第 5 章 研究アプローチ
5.2. 質的研究アプローチ
5.2.1. 質的研究アプローチの特徴とその分類
質的研究アプローチは、臨床心理学や現場(フィールド)心理学(例えば能智(編), 2006; や まだ, 2000)、医学、介護・保健学、人類学で用いられることが多い。それぞれの分野において質 的研究アプローチは独自に発展しており、手続きが分野間に跨って標準化されているわけではな い。加えて、その手続きが依拠すべき固有の理論や存在論、認識論、方法論、研究の評価から構 成される研究パラダイムも多様であり(Denzin & Lincolin, 2000)、一般的な理解に反して、ただち に本アプローチがポストモダン研究パラダイムに結び付けられるわけではない。しかしながら、研究 対象の主体性を明確に設定し、その内部の視点をもとに分析する研究方法論―言いかえれば状 況依存的(contextual)な現実構成をもとにした方法論―との親和性があることは、下記のDenzin
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& Lincoln (2000)による質的研究の定義とその特徴からも明らかである(下線は筆者によるもの)。
「質的研究とは観察者を世界の中に位置付ける状況依存的な活動である、という定義である。質的 研究は、世界を可視化する解釈的で自然構成的な一連の実践からなる。こうした実践によって世界 は変えられる。つまり、実践によって、世界は、フィールドノーツ(field notes)、インタビュー、会話、
写真、記録、メモなどの、自己による一連の表象に変換される。(中略)質的研究では、諸個人の生 活における日常的ないしは問題的な場面や意味を示す多様な経験的資料-事例研究、個人経験、
内省、ライフ・ストーリー、インタビュー、作品、人工物、文化作品や文化産物、観察資料、史料、相 互行為に関する資料、視覚資料などーが意図的に収集され活用される。したがって質的研究者は、
当面する主題をより良く理解したいと常に念じて、実にさまざまな解釈実践を展開する。しかし当然 ながら、それぞれの実践ごとに世界は異なった仕方で可視化される。それゆえ、どんな研究におい ても、複数の解釈実践が用いられることが頻繁にあるのである。」(訳〈1巻〉3)
上記から、質的研究が“単一事例”を対象とし、日常的な経験資料を収集し、それをもとに分析 を進めていくことを重視していることが読み取れる。また、研究者の存在を分析から捨象するのでは ないことも重要である。質的研究においては、研究者自身が“分析ツール”であるとの立場を取るた めである。
続けて、図 5-1 において、質的分析手法の類型を、主に社会学的伝統(経営学や臨床・現場 心理学も含まれる)と言語学的伝統(文学や認知科学も含まれる)に分類して示す。
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質的データ
画像・映像 音声
言語学的伝統:
分析対象としてのテクスト
フリー・フローイング・テクスト:
自由記述のテクスト 体系的顕在化:
用語のリスト
分析
分析
文法的構造 パフォーマンス
・成分分析
・タクソノミー(分類学)
・心的地図
コード
・グラウンデッド・セオリー
・シェーマ分析
・古典的内容分析
・内容(コンテンツ)辞書
・分析的帰納法/ブール代数
・エスノグラフィック決定モデル
・キーワード・イン・コン テクスト
・用語カウント
・意味ネットワーク
・認知地図 用語
・フリーリスト
・パイルソート
・一対(二項)比較
・三角テスト
・文章構成代理語法
ナラティブ 会話
(談話)
分析 社会学的伝統:
経験としてのテクスト
テクスト
図5-1. 質的分析手法についての類型化
(Ryan & Bernard (Denzin & Lincoln (Eds.)), 2000: 訳〈3巻〉166)
図 5-1 で示した類型にもとづき、本論が依拠すべき質的分析手法について述べる。本論は社 会科学の領域において議論が進められているので、“経験としてのテクスト”の解釈が必然的にター ゲットになってくる。かつ、調査対象者の内面を探るために、調査対象者自身の言葉を収集する必 要があるため、“自由記述のテクスト”が収集対象となるであろう。一方本論では、4 章で示した通り 既に分析枠組みが用意されていることから、それによって示された概念に対応したテクストの“コー ド”化が可能である。このことから、日常会話そのものか、もしくは、なるべく日常的な会話に近い“自 然な形”で行われたインタビューで得られたテクストを、本論の分析枠組みにのっとって解釈しコー ド化していく、というデータ分析方針が浮かび上がってくる。このような分析手法の 1 つの選択肢と して、グラウンデッド・セオリー・アプローチがある(図 5-1 参照)。次項では本分析手法について詳 細に検討し、本論の趣旨との妥当性の検証を試みる。
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