第 3 章 フェミニズム運動にとっての「慰安婦」――1970 年代を中心に
6. 侵略=差別と闘うアジア婦人会議の「慰安婦」言説
6.2. アジア婦人会議の「慰安婦」テクスト
アジア婦人会議は「慰安婦」制度を問題であるとする視点を持っていた.ただしリブ同 様,主要な論争テーマなっていたわけではない.「慰安婦」が言及されているのは,ごく限 られた資料にとどまる.表4の内容について【】で囲んだ資料番号を挙げつつ論じていく.
以下は【1】の,「女子差別教育」の討議資料に掲載された「女子教育解体闘争のために」
と題する文章である.
われわれ女性は階級社会における性奴隷である.(中略)一夫一婦制,家族制度,男 女の分業の上になりたつ資本主義社会は打倒の対象である.資本主義社会は,性によ る差別,抑圧を強化した.つまり一方では,「母性」として労働力と軍事のにない手を 生産させ,他方で,本国内の最底辺の女性と被抑圧民族の女性を「慰安婦」として引 きだし,性と生殖をいやしめ歪ママ小化してきたのである.(金山 [1971] 侵略=差別と闘 うアジア婦人会議資料集刊行会編 2006a: 222)
この文章は上記の引用部分以外にも,「自らの階級性を検証し,プロレタリアの自己解放 の内部に位置づけ,世界的勝利に向かっていかなければならない」(金山 [1971] 侵略=差 別と闘うアジア婦人会議資料集刊行会編 2006a: 223),「ソ連社会の性革命の挫折,日本ス ターリン主義運動の女性解放斗争の腐敗,われわれ自身の革命運動における堕落を問い返 し,明確にし,止揚していかなければならない」(金山 [1971] 侵略=差別と闘うアジア婦 人会議資料集刊行会編 2006a: 223)などの記述にみられ,党派色が強い文体となっている
127.アジア婦人会議の初期の活動にはセクトの活動家が多数参加しており(水溜 2012a:
145),次第にセクトの主張の受け売りやノンセクトのメンバーに対する威圧的な論調が問 題視されるようにもなり(侵略=差別と斗うアジア婦人会議 1972),上記文面についてもノ ンセクトのメンバーが戸惑いを感じた可能性はある.しかしアジア婦人会議が「慰安婦」
制度の問題化を否定したことは資料をみる限りないので,性差別・性抑圧をとらえる文脈 上,上記の「慰安婦」制度批判はアジア婦人会議のなかで共有されたとみてよいだろう.
特筆すべきは,「被抑圧民族の女性」だけでなく「本国内の最底辺の女性」も「慰安婦」
とされたと認識されている点である.この点は同じ時期のリブ運動の資料からは確認でき
表 4 の各項目について
「巻」の数字は『侵略=差別と闘うアジア婦人会議資料集成』の分冊ナンバー,「会」は会報であり会報番号とともに 記載,「ファ」は「侵略=差別と闘うアジア婦人会議」資料ファイルでありファイル番号とともに記載,「単」は単著で ある.「日本人」欄の内容分類基準は表3に準ずる.
なかった.それだけではなく,執筆者の金山は「戦後米軍の慰安婦として,最も下層の婦 人が食べるものも食べられず,動員されていったことを忘れてはならない」(金山 [1971] 侵 略=差別と闘うアジア婦人会議資料集刊行会編 2006a: 228)と特殊慰安施設協会(RAA)
で占領軍の性の相手をさせられた女性たちの存在にも言及している.そうした女性の歴史 と1971年時点での問題が重ね合わされ,次のような表現がなされている.
一九七〇年に防衛庁より出された防衛白書には,国防に婦人の関心をはかっていく ことが方針として出されていくが,我々婦人はふたたび性と生殖が国家に管理され,
侵略を遂行する人間を生む道具とされ,アジア人民の殺りくを支える人間となっては ならない.愛国心の高揚と家族制度の再編は一体のものである.(金山 [1971] 侵略=
差別と闘うアジア婦人会議資料集刊行会編 2006a: 235)
「再侵略」を問題化するアジア婦人会議の視点をそのまま説明する文章であるといえる.
金山は【3】の文章でも「慰安婦」にふれている.
帝国主義は,富国強兵政策,健民健兵政策を遂行し,家族,性への国家的介入を必 然化するのである.それは今日,再び,優生保護法粉砕・改悪阻止闘争において,明 確化された問題でもあるが,○イ 「大和健児」の出産と「障害者」抹殺の女性への強要,
優生イデオロギーの強化,○ロ 軍事・生産への女性の動員,慰安婦化,○ハ 銃後の女の育 成,母の神聖化,女子差別,抑圧教育,性道徳,性罪悪視観の強化等の攻撃として,
女性の性を生殖への直接的介入と支配,管理をはかっていくのである.(金山 [1972b]
侵略=差別と闘うアジア婦人会議資料集刊行会編 2006b: 106)
上記の文章のタイトルは「日共スターリン主義の婦人政策批判」であり,日本共産党を 批判する,やはり党派色の強い文章となっているが,引用箇所に表れている問題意識は他 のメンバーも共有していたと考えられる.「今日」の文脈と絡めつつ,帝国主義一般の性質 を論じている.
【3】の資料と発行時期が前後するが,次に【2】の資料を確認したい.1972年の国際婦 人デーの集会報告であるこの会報紙面は,前節の表3【36】の資料の原本であり,すでに概 要を紹介しているものだが,以下のような討論の文脈上での発言であったことを押さえて おきたい.
