第 4 章 分析枠組みの構築
4.3. 分析枠組み
本論の分析枠組みは、Yoshinaga & Toyama(2006)の示した6眼モデルにもとづくKRPモデ ル(以下、6眼 KRPモデル)をその出発点とする。その理由としては、第一に本モデルが知識の再 構成プロセスを説明するモデルであること、さらに、本モデルが知識の再構成プロセスに 6 眼モデ ルの導入を試みており、本論の目的に先立っていること、の2点がある。
本モデルは、Yoshinaga & Toyama(2005, 2006)にて提示された KRP モデルを土台に、野 中・紺野(2003)のコンセプト知識創造ステップと 6 眼のインターアクションの働きを対応させたもの である。本論では、一部について修正を行った本モデルを図4-1にて示す。具体的には、1) 問題 の気づき段階(awareness of issues)から 2) 問題解決策(ソリューション)の開発(development solutions)へ、さらに3) 問題解決策(ソリューション)の実践(practice solutions)に至るリニア構造 となっており、全ての段階において6眼インターアクションが働くことが想定されている。以下、段階 毎の特徴を説明していく。
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図4-1. 6眼モデルを活用した知識の再構成プロセス
(Yoshinaga & Toyama, 2006: 39をもとに一部修正)
最初の 1) “問題の気づき”段階は、野中・紺野(2003)の“観察”と“概念化”に対応する。“何の
ために?”、“誰のために?”という存在論的な問いかけを行うことで、自身の準拠枠を意識し本質 的な問題に気づいていく。そこから全く新しいアイデアが着想され、“原型的な概念(prototypic concept)”が生成される。この概念は、Engeström(1987)では“胚細胞(germ cell)”と表現され、
活動システムの発達と転換を引き起こすような、原初的でシンプルな矛盾関係(訳324)を表現して いる。
次に、2) “ソリューションの開発”段階は、野中・紺野(2003)の“モデル化”と対応している。6眼 モデルの文脈でいえば、ソリューションの策定は経営戦略活動にほかならず、Nonaka & Toyama
(2005)の駆動目標に対応していると言えるだろう。この段階では過去・未来眼のインターアクション に焦点が当てられている。未来眼ではポジティブな未来を想像し、一方過去眼では、既知の概念 や概念体系の収集を行う。両眼のインターアクションの結果、新たなビジョンとソリューションが開発 される。
最後の 3) の“ソリューションの実践”段階は、野中・紺野(2003)の“実践化”と対応しており、こ こでも過去・未来眼のインターアクションが焦点になっている。時間軸は複合軸化され、未来眼は 原点を越えて過去半球内で概念体系の再構成を促す働きをする一方、過去眼においても同様に
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原点を越えて未来半球内でビジョンの範囲を拡げる働きをすることが想定されている。
図4-1で示したモデルを土台に、2章で示した知識の再構成の定義、さらに 3章での先行研 究レビューにもとづいて構築し、本論にて用いる分析枠組みを図4-2にて示す。本分析枠組みは、
1) “問題の気づき(awareness of issues)”段階から 2) “ソリューションの開発(development of solutions)”段階へ、さらに 3) “ソリューションについての対話的実践(dialogical practice on
solutions)”段階に至る発展的変化の構造となっている。6 眼 KRPモデルからの大きな変更点とし
て、段階が入れ子状に配置されていること、段階によって6眼インターアクションの働きが制限され ていること、の2点がある。以下、土台となった6眼KRPモデルとの比較を通じて、本分析枠組み の全体構造、および段階毎の特徴について述べる。
図4-2. 分析枠組み:6眼インターアクションを内包した知識の再構成プロセス
本分析枠組みでは、その全体構造が入れ子状として想定されているのが大きな変更点である。
2 章で述べた通り、本論における知識の再構成プロセスが、発展的変化を仮定しているからである。
