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第 3 章 フェミニズム運動にとっての「慰安婦」――1970 年代を中心に

3. ウーマン・リブの「慰安婦」言説

3.1. 資料について

リブ運動は各地の小規模なグループによる運動であり,ビラやニュースレターなどの通 信が主な発行物であった.大部分は手書きのガリ版刷りで作成されているが,タイプ印刷 されたものもある.グループ単位で発行されているため,地方のグループなど,発行物の 保存・管理をしている関係者がおらず発行物が各種機関へ寄贈されていない場合は,現在 では当該資料へアクセスする手段がない.そのためリブ運動全体の言説を網羅的に研究す ることは困難であるが,1992 年より出版された溝口明代ほか編『資料 日本ウーマン・リ ブ史』(以下『リブ史』)の全3巻に,1980年代時点で収集された各地のグループの資料が 収録されており,そこで大まかな全体像が概観できる.諸グループの発行物を幅広く収録

した本格的な資料集はほかになく,『リブ史』は現在に至るまでリブ研究の必須資料とされ てきた.ただし,現存するすべての資料が収録されているわけではなく,編者の判断で選 択されたものにより構成されている.また,一次資料から活字に文字起こしされた資料集 であるため,細かい部分で間違いもある.

そして現在ではもう一種類,リブ研究に欠かせない資料集が既刊となっている.2008年 に出版された,田中美津ほか関東の複数のグループが拠点としていた「リブ新宿センター」

の関連資料集『リブ新宿センター資料集成』である.これは媒体別に 3 冊ほど出版されて おり,東京におけるリブ運動の中心的存在であった複数のグループの資料の多くを確認す ることができる資料集である.編集・刊行を担った保存会によると,リブ新宿センターと その運営グループが1970-1977年に発行したニュースレター,パンフレット,ビラの1983 年時点で残っていたものが収録された(リブ新宿センター資料保存会編 2008: ⅰ).この資 料集は一次資料をそのまま製版印刷したもので,活字に文字起こしされていないため,各 種資料の文字情報をほぼ正確に確認することができる.ただし当然ながら,資料によって は経年による文字のかすれ等の原因で判読できない箇所があるものもある.

リブ研究を試みるにあたっては,以上 2 種類の資料集を扱う必要があるだけでなく,リ ブ運動が隆盛であった当時から書籍や雑誌となって出版されていたものも研究対象とする 必要がある.そうした資料の全体的な状況を概観するために,井上輝子らによる報告論文

「ウーマンリブの思想と運動――関連資料の基礎的研究」(井上ほか 2006)を参照しつつ,

本研究で対象とする資料の性格を述べたい.

この井上ほか論文は,リブ関連資料がどの程度出版物として刊行されているか,あるい は出版されてはいないが諸グループが個別に刊行していた各種資料がどこに保存されてい るか等の情報について詳しく,「ウーマンリブ関係資料の現状」を次のように整理している.

「1. 1970年代前半の運動の中で,表現され,発信されたもの」として「A ビラ・チラシ・

ポスター」,「B パンフレット・資料」,「C 定期刊行物」,「D 出版物」,「E 映像作品」の5 種類,「2. 運動の参加者が後に自身とリブとの関係について表現したもの」として「A 出 版物」,「B 映像作品」の 2 種類,「3. リブ運動の中で発生し,長期にわたって継続的に発 信されてきたミニコミ」である(井上ほか 2006: 143-5).これらを基に本研究で対象とす る資料の一覧を表2としてまとめた.その際,井上ほか論文が整理するところの「1」から

「3」の内容は統合しても問題ないと判断し,統合して表2に反映している.

さらに本研究では,井上ほか論文では言及されていないが,鈴木(佐伯)洋子・三木草 子が刊行していたミニコミ『女から女たちへ』と福岡のリブグループ「紅館」発行の月刊 新聞『Majo』など,どちらもすべての号ではないが収集できた限りの号を扱う.この他に 入手できた資料も対象とし,ともに表 2 に含める.執筆者が独自に入手したこれらの資料

は,『リブ史』に一部収録されているのみであったり収録されていなかったりするゆえ,出 版された資料集内容より多くの資料を扱っていることを示すためにリストアップしている.

『リブ史』と『リブ新宿センター資料集成』の中身の膨大な資料群は煩雑になるため表 2 には反映していない.

『リブ史』には全巻の累計で852種の文章102が,『リブ新宿センター資料集成』にはニュ ース篇に18種類103のニュースが,パンフレット篇に19種のパンフレットと1種類のアン ケートが,ビラ篇に321 種104の資料が収録されており,本研究が対象とした資料群はそれ らも含めた分量となる.リブ運動すべての言説を網羅するものではないが,活発な活動を していた運動体の資料はある程度押さえてあるといってよいだろう.

