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第6章 金融商品会計における企業実態を反映した測定手法

Ⅱ ビジネス・モデル

1.企業実態観

冨塚嘉一[2013]は,収益費用観から資産負債観への会計観の移行が強調されるが,こ の2つの概念については,単に対立もしくは併存といった関係ではなく,派生的関係にあ るとし(226頁),期中の増減を捉えることを尊重するという共通意識が浮き彫りになると している.期中の資産・負債・資本の増減記録の重要性を考慮したうえで,できるだけ企 業の経営実態に即した会計システムを目指すとした場合,加えて貸借対照表能力をより精 緻に検討したり,公正価値評価の意義を検討したりするとすれば,その根本には,経営実 態を反映させるとの発想が見出されるとし,2つの会計観のうちで支持されるべき基本要 素を取り出して表現するとすれば「企業実態観」に帰着するとしている(冨塚嘉一[2009a]

12-13頁).「期中の資産・負債の増減に関する会計記録ができるだけ企業実態に対応すべ き」(冨塚嘉一[2009a]13頁)であり,企業の実態を的確に把握するためには,ストック の識別とその変化であるフローの把握が同時に必要になることから,損益計算書と貸借対 照表のそれぞれの役割を踏まえ,一体的な連動が必要となってくる(冨塚嘉一[2013]238, 240頁).これは,Nissim and Penman[2008]が主張するように,財務報告の目的は,

バリュエーション(株主価値の評価)目的とスチュワードシップ(受託責任)目的という 株主向けの報告目的であり,公正価値会計はバリュエーションに関する情報を貸借対照表 で十分に説明し,リスク・エクスポージャーとスチュワードシップあるいはアカウンタビ リティ8)に関する情報を損益計算書で提供すると捉えることができる.

以下では,この企業実態観を反映したビジネス・モデルについて検討する.9)

2.金融商品会計基準におけるビジネス・モデル

(1)国際財務報告基準(IFRS)第9号「金融商品」

IASBは,2009年11月12日,国際財務報告基準(IFRS)第9号「金融商品」を公表した.

これは,国際会計基準(IAS)第39号「金融商品:認識および測定」)に関する基準の簡素 化を検討している前述の3つのプロジェクトの第1弾として,金融資産の分類および測定 に関する部分を改訂したものである.

分類では,金融商品会計基準の簡素化を図るとして,IAS第39号の①満期保有投資,② 損益計算書を通じて公正価値で測定する金融資産,③売却可能金融資産,④貸出金および 債権の4つの区分を新たに①償却原価と②公正価値の測定方法による2つの区分に変更し ている.そのうえで,償却原価で測定する金融資産に該当するための適格要件が示され,

それを充足した金融資産は償却原価区分に分類しなければならない.該当しない金融資産 はすべて公正価値区分に分類される.具体的には,次の2つの適格要件を満たした金融資 産は,償却原価で測定しなければならないとしている.(par.4.1.1-4.1.2)

① 金融資産の管理に関する企業のビジネス・モデル:

企業のビジネス・モデルが契約キャッシュ・フローを回収するために資産を保有する ものであること

② 金融資産の契約上のキャッシュ・フローの特性:

金融資産の契約条件が,ある特定日に,元本および元本残高に対する金利の支払いの みからなるキャッシュ・フローを生じるものであること

第1の適用要件においては,企業は,自らの金融資産がこの条件を満たしているかどう かについて,企業の「経営幹部」(key management personnel)が決定したビジネス・モ デルの目的にもとづいて,評価しなければならない(par.B4.1.1).この条件は,個々の金 融商品ごとに分類を考えるアプローチではなく,より高い全体のレベルで判断される.し かし,単一の企業が金融商品の管理に関して複数のビジネス・モデルを有していることも あり,分類を報告企業レベルで判断する必要はない.例えば,企業は,契約上のキャッシ ュ・フローを回収するために管理している投資ポートフォリオと,トレーディング目的で 管理している別の投資ポートフォリオの両方を保有している場合もあり,この場合それぞ れのビジネス・モデルを判断することになる(par.B4.1.2).金融機関におけるバンキング 活動とトレーディング活動といったように,1つの企業に複数のビジネス・モデルが存在 する場合には,ビジネス・モデルごとに償却原価区分または公正価値区分を採用すること が可能である(山田辰己[2010]107頁).

また,企業のビジネス・モデルの目的が,契約上のキャッシュ・フローを回収するため に金融資産を保有することであるとしても,企業はそれらの金融資産のすべてを満期まで 保有する必要はない.すなわち,企業のビジネス・モデルの判断において,金融資産がも はや企業の投資方針に合致しなくなった場合などに金融資産を売却してもビジネス・モデ ルの判定には直ちに影響を与えるわけではない.10) しかし,ポートフォリオから稀とはい

えない回数(infrequent number)の売却が行われる場合には,企業は,そうした売却が 契約上のキャッシュ・フローを回収するという目的と整合しているかどうか,また,どの ように整合しているかを評価する必要がある(par.B4.1.3).

