第4章 租税条約濫用の防止
第3節 諸外国における租税条約濫用の防止に係る取組状況
「経産省BEPS調査報告書」によると、租税条約濫用の防止に関しては、「行 動計画6(条約濫用)」として各国の租税条約や国内法の取扱い等について報告 がなされている。
以下に、この報告書から、米国、英国、ドイツ、フランス、オランダ、アイ ルランド、スイス、シンガポール、中国、インド及びブラジルの租税条約濫用 の防止に係る取組状況をみてみる(26)。
〔米国〕
米国は、トリーティ・ショッピングによる租税条約の濫用への対策に、長 い歴史を有している。米国モデル租税条約には、「第三国における居住者が、
相互主義に基づく二国間の取決めであるはずの租税条約における特典を享受 する」(27)ことを防止する目的で、包括的特典制限(LOB)条項が設けられて いる。米国財務省の担当者は、米国が締結する租税条約のすべてに、この包 括的LOB条項を採用することを、長年にわたり強く主張してきている。
米国のLOB 条項に係る基本的アプローチは、客観的な事実に基づく一連 のテストによるものであり、これは、目的や意図の主観的判断に依拠する必 要性を回避するためであるとされている。米国モデル租税条約には、租税条 約の特典を享受することができる6種類の居住者である①個人、②政府団体、
③公開会社、④公開会社の子会社、⑤非課税団体及び⑥支配・課税ベース浸 食基準を満たす特定の事業体に関する詳細な規定がなされている。また、「能 動的事業活動基準」及び「権限ある当局による認定」の各規定も置かれてい る。
米国の国内法には、いくつかの国で導入されているような形での「一般的 租税回避防止規定(以下「GAAR」という。)」はない。一般的に、米国が締
(26) 以下の各国に係る記述は、EY税理士法人・前掲注(18)、114~169頁の各国の「行
動計画6(条約濫用)」の報告内容等を整理したものである。
(27) United States Model Technical Explanation Accompanying the United States Model Income Tax Convention of November 15, 2006.
結している二国間租税条約には、包括的濫用防止規定及び租税条約の特典適 用に関する主観的な基準は設けられてはいない。この点において、米国では、
租税条約と国内法の優先について、一般に、「後法優先の原則(later in time
rules)」が適用されることに留意すべきである。この点、裁判所は、裁判所
は、通常、租税条約と国内法をできる限り調和した解釈を選択するようであ る。
納税者が国内法より租税条約の適用を主張する場合には、租税条約の依拠 する根拠を納税者が提示する必要がある。
〔英国〕
英国におけるトリーティ・ショッピングへの対応としては、英国が最近締 結した租税条約には「主要目的テスト」を取り込んだもの(28)があり、例えば、
2006年署名・発行の新日英租税条約では、第10条(配当)、第11条(利子)、 第12条(使用料)及び第21条(その他の所得)の各条項において、租税条 約の特典を享受することを「主たる目的の全部又は一部とする(the main purpose or one of the main purposes)」場合には、その条約特典は否認され ることが規定されている。
また、英国では、限られた国(29)とではあるが、租税条約にLOB条項を採 用しているものがある。加えて、オランダとの租税条約等では、導管取引防 止規定(anti-conduit provision)が採用されている。
英国における一般租税回避防止規定(30)(以下「英国版GAAR」という。) については、2013年財政法が2013年7月17日に成立し即日発効したもの である。
英国版GAARは、2013年財政法第5編206条~215条に規定されており、
(28) 例えば、英国が、日本、オランダ又はハンガリーと締結した租税条約があげられ
る。
(29) 例えば、英国が、日本又は米国と締結した租税条約があげられる。
(30) ここでの英国のGAARの説明は、今村隆「英国におけるGeneral Anti-Abuse Rule 立法の背景と意義」税大ジャーナル22号92頁(2013)に拠った。なお、英国のGAAR は、これまでのGAARと比較して適用範囲が狭い規定であるとされている。
同法207条によると、英国版GAARの対象となる「取決め(arrangement)(31)」 は「租税取決め(tax arrangement)」であり、これは「租税便益を得ること が当該取決めの主たる目的の全部又は一部とする(the main purpose or one of the main purposes)であると合理的に結論することができる」ものとさ れた。
この「租税取決め」が、下記を含むすべての状況を考慮したうえで、その 締結又は実施が、それに適用される租税法規の規定との関連において「合理 的な一連の行為(a reasonable course of action)」として合理的にみなすこ とができない(cannot reasonably be regarded)場合に、これは「濫用
(abusive)」であると判断されこととされた。
① 当該租税取決めの実質的な結果が、当該規定が立脚している原則(条 文上明示的か黙示的かを問わない。)や当該規定の政策目的と矛盾してい ないかどうか。
