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キーセン観光反対運動のテクストを中心に

第 3 章 フェミニズム運動にとっての「慰安婦」――1970 年代を中心に

3. ウーマン・リブの「慰安婦」言説

3.3. キーセン観光反対運動のテクストを中心に

【42】から【49】までの資料は,キーセン観光反対運動を形成する言説実践がなされた テクストである.まず,キーセン観光反対運動についての概要を述べる.

「キーセン」すなわち「妓生キーセン」とは,宋連玉の解説によると,「掌楽院という役所で技芸 を学んだ生徒という意味であり,宮中,中央および地方官庁に所属していたので官妓とも 呼ばれた」朝鮮人女性のことであり,「後世になるに従い技芸を専門とする女性の意味で使 われた」.単身赴任の役人の世話をし,性関係を持つこともあったが,同時に不特定多数の 相手をすることはなかったとされる(宋 2009: 106-7).

このように妓生キーセンは伝統的には必ずしもスティグマ化されるばかりの存在ではなかったが,

植民地主義とオリエンタリズムにより,娼婦としてまなざされるようになる.日本人の海 外旅行が自由化されると,韓国への買春旅行が増大した.それが,妓生キーセンに扮した若い韓国 人女性に料亭での「キーセン・パーティ」で接待を受け,宴会後にホテルで性関係を持つ

「キーセン観光」であり,経済力をつけた日本人男性が1970年代に韓国に集団で出かける 社会現象となった.当時の朴正煕政権はそれまでの借款を軸とする方針から直接投資を優 遇する方針に切り替えており,外貨を稼ぐため,観光客相手のキーセン業を許可制にして,

実質的に国策として推進していた.日本では旅行会社各社がこぞってキーセン観光のツア ーを売り出し,サラリーマンたちがソウルに大挙する事態となっていた.

これに憂慮した韓国基督女性連合会は,1973年7月にソウルで開かれた日韓教会協議会 で抗議のアピールを行った.それを受け日本キリスト教婦人矯風会の高橋喜久江や日本キ リスト教協議会の山口明子らがこの問題を重く受け止め,実態調査をし,資料集を作成し た.同年 10 月にはソウルの梨花女子大学の学生たちが街頭で,12 月には金浦空港で抗議 行動を行った.日本でも呼応するかたちで12月に女性たちが羽田空港で抗議行動を行った.

キーセン観光反対運動は拡大し,「キーセン観光に反対する女たちの会」がアジア婦人会議

メンバー,リブの女性たち,キリスト教関係者らを中心に結成された.この反対運動は,

日本旅行業協会(JATA)にキーセン・パーティの取り扱いを禁止させ,旅行会社各社に表 向きに売り出すことをやめさせるほどには追い込んだ.

そのキーセン観光反対運動で,キーセンとして売春業にあたらされている女性たちのこ とがかつての日本軍の「慰安婦」になぞらえられた.キーセン観光反対運動はリブグルー プ以外の運動体の人々からも取り組まれていたが,ここでは表 3 にリストアップしたリブ 運動関係者による関連テクストを取り上げる.まず以下に,資料【42】のビラ「12.8 アジ アの女を卑しめるエコノミック・アニマルを許さないゾ!」より関連部分を引用する.

その昔,「おかあさん」とひと声叫んでバッタリ倒れた兵士たちはまた,その前線に 朝鮮人の慰安婦を引き連れてその性の飢えを満した.いま,それと同じ構図が,形づ くられつつある.

男の性欲が征服欲を伴ってある時,朝鮮の,東南アジアの女を組み敷く男たちは二 重の意味でその欲望を満たしていく.大東亜共栄圏の悪夢は,アジアの女たちを組み 敷く喜びの中で,甦りつつあるのだ.

「帝国主義」とは,女に貞節を求める男の心,自分一人だけの男,強い男らしい男 を求める女の心,に他ならない.(リブ新宿センター [1973] 2008: 532)(下線原文)

キーセン観光反対の言説は,やはり反帝国主義の言説とともにある.次の【45】の資料 はリブ新宿センターを含む複数のグループの連名で発行されたビラである.関連する部分 を引用する.

いまインフレの日本から韓国,台湾,東南アジアの豊富な資源安い労働力を狙って,

日本の企業はセッセとエコノミックアニマルを彼の地に送り込んでいる.その絶好の エジキとなった韓国では,昼は日本資本の企業が公害たれ流し,そして夜ともなれば,

エコノミックアニマルはセックスアニマルと化して,韓国の女たちを卑しめている.

その昔,日本の女に家を守らせ,銃後の守りとなし,前線に朝鮮の慰安婦をひきつれ て大東亜共栄圏の悪夢を追った.そのあやまちを再びくり返してはならない.(アジア 婦人会議ほか [1973] 2008: 539)

資料【46】はリブグループ「赤い六月」112が発行したとみられるキーセン観光反対運動 のビラである.以下に一部引用する.

