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第5章 要求払預金負債の測定

Ⅳ コア預金に係るアプローチ

こうした問題点を踏まえ,要求払預金の無形資産部分であるコア預金をどのように認 識・測定すべきかを検討する.

1.コア預金無形資産

(1)無形資産としてのコア預金

要求払預金契約は,それが金融商品に該当するか否かにかかわらず,期待される将来の 預金に係る増加的な利益の形で金融機関に便益を提供する(FASB[1999]par.126).し たがって,JWG[2000]によれば,コール・オプションの売り手(金融機関)は,これ らのオプションの市場出口価格を予想便益を含めた計算基礎によって見積もるべきだと考 える場合には,売り手はこれらのオプションを資産として報告することになる(par.4.25).

しかしながら,売り手は買い手に対してアウト・オブ・ザ・マネーのときに権利行使すること やイン・ザ・マネー(買い手にとってのオプションの価格が行使価格を上回っている状態)

のときに権利行使しないことを強制できないことから,売建オプションは将来の便益に対 する契約上の権利をもたらすものではない(Ibid. par.4.27).したがって,売建オプショ ンは売り手側である金融機関の負債にしかならず,金融資産としての資産価値を有さない.

売建オプションに関して予想される将来の資産価値は,オプションの買い手である預金者 との予想される将来の取引関係に関連するものであり,オプション契約に直接的に起因す るものではなく,無形資産である(Ibid. par.4.25).

金融機関にとって,預金は負債である一方,預金として受け入れた資金が経営資源とな る.よって,コア預金量が大きい金融機関ほど経営活動が安定していると捉えることが可 能であり,その観点からは金融機関の無形資産であるという捉え方も可能である.金融機 関にとっての長期の預金者との関係の価値は,一般に「コア預金無形資産(core deposit intangibles)」として知られている.預金債務を現在発行されるであろう金額よりも低く 表示することは,事実上,この無形資産を預金債務に対して差し引くことである.コア預 金無形資産は金融資産ではなく,無形資産であり,無形資産を負債に対して差し引くべき ではないとしている(IASC[1997]chap.5, par.7.15).預金債務を少ない金額で測定す れば,金融機関が,預金の受け入れに際して直ちに利益を計上するという結果になる.顧 客が預金勘定にお金を残すことから生じる金融機関にとっての便益は,その資金が金融機 関にとって利用可能になる将来の期間において金融機関に適切に反映されると考えられる かもしれないが,金融機関は,将来の便益を見越して預金の利益を認識すべきではない,

としている(Ibid. chap.5, par.7.13).

(2)購入コア預金無形資産

これまで,企業結合により外部から取得したコア預金無形資産は無形資産として認識・

測定の対象とする一方で,自社の営業活動により獲得した自己創設のコア預金無形資産は 認識・測定の対象とはされておらず,コア預金無形資産を金融商品会計において認識・測 定すべき対象とするかどうかという考え方がある.また,認識・測定すべき対象とする場 合においては,無形資産として資産サイドで独立した形で認識するのか,あるいは負債サ イドで要求払預金負債からコア預金無形資産分を控除する形で認識するのかという考え方 が採れる.

米国では,会計基準コード化体系(ASC)Topic 805「企業結合」(当初のSFAS第141号)

において,次のいずれかの条件を充足する識別可能な「企業統合で取得した無形資産」は のれんと区別して認識・測定することが求められている(Topic 805-20-25-10).

1)契約またはその他の法的権利から生じた無形固定資産(契約・法的要件)

2)取得した無形固定資産が被取得企業から分離可能で,かつ,売却,譲渡,ライセン ス,賃貸,または交換が可能(分離可能要件)

コア預金無形資産は,いずれの無形資産の要件も満たしていると考えられることから,

金融機関の買収に当たって,ASC Topic 805が適用される場合には,コア預金無形資産の 認識・測定が必要となる.すなわち,「預金者との関係は,頻繁にその関係する預金ととも に交換されることから,のれんと区分して無形資産として認識する規準を充足している」

(ASC Topic 805-20-55-27)として,金融機関の買収に伴って認識されるコア預金無形 資産は,米国会計基準において無形資産として認識することが要請されている.

(3)自己創設コア預金無形資産の計上の可能性 ― 概念フレームワークの見直し 資産の定義については,国際会計基準では,IASBの概念フレームワークにおいて「過去 の事象の結果として特定の企業が支配し,かつ,将来の経済的便益が当該企業に流入する と期待される資源をいう」(IASB[2001]par.49,IASB[2010c]par.4.4)と定義されて いる.同様に米国会計基準においても,財務会計諸概念に関するステートメント(SFAC)

第6号「財務諸表の構成要素」の中で「過去の取引または事象の結果として,ある特定の 実体により取得または支配されている,発生の可能性の高い将来の経済的便益」(FASB

[1985]par.25)と定義されている.したがって,自己創設のコア預金無形資産は過去の 取引の結果として取得したものとは認められないことから,資産として認識することは認

められなかったと考えられる.

