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第 9 章 結論

9.5. 本論の限界と将来に向けた課題

本節では、本論の限界を、理論的限界と方法論的限界に分けてそれぞれ示す。その上で、現 時点で判明している将来の研究に向けた課題について述べる。

まず、本論の理論的限界にもとづき、以下の3つの課題を挙げる。1) 対話的実践概念の一般 化、2) 6 眼のインターアクションの範囲の拡大、3) 知識の再構成を促進するマネジメントの再検 討。

1 つ目の、本論で新たに提起した対話的実践概念については、対話とは何か、実践と行為の 違いは何か、について理論的な検討を行った結果、Bohm(1990)の対話概念とSchӧn(1983)の 実践概念の統合を試み提示した。本概念は、6 眼モデルの文脈では、主体・客体眼、過去・未来 眼、アナログ・デジタル眼インターアクションを働かせながら、主体が客体に積極的に働きかけを行 っていく行為として定義づけられている。そのため、A研究チームが研究委託元である事業組織と 契約を交わし、両組織が合意した目標に向けて研究開発行動を行っていく文脈を想定して議論を 進めてきた。しかし、この定義はすべての研究開発実践に当てはめて検討されているわけではな い。例えば、学術における研究実践のコンテクストにおいて、対話的実践段階における活動とは具 体的には、どのように説明されるのだろうか。この問いに答えるためには、さまざまな研究開発実践 における客体の構成要素62について、詳細に検討する必要があるであろう。さらに、対話的実践の 限界を探求していくことで、対話的実践の定義をさらに明確にすることができる。その作業を経ては じめて、当段階を超えて含む新たな高次の段階を提示できる可能性が出てくる。

2つ目の6眼のインターアクションについては、本論では、同一軸内のインターアクション、つま り、主体・客体眼、過去・未来眼、アナログ・デジタル眼インターアクションにのみ焦点を当てている。

しかしながら、軸を超えたインターアクションや、2 つの視座ではなく 3 つ、ないしはそれ以上の視 座のインターアクションについても理論的に想定されている(林, 1999: 91-92; Nonaka & Toyama, 2005)し、本論でもそのようなインターアクションを示す意味まとまりを提示している。しかしながら、

本論ではこれらのインターアクションの存在を示すに留まり、その理論的な考察までには至ってい ない。この限界を乗り越えるためには、本論が想定したインターアクションの射程を拡大して、分析 枠組みの再構築を行う必要があるであろう。

62 本論では、チーム同僚、社内研究組織(個人)、社内事業組織(個人)、消費者/顧客、競合組織(個人)、技術コ ミュニティ、研究テーマとその成果、の7つを客体として想定した。例えば、自然科学領域における実験系研究室を 対象とするならば、自然ドメインである分子や生物が、研究テーマとは別に客体として想定されるであろう。また、人 工物ドメインでは、実験装置が客体として対象化されると考えられる。

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3つ目の知識の再構成プロセスを促進させるマネジメントは、本論において提示した11つの概 念のうち、7つのみを知識の再構成要素として対応付けた。残りの4つの概念、すなわち異なる視 点の統合促進、シンボル化、強みを引き出す、キャリア・パス策定については考察の対象外とした が、これらの概念が本論で焦点を当てた概念と比較して重要でないということではない。本論では、

これらの概念が、なぜ知識の再構成要素と対応付けることができなかったかについて説明すること ができていない。もしかしたら、A研究チームのマネジメント上の限界かもしれないし、もしくはこれら のマネジメントの効果が現れていないだけなのかもしれない。前者については、他の研究開発組 織の事例を研究することで明らかにできる可能性がある。また、後者については、A 研究チームの 調査を今後継続して行うことで明らかにできるかもしれない。

次に、方法論的限界にもとづく課題を、反射性(reflexivity)の観点から検討する。松嶋(2006)

は、経営学の方法論的課題を以下のように提示し、反射性概念を方法論として取り入れる必要が あることを強調している。

「これまでも実証主義的な方法論への批判として所与の概念操作を前提とした統計技法の無批判な乱 用が、研究者にとって既知のことだけを分析してしまいがちになることが指摘されてきた。これらの議論で は研究者にとって既知の概念枠組みによる汚染を避けるために、経営実践そのものの意味を捉える重要 性が論じられ、例えば金井(1991)や佐藤(1992, 2002)などでは、綿密なフィールド・リサーチを通じて 経営実践を担う当事者ないし「内部の視点」から経営現象を紐解いて行くことによって、実証主義的な方 法論の限界を克服しようとする試みがなされてきた。(中略)これまでの経営学における技術研究ならび にその方法論的課題を巡る議論において欠けていたのは、技術的事象を分析するわれわれ研究者の分 析自体を対象化する(筆者追記:反射性テーゼ)ことであろう。(中略)つまり研究者も技術や技術を巡る 社会変化の独自の解釈を作り出すという、当事者とは別の言語ゲームに携わっていることをもっと自覚す べきである。(中略)実証主義的な方法論の限界は、われわれ研究者の分析についてもひとつの実践と して対象化することによってはじめて乗り越えられるのである」(21-23)