週刊誌,雑誌は「東南アジアの夜」の過ごしかたを書きたて,それに釣られた男た ちの精液を満さいしてジェット機は,今日も韓国へ飛びたつ.過去,日朝外交史にお いては,特に明治43年の韓国併合以来日本は朝鮮を植民地とし,朝鮮民衆から強奪し つづけ朝鮮人男子を日本国内の炭鉱へ強制労働に狩り出し,朝鮮人女子を日本兵の慰 安婦としつづけてきた.今また,強大化した経済力を背景に日本はその歴史を再現し ようとしている.(中略)

日本と韓国の帝国主義的隷属関係を,強化し,朴独裁政権を延命させる,日韓閣僚 会議に反対しよう! 観光会社『観光客』=男のキーセン買春を許すな! 光文社「宝石」

は「世界の夜シリーズ」を即刻中止せよ!(赤い六月 [n.d.] 2007: 6)

「朝鮮人男子を日本国内の炭鉱へ強制労働に狩り出し」とあるように,朝鮮人男性への 加害という新たな要素が加わっている.以下の【47】の資料でも同様に,朝鮮人男性への 加害の過去が連想されている.これはミニコミ『おんなの叛逆』に掲載されたリブ新宿セ ンターのメンバーの文章「キーセン“買春”の意味するもの」であるが,まずはキーセン観光 と「慰安婦」が関連づけられる部分を確認したい.

現在,日本は東南アジアの国々へ「経済援助」という名の侵略を行っていることは 周知の事実だが,とりわけ韓国においてはその産業の70%をも日本の企業が実験を握 っており,これらの企業は韓国の人々を一日10時間以上,月八〜九千の低賃金で酷使 している.当然病気で倒れる者も多く,その窮状を救うべく女達は稼ぎのよいキーセ ン(日本人観光客向けの公営の組織売春婦)に身をおとしめていかざるを得ない仕組 になっている.かつて満州,朝鮮において軍隊を背景に男達を強制労働させ,殺し,

女達を犯し,慰安婦に狩り出したことと同じ事を今は金でやっているにすぎない.

侵略とは人間が人間を労働力としてのSEX玩具としての“モノ”としてみなすところ にある.(中略)

韓国の女達がセックス商品として売買されている時,私たち日本の女もまた例外で ありえるハズもない.「キーセン問題」は“かわいそうな「韓国の女」”だけの問題では ないのだ.(関 1974: 21)

キーセン観光の本質は「侵略」であるととらえられている.そしてこの【47】の文章は,

以下のように締め括られる.

まずしい人間関係に耐え,“家”を守ってゆくことが侵略をささえる.“男らしい男”に

価値をおいてしまう己れ自身が内なる侵略をささえる.女に押しつけられた,創り上 げる能力を奪う,つまらぬ労働に耐えることが侵略を支える.人間,可哀いそうな己 れ自身の救済を通じて,はじめて他人に手をさしのべることができるのだ.キーセン 問題が心にひっかかる女達よ,日本の女をしてキーセンの存続を支える優生保護法改 悪阻止の闘いにまずは結集しよう! そして女が男に頼らずとも生きていける経済的 な条件を獲得しつつ,母権制時代の女達が持っていたであろう,創り上げる能力と自 身と喜びを取り戻してゆこう!(関 1974: 24)

キーセン観光反対の言説を紡ぎながら,みずからの置かれた状況を見詰め,日本の女の 解放を目指す闘いを構想しているあたりがいかにもリブ運動らしい.優生保護法がキーセ ンの存続を支えるという主張はリブ運動やリブと協調関係にあった運動の独自の発想,つ まり被害者であり続けることが他者に対する加害につながっていくという論理に基づいて いる.上記文面には家(家族)制度やジェンダー規範への対抗言説もみられる.キーセン 観光反対運動の言説を中心に,女の置かれた状況をまるごと改善していこうとする運動が,

テクストを通じて展開されているといえるだろう.

後に「慰安婦」問題解決運動の中心的存在となる松井やよりも,キーセン観光という性 侵略に心を痛め,反対運動に取り組んでいる.松井は『女・エロス』2号に,【49】の論考 を発表した.キーセン観光に「経済侵略と性侵略の醜関係を見る」(松井 1974: 72)という 松井は,キーセン観光を朝鮮の女性たちが「慰安婦」にされた歴史と重ねて理解した.松 井の問題意識と問題への向き合い方を,以下の文面から読み取ってみたい.

ここで,さらに明らかにしたいのは,国家権力が売春を強要するという恐るべき事 実である.在日韓国人が「自国の娘たちの体を外国人に売る政府なんて今どきどこに ありますが」と朴政権に怒りをぶちまけていたが,わが日本政府もかつて似たような ことをやった前歴がある.敗戦後,日本の女性たちを慰安婦として米占領軍に献上し たのだ.(中略)キーセンも,ゲイシャ・ガールも,自国の国家権力の手で,支配者で ある外国の男たちのいけにえにされたという点では共通の犠牲者なのである.ここに,

二つの国の女性が,被害者同士の連帯感を持ち得る手がかりがあると思う.つまり,

キーセンの屈辱は他人ごとではなく,日本人女性自身の屈辱につながっていく.(松井 1974: 73-4)

ここでは,まず侵略する国があり,そして侵略された国の政府が侵略者に女性を差し出 す,という関係が前提とされ,「加害国」対「被害国」という関係性の下で生じる問題とし