第6章 金融商品会計における企業実態を反映した測定手法
Ⅰ 総 括
本研究では,企業の活動実態を反映する会計システムを構築するに当たって,金融商品 会計の測定手法について,全面公正価値測定について批判的立場から検討し,市場参加者 の期待を反映する市場価値をベースとした公正価値と,財務諸表作成者である企業の期待 を反映した価値としての償却原価のいずれの測定手法を適用することがふさわしいかの判 断基準を明らかにすることであった.
本研究によって得られた研究成果は次のとおりである.
まず,金融機関が保有する代表的な金融商品である,有価証券,貸出金,ならびに要求 払預金負債を取り上げて,それぞれの測定手法を考察するとともに,公正価値測定により 生ずる負債のパラドックスの問題点を指摘することを通して,企業活動の実態を反映する 測定手法について検討した.
1.有価証券の保有目的区分の意義(第2章)
公正価値による測定は,市場価格を有さない有価証券においては,企業による見積りに 依拠するところが多いため,会計処理において経営者の裁量が入り込む余地が大きいと考 えられる.したがって,公正価値測定が経営者による恣意性の排除につながるという論拠 には弱く,経営者の恣意性の排除の観点から,全面公正価値測定が混合測定属性モデルに 比して有用であるということにはならない.一方,経営者の意図である保有目的を反映さ せた混合測定属性モデルにより,将来キャッシュ・フローに重点を置いた財務報告が提供 できるものと考える.
以上の考えのもと,売却可能有価証券(その他有価証券)の区分については,純利益と 包括利益を両方開示することで,経営者の有価証券の保有目的を反映させると同時に,経 営者の機会主義的な操作を抑制することが十分可能であり,また収益のボラティリティが 高まるのを回避することも可能となることから,売却可能区分の廃止は金融商品会計から みた場合には必要ないものと考える.
しかし,IASBの「財務諸表の表示」プロジェクトにおいては,検討過程において「当期 利益」は表示しないという暫定的な決定が行われた経緯がある.これは,実現概念の撤廃
を意味し,有価証券の保有意図を無意味化させるものである.よって,金融商品会計での 議論ではなく,概念フレームワークにおける純利益と包括利益の検討により,売買目的有 価証券の区分に一元化され得る.
満期保有目的有価証券については,有価証券そのものの売却を予定しない場合,将来キ ャッシュ・フローが確定していることから,不必要にボラティリティが高くなる公正価値 での測定は行わず,償却原価で計上するのが適当であると考える.
以上は,従前の保有目的の分類に従った考察であるが,一方で,売却可能有価証券の中 でも保有する有価証券から企業が期待するキャッシュ・フローが異なっているものが含ま れていることからすると,売却可能有価証券という区分で一括りにしてしまうのは問題で ある.
したがって,企業の活動実態を反映する観点からは,金融資産そのものを売却すること を前提としたキャッシュ・イン・フローを期待するのか,金融資産を保有することによっ て生ずるキャッシュ・イン・フローを期待するのか,それぞれの分類に適する測定手法に よることが重要であると考える.前者であれば公正価値が適当であり,後者の場合には,
金融資産自体の売却は予定していないので,原価が適当である.
国際会計基準において,混合測定属性モデルの区分を保有目的区分から変更する目的は,
会計基準の複雑性を低減するためではなく,企業の活動実態をより良く反映させるための 見直しである.IFRS第9号におけるキャッシュ・フロー要件およびビジネス・モデル要件 等を用いた新たな金融資産の分類基準は,企業の活動実態を反映させるためのものである といえる.
2.貸出金の測定(第3章)
米国が主張するような金融資産の全面公正価値測定は,効率的市場仮説が前提となって いると考えられる.しかしながら,金融機関の貸出金のように,流動性が低いか,まった くない市場では,借り手に特有の状況等に加え,貸し手の経験や貸し手と借り手の関係と いった特性に価値は依存するので,入口価格,出口価格,使用価値が異なることとなる.
また,金融商品の市場が完全かつ完備でない状況では,出口価値が投資家にとって最も有 用な情報であるということにはならない.
金融機関の貸出金は,金融機関それぞれが蓄積している貸付に係るノウハウにもとづく 貸付先に対する評価(格付け),貸付先に対する貸出姿勢(貸付先との関係)により,貸付
の諾否や金利が決定されるという商品特性を有している.ここで適用される利子率は市場 利子率ではなく,当該金融機関が独自のノウハウにもとづいて算出し,貸付先との間で合 意した契約利子率である.よって,金融資産としての商品特性を考えた場合,市場という 観点から捉えるべき資産ではない.さらに重要なことは,市場参加者の予測にもとづいた 公正価値には,企業の予測にもとづいた償却原価には反映されている貸出金利に含まれる 金融機関の有する審査ノウハウ等の自己創設のれんが反映されていないことである.
