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第4章 金融負債の測定と信用リスク

Ⅰ 負債の定義

負債の測定を検討するに当たり,まずその対象となる負債の定義およびその変化につい て整理する.

1.現行の負債の定義

国際会計基準では,現在のIASBの概念フレームワークにおいて,負債は「過去の事象 から発生した当該企業の現在の債務で,その決済により経済的便益を有する資源が当該企 業から流出することが予想されるものをいう.」(IASB[2010c]par.4.4(b))と定義され ている.これは,国際会計基準委員会(IASC)が1989年に公表し,IASBにより2001年 4月に採用された概念フレームワークの負債の定義から変わっていない.

また,米国会計基準では,財務会計諸概念に関するステートメント(SFAC)第6号

「財務諸表の構成要素」において,「負債とは,過去の取引または事象の結果として,他 の企業に対して,将来,資産を譲渡するかまたはサービスを提供するというある特定の企 業の現在の債務(obligation)から生じる,発生の可能性の高い(probable)将来の経済 的便益の犠牲である.」(FASB[1985]par.35)と定義されている.

日本の会計基準では,企業会計基準委員会(ASBJ)の討議資料「財務会計の概念フレ ームワーク」(企業会計基準委員会[2006b])においては,「負債とは,過去の取引また は事象の結果として,報告主体が支配している経済的資源を放棄もしくは引き渡す義務,

またはその同等物をいう.」(第3章 財務諸表の構成要素 第5項)と定義されている.

なお,「債務(obligation)」は,「法律上の債務(legal obligations)」よりも広義で使 わ れ て お り ,「 衡 平 法 上 の 債 務 お よ び 推 定 債 務 (equitable and constructive obligations)」を含んでおり(SFAC No.6, fn.22),企業会計基準委員会の討議資料にお いても,「義務,またはその同等物」として表現されている.

以上のとおり,国際会計基準,米国会計基準,および日本の会計基準のそれぞれにおけ る現行の負債の定義は,若干の表現の差異はあるものの,①過去の事象に起因しているこ と,②債務(義務)であること,③経済的便益の移転を伴うこと,の3つの要件が共通し ているといえる.

2.新たな負債の定義

負債の定義については,これまで,IASBとFASBの共通の概念フレームワークを開発 するための共同プロジェクトにおいて,2010年下期中(2009年6月時点)にディスカッ ション・ペーパーの公表を目指して,フェーズB「構成要素」の中で検討が進められた

(IASB[2009d]).

2008年10月に開催されたIASBとFASBとの合同会議において,負債の定義について以 下のとおり両者の案として暫定的に合意していた.4) すなわち,「企業の「負債」とは,

企業が債務者である現在の経済的義務をいう.」という定義案である.また,その補足説 明として,

①「現在の」とは,財務諸表の日付時点で,経済的義務が存在し,かつ企業が債務者で あることをいう.

②「経済的義務」とは,リスク保護を介してなど,経済的資源を提供する,または引き 渡す無条件の約束またはその他の規定をいう.

③企業は,企業が経済的義務を負うことを要求され,経済的義務を負う要件が法的また はその他の手段により強制力を有している場合に「債務者」となる.

としている.

この定義案については,2008年11月に開催された,IASBの基準諮問会議(SAC)にお いても議論が行われ,その中で,負債の定義について,債務者の法律的な定義では,経済 的な負債を得るには狭すぎること,各国における特有の法律の有無によって,負債を認識 するかどうかが左右されるため,比較可能性に問題があること,ビジネスリスクと負債と の境界線が,負債の定義で解決されないことが報告された.また,資産の定義との対称性 の観点から,負債の定義で「債務者」が本当に必要なのか等についても議論されたが,時 間的な制約もあり,新しい定義は十分な支持が得られなかったことが報告されている(企 業会計基準委員会[2008b]).

新たな負債の定義の背景には,環境債務をはじめとする「企業に対して新しい責務を負 わせる経済社会環境が生まれた」(醍醐聰[2007]5頁)ことから,さらなる負債の範囲 の拡張が見て取れる.

