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第6章 金融商品会計における企業実態を反映した測定手法

Ⅰ 経済的利益アプローチから測定パースペクティブまでの変遷の意義

企業の実態を測定するうえで,会計的利益を算出するに当たっての会計情報の測定につ いて,経済的利益アプローチから情報パースペクティブを経て測定パースペクティブまで の変遷の意義について考察する.

1.経済的利益アプローチ

Beaver[1998]によれば,企業の「経済的利益(economic income)は,資本の元入れ

(例えば普通株式の追加発行)や引出し(例えば配当)に対して適切な修正を施した後の,

将来キャッシュ・フローの現在価値の変動分」(p.3),すなわち割引現在価値の変動分と定 義される.「理想的な」会計的利益はいかなる属性を備えるべきかという観点から代替的な 会計処理法を突きつめていくと「財務会計学者は経済的利益アプローチを採用するのが普 通である.このアプローチのもとでは,代替的な会計方法はそれが“理想”にどれだけ近 いと認められるかによって評価される」(p.3)としている.すなわち,会計的利益の理想 を経済的利益に求めるものである.これは,会計的利益は,株式を市場価格で測定した企 業資本の価値変動である,株主資本価値を意味する.

この経済的利益アプローチは,完全・完備市場3)という条件のもとでは,ほぼ完璧であ るのに対して,不完全市場を仮定した場合,①経済的利益概念はその明確性を失ってしま い,②経済的アプローチのもとでは,さまざまな利害関係者の間では,財務報告の「最良 の」方法について合意に達することは不可能となる,という2つの重大な欠陥を有してい るのである(p.4-5).

Beaver[1998]によれば,経済的利益アプローチは,完全または完備市場という市場条 件が崩れた場合,企業価値がすべて企業の純資産の市場価額に反映されるとは限らないこ とから,企業の純資産の市場価額によって経済的利益の前提となる企業価値を求めること が不可能になるという欠陥を有しているというものである.

Scott[2011]も,客観的な状態生起確率が存在しないことから信頼性の高い現在価値 ベースの財務諸表を準備することが不可能であり,また市場価値についても不完全市場の 問題を指摘したうえで,目的適合性と信頼性のバランスを考慮した結果,歴史的原価主義 会計が採用されているとしている(p.55).

2.情報パースペクティブ

1960年代の終わりに,経済的利益アプローチの現実妥当性が否定され,会計情報は評価 のための単なるインプット情報にすぎないとする「情報」アプローチへの移行が起こった とされている.4)

情報パースペクティブ(information perspective)とは,「将来の企業業績を予想するこ とについては個人個人が責任を持つとする一方で,その予想のために有用な情報を提供す ることに焦点を当てる,財務報告に対するアプローチである.このアプローチは,証券市 場の効率性を仮定しており,財務諸表を含むすべての情報源から入手される有用な情報に 対して,市場は反応すると考えている」(Scott[2011]p.153)としており,投資家がす べての有用な情報を解釈するという立場にたっている考え方である.このことは,1978年 に公表されたFASBの財務会計諸概念に関するステートメント(SFAC)第1号「営利企業 の財務報告の基本目的」の中でも,財務報告は将来キャッシュ・フローの評価に有用な情 報を提供すべきであるという考え方を強調しており,この考えはSFAC第8号においても 引き継がれている.5)

「資産・負債・利益などの会計上の諸概念は,情報利用者に企業について何か新しいこ とを提供する情報力のあるシグナル(informative signals)」(Liang[2001]p.229)にす ぎない,とする見方である.情報パースペクティブは,経済的利益アプローチを否定した うえで歴史的原価基準の会計を支持し,投資家にとっての有用性を高めるための方策とし て,フル・ディスクロージャーを支持する考え方であり(Scott[2011]p.229),取得原価 基準の会計情報を情報利用者である投資者等が意思決定をするうえでの情報源の1つとし て捉える概念である.

すなわち,現実的な不完全・不完備市場を考えた場合,企業の純資産の市場価額から,

資本価値を求めることはできず,経済的利益を求めることはできない.なぜならば,市場 価額により測定された純資産には,それを上回るのれん価値(自己創設のれん)が含まれ ないからである.したがって,投資者等が企業のフル・ディスクロージャーによる情報にも とづいて将来の企業の成果を見込むことを通じて,のれん価値を含んだ株主資本価値に反 映させるという考えである.よって,投資者等に当該企業の経済価値を測定させるという 考え方である.