本論では、Wilber(1995)の“超えて含む”発達構造に依拠している。つまり、第 2段階は、第 1 段 階を含み―第2段階のシステム内部で第1段階は引き続き機能する―、さらに第3段階は弟1段 階、第2段階を含む。表現を変えれば、次の段階への移行は、Watzlawick等(1974)のいう“第二 Copyright © 2007 Takashi Yoshinaga All rights reserved 55 / 142
次変化”にあたる。従って、本モデルはより高次の段階への移行を示すリニアな性質と、段階間の 相互フィードバック関係を示すインタラクティブなそれを併せ持つ構造を持つ。図 4-2 で示した各 段階の外枠である円の拡大は、上記の発達構造を表現するとともに、問題を設定し、解決する主 体―組織などの複合状況主体も含まれる―の意識界の成長を同時に表している。
第 1 の段階である“問題の気づき”では、時間軸の原点―現在眼というべきであろうか―から、
今ここで(here-and-now)起こっている状況を、アナログ眼とデジタル眼を働かせて把握する。この 段階では、過去・未来眼は働かせず、現象学的な状況への接近を想定している点において Nonaka & Takeuchi(1995)の表出化モードと共通しているが、問題をパラ・パラダイム軸で現実構 成する点に違いがある。アナログ眼では問題を葛藤として、一方デジタル眼では問題を矛盾として 捉える。その上で、おぼろげに見えてきた“問題”の主体の範囲を決定する。従って、この段階では、
どの眼間インターアクションについても想定しない。3章で詳しく述べたとおり、本論では、対話と実 践が同時生起するという条件が整わないと 6 眼インターアクションが生まれない、という前提を取っ ており、かつこの段階の現象学的な現実把握を強調したいためである。
次の段階は“ソリューションの開発”である。この第2の段階は、土台となった6眼KRPモデルと 同様に戦略を立案する段階であり、過去・未来眼インターアクションが働いている。第 1 段階で設 定された問題の文脈に沿う形で、未来半球(意識)内では未来眼が働き、未体験でポジティブなビ ジョン―未来半球に所属する準拠枠―を想像している。一方、過去半球内では過去眼が働き、強 みにつながる価値観―を探究する。このインターアクションは、Cooperrider & Whitney(1999)の
AI手法に拠っており、時間複合軸は想定されていない28。想像されたビジョンと探究された価値観
は、主体眼、客体眼によってチェックされた上で、デジタル眼の働きによって主体・客体にとっての 意味が定義される。それによってソリューション、ないしは駆動目標(Nonaka & Toyama, 2005)の 主体内外の共有が可能になる。これらの活動は、ただちに第 1 段階における問題の気づきにフィ ードバックされる。このことによって、アナログ・デジタル眼を通して知覚された葛藤・矛盾の質が変 化する。
最後の“ソリューションについての対話的実践”の段階は、実践と対話が同時生起する状況下 にあることを示し、本段階に至ってようやく3軸内眼間インターアクションが十全に展開されると想定 する。加えて、3 軸は複合軸化される。過去・未来眼のインターアクションにおいては、過去半球内 で未来眼が働き、価値観と信条―過去半球に所属する視点―の変化と、視点の変化に対応した 概念体系の新結合を促進する一方、未来半球内で過去眼が働き、ビジョンと期待―未来半球に所 属する視点―の視野を拡げると想定する。主体・客体眼のインターアクションでは、主体境界の再 設定がもたらされると想定する。さらに、アナログ・デジタル眼のインターアクションでは、ソマティッ ク・マーカー(Dimasio, 1994)がより強く意識されるようになり、即興的な推論がより効果的に行わ れるようになると想定する。これらの活動はただちに第1、2段階における問題の気づき、ソリューシ ョンの開発にフィードバックされ、それらが質的に変化する。葛藤・矛盾を克服する一方、新たな葛
28 3章において、原点を越えた6眼の働きに先立って、プロパー半球内での6眼の働きが充分に行われる必要が あるとした仮説を示した。
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藤・矛盾が生じ、更なる問題への気づきへとつながることもあるだろう。また、ソリューションが見直さ れ、未体験のものが体験されることで新たな未体験の想像を可能にするとともに、主体の強みが更 に別の角度から探究可能になるかもしれない。