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ドキュメント内 つくばリポジトリ (ページ 152-169)

明灘

マ(139頁〕

         253)

を表明するメッセージ を掲載し.プロ野球チームの前途を暖かく見守り,プロ 野球制度成立への啓蒙に努めようとする姿勢が貫かれている。

 以上.見てきたように,雑誌『野球界』は.主幹横井鶴城の言説からでも明ら かなように,野球制度のより一層の発展のためにはプロ野球チームを結成し.こ れを育てることが重要であるとの立場に立つ。その内容は.従来からの野球イデ オロギーである武士道的修養・鍛練主義の完成をめざす精神野球のより一層の進 展と.野球技術の高度化を目的としたものであり,そこでは入場料を言午容するこ

とがその手段となり,武士道的精神のもう一方の精神的側面である質素倹約・金 銭拒否の名誉観を払拭する経済的イデ才ロギーが大前提となっている。したがっ て,この雑誌の唱える野球信条は,目本運動協会チームの野球イデ才ロギーへの 全面的支持からも明らかなように,先のAタイプのイデオロギーと表裏をなし,

野球制度内改革の一環として積極的に野球のプロ化を促遭しようとするイデオロ ギーの発露と見なすことができるのである。

②r 運動界』の場合

 雑誌『運動界』は,大正9年,早稲田系の野球関係者を申心にスポーツの愛好 家有志が集まり,自らのポケットマネーを出しあって明治30−32年め同名誌を 再刊する形式で発刊された。主幹は,早稲田系スポーツ愛好家を中心としたクラ

       ㎞147 プ組織天狗倶楽部所属の太田四州 (志蹴とも名乗る)であり.したがって先の  『野球界』同様,プロ野球の推進に対してはより肯定的.積極的なイデ才ロギー

1を表明している。

  まず,『運動界』誌で注目すべきなのは,日本運動協会チーム及び宝塚協会チー

=I ムの戦記や満州,朝鮮遠征等の内容を克明に掲載し,情報を提供していることで

   注72)

ある。  筆者の調べたところでも,大正10年10月号から宝塚協会が解散する 昭和4年7月の成績を記録した昭和4年8月号まで,総ぺ一ジ250頁余にわたっ て協会チームの戦績と戦況が伝えられており.そこには.この雑誌の協会チーム に対する並々ならぬ配慮と好意的な姿勢がうかがえるのである、

  さて,目本運動協会チームは,チーム結成後の満鮮還征を経て大正11年9月9  目早稲田大学と対戦し,延長10回O−1で借敗するが、これを観戦した太田は,

 r 当軍精を委くして封鞍した感激と期待に奮ひ起った協舎軍が,死力を傾けて此        1捌)

大敵に肉薄した善戦振りは.亦悲壮を極め.痛絶を窮むるものであった。」 と述 ぺ,その全カを尽くした戦いぷりと意外な接戦に彼らの短目闇における技術の向 上を認め暖かい声援を送っている。その声援は,r 目本暴初の専門的チームの成立

を危ぶみ.共護達を懸念し.I 共の結果を氣遣った人々も.夏以来の協舎チーム李 見て始めて安堵の胸を撫で\,固く握った手の汗を凱1た.賞讃と同情の聲は期 せずして彼等の前途に投げられた。今や彼等は洋々たる前途の光明を望んで.幕 直に突進すぺき一路を霞見したのであった。雑然たる剤嫌の荒野を出た彼等は。

      255)

 ヒタ走りに.此の一路をさへ進めばよいのである。」 という表現の中に如実に 示されている。また.同時に掲載された次頁の挿絵とそこに添えられ何協会軍  チーム立てば歩めの親心」という句は,r 運動界』がいかにプロ野球チームに対し  て理解を示し.以てプロ化推進のための野球イデオロギーを有していたのかのイ  デオロギー的立場を看取することができるであろう。さらに,彼らの野球信条に  ついては,r 満鮮征行中に於て.彼等の示したるスポーツマンシッブは,致る慮多

大の賞讃を博二して,技術以外心ある人の歓迎を蒙むった… (申略)… 某軽井澤練  習に當っても,目常の起臥行動を目撃した早大安部部長は,心から感嘆して,眞  に學生チームの模範としても恥かしからざるものとして愛撫し,秋の努頭に於  て,早犬野球部は、喜んで其最初の敵手たる事を決諾すべしと迄激賞されたので

Nα148

・脱・

一・〜、

  」.ム

1・

あった。熱と眞剣味の外,傍目も鰯らなかった彼等の前には,斯うした輝かしい 酬いが與へられた。」螂)と述ぺるように,その態度や行動が武士道的修養・鍛練 主義を基調とした非當に真撃で立派なものであり.故に学生チームの模範として 安部早大野球部長も感嘆したとの話を披歴している。このように太田四州は,脇 会チームの精神野球を従来の野球制度内イデオロギーにおける武士道的修養・鍛 練主義と同一レベルで提え.その発展がひいては野球界全体の発展につながると

の信念を抱いているのである。

 このような太田の見解を運じた雑誌『運動界』の協会チームに対する野球信条 とブロ野球に対する考え方は,大正工3年1月に協会チームが解散するに及んで より一層明確にイデ才ロギー化されている。すなわち「運動脇舎の主たる目的は       257)

