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第2章 有価証券の保有目的区分の意義

Ⅲ ディスカッション・ペーパーにおける中間的アプローチに関する考察

1.有価証券の保有目的区分の意義

「一般財務報告の目的は,現在のおよび潜在的な投資者,融資者および他の債権者が企 業への資源の提供に関する意思決定を行うに際して有用な,報告企業についての財務情報 を提供すること」((IASB[2010c]par.OB2)であり,「現在のおよび潜在的な投資者,融 資者および他の債権者は,企業への将来の正味キャッシュ・イン・フローの見通しを評価 するのに役立つ情報を必要としている」(IASB[2010c]par.OB3).その場合には,より 精緻な将来キャッシュ・フロー情報を提供することが重要となってくる.

したがって,混合測定属性モデルを採用することで,企業が保有する有価証券を経営者 の保有目的別に区分し,それぞれに適した測定属性により測定した精緻な将来キャッシ ュ・フロー情報を提供することが可能となり,不要な収益のボラティリティを反映させる ことなく,投資意思決定に有用であると考える.有価証券の保有目的区分の意義は,将来 キャッシュ・フロー情報を精緻化することにあるといえる.

以下では,将来キャッシュ・フローに着目して,ディスカッション・ペーパーの中間的 アプローチで提案のあった満期保有投資および売却可能金融資産それぞれの金融商品の区 分の廃止について考察する.

2.満期保有投資の廃止

図表2-2は,中間的アプローチの提案のポイントを筆者が2つの観点から整理したも のである.

満期保有投資の廃止は,図表2-1の提案Ⅰの境界線を取り除くことであり,図表2-

2の提案Ⅰが示すとおり,すべての金融資産を公正価値で測定することである.ただし,

未実現利益の取扱いについては現行のままとするというものである.

図表2-2 中間的アプローチ

公正価値/取得原価(償却原価)

区分 未実現損益の会計処理

提案Ⅰ 見直し 変更なし

提案Ⅱ 変更なし 見直し

(1)経営者の意図(保有目的)

金融商品について,取引の外形のみにもとづいて処理しようとするのが全面公正価値会 計であり,経営者の意図によって処理が異なることを徹底的に排除することにより,企業 間および金融商品間の比較可能性を確保しようとするものであると考えられる.

経営者の意図や目的に左右される選択的な会計基準の存在が,比較可能性などの面で会 計情報の質を低下させること,また,経営者によって恣意的に操作される余地を与える会 計処理は,会計情報の信頼性が低下するおそれがある点を重視した考え方である.

一方で,外形が同一の金融商品であっても,経営者の保有目的が異なれば,将来キャッ シュ・フローも異なってくることから,経営者の意図が提供されるようにすることが,投 資家と経営者との間の情報の非対称性を縮小する観点からは望ましく,また目的適合性の 面からも望ましいと考えられ,将来キャッシュ・フローを重視した考えといえる.

満期保有目的金融資産の保有目的が利息獲得であった場合,当該金融資産を公正価値で 測定した結果が,将来キャッシュ・イン・フローを表しているとはいえないことから,将 来キャッシュ・フローを表すうえで,すべての金融資産を公正価値で測定することが必ず しも適当ではない.

(2)キャッシュ・フロー・リスクと公正価値リスク

金融商品には,JWG[2000]においても指摘されているとおり,キャッシュ・フロー の観点からみて,キャッシュ・フロー・リスクと公正価値リスクの2つがある(JWG[2000]

Basis for Conclusions par.1.22-1.26).

一つには,将来キャッシュ・フローの発生時期は確定している一方,その発生金額が原 資産価格に応じて変動するキャッシュ・フロー・リスクがある.7) 金利変動に起因する将 来キャッシュ・フローの変動によって発生するリスクであることから,将来キャッシュ・

フローに内在する金利が常に市場金利と一致していれば,現在価値としての時価は一定に なる.したがって,キャッシュ・フロー・リスクを回避するためには,将来キャッシュ・

フローを固定化させればよいということになる.すなわち,変動金利ではなく,固定金利 の金融資産を保有することによってそのリスクの回避が可能となる.

もう一方,原資産価格に応じて時価が変動する公正価値リスクがある.公正価値リスク は,将来キャッシュ・フローの金額を固定化することによって発生する.公正価値リスク を回避するためには,将来キャッシュ・フローに内在する金利を常に測定時点毎の市場金 利と一致させればよい.すなわち,変動金利の金融資産・金融負債を保有することによっ てそのリスクの回避が可能となる.

したがって,例えば,固定金利の貸付金は,キャッシュ・フロー・リスクを小さくする 一方,公正価値リスクが高くなり,変動金利の場合には,公正価値リスクが小さくなる一 方で,キャッシュ・フロー・リスクが高くなるという相反関係にあるといえる.

満期保有目的金融資産の保有動機が,例えば社債のように固定金利の金融資産を保有す ることで,キャッシュ・フロー・リスクを回避するとともに,利息獲得にあった場合,経 営者の保有目的が将来キャッシュ・フローを固定化して,キャッシュ・フロー・リスクの 回避行動であるのにもかかわらず,全面公正価値測定のもとでは,公正価値変動分が損益 に算入される結果,経営者の意図しない損益が算出されることになる.

