手可能な情報の程度,すなわち市場価格の形成において 織り込まれていると仮定される情報量によって,弱度(weak form),半強度(semi-strong form)および強度(form),半強度(semi-strong form)の3つのレベルに分類される.このうち,半強 度の市場の効率性は,現在の市場価格が過去の価格だけでなく,すべての入手可能な公開 情報を反映しているとするものである.8) この考え方がすべての金融商品を公正価値に より測定するとする前提となっていると考えられる.

国際会計基準委員会(IASC)とカナダ勅許会計士協会(CICA)の金融商品起草委員 会は,ディスカッション・ペーパー「金融資産および金融負債の会計処理」を1997年3 月に公表した(IASC[1997]).この中で,「発達した金融市場においては,金融商品の 市場価値は市場に知られているすべての情報を反映することが想定される.このため,特 定の時点における金融商品の市場価値は,その時点までのすべての経済的事象に対する市 場の評価を含有していることが想定される.」(chap.5, par.2.8)とし,「これが『効率的 な』資本市場理論のエッセンスである」(chap.5, par.2.9)としている.

ディスカッション・ペーパー(IASC[1997])に示された公正価値にもとづく原則を 合理的に導入するような基準の提案を責務とする,会計基準設定主体の金融商品ジョイン ト・ワーキング・グループでは,「公正価値は,現在の経済情勢が金融商品に及ぼす影響 に関する市場の評価を反映するものであり,」「競争的で開放的な市場経済で決定された金 融商品の公正価値は,測定日までに入手可能であったすべての情報を具体化しているとい う期待から導かれるものである」(JWG[2000]Basis for Conclusions par.1.8 (a))とし ており,効率的市場仮説を前提とする考え方であることは明らかである.また,「金融商 品の公正価値測定に関する概念的論証は,市場を基礎とした多くの実証研究により支持さ れている」(JWG[2000]Basis for Conclusions par.1.12)としている.

しかしながら,行動ファイナンス(behavioral finance)理論に代表されるような,投 資家心理と裁定取引の限界という2つの概念にもとづいて,市場は常に効率的というわけ ではないとする効率的市場仮説に批判的な考え方もある.9)

2.公正価値測定

FASBのASC Topic 820「公正価値測定および開示」(当初の財務会計基準書(SFAS)

第157号「公正価値測定」)において,公正価値は,「測定日時点で,市場参加者の間の秩 序ある取引において,資産の売却によって受け取るであろう価格,または負債の移転のた

めに支払うであろう価格」と定義されている(FASB[2006a]par.5,ASC Topic 820-10-20(FASB[2009a])).10)

同様に,IASBにおいてもIFRS第13号「公正価値測定」において,公正価値はFASBの ASC Topic 820「公正価値測定」における定義と全く同一の定義がされている(IASB

[2011b]par.9).

国際会計基準11)における公正価値の適用形態は,①当初認識時の測定基準,②複合取引 コストの配分基準,③資産・負債の当初認識後の測定基準,④減損テストの4つに分類す ることができる(Cairns[2006]pp.11-19).

このうち,③資産・負債の当初認識後の測定基準については,前述の効率的市場仮説の 考えのもと,金融資産,非金融資産の区別なく,公正価値測定を採用するかどうかの判断 は,当該資産の売買市場が存在するかどうかによると捉えることができる.この点につい ては,現在,国際会計基準において公正価値測定を要求している基準(図表3-2)から も明らかである.

