第 9 章 結論
9.3. 仮説モデルの理論的含意と独自性
本節では、本論の理論的な土台となった 2 つの理論モデル、すなわち野中等(Nonaka &
Takeuchi, 1995; 野中・紺野(2003); Nonaka & Toyama(2003, 2005))による組織的知識創造 理論、林(1999, 2001, 2004)の6眼モデルとの比較を通じて、前節で提示した本仮説モデルの独 自性を明らかにしていく。
最初に、組織的知識創造理論との比較を通じた本仮説モデルの独自性を、下記の 3 つの点 から提示する。1) 問題への気づき段階とソリューション開発段階を内包した対話的実践段階の提 示、2) 知識の再構成要素の提示、3) 知識の再構成要素に対応したマネジメントの提示。
1 つ目は、組織的知識創造理論と本仮説モデルの最も重要な違いとして位置付けられるが、
本モデルで提起した知識の再構成の第3段階として設定された、“対話的実践”の概念の提示であ る。組織的知識創造理論では、“対話”と“実践”は独立した行為として切り離されており、それらが 同時に行われる状況を想定できていない。このことは、組織的知識創造モデル、特にNonaka &
Toyama(2005)で示されるような対話と実践の往還型の構造に起因すると考える。本仮説モデル はこの理論的限界を乗り越えるために、Schӧn(1983)の実践概念と、Bohm(1990)の対話概念を
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統合した“対話的実践”を新たな概念として提示した。実践は、過去・未来眼とアナログ・デジタル眼 インターアクションの働きが想定され、一方、対話は主体・客体眼インターアクションの働きが想定 されている。実践と対話が統合された本概念によって、主体・客体眼、過去・未来眼、アナログ・デ ジタル眼インターアクションが全て働くことを想定することが可能となった。さらに、本仮説モデルで は、構造そのものを、Wilber(1995)の発展構造に依拠して入れ子状構造にしている。具体的には、
問題の気づき段階からソリューションの開発段階へ、さらにソリューションについての対話的実践段 階へ移行するとともに、高次の段階は低次の段階を含むと想定されている。3 つの段階が対話的 実践段階において同時に生起し、相互にフィードバックする現象を説明することが可能となった56。 加えて、6 眼モデルは、単に知識の側面だけではなく、感情面も含めた知覚とコミュニケーションを 対象にしている(林, 2004)。このことで、組織的知識創造理論の分析枠組みを超えた活動につい て分析することが可能となった。その結果、組織的知識創造理論では想定されていなかった複合 化された視座の働きやソマティック・マーカー(Damasio, 1994)の働きが新たに概念化された。
2つ目は、本論では“知識の再構成”―組織的知識創造理論では“知識創造”であるが―そのも のが何によって表現されるか?との問いに答えようと試みた点である。組織的知識創造理論では、
知識が創造されることで主体がどのように変容するか、という問いに明確に答えていないし、そもそ も何が知識なのか、という定義自体も曖昧である(Gourlay, 2006)。一方、本モデルでは、知識の 再構成の諸要素として、主体境界の再設定、葛藤・矛盾、視野の拡がり、技術概念体系の新結合、
信条の変化の5つを提示した。
3 点目は、知識の諸要素に対応したマネジメントの役割を新たに提示したことである。組織的 知識創造理論では、Nonaka & Takeuchi(1995)によって、次の5つの促進要件が示されている。
すなわち 1) 意図(目標への思い)、2) 自律性、3) ゆらぎ/創造的なカオス、4) 冗長性、5) 最少 有効多様性であるが、それらが実際にどのような局面で働くかは漠然としている。本論はデータに 密着して、知識の再構成要素に対応した以下の6つのマネジメントを提示した。技術評価、抽象的 な方向付け、ロードマップ策定、異質な情報の共有、混乱を誘う、組織・体制づくり。1 つ目の意図 は、視野の拡がりに影響する抽象的な方向付けマネジメントが対応するであろう。2 つ目の自律性 においても、抽象的な方向付けのマネジメントが対応する。3 つ目のゆらぎ/創造的なカオスは、抽 象的な方向付け、主体境界の再設定と技術概念の新結合に影響する異質な情報の共有、および 葛藤・矛盾に影響する混乱を誘うマネジメントと対応している。4つ目の冗長性も同様に、抽象的な 方向付けと異質な情報の共有に対応しているであろう。5 つ目の最小有効多様性は、主体境界の 再設定に影響する組織・体制づくりのマネジメントに対応している。従って、本仮説モデルでは、組 織的知識創造理論で想定された促進要件と知識の再構成要素を対応付けることができるとともに、
