第2章 舟山木偶戯について
第2節 舟山布袋木偶戯の特徴
布袋木偶戯は舞台が小さくて、人形を指で遣うのが一番の特徴である。中国の布袋 木偶戯は地域によって違うが、本節では、舟山布袋木偶戯の特徴について述べる。
1 戯班の構成と「前台」「後台」の役割
舟山布袋木偶戯の上演には、3,4 人が必要で、舞台の中心となる「前台」は人形を 遣って唱う主演者1人で、その後ろにつく 2,3 人の「後台」は楽器の伴奏者である。
主演者は 2 本の足を舞台の中央に挿す「台挿」を挟んで道具箱に座り、顔を「台挿」
49顧友冨によれば、当時よく侯恵義、王銀雲の布袋木偶戯班に雇われていたという。
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と繋がっている透かし彫りに向け、自らの手の動きと観客の反応を見ながら人形を登
(退)場口から出して遣う。登(退)場口は二つか四つあり、一般には左は登場口、
右は退場口に決まっている。四つの場合は左と右に二つずつにしており、人形の出入 りの仕方は同様である。
図8 舞台(二つ登(退)場口)の構造と主演の座り方
(馬場英子 2011、4-5 頁;本論文で、舞台の各部位の呼び方は本図に従う)(山崎香文子絵)
舞台の正面と上からみた様子を以下の写真で示す。
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「後台」の伴奏者はまた主伴奏と副伴奏に分かれ、主伴奏は「二胡」、「小鼓」、
「小鑼」、「嗩吶」(「梅花」とも呼ぶ)と鼓板を担当し、副伴奏は「三弦」と「大 鑼」、「鈸」(「閙鈸」「鍥子」とも呼ぶ)を担当する(写真 9、10 参照)。時には 三人目の伴奏者も配置する。三人目の伴奏者は鼓板を担当し、主伴奏を少し楽にさせ る(写真 9-⑤、図 9 参照)。
写真 6 正面から見た舞台
(紫微郷夏継明一座、2004 年張堅撮影)
写真 7(右下)上から見た舞台
(紫微郷夏継明一座上演直前準備の様子、2004 年 張堅撮影)
図9 芸人の座順
写真 8 上演中の伴奏者たち
(鄭明祥一座、2011 年白泉深坑嶺竺霊寺で撮影)
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⑤鼓板(左:的板 右:篤板)
写真 9(①-⑤)主伴奏の使 用楽器
(鄭明祥一座、2011 年白泉 深坑嶺竺霊寺で撮影)
③小鑼 ④嗩吶(梅花とも言う)
①二胡 ②小鼓
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「鼓板」はリズムを取る重要な打楽器で、
普通二つセットにして使う(写真 9-⑤)。
一つは紫檀で造られ、「的板」とも呼び、一 つは樟で造られ、「篤板」とも呼ばれる。「的」
と「篤」は擬音語。鼓板は、普通、主伴奏が 叩くが、三人目の伴奏者がいる場合はその人 が担当する。三人目の伴奏者は一般に修業中 の弟子、及び主演から移った師匠が担当する。
「篤板」は主演の手前、或いは袋の右上にも 置き、主伴奏が忙しくて間に合わない時には 主演が人形を支える「挿彩棒」で叩く。「挿
彩棒」は木製の棒で、菜箸より少し太く、長さは約 25 センチで、人形に挿して、遣 うことも多く、舞台上にたくさんの人形を登場させる場合にも、この棒を舞台枠に挿 して遣う。
① 三弦 ②大鑼
③鈸(閙鈸、鍥子とも言う)
写真 10(①-③)副伴奏の使用楽 器
(鄭明祥一座、2011 年白泉深坑嶺 竺霊寺で撮影)
写真11 袋の右上に置かれた「篤板」
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班主(座長)は舞台の所有者で、主演を兼ねる場合が多い。伴奏者は班主が上演の 都度、臨時に雇うが、前後チームワークが重要なので、固定的な仲間が必要である。
伴奏者は主演の唱い方に沿って楽器を担当する一方、具体的な上演に合わせて、例え ば兵士の叫ぶ声や、出征前の鬨の声、小者の返事などを「オ―」「ヘイ」などと言っ て、主演に協力する。
2 舞台の運搬と組み立て
上述した舞台は移動式で、使わないときには折り畳める。上演の依頼があれば、そ れを持って上演先に行く。解放前に芸人は舞台や道具箱などの荷物を扁担、即ち天秤 棒で担いで、あちこちの島を回って上演した。
舟山布袋木偶戯の上演に使うもの―舞台・道具箱(人形、道具)・楽器・アンプ50は
「行頭(行当)」と呼び、重さは全部で 40-50 キロほどである(写真 12 参照)。
解放前はアンプは使わなかったが、その代わりに、島を回って巡演する時に使う布 団や簡単な生活用品などの荷物があったので、その重さは現在とほとんど変わらない。
昔の芸人は天秤棒の一端に舞台と楽器、反対側には道具箱を掛けて担いだ。現在は車 で運ぶこともあるが、島への移動の多い舟山では、2台のオートバイに載せて運ぶこ とも多い。舟山には現在も船でしか行けない小さい島が多い。そういう島での上演は オートバイが便利で、荷物をいっぱい積んだオートバイをそのまま船に乗せる(写真 13、14 参照)。