例えば,IAS第37号改訂公開草案において,「ある場合には,負債を決済するために要 求される金額が,1つまたはそれ以上の不確定な将来事象の発生または不発生に依存して いる(条件となっている)としても,企業は負債を有している.そのような場合には,企

業は過去の事象の結果として,無条件債務(unconditional obligation)および条件付債 務(conditional obligation)という2つの債務を負っている」(IASB[2005a]par.22)

とする「待機債務」(stand ready obligation)5)としての捉え方である.これは,法令が 企業に対してリスク保護の提供を要求する場合には,企業は,関連する条件付債務を持つ 無条件債務,すなわち待機債務を有しているという考え方である.偶発債務として捉えて きた債務をさらに無条件債務と条件付債務に分解して捉えようとする発想である.これま で,条件付債務については,発生の蓋然性が高い(probable)ことをもって負債を認識し ていた.しかし,これを待機債務が蓋然性にかかわらず負債として認識され,条件付債務 かどうかについての不確実性は,負債の測定の段階で反映されるものと提案されている

(IASB[2005a]par.22-26).

新しい負債の定義の特徴としては,2つ挙げられる.

第一に,資産が定義されたうえで,資産の定義の対称性の観点を強調して負債が定義さ れている点である.負債の定義は,資産の定義に依存しており,いわゆるミラー関係を重 視した捉え方といえる.

これは,2007年10月に開催されたIASBの理事会(Board Meeting)において,概念フ レームワーク・プロジェクトのフェーズB「構成要素」の中で「資産」の定義について検 討が行われ(IASB[2007c]),これを受ける形で,2007年12月に開催された理事会にお いて,「負債」の定義について検討が行われており,“Parallel approach”,“Mirror Image of Asset Definition”等の表現を用いて負債の定義を整理,検討していることから も明らかである(IASB[2007d],IASB[2007e]).

2013年7月に公表された概念フレームワークの見直しに関するディスカッション・ペ ーパー(IASB[2013b])では,資産を「過去の事象の結果として企業が支配している現 在の経済的資源」,負債を「過去の事象の結果として企業が経済的資源を移転する現在の 義務」とそれぞれ定義することを提案している(par.2.11).すなわち,資産は,「経済的 資源」6)と定義され,そのうえで負債を「経済的資源を移転する義務」と定義されており,

負債の定義が資産の定義に依存していることがわかる.この点からも,負債は「マイナス 資産」(角ヶ谷典幸[2006]74頁)と位置づけられている.7)

第二に,負債の定義にある「現在の義務」については,「負債が存在しているかどうか を判定するために,主要な問題は報告日現在で義務を有しているのかどうか」であること

(IASB[2013b]par.2.16)を強調して確認している.一方で,過去の取引または事象を

特 定 す る 必 要 は な い と し て い る . ま た ,「 潜 在 的 な 将 来 の 犠 牲 (probable future sacrifices)」(FASB[1985]par.35)に代えて,2008年10月に開催されたIASBとFASB との合同会議において,「経済的義務(economic obligation)」という用語を用いること とし,そのため,発生の確かさの評価を行う文言を削除することとしている.この点につ いては,IASBのディスカッション・ペーパーにおいても経済的資源を移転する現在の義 務であるとして,「蓋然性は,基礎となる義務が負債の定義を満たす前に何らかの最低限 の閾値に達している必要はない」(IASB[2013b]par.2.10)とし,発生の可能性の確か さは認識の段階では行わず,測定の段階においてその不確実性を反映しようとするもので ある.すなわち,不確実性を伴う将来損失をより広く負債として認識しようとする考え方 である.

これは,「資産や負債の定義に際してその現在性が強調されれば,表現の忠実性という 質的特性の重視とあいまって,事業用資産についてさえも過去の取引価格である取得原価 で評価することを否定し,資産・負債のすべてを現在の時価を中心とした公正価値で評価 すべきであるという全面的公正価値会計の主張と短絡的に結びつけられやすい」とする見 方もできる(桜井久勝[2007]231頁).

3.負債の定義 ― 法的債務性の観点から

(1)負債の分類

これらの負債は,法的債務性の観点から,一般的に以下のように分類することができる.8) すなわち,負債(経済的負担)の大部分は,債務(経済的給付義務)であり,法律また は契約によって法的に強制される法律上の債務である.さらに法律上の債務は,金銭支払 義務および財貨・用役給付債務といった確定債務に加え,一定の条件を充足すると確定債 務となる条件付債務あるいは無条件債務に分類される.

確 定 債 務 法律上の債務

条件付債務 負債

純会計的負債-法的債務性のない負債