3.測定パースペクティブ

しかしながら,効率的市場仮説に批判的な例えば行動ファイナンス(behavioral finance)理論といった,情報パースペクティブが前提としている証券市場の効率性に関す る否定的な見解が示されるようになり(Scott[2011]p.185-188)6),証券市場が効率的 でない場合,情報パースペクティブの背景にある効率的市場の存在を前提として,歴史的 原価基準の財務諸表を多くの補足的な情報開示によって補うという考え方が成立しなくな り,価値関連性の低下が指摘されるようになった.

こうした指摘を受けて,情報パースペクティブに代わって台頭してきたアプローチが測 定パースペクティブ(measurement perspective)である.測定パースペクティブとは,

「会計は,投資家から要求される基本的な認識,すなわち,企業価値もしくは少なくとも その一部を直接測定して伝達すべきであるという認識に立脚している.要するに,企業価 値評価は報告企業に委任されている.測定パースペクティブにおいては,資産,負債,そ して資本というストックの尺度や利益のようなフローの尺度は,的確に定義され,経済的 特性を有している」(Hitz[2007]p.332)とする見解である.すなわち,市場の非効率性 ならびに会計情報の価値関連性の低下の観点から,歴史的原価基準の会計情報をもとにフ ル・ディスクロージャーで得られた情報にもとづいて投資家が株主資本の市場価値を推定 す る の で は な く , 企 業 自 ら が 株 主 資 本 価 値 を 推 定 す る と い う ア プ ロ ー チ で あ る . Scott[2011]も「会計専門家が財務諸表本体に信頼性が確保される範囲でカレント・バ リュー7)を取り入れる責任を負い,投資家が企業価値を予測する手助けをすることに会計 専門家がこれまで以上に関わる,財務報告アプローチ」(p.184)としており,財務諸表作 成者自らが財務諸表本体に可能な限り多くの現在価値を取り入れるとするアプローチであ る.ここでいうカレント・バリューは,歴史的原価に代わるものとして出口価値としての

公正価値(fair value)と使用価値(value-in-use)の両方を含意している(Scott[2011]

pp.4, 240-242).

ただし,Scott自身は,信頼性の観点からカレント・バリュー基準をすべての項目に拡張 するような測定パースペクティブを望むものではないとしており(Scott[2011]p.230),

測定パースペクティブの概念は,完全・完備市場および効率的市場仮説の両方を否定した 前提での概念であることから,必ずしも全面公正価値を志向しているものではない.

測定パースペクティブは,期中のフローの値の重要性を考慮しつつ,一部の資産を公正 価値で測定することにより,可能な限り企業の経営実態をよりよく反映するように試みる 考え方であるといえる.

測定パースペクティブと整合的なフレームワークを提供している残余利益モデル(Scott

[2011]p.209)にもとづいて整理すると次のとおりとなる(Feltham and Ohlson[1995]

pp.698-699).

株主資本価値=純資産簿価+異常利益の期待現在価値(のれん)

すなわち,有形資産および負債を公正価値で測定しただけでは,その資産および負債が 有する自己創設のれんの部分がオンバランスされていない状態の純資産簿価が意思決定の ためのアウトプットとなる.

他方,Hitz[2007]などの考え方に従えば,企業が市場価額である公正価値と使用価値 によって測定された純資産簿価が意思決定のためのアウトプットとなる.この場合には,

使用価値で測定することにより,有形資産および負債の有する自己創設のれんもオンバラ ンスされることになり,より本質的な株主資本価値の近似値を表現しており,株主資本の 市場価値よりも価値関連性が高い情報であるといえる.

以上から導出される会計モデルとしては,次の3通りが考えられる.

1つは,すべての資産および負債を公正価値により測定するのに加え,自己創設のれん も含め無形資産についても公正価値で測定してオンバランスさせるモデルである.これは,

測定パースペクティブの究極の会計モデルであり,全面公正価値会計の究極の姿でもある.

2番目は,資産および負債をすべて公正価値により測定するモデルである.この場合に は自己創設のれん部分は反映されない,あるいは存在しないことが前提となる.

最後が,ビジネス・モデルを判断材料として,資産および負債を公正価値または使用価 値により測定するモデルで,詳細は後述するが,資産および負債の持つ自己創設のれん部