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第5章 要求払預金負債の測定

Ⅰ 要求払預金を構成する要素

要求払預金とは,預金取扱金融機関が扱う,契約上の満期がなく,預金者の要求に従っ ていつでも払い出す義務を負っている預金(当座預金,普通預金,貯蓄預金,通知預金,

別段預金,納税準備預金)をいう.2)

要求払預金については,これまでもFASB, IASBのそれぞれにおいて検討が行われて きた.

FASBは,1999年12月に金融商品の全面公正価値会計の導入を提案する予備的見解「金 融商品および特定の関連資産および負債の公正価値による報告」(FASB[1999])を公表 した.この中で,未解決の問題の1つとして,要求払預金の問題を取り上げている.要求 払預金には,①要求払預金負債(the depository institution’s obligation to pay the depositor),②要求払預金契約(the demand deposit agreement),ならびに③要求払預 金関係のその他の便益(other benefits of the demand deposit relationship)の3つの要 素 が 含 ま れ , 3 つ の 要 素 す べ て が 要 求 払 預 金 の 価 格 を 構 成 す る (FASB[1999] par.121-122).要求払預金を構成する3要素を整理すると図表5-1のとおりとなる.

図表5-1 要求払預金を構成する3要素

金融商品(金融負債) ①要求払預金負債

非金融商品(無形資産)

②要求払預金契約 要求払預金 市場価格

③要求払預金関係のその他の便益

出所:FASB[1999]をもとに筆者作成

1.要求払預金負債

預金者によって預け入れられた資金を金融機関が預金者に対して直接支払うか,または 預金者の指定する第三者に支払う約束3)である要求払預金負債の特徴として,次の2点が 挙げられる.第1には定期性預金に比べて金利が低く設定されていること,第2には金融 機関のバランス・シート上にその一定額が滞留することである.

要求払預金負債の金利は無利息または定期性預金よりも低く設定されているが,これは 預入期間の設定がなく,預金者がいつでも預金を引き出すことができるアメリカン・プッ ト・オプションが要求払預金には付与されていると考えることができる.預金者はプット・

オプションの買い手であり,いつでも預金を引き出すことができるオプションを金融機関 から購入する対価として,オプション料の分だけ,要求払預金の金利は定期性預金よりも 低く,あるいは無利息に設定されているというものである.

しかしながら,要求払預金は,必ずしも経済的合理性にもとづかず,決済性資金の滞留 等,金融機関の要求払預金負債残高は一定額が滞留するという特徴があるといえる.この うち,コア預金負債とは,「経営者が,安定した資金の源泉であると考える,契約上の満期 がない預金をいい,一時的な預金や増減の激しい預金は含まれない」ものである(FASB

[2010b]par.7).

FASB[1999]では,金融資産および金融負債の両方をすべて公正価値により測定して 損益認識することを提案している.その主たる理由として,金融資産だけを公正価値で測 定し,金融負債は公正価値で測定しなかった場合には,不自然なボラティリティが生じる ことを挙げている(par.86).

2.要求払預金契約

要求払預金の論点は,預金の金額に関するものではなく,預金者にいつでも金銭を預金 することを許容する,基礎となる預金契約に関するものである(IASB[2008a]par.B11).

預金を行う権利は,預金受入機関から負債商品を購入するコール・オプションとして説 明することができる(Ibid. par.B12).前述のとおり,要求払預金の金利は定期性預金よ りも低く,あるいは無利息に設定されていることから,金利面だけを考慮した場合には,

預金者はコール・オプションを行使しない,すなわち,要求払預金契約にもとづいた預金 の預け入れを預金者は行わない.しかしながら,要求払預金が各種取引の資金決済に使用 されているため,預金者は自己の要求払預金残高をある一定金額以上に保持しようとする

誘引が働くことから,他の預金に比べて預金金利が低かったとしても,預金者は要求払預 金契約を締結している金融機関に預金すると考えられる.その結果,要求払預金の預金者 は,資金を直ちに引き出すことができるものの,ほとんどの預金者がそれを行わないため に,金融機関は,それらが引き出されるまで費用のかからない資金源を有することになる

(IASB[2008a]par.B10).

この要求払預金契約を金融商品と捉えるのか,非金融商品として捉えるのかについては,

IASBとFASBで考え方が異なっている.

IASBにおいては,「金融商品」とは,「一方の企業に金融資産を,他方の企業に金融負債 または持分金融商品を同時に生じさせるあらゆる契約をいう」(IAS第32号,par.11)と定 義されているが,金融機関と預金者との間の預金契約は,金融機関に預金を受け入れなけ ればならないという現在の義務がないとも考えられるため,金融商品には該当しないと判 断され,預金契約を金融商品に含めないことが暫定的に合意されている(IASB[2006b]).

一方,FASBにおいては,約款で預金取扱金融機関に預金を受け入れる義務が課されて いなくとも,推定債務(implied obligation)が存在すれば預金契約は金融商品となり得る

(FASB[1999]par.125)としている.

3.要求払預金関係のその他の便益

要求払預金は,手形・小切手の資金決済や,口座間の資金振替,給与・年金・配当金等 の自動受取,公共料金・税金・各種保険料・クレジット代金の自動支払い等のサービスを 利用することができるといった利息要因以外の利便性を有している.また,預金者によっ て金融知識が異なることから,要求払預金負債の額は市場金利の変動によることなく,一 定程度滞留し,固定化する傾向がある.さらに,要求払預金の入出金データは預金者の消 費行動の一端を表すことから,金融機関にとって各種ローンの販売等のマーケティング活 動の重要な情報源ともなる(吉田康英[2003]198-199頁).

これらが要求払預金関係のその他の便益に該当する事例であるが,金融機関と預金者と の契約に起因する将来キャッシュ・フローではないことから,非金融商品に該当するもの である.したがって,要求払預金を構成する価格には非金融商品の要素が含まれているこ とになる.

以上のとおり,要求払預金を構成する価格には非金融商品の要素も含まれていることか ら,(1)金融商品の定義に重点を置く場合には,金融商品の要素のみ,すなわち要求払預

金負債の公正価値の見積もりが必要となる.4) 一方,(2)公正価値の信頼性の観点から,

市場価格に重点を置く場合には,金融商品の要素だけでなく,非金融商品(無形資産)の 要素についても公正価値測定されるという問題が生じることになる(FASB[1999]

par.132).要求払預金の市場価格(出口価値)は,要求払預金負債から無形資産を差し引 くことによって算出されることになり,要求払預金の預入額(入口価値)より小さくなる.