50 アンプは、90 年代からの設備である。
写真 12 「台挿」(壁に付けている)と道具箱など
(2004 年瀬田充子撮影)
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舞台の設置は上演直前に行い、15 分ほどで完成する。組み立て方は次の通りである。
① 道具箱を戸板の上に置く。 ② 道具箱の側面に「台挿」を突き刺す。
写真 13 舞台を載せたオートバイの乗船
(釣山島の安瀾廟へ、2014 年撮影)
③ 幕を上と下に掛ける。 ④ 道具や人形を置く袋状のものを「台挿」に縛 り付ける。
写真 14 2 台のオートバイで「行当」を運ぶ
(2014 年釣山島の安瀾廟で撮影)
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昔は天秤棒を舞台の支えとしたが、現在は舞台を丈夫にするため、「台挿」を使用 する。「台挿」は硬い木製の棒の先端に鉄製のU字形のものをつけたものである(写 真 12 参照)。
完成した舞台は床からの高さ約 1.5 メートル、幅約1メートル、奥行約 50 センチ である。舞台を設置したら、布を舞台両側から後ろに向かって、斜めに掛ける。その 布で囲まれた部分は芸人が演じる場所になる。舟山では、現在ほとんどの木偶戯班が 上述した構造の舞台を使っている。
一方、1990 年代に造られた普陀の鄭明祥と岱山の王嘉定の舞台は少し改造されてい る。二つとも舞台の幅が左右各 30 センチほど広げられて、人形の出入り口を四つ設 置している。これは、二人の遣い手が一緒に上演し、人形を 4 体同時に動かすことが でき、外見もより豪華に見える。しかし、舞台の幅を広げると、舞台全体の重さも増 え、もともと舞台全体を支えていた「台挿」では、その重さに耐えられない。このた め、代わりに、舞台の両側に二本の棒を立て、それを左右に置いた二つの道具箱と結 んで全体を支える形としてある。
⑥ 完成。
⑤ 「罩檐」(天蓋)を掛ける。
(普通は「花板」を使う。)
写真15(①-⑥)侯家班舞台の組み立て
(2014 年 8 月舟山嶴山島の財神廟で撮影)
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なお、鄭明祥の舞台は、両側に足した部分を外せば、従来の二つの人形出入り口の 舞台になる。
このような「台挿」を無くし、両側の棒で支える舞台は、舞台全体が重くなり、移 動には大きな負担がかかる。鄭明祥の舞台の場合はほとんど移動せず、現在は一年中 白泉深坑嶺竺霊寺の泗洲大殿内に設置している。ほかのところから上演の依頼があれ ば、「台挿」を使う以前どおりの小型の舞台を使う。
3 上演料とその分配
舟山木偶戯の上演料については、以前は米や干しイモ、卵、タバコなどで払う場合 もあったが、現在は現金で払い、2015 年現在、1 回(「台」「場」と呼ぶ)約 2 時間 の上演料は 1000 元である。そして、食事は依頼主が用意するのが普通である。その 分配には、代々伝わってきた方法がある。この方法は「分股制」という。「股」は計 算の単位となり、給料を人数+1で割って1股になる。即ち、3 人は 4 股、4 人は 5 股
写真16 王嘉定の舞台(2012 年撮影) 写真17 鄭明祥の舞台(2014 年撮影)
写真18 舞台設置中
(鄭明祥の舞台 2014 年撮影)
写真19 二つ人形出入り口に転換
(鄭明祥の舞台 2014 年撮影)
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である。伴奏者はそれぞれ1股、主演は上演の中心となる人で、体力的にも伴奏者よ り重いとみなされ、1.5 股をもつ。舞台も 0.5 股をもつ。舟山の木偶戯班には、班主 が主演者でもある場合が多く、班主は 2 股をもつのが普通である。鼓板の担当者は体 力的に軽いと言われているが、他の伴奏と同じく1股である。主演者の弟子にとって は、年を取った師匠を扶養する責任を持っているような気持ちで、これを師匠に担当 してもらうことも多い。師匠の上演を見たり、手伝ったりする修業中の弟子は無給で ある。
上演の依頼者は班主と相談で決めた上演料のほかに、各芸人に 20 元を基準にした タバコも用意しなければならない。タバコは依頼主の心づけで、1980 年代以降に加わ った習慣である。タバコを用意していない場合は上演料にタバコ代をプラスする。ま た、婚礼や老人の誕生日などの機会には、依頼者からの「紅包」(祝儀)もある。
4 人形(頭)とその役柄
主演者が上演に使う人形は、少なくとも 32 体1セットが必要であるという。舟山 では、実際に 50-80 体を持つ戯班が多く、定海の侯家班の場合は約 180 体を持ってい る。人形は、外側の衣装と帽子は換えることができる。そのため、人形が少なくても、
その衣装と帽子を換えれば、1 体の人形で幾つもの役が演じられる。但し、人形の衣 装を換えるのは時間がかかるので、上演前の準備では、できるだけすべての登場人物 を用意する。
写真 20 人形の衣装、帽子(鄭明祥作 2014 年撮影)