第1章 金融商品会計の背景と先行研究のレビュー
Ⅲ 小 括
本章で明らかになったことは,会計制度の面では,金融商品会計において全面公正価値 測定を肯定する側は,公正価値は市場ベースの値であることからバイアスのない測定手法 としての客観性と経営者の恣意性の排除を根拠に全面公正価値を主張しているのに対して,
反対する側は,公正価値測定の信頼性等への懸念と経営者の意図が反映されない会計情報 の有用性に対する懸念を主張している.また,混乱要因となるボラティリティを生じさせ るとともに,金融負債については,企業の信用格付けが下落すると負債の公正価値評価益 が生ずる,いわゆる負債のパラドックスの問題を指摘している.
会計理論の面からは,公正価値測定を肯定する見解においては,取得原価主義会計は経 営者に過度に自由裁量がある一方,金融商品から生じる将来キャッシュ・フローは契約上
の権利または義務をなすものであり,保有者を問わない無差別性があるとして,市場の変 動性を重視するという考え方にもとづく主張が見られる.また,実証研究を通して,取得 原価と比較した公正価値の有用性を主張する見解が見られるが,有価証券については一定 程度の有用性が認められているものの,その他の金融商品については結果が一定していな いが,有価証券売買に対する有用性を用いて公正価値測定全体の有用性を主張している.
公正価値測定に対する批判は,公正価値が有用であるのは,限定的な場面においてのみ であるいうことである.すなわち,第1点は,公正価値が目的適合であるのは,完全・完 備市場が存在する場合で,金融資産または金融負債の観察可能な市場価格を入手できる場 合に限定されるということである.直接に観察が可能ではない公正価値ヒエラルキーのレ ベル2および3の信頼性に対する疑義があり,公正価値が有用であるのは限定されている という点である.第2点は,第1の問題点をクリアしたうえで,さらにその金融商品の取 引においてのれん価値が存在しない場合に限定されるという見解である.
また,銀行の貸付金のように流通市場を有しない金融資産を公正価値で測定した場合,
その算定手法が様々であることから,信頼性が問題となるという懸念や経営者の裁量が働 く懸念があり,公正価値測定は適さないという指摘がある.
以上のとおり,金融商品会計における公正価値測定を全面的に否定するものでないこと から,企業実態をより適切に反映するための測定手法を考えるうえで,公正価値測定が適 当である金融商品と,原価等それ以外の測定手法が適当である金融商品との境界線をどの ような根拠にもとづいて,どのように引くべきであるかを検討することが重要になってく る.
第2章以下では,本章で整理された論点および公正価値測定の抱える問題点を踏まえな がら,考察を行っていく.
注
1)JWGは,オーストラリア,カナダ,フランス,ドイツ,日本,ニュージーランド,北 欧5カ国(ノルウェーが代表国として参加),英国,アメリカ合衆国,および国際会計 基準委員会(IASC)の会計基準設定主体または職業会計士団体の代表またはメンバー で構成(JWG[2000]par.P4,APPENDIX D).
2)予備的見解(FASB[1999])の公表時点においては,SFAC第7号は公開草案であっ
た(par.12 j).SFAC第7号は2000年2月に公表された.
3)白鳥栄一[1995]は,関係会社株式は連結または持分法適用の対象となるので,貨幣 性資産にはならず,これを費用性資産と解し取得原価で評価するのは「制度」への妥 協である,としている(36頁,脚注2).
4)Sterling[1979]は,「あたかも現在時点というニュアンスを有するかのように解さ れるのを避けるために,「現在価値(present value)」という代わりに「割引価値
(discounted value)」という用語を用いる」としている(p.125).
5)交換原理2:未所有資産のいずれであれ,その購入価額は,現実であると潜在的であ るとを問わず,その資産の交換についてのあらゆる意思決定にとって適合性を持つ
(Sterling[1979]p.119).