イ,在日朝鮮人二世の方から=各報告に朝鮮人の問題がぬけている・不満である.(中
略)国際婦人デーにおいて,戦争責任の問題を聞きたい.とりわけ,女性の戦後の戦 争責任について.四十代以上の人は責任をあいまいにしている.
ロ,五十代の婦人活動家より=自分はいろんな問題にかかわってきた.「従軍慰安婦」
の帰国の問題など.日本人は四十代ばかりが問題なのではない.二十代,三十代だっ て問題だ.
ハ,在日朝鮮人二世=四十代以上の人は,直接侵略戦争に手をかしているから,特に 問題にしているのだ.(金山 1972a: 1)
繰り返しになるが,これ以上の説明がないので,「五十代の婦人活動家」がどのような活 動をしてきたのかは判断できない.
以下の資料【4】は,キーセン観光反対運動の文脈で書かれたものである.
かつて日本は朝鮮を植民地とし,多くの朝鮮の娘たちを従軍慰安婦に狩り出した.今 日では日本の経済侵略が,韓国をわがエコノミックアニマルたちの赤線地帯としている.
(侵略=差別と闘うアジア婦人会議 [1973] 侵略=差別と闘うアジア婦人会議資料集刊 行会編 2007: 3-1)
キーセン観光反対のテクストは,リブのものとも似たような表現となっている.
アジア婦人会議名義で出される文章で「慰安婦」が言及される時期は1975年に集中して いる.以下の【5】の資料は1975年の国際婦人年に際して総理府,労働省,日本国連協会 の主催で開かれる会議に天皇,皇后が出席することに対して「政府ブルジョアジーによる 女の統合を許さず,あらゆる差別の元凶である『天皇』の政治的再登場を断固糾弾」(侵略
=差別と闘うアジア婦人会議 [1975a] 侵略=差別と闘うアジア婦人会議資料集刊行会編
2006c: 215)する文脈で書かれたものである.革新系といわれる婦人団体すらもこの会議に 積極的に参加する姿勢を見せていたため,アジア婦人会議はそれらの団体への批判も込め てアピールを出した.
かつて,天皇制ファシズムが,戦争へ突入する只中で,一般の女は,天皇を頂点とす る家父長制のもとでの隷属を強いられ,「家」の守り手,「靖国の母」「銃後の妻」とし て包摂され,一方,貧農や被差別部落,沖縄の女性や,民族差別によって国家から排除 された朝鮮人の女性は,「従軍慰安婦」として狩りたてられていった歴史を,私たちは 痛みなくして振り返ることはできません.(侵略=差別と闘うアジア婦人会議 [1975a]
侵略=差別と闘うアジア婦人会議資料集刊行会編 2006c: 214)
「貧農や被差別部落,沖縄の女性」という,「日本人」の範疇にあるが多様な位置にいる 女性たちの存在が,朝鮮人女性と併記されているところに注目したい.天皇(制)が「あ らゆる差別の元凶」であるという視点は,この政府主催の国際婦人年の会議に天皇・皇后 が出席するという出来事をきっかけに打ち出されていくが,飯島によると1972年の優生保 護法改悪の動きに「戦前・戦中と戦後を一貫して流れている民族優生思想,資源としての 人口対策,性抑圧=家族主義イデオロギーの連続性をそこに見た」(飯島 [1977] 2006: 317)
からでもあるという.
1975年の国際婦人年の会議を問題視したアジア婦人会議は,1975年11月4日に抗議集 会を開催している.集会への参集を呼びかける【6】のビラでは,次のように「慰安婦」が 語られた.
かって戦争への突入の只中で,一方で銃後を支え,「家」を守り,一方で慰安婦とし て狩り立てられていった歴史を許さず,いま日本帝国主義のアジアへの経済侵略を支 える女の統合を粉砕し,真の解放を勝ちとるために,集会とデモに結集しようではあ りませんか!!(侵略=差別と斗うアジア婦人会議 [1975a] 侵略=差別と闘うアジア婦 人会議資料集刊行会編 2006c: 216)
資料集にはもう一種類,同じ集会の呼びかけのビラが掲載されているが,その文面では 以下のように「慰安婦」から日本人女性が省かれている.【7】の資料である.
〔天皇が「侵略戦争を始めたのは自分ではなく,終わらせたのは自分だ」というのな ら,天皇に対して〕沖縄人民はいうだろう.――なぜ沖縄決戦の前に終戦にしなかった のかと.ヒロシマ,ナガサキの市民はいうだろう.――なぜ原爆投下の前に終戦にしな かったのかと.それにまた戦時下,従軍慰安婦としてかり出された約八万人の朝鮮人処 女たちは「天皇陛下の御下賜品」として皇軍将兵の性のエジキにされた.
朝鮮の植民地化と中国,アジア諸国への侵略は天皇の神聖にたくしておこなわれた.
その「過去」をすべて帳消しにしようとすることは,新たな侵略のための布石である.
(侵略=差別と闘うアジア婦人会議 [1975b] 侵略=差別と闘うアジア婦人会議資料集刊 行会編 2006c: 216)
沖縄,広島,長崎と「国内」の被害を象徴する地域が並び,さらに植民地支配の加害の 象徴としての朝鮮人「慰安婦」が,「約八万」とあえて数字を挙げることで強い告発のニュ