したがって,利息収入をビジネス・モデルとする金融機関の貸出金の測定に当たっては,
市場参加者の予測にもとづいた公正価値によるのではなく,契約キャッシュ・フローを重 視して,金融機関の契約時の予測を反映した契約利子率である当初の貸出金利を用いた償 却原価によることで,企業の活動実態が反映されるものと考える.
3.金融負債の測定と信用リスク(第4章)
すべての金融負債について,公正価値で測定すること,ならびに当初認識以降の信用リ スクを財務諸表上に反映することの問題点について次の点を明らかにした.
第1に,仮にすべての金融資産および金融負債について公正価値測定を適用しても,負 債のパラドックスは解消されないということである.
負債のパラドックスは,金融資産および金融負債だけでなく,資産・負債サイドとも非 金融資産および非金融負債を含めて全面公正価値測定を適用してはじめて解消あるいはほ ぼ解消される問題である.さらに,金融資産および金融負債に限ることなく,すべての資 産および負債に対して公正価値測定を導入したとしてもなお,自己創設のれんの計上の問 題をクリアする必要がある.しかしながら,全面公正価値測定が経営者による恣意性の排 除につながるとする論拠には弱く,経営者の恣意性の排除の観点から,全面公正価値測定 が混合測定属性モデルに比して有用であるということにはならない.
したがって,IFRS第9号適用後においても混合測定属性モデルを維持する限りにおいて は,企業の「固有リスク」である,当初認識後における信用リスクを財務諸表に反映しな い方策を採るべきである.また,公正価値オプションを採用し,金融負債を公正価値によ り測定した結果生ずる負債評価益または負債評価損の取扱いについては,その損益の性格 から,損益計算書上において純利益(純損失)に影響を与えることのないよう,その他包 括利益に計上することが考えられる.ただし,金融負債に関する公正価値の適用を企業側 のオプションとすることは企業の機会主義的な利用の余地を残してしまうことになりかね
ず,また,1つのビジネス・モデルに対して2つの測定手法が存在することは問題である ことから,オプションではなく,会計上のミスマッチが発生する場合等適用するビジネス・
モデルを明確にする必要がある.
第2に,確定債務たる金銭債務の測定については,契約等によりキャッシュ・アウト・
フローが確定していることから,仮に当該企業の信用リスクの上昇に伴って金融負債の価 値が下落したとしても返済履行義務,すなわち負債の返済額が軽減されることにはつなが らない.よって,金銭債務の測定に当たっては,返済履行義務を重視すべきであり,金銭 債務に係る当初認識以降の測定については,市場利子率にもとづいた公正価値によること なく,債務者と債権者との間で約定した契約利子率によるキャッシュ・アウト・フローに もとづいた償却原価による計上が有用であると考える.
4.要求払預金負債の測定(第5章)
市場での取引が行われない金融機関における要求払預金負債の測定手法とコア預金の認 識・測定ならびに把握することの意義について,FASBとは違った視点から明らかにした.
金融資産および金融負債をすべて公正価値により測定しただけでは,バランス・シート 上,資産サイドと負債サイドのバランスは取れず,その結果,負債のパラドックスが生じ たり,不自然なボラティリティを発生させてしまう懸念がある.これを解消する方策の1 つとして,金融資産および金融負債をすべて公正価値により測定したうえで,負債サイド の要求払預金負債だけではなく,要求払預金の価額を構成する無形資産をコア預金無形資 産を含めてオンバランスさせるという考え方が採り得る.コア預金無形資産を認識・計上 することは,資産総額が増加することであり,これにより,純資産も増加することから,
バランス・シート上から算出される金融機関の安定性に関する財務指標に反映することに つながる.
しかし,すべての金融資産および金融負債を公正価値で測定するというコア預金無形資 産をオンバランスさせるための前提条件が成立しない.すなわち,金融商品をすべて公正 価値で測定することには問題がある.預金を調達原資として貸出を実行するという金融機 関のビジネス・モデルを考慮した場合には,要求払預金のうち金融負債部分である要求払 預金負債については,金利の支払いを企図した負債であることから,資金調達コストとい う観点を重視し,キャッシュ・フローを重視した,償却原価による測定が企業活動の実態 を把握するうえで有用であると考える.