• 検索結果がありません。

第6章 金融商品会計における企業実態を反映した測定手法

Ⅲ 企業実態観にもとづく測定手法

いずれのビジネス・モデルにも共通していえることは,金融商品はその外形だけにもと づいて必ずしもすべて市場価値としての公正価値で測定すべきではないということである.

金融財はすべて売却時価を適用するという考え方を採る武田隆二の主張を支持する古賀 智敏は,割引現在価値計算などにおける測定の困難性を挙げて,武田隆二同様に売却時価 を肯定している.その一方で,市場が完備されていないケースや流動性の低い市場におい て無形的な特性に依存する金融商品については,売却時価より使用価値の方が投資決定に 適合的であると認めている.

斎藤静樹,辻山栄子は,のれん価値が生じない金融投資は,市場価格の変動を投資の成 果と捉えることができる一方,のれん価値を有している事業投資は,市場価格の変動では 事業の成果を捉えることができないとしている.

笠井昭次[2005]は「資本貸与活動(による利潤算出)と価値生産活動(による利潤算 出)とは,根本的に異質な経済活動であり,したがって,価値生産活動のアナロジーで理 解しようとするかぎり,資本貸与活動(およびそれに伴う派遣分資産)の実相は,まった く見えてこないであろう」(283頁)としている.

こうしてみた場合,企業実態が反映される測定手法を考えるうえで,公正価値で測定す べき資産および負債とそうでないものの境界線をどこに置くかということが重要であり,

その判断基準がビジネス・モデルである.同一の資産であっても,ビジネス・モデルが異 なれば,その企業実態を表す最適な測定手法は異なってくる.

1.市場参加者の期待にもとづく公正価値

公正価値(fair value)の定義については様々であるが17),本章では,公正価値は,国際 会計基準のIFRS第13号,米国会計基準のASC820(旧SFAS第157号)に定義される「公 正価値」にもとづいて検討を行う.

公正価値は,IFRS第13号では,「測定日時点で,市場参加者間の秩序ある取引において,

資産を売却するために受け取るであろう価格または負債を移転するために支払うであろう 価格」(par.9)と定義されている.また,「公正価値は,現在の市場の状況下での測定日に おける主要な(または最も有利な)市場での秩序ある取引において,資産を売却するため に受け取るであろう価格または負債を移転するために支払うであろう価格(すなわち,出 口価格)である.その価格が直接観察可能であるのか他の評価技法を用いて見積もられる かは関係がない」(par.24)としており,公正価値は,市場ベースの測定であり,企業固有 の測定ではないこと,企業ではなく市場参加者の将来の市場の状況に関する現在の予想を 反映した測定であることを示している(par.BC31).公正価値は現在出口価値であり,現 時点の市場ベースでの出口価値である(par.BC36).したがって,公正価値は市場価値

(market value)よりも広い概念である.これは米国会計基準ASC820(旧SFAS第157号)

と同一の定義となっている(Topic 820-10-20).18)

IFRS第13号は,公正価値測定のインプットがどれだけ観察可能であるかどうかにもと づいて,公正価値を3つのレベルの公正価値ヒエラルキーに区分することを要求している.

レベル1のインプットは,活発な市場における相場価格(無調整)であり(par.76),レベ ル2のインプットは,直接または間接に観察可能なものである(par.81).レベル3のイン プットは,資産または負債に関する観察可能でないインプットである(par.86).ただし,

公正価値測定の目的はあくまで「市場参加者の観点からの測定日現在の出口価格」の算定 にあることに変わりないことから,観察可能でないインプットであっても,市場参加者が 資産または負債の価格付けを行う際に用いるであろう仮定を反映しなければならない

(par.87).

SFAC第7号においては,「将来キャッシュ・フローに関して実体独自の仮定を用いるこ

とは,市場参加者であれば異なる仮定を用いるであろうということを示す反証がない限り,

公正価値の見積りに適合する」(par.38)としており,現在価値を用いる目的を公正価値の 算定に限定しており,市場利子率にもとづく現在価値を想定している.

古賀智敏[2010]は,公正価値概念は経営者個人の主観的評価に基礎付けられたものか,

市場参加者の合意によって客観的に成立したものかによって,「主観的公正価値(使用価 値)」と「客観的公正価値(交換価値)」に区分されるとしている.さらに客観的公正価値 は,入口価格と出口価格の2つに区分されるとし,金融財については出口価値である売却 時価会計を支持している.「購入時価はインフレ期における収益と費用との同一価格水準で

の対応を確保することによって,物的生産財の効率的利用による経営者の業績尺度を提供 するのに対して,売却時価は金融財の即時的流動化を通じて,ファイナンス市場での投資 の効率性の尺度を提供する」(21頁)として,金融財はすべて売却時価としての公正価値 が適用されるべきであるとしている.