古賀智敏[2001]によれば,資本的性質の変動を除いた資産および負債の増減から損益 を測定する資産・負債アプローチにおいては,一会計期間における資本取引以外での経済 的資源・責務の変動である公正価値変動を忠実に反映する「変動性ある利益」が有用とい うことなる.一方,体系的かつ合理的な配分手続きによって一会計期間の損益の歪みを回 避し,または最小化することを目的とする収益・費用アプローチにおいては,予測不能で

一時的な市況変動から生じた資産および負債の評価差額を損益計算書に取り込まない「正 常性ある利益」が有用ということなる.

なお,JWGドラフト基準では,財務諸表には公正価値リスクを反映させるとともに,金 融商品のキャッシュ・フローの変動リスクに関する情報は,別途開示することで補強する こととされており,これにより「財務諸表利用者は,キャッシュ・フロー・リスクと公正 価値リスクの両方の評価に役立つ情報を持つことになる」としている(JWG[2000]par.164, 170, Basis for Conclusions par.1.26).

(3)満期保有目的金融資産

満期保有目的の有価証券に対する償却原価評価では,信用リスクの影響が無視されてい る.また,満期保有目的の金銭債権の評価では,償却原価による評価と貸倒見込額の控除 という2つの会計処理が併用されている.こうしたことから,全面公正価値測定の観点か らは,償却原価による評価だけでは直接的に信用リスクが反映されていないという点が指 摘されている.これに対し,公正価値には,金利変動の影響だけでなく,信用リスクも自 動的に反映されており,公正価値評価から貸倒見込額を控除するような処理は必要ない.

また,満期保有目的かどうかを客観的に区別することには限界があるので,経営者の意図 を問わず一律に公正価値評価した方がシンプルであるということも公正価値評価の理由と して挙げられている(大塚宗春,川村義則[2002]274頁).

さらに,今日のような流動性の高い金融市場を前提とした場合,短期間で市場において 重大な変化がしばしば起こり得るため,満期保有の目的が維持できなくなることが十分に 想定されるので,厳格な意味で満期保有の意図と能力は事前に証明できるものではない,

とする主張がある(Willis[1998]).

秋葉賢一[2002]によれば,後述するとおり「満期保有目的の債券や通常のローン債権 は,事業として長期間保有するという目的によって換金性が制約されている」(346頁)と して満期保有目的金融資産を事業投資として位置づけている.しかしながら,キャッシュ・

フロー・リスクを回避するとともに,利息獲得を目的とする満期保有目的有価証券は金融 投資であり,金融投資・事業投資の区分による分類では必ずしも満期保有目的金融資産に ついて説明ができない.将来キャッシュ・フローの観点から説明されるべきであると考え る.

満期保有目的の金融資産については,満期までのキャッシュ・フローのスケジュールが 明らかであるのに,契約の途中において公正価値により評価しても,金融資産の市場価格 との差である評価損益は,単なる一時的な機会損益にすぎず,それが実際に授受されるキ ャッシュ・フローと明確な関連性を有しておらず,いわゆる「不実現損益」である.満期 保有目的金融資産は将来キャッシュ・フローが明確になっており,公正価値リスクに比し てキャッシュ・フロー・リスクを重視すべきであると考えることから,前述のJWGドラフ ト基準の提案とは逆に,財務諸表上においては,満期保有目的金融資産については,償却 原価による測定の方が公正価値測定に比して有用であり,さらに公正価値リスクに係る情 報については開示により補強することで,財務諸表の利用者のニーズには十分応えること が可能であると考える.

ディスカッション・ペーパー(IASB[2008a])においても,キャッシュ・フローが固 定されているか,または少ししか変動しない商品については,償却原価は公正価値測定に 代替しうる実行可能な選択肢であるとしている(par.3.21).

3.売却可能金融資産の廃止

売却可能金融資産の廃止は,図表2-1の提案Ⅱの境界線を取り除くことであり,図表 2-2の提案Ⅱが示すとおり,「損益計算書を通じて公正価値で評価される金融資産または 負債」と「売却可能金融資産」ともすでに公正価値による測定を行っていることから,測 定に関する相違点はなく,両者の違いは,売却可能金融資産における未実現利益の取扱い である.すなわち,本提案は,売却可能金融資産について,リサイクリングを廃止し,実 現利益および未実現利益とも当期の利益として認識して,包括利益として計上することで ある.

(1)実現概念 ― 実現利益と包括利益

混合測定属性モデルにおいては,例えば,SFAS第115号では,保有目的別評価法を採用 し,保有目的別に,満期保有目的有価証券,売買目的有価証券,売却可能有価証券の3つ のカテゴリーに分類され, SFAS第130号「包括利益の報告」において,未実現保有損益 については資本の部の一部として,「その他の包括利益」として報告され,その他の包括利 益項目が実現したときに純利益に振り替える(リサイクル)こととなる.取得後の測定と 未実現損益の計上は,カテゴリーによって異なっている.すなわち,有価証券の保有目的