第4章 租税条約濫用の防止
第4節 租税条約濫用の防止に係る取組みへの考察
租税条約濫用防止ドラフトでは、BEPSによる租税条約濫用の防止に係る取 組みとして、OECDモデル租税条約に、これまで先進諸国の租税条約で導入さ れている諸規定を導入することが提案されているわけである。
具体的には、トリーティ・ショッピングに対しては、米国モデル租税条約等 で導入がなされている「LOB条項」の導入を、そのなかで「能動的事業活動基 準」及び「権限ある当局による認定」が盛り込まれている。LOB条項の規定で 適格者に該当している者に対しては、日英租税条約や日仏租税条約で導入がな されている「主要目的テスト」の導入を提案している。加えて、条約特典を利 用した国内税法の濫用に係る対応のために、米国モデル租税条約等で導入がな されている「セービング・クローズ」の導入を提案している。
このように、本ドラフトでは、これまでに既に導入されている規定を、今回 のBEPSへの取組みとしてOECDモデル租税条約に導入することを、その提 案の本筋としているわけではある。これらの規定は、より適正公平な租税条約 の在り方の観点から、今回のBEPSの議論の前からその導入が望ましかったも のではないかと思われ、BEPSの取組みのために租税条約に思い切った取扱い を規定しようとしたものではないものと思われる。
このような判断は、租税条約でのBEPSの防止ということは、いわば大枠の 取扱いかと思われ、租税条約で率先してBEPSの防止を図るということを意識 していないものと認識するところであり、BEPSへのより具体的かつ効果的な 対応については、その他のBEPS行動計画〔行動2(ハイブリッド・ミスマッ チ・アレンジメントの無効化)、行動3(CFC税制の強化)、行動7(PE認定 の人為的回避の防止)、行動8、行動9及び行動10(移転価格)等〕で対処す ることがより妥当かつ優先であるとの認識が覗われるものと思慮するところで ある。
個人的には、このような考え方の下かどうかについての決めつけはできない ところであるが、本ドラフトが既存の「LOB条項」、「主要目的テスト」、「セー
ビング・クローズ」等を租税条約におけるBEPSへの対応として導入すること については異論のないところである。なお、BEPSにより効果的なLOB条項 としては「制限的LOB条項」ではなく、軽減税率も対象となる「包括的LOB 条項」がより望ましいものと考える。
本ドラフトに対するパブリック・コメントをみるに、経済界からの意見に対 しては、若干の異論を感じるところである。
BIACの「BEPSへの欧米ビジネス・コメント」では、〔TEI〕は、「『濫用』
には『合法的な事業目的がなくその唯一の理由が節税であるアレンジメント』
のみが含まれると考える」ことを述べているが、租税条約における「濫用」概 念としては、取引が合法的な事業目的を有していたとしても、その取引の事業 目的の達成に直接に関係のない者(その存在なくとも事業目的は達せられる)
が取引に取り込まれており、その者の存在により租税条約による条約特典が得 られているのであれば、それは租税条約上の「濫用」になることを十分に理解 すべきである。つまり、「取引が合法的な事業目的」の存在は、租税条約の「濫 用」の免罪符にはならないということである。
同様のことが、経団連からの意見においても、「その居住者の設立、取得又は 維持及びその業務の遂行が事業上の目的を伴うものであれば、条約の特典を付 与すべきである」との主張に見受けられる。これでは、事業の目的を伴ってい ればLOB条項の適用はなくなることを意味する。
租税条約の「濫用」に関して、「経済合理性」や「経済的実質」という用語は、
「取引の事業目的」に対してではなく、「取引の当事者(事業体)」自体の経済 活動が、当該取引から生ずる所得を帰属させるに十分に相応しいかどうかで判 断すべきである。「事業体」自体にその収益を得る実体がなければ租税特典を認 めないことが、BEPSへのより効果的な対応ではないかと考える。
また、経団連からの意見で、「MPT条項における『主たる目的の一つ』との 定義は広すぎる」との主張があるが、日英租税条約、日仏租税条約等の「主要 目的テスト」の規定をみるに「主たる目的の全部又は一部(the main purpose
or one of the main purposes)」を要件にしていることから、我が国においても
これは既に導入済みの概念であり、今回のBEPSでそれを後退させるというこ とは望ましいものではないと判断する。