第1の適用要件に該当する場合には,第2の適用要件の判断となる.第2の適用要件に おいては,金融資産からもたらされるキャッシュ・フローが,元本の返済と金利の支払いの みから構成されることが求められており,さらに「金利」に該当するためには,金融資産 の契約条件において,①元利金の返済期日が特定されており,②支払われる金利が,ある 特定期間の元本残高に対する貨幣の時間的価値および信用リスクの対価のみから構成され ていることが求められている(par.4.1.2-4.1.3).元本残高に関連する貨幣の時間価値およ び信用リスクへの対価(当初認識時にのみ決定されるため,固定されている場合がある)

となる変動金利である場合には,契約上のキャッシュ・フロー特性に該当すると考えられ る.

一方,金融負債については,IASBが2010年10月28日にIFRS第9号の改訂版を公表した 中で,金融負債の分類および測定に関するガイダンスが追加されている(IASB[2010d]).

このガイダンスは,従前のIAS第39号における金融負債の分類基準の見直しは行われず,

したがって,金融資産のようなビジネス・モデルにもとづく判定は行われない.引き続き 全部または一部が「償却原価」または「純損益を通じて公正価値」で測定される分類が維 持されることとなった(par.4.2.1).11) 純損益を通じて公正価値で測定する金融負債には,

①売買目的保有に該当する金融負債,②当初認識時において,純損益を通じて公正価値で 測定する金融負債として指定されたものの2つである(Appendix A).

(2)FASBにおける金融商品会計の見直し

FASBにおいては,これまで金融商品の測定に関する包括的な会計基準が存在していな い.また,有価証券についてはその保有目的に従って3区分に分類されている.12) これを

「財政状態計算書(貸借対照表)上,原則としてすべての金融商品を公正価値で測定し,

公正価値の変動分を純損益またはその他包括利益(OCI)で認識する.ただし,例外的に 企業の選択によって,ある状況下の自社の負債については,償却原価で測定することが容 認される」とすることで暫定的に合意しており(FASB[2009b]),あくまですべての金融 資産について公正価値による測定を求めることで検討が進められている.

2010年5月26日,認識および分類,測定,減損およびヘッジ会計のすべてを含んだ包括

的な公開草案「金融商品の会計処理とデリバティブ商品およびヘッジ活動の会計処理に関 する改訂」が公表された(FASB[2010b]).

この中で,分類については,①当初認識後の公正価値の変動を純損益で認識(FV-NI)

する金融資産または金融負債,②公正価値の変動をその他包括利益で認識(FV-OCI)す る金融資産または金融負債,③償却原価オプションを選択した金融負債の3分類とし,償 却原価は金融負債に限定されている(par.12).さらに,分類は当初認識時に決定され,再 分類は認められていない(par.23).

測定については,一定の要件を満たす金融負債,要求払預金負債,短期営業債権および 営業債務,特定の金額でのみ償還され得る投資といった限定的な例外を除いて(par.28-34),

すべての金融資産または金融負債は公正価値で測定しなければならないとしている

(par.19).さらに,公正価値で測定される金融商品については,公正価値の変動は純損益 で認識することが原則的な取り扱いとなる(par.20).

そのうえで,一定の要件を満たす金融商品については,公正価値の変動を純損益ではな く,その他包括利益に含めて認識することができるとしている.この要件の1つに,企業 の金融商品に関するビジネス戦略が金融資産を売却するか,金融負債を決済するというよ りはむしろ,契約上のキャッシュ・フローを回収または支払うために保有していることが 挙げられている(par.21).公正価値の変動をその他包括利益で認識する金融商品は,公正 価値全体の変動額から,当期の利息収益および償却原価法によるアモチゼーションまたは アクリーションを含む費用,信用損失などを控除した金額がその他包括利益として計上さ れる(par.24).

FASBは,報告企業の現在の経済事象の影響を評価するうえで,単一測定属性として公 正価値測定が他の測定方法よりも目的適合的であり,ほとんどすべての金融資産および金 融負債は公正価値で測定されるべきであるとしており,あくまで金融商品会計については 全面公正価値を志向している.

(3)IASBとFASBとの金融商品会計の見直しに関する共通点および相違点

金融商品会計において,IASB,FASBとも最終的に目指す方向は,前述のとおり,すべ ての金融商品を単一の測定方法,すなわち公正価値により測定することで一致している.

そのうえで,両審議会は2006年に締結した覚書(MOU)の中で,コンバージェンスの1 つとして採り上げた金融商品会計の複雑性を低減するためのプロジェクトに取り組んでい