松嶋(2006)の議論は、端的に言えば、構成主義研究パラダイムから、参加型パラダイムへの 移行の必要性・可能性を示唆しているものであるから、本論での立場、すなわち構成主義パラダイ ムと参加型のそれとの中間に立ったときに生じる方法論上の問題意識と相通じるものがあろう。本 論では、7章で詳細に述べた通り、データ収集の際に、研究者(筆者)と対象者の解釈の相互作用 を積極的に試みてその過程をテクスト化し、分析範囲に含めるという方法をとることで、上記の方法 論の課題を乗り越えようとした。しかしながら、筆者によるA研究チーム・メンバーに対する問いかけ や解釈の提示が、彼らに影響を与えたこと63それ自体について、分析および考察の対象とはしな

63 筆者がインタビュイーの知識の再構成に一定の影響を与えたこと自体は間違いないと思われる。例えば、V研究 員は、8章で提示した通り、筆者の影響を次のように述べている。「[筆者]と話をさせていただいた時に、えっと、な んて言うんですかね、自分が受けたイメージでは、全てこう(M社の慣習を)マイナスと捉えるんじゃなくて、一旦受け 入れてから(筆者注:主体眼停止)考えたほうがいいんじゃないか、という勝手な捉え方をしたんじゃないかと。そう いったことが必要かなと思って。その時から、そういうアプローチはしていて、[M社]ってどこがいいところなんだろう

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かった。このことは、本論が林(2004)のいうロールプレイによる現実構成(210)、ないしは「二次的 構成物(constructs of the second degree)」(松嶋, 2006: 22)に留まっていることを意味している。

この方法論上の限界を乗り越えるためには、筆者自身がなぜインタビュイーに影響を与えるような 問いかけや解釈を生み出したのか、についてデータとして提示し、それについての分析・考察を試 みる必要があるであろう。具体的には、フィールド・ノーツの形式で、筆者自身の研究実践に関する メモを日付を明記して作成し、その記述と、インタビューで行った問いかけと解釈とを照合させる、と いった方法が考えられる。また、本論では採用しなかった、調査対象者の研究実践そのものを対 象化してテクスト化し、それらに対するシークエンス分析を行っていくことも方法論上有効であると 考える。

上記の反射性の課題に加えて、概念生成から意味まとまりに対する概念付与を経て概念間の 相互影響分析に至る一連の手順における課題を示しておく。本論における分析手法は、特に概念 間の相互影響分析においてMAXQDA 2007固有の機能に依存しており、一般的な手順として提示 しきれていない。また、概念付与は概念生成と同時に行われ、試行錯誤的に行われており、それら の作業の過程を明確に提示していない64。従って、本論は分析結果そのものの妥当性を堅固に有 しているとは言えない。本分析で使用したインタビュー資料は機密情報が含まれており、生データ 全体を公開できない。従って、本論のコード化作業を第3者が追体験する機会は閉ざされている。

本論では、生成したすべての概念に対応する意味まとまりを1つ以上提示することで、生成した概 念の妥当性が読者によって確認できるよう試みたが、さらに踏み込んで概念生成の試行錯誤の過 程そのものを提示する65ことは、反射性の観点からも有意義であろう。

以上の限界を克服し、新たな研究実践―A 研究チームへの継続的調査と、新たな研究開発組 織を対象とした研究の両方が対象となる―を通じて本論における仮説モデルを修正していくことこ そが、将来に向けた課題として結論づけられるであろう。今後本論の課題が取り組まれていく期待 を抱きつつ、本論を閉じることとする。

って。偉そうな言い方なんですけど、いいところもあるんだっていうところをやっぱり、見つけているというよりも、仕事 をしながら感じ取る(筆者注:視野の拡がり)というようにして。」(2006927日付インタビュー)また、P研究員は、

筆者とのインタビューで発見したことがあると述べている。「(筆者発言:今の[研究テーマ]の話はどうなんですか ね?人(の要素)は入ってくる?ごめんなさい。人間がどうのってことを考えるのに…。)あーなるほど、なるほど。そっ かそこにつながらない悩みってあるかもしれない。あるかもしれないですね、そこは。そこかもしれないですね。求め られているのは、多分、人が出来るだけ手をかけないでやれると。なんですけど、そりゃ無理だろう!っていうのが片 方であって、最終的に判断するのは人なので、それを本質的にやるためには、人が見て正しいと思うものを機械に 教えなくてはならないよね、それは無理でしょう、という頭はあって、確かに、そこで躊躇してるところあるかもしれな い。それは今日の素晴らしい発見かも。そうか、そうなんですよね。うん。なるほど。そうか。そこをうまく消化すれば いいのか。」(200697日付インタビュー)

64 実際の作業では、いったん生成した概念が分析の過程で他の概念と統合されたり、概念自体が消滅したりした ことが多々あった。概念名が異質なものに変化することで、いったん付与した概念を別のものに付け替えた意味まと まりもあった。

65 試行錯誤的な概念生成は、グラウンデッド・セオリー・アプローチの特性の1つであり、それ自体は否定されな い。

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