本理論では想定されていない促進要件として、技術評価とロードマップ策定のマネジメントを提示 している。本仮説モデルが提示した知識の再構成を促進させるマネジメントは、マネジャーの役割 が徹底したサポート役として想定されており、組織的知識創造理論での促進要件である自律性を
56 仮に本仮説モデルの構造のみをNonaka & Takeuchi(1995)のSECIモデルに当てはめるとすれば、内面化が 連結化、表出化および共同化を、連結化が表出化と共同化を、表出化が共同化をそれぞれ内包する構造として提 示される。
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さらに強調している57。知識の再構成要素のうち“信条の変化”について、マネジメントと直接的に 対応付けることができなかったことも、自律性の強調と関係するであろう。チーム・メンバーの信条を 変化させるのは、マネジャーの役割でないのかもしれない。8 章で分析したように、A研究チームの 道具(Engeström, 1987)は多元的な価値観であった。メンバーが持っている価値観を尊重する反 面、自身の持つ価値観をケアするのは自己責任であるのかもしれない。この想定により、本仮説モ デルでは、先に示したEngeström(2001)やGourlay(2006)が批判した、“答えを既に持っているマ ネジャー”像を明確に否定することが可能となる。
続いて、6眼モデルとの比較における本仮説モデルの独自性を明らかにする。6眼モデルと本 仮説モデルの最大の違いは、本仮説モデルが説明する現象にある。6 眼モデルはシミュレーショ ン・モデルであり、実際の運用は大学での講義や社内研修等で使われることが想定されている。そ れに対して、本仮説モデルは、実際に研究開発が行われている場における活動をもとに構築され ている。
第 1 に、双方のモデルは時間の流れが違うであろう。6 眼モデルによるシミュレーションは長く ても数時間である。しかし、本モデルの分析範囲は3年以上に亘る。研究開発を行っていく上で行 き詰ることもあるし、うまくいかないことは多々あるであろう。それらを乗り越えるために、時にはあえ て特定の視座の働きを停止した方がいいかもしれない。この知見の取り込みが、6眼モデルに対す る大きな違いとなっている。
第2に、本仮説モデルの説明対象が組織活動である以上、マネジメントの概念が入ってくる。A
研究チームのマネジャーやリーダーは、純粋なファシリテーター/コーチ58ではいられない。本論に よって示唆されたように、場合によってはメンバーを鼓舞し(強みを引き出す)、評価し(技術評価)、
キャリア・パスを考える(キャリア・パス策定)必要がある。
以上により、本仮説モデルでは、さまざまな利害関係が渦巻く中、誰もが公正中立な立場では いられない状況において、どのように6眼が働くかについての1つの仮の答えを提示することがで きた。具体的には、本モデルが、理想的に 6 眼のインターアクションが同時に働くために必要な条 件として対話的実践を提示するとともに、それに先立つ段階として、問題への気づき段階、ソリュー ションの開発段階を設定した。このことは、主体・客体眼、過去・未来眼、アナログ・デジタル眼イン ターアクションが全て働くためのプロセスを提示したことを意味する。さらに、知識の再構成プロセス を促進する具体的なマネジメントの方策を、同時に 6 眼のインターアクションを促進するものとして 援用することが可能であることから、6 眼シミュレーションの実践にあたってのガイドラインに新たな 観点を提供することができたと考える。
57 先に引用したOリーダーの発言である「(P、Q、S研究員)3人に対しては、こういう分担だよねというのを示しまし た。そこに対して、例えば依頼元(事業組織)なり、どんなツール・技法なりというのは、確かに何も言ってないし、き っと言わない。議論には参加したいとか、アドバイス、僕はこう思うけどね、っていうのは、言うでしょうし。」(2006年4 月4日付インタビュー)が、全てを物語っている。
58 林(2001)は、「ファシリテーションとは、インターアクションが好ましい方向に動くことを助けること。そのエッセンス は教えたり、ガイドしたり、リードするのではなく、インターアクションがエネルギーを得て、自然に動くのを横から支 援すること」と述べている。尚、ファシリテートが1対多の関係におけるサポートであるのに対し、、コーチングは1対 1の関係におけるサポートである(林博士との会話を通じた教示によるもの)。
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