第5章 要求払預金負債の測定
Ⅱ 金融負債の測定 — 理論的考察
金負債の公正価値の見積もりが必要となる.4) 一方,(2)公正価値の信頼性の観点から,
市場価格に重点を置く場合には,金融商品の要素だけでなく,非金融商品(無形資産)の 要素についても公正価値測定されるという問題が生じることになる(FASB[1999]
par.132).要求払預金の市場価格(出口価値)は,要求払預金負債から無形資産を差し引 くことによって算出されることになり,要求払預金の預入額(入口価値)より小さくなる.
図表5-2 負債の3類型
負債類型 該当負債例 測定規約
定額の金利の報酬支払いを企図 した負債
社債,借入金等 金融機関の預金負債
増 価
(利息法にもとづく償却原価) 時価の変動差額の報酬支払いを
企図した負債 オプション負債 (売却)時価 報酬支払いの欠如した負債 前受金,建設助成金等 当初評価額の据置き
出所:笠井昭次[2005]をもとに筆者作成
資本貸与活動と資本調達活動は,資本の貸借という同一の経済事象について,資本を貸 与する側(資産)と資本を借り受ける側(負債)からみた見た関係にあるといえる.した がって,資本貸与活動7)(派遣分資産)に定利の獲得を企図する金融資産と時価変動差額 の獲得を企図する金融資産が存在し,それぞれ増価(利息法にもとづく償却原価)と時価 により測定することに鑑みれば,資本調達活動(算段分)にも,定額の報酬支払いを約定 した負債と時価変動差額の報酬支払いを約定した負債とがあり,それぞれ増加と時価によ り測定することについても何ら問題ないとしている.一方で,負債の評価は,一般的に負 債それ自体の経済的性質によって規定されるべきものであり,負債によって獲得された資 金が投下された資産勘定の経済的性質によって規定されるものではない.
例えば,元利の返済額と時期が事前に固定された借入金の場合,負債発生時の受取額
(historical proceed;実際現金受取額)は将来の元金返済額であるキャッシュ・アウト・
フローに等しい.将来キャッシュ・アウト・フローを元利総額と考え,約定金利で割り引 いた場合,その現在価値は実際現金受取額と等しいことになる.当初受払額が現在価値を 表していると主張する場合には,決算時においても債権債務を現在価値により測定するこ とを要求するのが整合的である.したがって,「負債の現在価値=当初受取額」ということ になる(柴健次[2002]120頁).金融機関にとっての預金負債についても同様のことがい える.8)
2.消極財産と他人資本としての負債
負債には消極財産の側面と他人資本の側面とがある.負債の消極財産としての側面を強 調する場合には,資産の測定と負債の測定との間に可能な限り整合性を求め,純財産の統
一的理解を目指すことになる(柴健次[2002]116頁).負債の測定に際しては,マイナス の資産として位置づけられ,特定の資産の測定が前提とされることから,負債の測定属性 が資産の測定属性に従属して決定する関係にあるといえる.これは笠井昭次[2005]がい うところの資本等式的理解と同じであり,前述のとおり笠井が問題点として指摘している
(487-489頁).
一方,負債の他人資本としての側面を強調する場合には,自己資本とともに他人資本も 資産に対する法的持分を表示することが要求される.したがって,負債の測定は持分の表 示にふさわしいものでなければならない.すなわち,負債は基本的に資産から独立して測 定されなければならないとしており(117頁),資産の測定属性に依存することなく,負債 の測定属性を決定することができるという捉え方である.この捉え方は,笠井昭次[2005]
がいうところの企業資本等式的理解に該当するといえる.
3.投資の性質と金融負債の測定
投資の性質によって金融負債の測定属性が異なってくるとする考え方がある.
資金を運用するポジションであれば,その負債はいわば負の金融投資であり,運用目的 の金融資産と同じように,時価評価して損益を認識するのが理屈に合っている.それに対 して,事業資金を調達している負債の場合には,事業投資と切り離して金融の成果だけを 捉えたのではおかしな結果になりかねない.その資金で賄われている資産を自由に換金で きなければ,負債だけを清算してキャピタル・ゲインを獲得するわけにはいかないからで ある(図表5-3)(斎藤静樹[2013]226頁).
図表5-3 投資の性質と金融負債の測定
投資の性質 金融資産 金融負債 測 定 金融投資
(市場価格の変動を期待) 売買目的有価証券 社 債 預金負債
時 価 事業投資
(事業からの成果を期待) 貸 出 金 (償却)原価
出所:斎藤静樹[2013]をもとに筆者作成
この考え方によれば,金融機関の預金負債は,顧客への貸出金に運用する場合には償却
原価により測定し,売買目的有価証券に投資した場合には時価により測定するということ であり,常に資産サイドの測定方法とミラー関係を維持する必要があるということになる.
すなわち,同一の金融商品(金融負債)であっても,調達原資の投資目的によって負債の 測定が異なることになる.例えば,金融機関が預金負債を顧客に融資するまでの間,有価 証券で運用した場合には,預金負債を有価証券で運用している間は時価で測定し,顧客に 融資している間は償却原価で測定することになり,非常に複雑になる.9) また,その他有 価証券(売却可能有価証券)で運用した場合には,金融投資と事業投資の分類には明確に は区分できないといった問題も生ずる.10)
この点については,笠井昭次[2005]は,「負債の評価は一般的に負債それ自体の経済 的性質によって規定され」,「負債によって獲得された資金が投下された資産勘定の経済的 性質によって規定されるものではない」(517頁)とし,「一般的には借方側の資産・費用 の運動は,貸方側の調達源泉の運動とはまったく独立して行われて」おり,「たとえば商品 を現金購入したとき,その現金が,借入金によるものなのか,資本金によるものなのか,
あるいは売上によるものなのか,ということを識別することは,およそ不可能なのである」
と指摘している(520頁).
預金負債のような確定債務たる金融債務の測定については,契約等によりキャッシュ・
アウト・フローが確定していることから,資産の測定属性に依存することなく,その債務の 返済履行義務を重視すべきである.預金負債を公正価値により測定する場合,後述するよ うに預金負債には市場価値が存在しないことから,例えば割引現在価値により測定するこ とになる.その場合の割引率は,各金融機関の普通預金金利は金融機関ごとに設定するも のであり,市場金利ではないことから,市場金利である無担保オーバーナイト・コールレ ートや比較的短期の全銀協TIBOR(Tokyo InterBank Offered Rate)を適用することが考 えられる.しかし,普通預金金利は市場金利に対して低い追随率しか持たず,それほど高 い感応度を有していないことはよく知られた事実であり11),また預金負債そのものを市場 等で売買することを前提にはしていないことから,その調達コストを測定するのに市場参 加者の仮定にもとづく公正価値は適当ではない.
以上から,投資の成果を把握するに当たり,調達原資すなわち預金負債のコストを測定 するうえで,そのキャッシュ・アウト・フローを把握するためには,約定金利での利息法 にもとづく償却原価による測定が有用であると考える.12)