しかしながら,売却時価が公正価値であり得るのは,資産または負債に対する観察可能 な価格を市場で入手することができる場合に限られる(上野清貴[2011]13頁).「公正価 値が意味を持つのは,株主にとっての価値が市場価格に対するエクスポージャーだけで決 まるような場合,すなわち株主価値が市場価格と一対一に対応している場合」に限定され,

「企業が自身のビジネス・モデルに従ってインプット価格とアウトプット価格との差額か ら利益を得ようとする場合には,公正価値は意味を持たない」(Penman[2007]pp.38-39).

また,観察可能でないインプットであるレベル3の中には,測定手法が未成熟のため,財 務諸表本体の測定に必要な最低限の信頼水準を確保できないレベル4として認識すべき部 分も含まれている(越智信仁[2012]64-65頁).19)

2.企業の期待にもとづく償却原価

市場の期待にもとづく割引現在価値である公正価値に対して,企業の期待にもとづく将 来キャッシュ・フローの割引現在価値としては,償却原価が考えられる.20) 期間配分と捉 えるのであれば,利息法による償却原価であり,また,契約にもとづくキャッシュ・フロ ーと捉えれば,契約利子率による現在価値であるが,いずれも同一のものである.21) 償却原価が「企業が資産から得られるものと期待する将来キャッシュ・フローの見積り」

(IAS第36号,par.30)である点では,使用価値(value in use)の1つとして捉えること もできる.

「金融商品ジョイント・ワーキング・グループ」(JWG[2000])は,「使用価値の目的 は,現在価値その他の評価技法を,キャッシュ・フロー,市況,および他の不確実性に関 する経営者の予測にもとづいて適用することである」ことから,「使用価値は,市場価格が 入手可能なときでも内部の見積りと仮定に依存するものであり,企業間で比較可能ではな い」として使用価値については否定的であった(Basis for Conclusions par. 4.9).

しかしながら,商業ローンのような不完全不完備の市場においては,貸し手の経験や借 り手との関係といった「無形の」特性に資産価値が依存することから,売却価値(exit value)より使用価値の方が投資意思決定には適合性がある(AAA[2000]p.506).Barth

and Landsman[1995]は,この「無形の」特性を「経営能力(management skill)の差 異」であるとし,使用価値のみがゴーイング・コンサーンを前提として,資産に関連した 企業価値全体を測定可能にする手法であるとしている(p.101).

3.公正価値と償却原価の違い

公正価値は,前述のとおり市場ベースでの測定である.したがって,公正価値(レベル 3)の場合は割引率が市場の期待にもとづく一方,償却原価の場合は契約利子率あるいは 報告者側が設定する割引率といったように,企業の期待にもとづいた割引現在価値という ことになる.現在出口価値である公正価値(例えば,IFRS13,par.BC28, BC36)も償却 原価も将来キャッシュフローの割引現在価値という点では同一であるが,将来キャッシ ュ・フローの見積りあるいは割引率の選択に誰の期待が反映されるかという点に違いがあ る.公正価値は市場参加者の期待であるのに対して,償却原価は企業経営者の期待による ものである.公正価値(レベル3)が観察可能でないインプットであっても,公正価値測 定の目的が「市場参加者の観点からの測定日現在の出口価格」の算定にあることから,あ くまでも市場参加者が資産または負債の価格付けを行う際に用いるであろう仮定を反映し なければならない(IFRS13, par.87).

企業が予測する現在価値と市場参加者が予測する公正価値とが異なる理由としては,① 企業が市場参加者の予測とは異なる資産の利用方法を意図する場合や②企業が市場参加者 の予想と相違するキャッシュ・フローを実現させることのできる情報や取引上の秘密また はプロセスを有している場合,③企業がリスクについて他社に移転することなく,自ら進 んでリスクを引き受け,自社内でリスク管理を行う場合などが挙げられる(FASB[2000]

par.32).

したがって,契約にもとづくキャッシュ・フローおよびリスクを重視するのであれば,

市場利子率にもとづいた公正価値ではなく,契約利子率にもとづいて測定される償却原価 による測定が適当であるといえる.22)

4.企業実態観にもとづく測定手法 ― 金融商品会計

(1)企業実態観にもとづく金融資産・金融負債における測定手法

以上から,企業実態を的確に把握するためには,ビジネス・モデルにもとづいた最適な 測定手法を選択することが重要である.その判断をするうえで,それぞれ活動が「無裁定