理想的専門的野球選手を養成するにあった。」 のであり.「更らに他の言葉を以 てすれば形は螢利式の舎杜であったが,其の主義精神は選手養成にあり,それに 依る球界の諺氣打開… (申略)… 凡ては此の精神を心とし此主義を根本として     258)

遭往した」 との認識を示す。プロ野球とは,まずもって野球に専念し,あらゆ る野球人の模範となるような精神;武士道的精神を有する選手によって形成され た精神野球の体現として位置づけられるのであり.決して「螢利を主目とせざる   959)

事業∫  として捉えられていたのである。ここには.制度としてプロ野球を経営 的に維持・存続していこうとする経済制度の下位体系としての合理的な位置づけ

       Nα 149 が全くなされていない。その意味においても,それは,従来の野球制度内部に醸 成されてきた野球イデオロギーをさらに自然成長的に強化し,発展させた形態が プロ醇球であるとするAタイプのイデ才ロギーをより鮮明に示した考え方と言

えるであろう。

 しかしながら,入場料を徴収することが最低限野球を発達させるためには必要 であり,そのような意味での西欧合理的な経済的イデオロギーの基調の上に,

ゲームの金銭化が図られなければならないとする考え方昌経済的イデ才ロギー は,この雑誌において確立された野球信条となって示されている。例えば.天狗 倶楽部の西尾守一は,入場料徴収が職業的競技運動に限らず.どのようなクラブ 組織においても、場所,設備等を完全にしてその発達を企するために1ま不可欠で

あり.それが競技運動の尊厳を傷つけると考えるのは全くの誤りであると主張す る。いわく,

 「翠に野球と云はず.國際競技と芸はず.凡ての運動競技の舎合には必ず舎費

(入場料)を徴収する事を原則として得たるものを以て.場所の選定,設備の充 實改善に充つる事は,やがて我が競技運動を根本的に改善奨励することとなり.

又統一し易くなるのでこれはどうしても多敷の方によって爲すより外はないと信 ずるめである.一・・(申略)… 但し以上は芝居や相撲の様な意味を持った職業的 競技運動には一切鰯れて居ない事を最後に御断りして置くものである一・・(中 略)… 入場料を徴集する勲{依一て其の競技運動の尊嚴を害する様に考へるのは愚 の極である.… (中略)… その入場料を最も有意義に使用し,諸種の設備を完全 にすることを得ば,やがて運動奨励の(途)ともなり,漸次隆昌に趣くに相異な

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い」 と.

 また,伊藤十郎も同様な立場から,

  r 其の優秀なゲームに封しては充分入場料を沸ふべき値のある事を知らせ度い ものである.吾人が妓に人場料を特言するものは.それを以て直ちに倶樂部軍が,

金銭の収入を目的とする為めに言ふのではない.相當に設備ある運動場に於て マッチらしきマッチをするには,相菖の費用を要する之を見物者の負拷として,

競技者にも,きしたる出費に苦しむ事なくして.完全な試合を為し得る機舎を與       261)

えたいと云ふのである」

       Nα 150 と述べ,設備の整った完全な試合をするためには,入場料による見物者の負担が 必要であり,それが直接的なクラプの金銭収入を目灼とするものでないにして

.も,それ牢けでもクラプチームを発展させていく重要な方策になり得るとの考え 方を明らかにしている。

       262)

 その他、弘田親輔は,r 運動協舎軍を評す今後の護達を期するには!」 と題 して,協会チームの実力,早大と協会チームとの性格の相似とその理由.特徴と

欠点打撃等に?いて詳細に分析している。その内容は,協会チームが今後さら に技量を高めるにはどのようにしたらよいのか,という意識に支えられており,

その論旨は脇会チームの今後の発展を願うものである。このことは,専門家筋の プロ野球チームに対する好意的な受容の事実として提えられるであろう。また,

初の東京五大学全てのチームとの対戦については,先のr 野球界』と同榛その       螂)

対戦経過。を6頁にわたって記載し, 五大学現役チームとの対戦は.協会チーム がプロとして認められる上において非常に意義あることと受けとめられている。

いわく.「協舎チームの本來の目的は五大箏にあった。兵を養ひ武を練る事救に幾 春秋.機は遂に其宿望を達して愈其目的に手を伸ばした。本懐さこそと測られ

  2㈱)

る」 と。さらに宝塚協会チームヘの移行に際しては.「幸ある移植」賓塚に行く 協舎チr ムを送る」と題して,ここでも親会杜となる阪急電鉄の経済的論理はほ

とんど考慮に入れられないままではあるが,臨会チームにおけるプロとしての精       265)

神野球のより一層の発展を望み. 期待する言葉が散りばめられている。

  ところで,この雑誌の強調する運動精神が.全般的にいかに武士道的修養・鍛 練主義と結びついていたか.ひいては安部を中心的イデ才ローグとする阜稲田系 イデオ甲ギーを具現化したちのであったかについては・次のようなスポーツ信念        注?3)

を現わす用語や熟語を見れば明らかであろう。

  イ.スポーツの知的意味

   男性の優れた知慮.機転など   口.スポーツの身体鍛練的意味

   身体の鍛練,健全なる身体,体力の増進,健全にして弾力に富める体質.健   康,敏捷など

  ハ.スポーツの精神惨養的意味

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