② そのような結果を得るための手段が、1つ又は2つ以上の仕組まれた
(contrived)あるいは通常とは異なる(abnormal)ステップを含んで いないかどうか。
③ 当該租税取決めが、当該規定の不備(shortcoming)の利用を意図し たものかどうか。
なお、英国の税務当局によるガイダンスでは、ある取決めに対して租税条 約の特典が付与されているという事実のみをもって、その取決めが自動的に 租税条約の濫用に該当するわけではないとされている。
現時点では、英国版GAARが、租税条約との関連でどのように適用される かについての判例は存在していない。
〔ドイツ〕
ドイツでは、2013年8月22日に「ドイツモデル租税条約」が公表された
(31) 「取決め(arrangement)」とは、2013年財政法214条において、「すべての合意
(agreement)、了解(understanding)、計画(scheme)、取引(transaction)又は 一連の取引(法的に有効であるか否かを問わない。)」と定義されている。
ところである。ドイツモデル租税条約は、基本的に OECD モデル租税条約 に基づいたものであるが、潜在的な濫用を防止するための規定がいくつか追 加されている。
ドイツでは、課税対象(subject to tax)アプローチをよく用いるが、ドイ ツモデル租税条約では、Anti-hybrid 規定として、他国において損金算入で きる配当に関して、ドイツでの配当免税を否認するとされた。また、配当及 びPE所得に関する免税措置に関して、能動的事業活動基準が採用されてい る。さらに、租税条約により国際的二重非課税が生じる場合には、「スイッチ オーバー条項(switchover clause)」が設けられており、これにより、送金 の相手締約国で当該送金に課税がなされない場合等には、二重課税排除方式 を国外所得免除方式から外国税額控除方式に切り替わることになる。
なお、ドイツモデル租税条約は、LOB条項が採用していない。米国との租 税条約には規定されている。また、ハイブリッド事業体に関する特別の規定 も設けられていないが、米国やオランダとの租税条約にはそのような規定が 設けられている。
ドイツでは、国内法においても「租税条約濫用防止規定」が設けられてお り、これは原則として租税条約に優先して適用されるものである。2007年に は、国外所得免除方式から外国税額控除方式に切り替わる「スイッチオーバ ー条項」が国内法にも導入されており、配当及び使用料に係る源泉税に関す るトリーティ・ショッピングに対処するための規定が2012年に強化された。
加えて、2013年1月には、特定のハイブリッド事業体への支払への源泉 税に係る租税条約の減免措置に関して制限が導入された。なお、ドイツの国 内法優先規定はかなり昔から存在しているが、ドイツ憲法裁判所において、
これがドイツの法制上許容されるのか否かについては、いまだ結論は出てお らず、今後、その決着を見守る必要がある。
〔フランス〕
フランスの租税条約では仏米租税条約及び仏日租税条約において、LOB条 項が規定されているが、LOB条項は、フランスの租税条約の標準型ではない。
導管取引防止規定(anti-conduit provision)については、仏日租税条約や仏 瑞租税条約に規定されている。
国内法においては、EU 指令に基づく、配当、利子及び使用料に係る源泉 所得免税に対する租税回避防止規定が、一定のEU加盟国にある中間持株会 社に対して適用されている。例えば、配当に関する源泉税の免除については、
以下のすべてを満たすことが国内法上の要件とされている。
① 配当の受領者が、当該配当の究極的な受益権所有者であること
② 配当法人の実質的管理の場所が、EU加盟国内にあること
③ 配当法人が、EU指令のリストで指定される法形態により設立されて いること
④ 配当法人の株式資本の10%以上の持分を2年超保有していること
⑤ 実質的管理を行っているEU加盟国において、法人税の課税対象にさ れていないこと
⑥ 配当法人がEU非加盟国の法人によって直接又は間接に保有されてい る場合には、当該EU非加盟国の法人が、源泉所得免除の特典をうける ことを主たる目的として設立されたものではないことを証明できること 租税条約濫用に係る司法判断としては、フランスの最高裁判所は、租税条 約の目的が「脱税又は租税回避の防止」であるという理由のみで、租税条約 の濫用を制裁できないという判決(32)がある。一方で、国内法のGAAR と租 税条約の受益所有権の概念を併せて適用することで、条約特典の否認として、
「配当ストリッピング取引(dividend-stripping transaction)」を税務上再 構成(reclassify)した判決(33)がある。
フランスの税務当局のトリーティ・ショッピングに対するGAARの適用が、
訴訟で認められた判例はほとんど存在しないが、一般的に、GAARは租税条 約のコンテキストでも適用できるものと認識されている。
(32) Conseil d’Etat, 28 June 2002, n°232276, Schneider Electric.
(33) Conseil d’Etat, 29 December 2006, n°283314, Bank of Scotland.