しかしながら,2013年7月に公表されたディスカッション・ペーパー「財務報告に関す る概念フレームワークの見直し」(IASB[2013b])において,資産の定義は,「過去の事 象の結果として企業が支配している現在の経済的資源」とする提案がなされている

(par.2.11).ここで,「過去の事象の結果として」という表現を引き続き残しているが,「企 業が資産または負債を有しているかどうかを識別するために当該事象を特定する必要はな い」としており(par.2.16(c)),また,資産の定義案に「現在の」という用語を加えること で,負債と同様に,報告日現在において企業の支配下に置かれていることを強調している

(par.2.16(b)).さらに,認識基準から蓋然性の概念は削除すべきとしている(par.2.35(c)).

こうした点を鑑みると,資産の定義の面からは,金融機関と預金者との長期的かつ安定的 な関係にもとづいて報告日現在において認識されるコア預金無形資産を資産として認識す ることに問題はなくなったといえる.21)

また,概念フレームワークについては,IASBとFASBの共同プロジェクトのフェーズA の成果として,2010年9月に「第1章:一般目的の財務報告の目的」および「第3章:有 用な財務情報の質的特性」を公表とした.22) この中で,「信頼性(reliability)」に代わっ て「忠実な表現(faithful representation)」を基本的な質的特性の1つとして位置づけて いる.これまで「信頼性ある測定可能性」の認識要件を充足しなかったことから,無形資 産は認識対象とされていないが,概念フレームワークが見直されたことにより,超過収益 力が存在する事実を忠実に表現するという理由から,コア預金無形資産を資産として計上 することが可能になったと捉えることができる.

しかし,2013年7月公表のディスカッション・ペーパー(IASB[2013b])では,資産 の定義にある「経済的便益」は,「権利または価値の他の源泉で,経済的便益を生み出す能 力があるもの」(par.2.11)とされ,「価値の他の源泉」には,ノウハウや顧客および仕入 れ先との関係の他,のれんも含まれるとしている(par.3.5(c)).一方,自己創設のれんを 認識することは,目的適合性のある情報を提供しないとして,財務諸表の目的を満たすた めには不要であるとしている(par.4.9(c)).その理由は,自己創設のれんを測定するため には,報告企業の見積りが必要となるが,財務報告書は,報告企業の価値を示すようには 設計されておらず(IASB[2010c]par.OB7).見積りの不確実性が大きすぎるためである

(IASB[2013b]par.4.9).

2.FASB公開草案:コア預金負債にコア預金無形資産を考慮したアプローチ

FASBは,2010年5月,公開草案「金融商品の会計処理とデリバティブ商品およびヘッ ジ活動の会計処理に関する改訂」を公表した(FASB[2010b]).23) この中で,金融資産 および金融負債の事後測定については,4つの例外を除いて公正価値により測定しなけれ ばならないとしている(par.19).この例外事項の1つに要求払預金負債(Demand Deposit Liabilities)が挙げられている(par.31-32).

報告企業は,要求払預金をコア預金負債とそうでない預金に分類したうえで,コア預金 負債については,預金の想定満期日までの期間にわたって,代替的資金調達レート

(Alternative Funds Rate)24)と総経費率(All-in-Cost-to-Service Rate)25)との差によ り割り引いた,平均コア預金残高の現在価値,すなわち再測定金額により測定しなければ ならないとしており,FASBではこれをコア預金負債に関する「再測定アプローチ」とし て新たに提案している.企業は,再測定金額について,当座預金,普通預金,マネー・マ ーケット・アカウント等の主要な要求払預金の種類ごとに算定しなければならないとして いる(par.31).ここでいう想定満期とは,経営者が評価するコア預金負債の想定残存期間 である(par.7).

そのうえで,コア預金負債に該当しない預金負債は公正価値により測定しなければなら ないとしている.しかしながら,コア預金負債に該当しない預金負債によっては,満期ま での期間が非常に短期であるため,預金負債の額面金額が公正価値の合理的な近似値とな ることがあるとしており(par.32),満期のない流動性預金についてはいつでも引き出しが 可能であるという商品性を鑑みると,簿価により測定するということになろう.したがっ て,要求払預金負債のうち,コア預金負債については再測定金額,それ以外の要求払預金 部分については簿価で測定するということになる.

公開草案の検討に当たっては,コア預金の最低残高のみを現在価値で測定するか,コア 預金の平均残高を現在価値で測定するか2つのアプローチが検討されたが,コア預金の平 均残高を現在価値で測定することにより,コア預金無形資産の評価を反映することができ るとして,「無形資産を考慮した金融商品アプローチ」が公開草案に採用された(FASB

[2009c][2009d]).

コア預金負債については,財政状態計算書において以下のすべてを表示しなければなら ないとしている(par.87).

(a)預金の償却原価(要求払額)