なお,井上ほか論文は映像作品105も挙げている.本稿執筆にあたりすべて視聴し,リブ 運動への理解を深めることができたが,作業の方針上文字資料を対象とするため映像作品 は言説分析の対象としては扱わない.また,表2の通し番号6,7の資料はリブ運動の出現以 前から発行されていた媒体であり,本研究では対象外とした.8の『婦人通信』も,発行主 体が「アジア婦人会議をセンターとするグループの一つとしてアジア婦人会議の活動に連 帯した」(溝口ほか編 1994: 360)グループとして『リブ史』で紹介され,リブグループ一 般から区別された「リブの波紋」という章に収められているため,対象外とした.

具体的な分析手法としては,これらの資料のうち「慰安婦」が言及されたものを一式抽 出し,何が問題化されているか検討するものである.特に,日本人「慰安婦」の存在が描 かれているかどうかに注意を払う.

[表2] リブ資料の取扱い内容一覧

種別 タイトル 刊行時期 著者 発行部数 本研究での

取扱い

補足事項 1

集会記 録等

性差別への告発 1971.03.2 5

亜紀書房編集 部編

2 単著 いのちの女たちへ

ーーとり乱しウー マン・リブ論

1972.04 田中美津

3 共著 女の思想 1972.04.2

5

佐伯洋子ほか

4 回想録 リブ私史ノート 1993.01.25 秋山洋子 5 回想録 全共闘からリブへ

ーー銃後史ノート 戦後篇

1996.07.2 5

女たちの現在を 問う会編

6

サーク ル誌

れ・ふぁむ 1963.04.1 0-1991

女性問題研究

7号までガリ刷り,

8号から活版印刷 1000部,23 2000

×

7 個人誌 無名通信 1967.03-1

979

河野信子 ×

8 機関誌 婦人通信 1971.03- 『婦人通信』編

集委員会編

× 9 機関誌 ネオリブ 1972.07-1

973.09 中絶禁止法に

反対しピル解禁 を要求する女性 解放連合(中ピ 連)

×

10 機関誌 リブニュースーー この道ひとすじ

1972.10.0 1-1976.02.

10

リブ新宿センタ

創刊号 3000-5000部,

23000部,ミ ニ版1-号外500 部,8-16 1000-2000

11 機関誌 女性解放とコミュ ーンーー新しい地

1974.01.0 1-1975.08.

15

市民に権利の 回復を! 市民 連合

×

12 雑誌 女・エロス 1973.08.0 1-1982.06.

25

「女・エロス」編 集委員会編

13 ミニコミ おんなの叛逆 1971.05.0 5-現在

久野綾子編

14 ミニコミ あごら 1972.02.1

5-2012

× 15 ミニコミ 女から女たちへ 1972.03-1

988.03

鈴木洋子・三木 草子

創刊号120部,

ガリ刷り印刷 200部,13号よ りオフセット印 刷で500部,後 700

○1,3-8 ,10-13 ,27-54(終 刊)号

2,9,16,18/

19,20号の 一部が『リ ブ史』にあ

16 例会記

リブFUKUOKA

1970-(1973.12 頃解散)

リブ

FUKUOKA ○1971.5.1メ

ーデー臨時 号,

1971.5.12 6号,

1972.2.14第 9

4,5,6,9,

10号の一 部と1971.

秋の別冊 全文が『リ ブ史』にあ

17 月刊新

Majo

1973.10.1-(1976年解 散)

福岡優生保護 法改悪阻止実 行委員会(紅 館)

○1,3,4,5,7,8 ,1974.10.2 6号外, 15

18

無文字 1972.11 箱崎女性史研

究会

(入手した現 物は30頁の 後が欠落)

1号のみの

発行であっ た模様 19 パンフ 羊水チェック 1973.10.3

0

福岡優生保護 法改悪阻止実 行委員会(紅 館)

20 パンフ 優生保護・羊水検 人工妊娠中絶 問題を考える

1973.10.3 0

九大祭生物実 行委員会

21

共著 おんなふみ 女の 文芸誌1

1980.05.2 0

グループおんな ふみ

22 共著 「私は存在する.」

——私たちの北 村三津子さんへ

2011.11.0 1

「みんな北村三 津子さんが好き だった」の会

((井上ほか 2006)と『リブ史』,『リブ新宿センター資料集成』の情報を基に構成し,個 人収集の内容を加え作成.通し番号の網掛け部分の資料は(井上ほか 2006)では言及され ていないが個人収集したものである.)

資料調査の結果,リブの運動家の手によるビラやパンフレット,出版された書籍などで,

「慰安婦」に言及しているものを複数確認した.それらを表 3 に一式リストアップした.

膨大な資料群のなかで「慰安婦」に言及しているものはほんの一部にすぎないが,かとい ってリブの運動家がかつての「慰安婦」制度に十分な問題意識を持たなかったというわけ でもない.これにはリブ運動が特定の課題に限らない「女のトータルな解放をめざすもの」

(溝口ほか 1992: 8)であり,主に1970年代当時の多方面の現象に関心が向けられていた こと,「慰安婦」制度の実態解明がさほど進んでいない時代であったことなどの要因により,

「慰安婦」制度そのものに問題化の対象を絞った動きは起こりにくい運動であったという 背景が指摘できる.