図表3-2 国際会計基準における公正価値測定の適用

国際会計基準 当初認識時の測定 当初認識後の測定

IAS第16号 有形固定資産 取得原価 公正価値または取得

原価

IAS第17号 リース 公正価値 取得原価

IAS第19号 従業員給付(制度資産) 公正価値 公正価値

IAS第38号 無形資産 取得原価 公正価値または取得

原価

IAS第40号 投資不動産 取得原価 公正価値または取得

原価

IAS第41号 農業(生物資産) 公正価値 公正価値

IFRS第3号 企業結合 公正価値 適用されるIFRSによ

る IFRS第5号 売買目的で保有する非流動資

産および非継続事業 公正価値 公正価値 IFRS第9号 金融商品(金融資産の分類お

よび測定) 公正価値 公正価値または償却 原価

出所:筆者作成

Beaver[1998]によれば,市場が完全・完備市場12)という設定のもとでは,資産の入 口価格が出口価格に等しく,かつ使用価値に等しいことが保証される.さらに,資産の市 場価額は資産に対する請求権の市場価額に等しくなる.しかしながら,より現実的な不完 全市場のもとでは,例えば取引費用,資産の投入価格(取替原価),資産の産出価格(清 算価額)やその使用価値(将来キャッシュ・フローの現在価値)は同じにならないであろ う.不完備市場では,企業の請求権の中にはその不完備性のゆえにおよそ評価できないも のが出てくるし,また市場が存在するために市場価額を観察できても,それはもはや不完 全性または不完備性のゆえに同じ「最適性」の特性を備えていないのである.不完全また は不完備の市場のもとでは,市場価額はもはや,完全・完備市場のもとで備えていた特徴 を必ずしも備えていない.(pp.67-69)13)

アメリカ会計学会財務会計基準委員会(AAA)[2000]によれば,商業ローンのように 流動性が低いかまったくない市場では,借り手に特有の状況等に加え,貸し手の経験や貸 し手と借り手の関係といった特性に価値は依存するので,入口価格,出口価格,使用価値 が異なることとなる.また,金融商品の市場が完全かつ完備でない状況では,出口価値が 投資家にとって最も有用な情報であるということにはならないのは明らかである.投資家 の関心がゴーイング・コンサーンとしての企業の価値であるとすれば,出口価値より使用 価値の方が目的適合的な測定方法である.市場価格が存在しない場合,将来キャッシュ・

フローの見積りは,金融商品がどのように利用されるかについて経営者の仮定や判断に頼 らざるを得ず,使用価値の計算に依存せざるを得ないことになる.(AAA[2000] p.506)

Barth and Landsman[1995]によれば,出口価値と使用価値の差は,「経営能力の差 異(differential management skill)」という出口価値には含まれない無形資産を反映す るものである(p.101).

3.財の観点から ―「プロダクト型会計」「ファイナンス型会計」二元論:武田理論 資本維持概念に着目し,あらゆる資産を公正価値で測定するのではなく,金融商品(金 融資産)については,公正価値による測定が有用であるとする理論的根拠として,例えば 武田隆二[2008b]が提唱する,財の観点から説明した見解がある(図表3-3). それは,実物経済と金融経済における取引市場特性の違いを前提として,「プロダクト 型会計」と「ファイナンス型会計」の二元論として両者が併存する考え方である.武田隆

二[2008b]によれば,実物経済においては,有形財は「実物資本維持概念」,すなわち,

同一の有形財の持続的更新・維持を図る必要がある財である.これに対し,金融経済にお ける金融財は実物資本維持概念を必要とせず,あくまで金利動向を見極めて有利な決済を 行うことを通じた,金融資産に投下した貨幣資本の清算・回収される性質の財であり

(「清算貨幣資本維持」),有形財と金融財とは,その性格において根本的に異なるもので ある.14) プロダクト型会計理論では,安定性が高く流動性が相対的に低い市場を想定し ており,資産評価の確実性の視点(測定の「信頼性」)を重視しているのに対し,ファイ ナンス型会計理論では,ボラティリティと流動性の高い市場を想定しており,投資意思決 定促進の視点(測定の「目的適合性」)を重視している.

図表3-3 二元論:武田理論

プロダクト型会計理論 ファイナンス型会計理論

主たる財貨 有形財 金融財

市場特性 安定性が高く流動性が相対的に低い

市場 変動性と流動性が比較的高い市場

認識基準 信 頼 性 目的適合性

測定属性 取得原価 公正価値(時価)

出所:武田隆二[2008b],古賀智敏[2003],河﨑照行[2009]をもとに筆者作成

測定方法については,プロダクト型会計理論では,認識対象となる有形財(非金融資 産)を取得原価で測定することになる.これに対して,ファイナンス型会計理論では,金 融資産を公正価値(時価)で測定することになる.「プロダクト型会計」「ファイナンス型 会計」二元論は,一企業の中で,有形財と金融財を取り扱っているとき,「そこで機能す る経済ルールは自らの抱くコンテンツが異なることから,異なる会計ルールによってこれ らの2つの経済セクターを描写しなければならない」(武田隆二[2008a]149-150頁)

とする考え方である.その中で,ファイナンス型会計理論,すなわち公正価値(時価)が 適用される市場条件としては,ボラティリティと流動性の高い「市場の整備」を前提とし ている.