5 初期飛行姿勢を対象とした風洞実験および飛行シミュレーション(実験4)
5.4 考察
5.4.3 股関節角度制御の違いが初期飛行局面に及ぼす影響
ここでは,股関節角度のみを変化させた
4
つの飛行動作モデル(5.2.3.c
)を対象 に,飛行中に作用する空気力係数(揚力面積,抗力面積およびピッチングモーメン ト容積)を,5.2.2で定義した回帰モデルによって推定する。次に,推定された揚力 面積および抗力面積を用いて,スキージャンプ飛行の運動方程式を解くことにより,飛行速度および飛行軌跡を算出し,股関節角度の初期飛行局面に及ぼす影響を検討 する。
5.4.3. a 空気力係数に及ぼす影響
本研究で用いた
4
つの飛行動作モデル(Hip_Large,Hip_Small, M. H.および M. H.
Case Study
)における飛行姿勢の違いは,股関節前屈角度(σ)のみであった。したがって,各モデル間の空気力係数の差違は(
Fig. 42
),股関節角度の大きさに起 因するものとして考察を始める。まず,揚力面積(SL)および抗力面積(SD)について見てみると(Fig. 42a およ び
Fig. 42b
),約0.00
~0.10 s
において,M. H.
(M. H. Case Study
),Hip_Large
,Hip_Small
の順に大きなS
LおよびS
Dが作用していたことが分かる。すでにFig. 33
に示したよ うに,この局面におけるσは,M. H.(M. H. Case Study),Hip_Large,Hip_Small の順に小さかった。これらの結果から,σが小さい(股関節角度が大きい)ほど,S
LおよびS
Dが大きいことが分かる。その後約
0.10
~0.15 s
において,4
つの飛行動作モデルのS
Lは,σの大きさにか かわらず,ほぼ同じ値を示した。一方で,SDについては,σが小さいほど大きい値 を示した。すなわち,この局面においては,σの大きさがS
LとS
Dに与える影響が それぞれ異なっていた。しかしながら,その後0.15
~0.20 s
では,σが小さいほどS
LおよびS
Dは大きな値を示した。このように,σがS
Lに与える影響が,0.00
~0.10
s
の局面と0.10~0.15 s
の局面との間で変化した原因を以下で考察する。改めて
0.10
,0.15
および0.20 s
の飛行姿勢を見てみると,下肢とスキーとのなす角度(θ)は
66.7
,60.4
および53.2
°,スキーの開き角度(λ)は0.1
,2.8
および6.4
°,そして迎え角(α)は-2.2
,2.9
および9.5
°であった。また,各飛行動作モ デルの,0.10,0.15および0.20 s
におけるσの値は,Hip_Large:37.3,35.8および34.5°, Hip_Small:43.8, 37.3
および33.2°, M. H.:29.7, 32.8, 36.3°そして M. H.
Case Study
:29.6
,29.6
および29.6
°であった。は,それぞれθを
70°および 50°に設定し,σを変化させたときの S
Lの変化を示 す。すなわち,Fig. 49aはθが大きい0.10~0.15 s
の局面を,Fig. 49bはθの小さい0.15
~0.20 s
の局面をそれぞれ模擬した風洞実験の結果である。なお,λについては簡単のため
0
°の条件で統一した。Fig. 49a
に示したとおり,θが70
°の条件にお いては,σを60°から 40°まで減少させると,αの大きさにかかわらず S
Lが増大 していた。しかし,σを40°から 30°まで減少させると,αが 5°以上の条件で,
σの減少に従い
S
Lが減少し,αが0
°以下の条件では,σの減少に従いS
Lが増大 していた。これらの結果に加え,
0.10 s
から0.15 s
の間にαが-2.2°から2.9°へと増大して
いたことを考慮すると,M. H. Case Study
のように,σが29.6°に至る場合では, S
Lは減少していた可能性がある。このように,σの過度の減少(股関節角度の過度の 増大)が,
S
Lの減少をもたらしたと仮定すると,σが最も小さいM. H. Case Study
と,σが最も大きいHip_Small
との間でさえ,SLの値に差が見られなかったことが 説明できる。一方で, よりθが小さかった(θ
= 50
°),0.20 s
における姿勢を模擬した風洞 実験の結果(Fig. 49b
),αが20
°以下であれば,σを40
°から30
°まで減少させ ると,S
Lは単調に増大していた。ただし,αが20°の条件では,σを 40°から 30°
まで減少させても
S
Lの増大は大きくはなく,さらにσを20°まで減少させると,
かえって
S
Lは減少していた。ここで,0.20 s
におけるαの値が9.5
°であり,σが29.6
°(M. H. Case Study
)から36.3
°(M. H.
)までの範囲であったことを考慮する と,この局面(0.15~0.20 s)におけるσの減少は単調にS
Lの増大をもたらしたも のと推察される。その後,
0.20
~0.30 s
において4
つの飛行動作モデル間のS
Lの差が,再び小さくなっていた。その一方で,
S
Dはσが小さいほど大きな値を示していた。ここで,0.30
s
の姿勢を見てみると,θ,λおよびαの値は,それぞれ45.6,9.0
および15.8°で
あった。また,σは29.4°(M. H. Case Study)から 36.2°(M. H.)までの範囲で
あった。すなわち,この局面は前述の0.15
~0.20 s
の局面と比べ,σの範囲はほぼ 同じであり,αおよびλは大きく,θは小さかった。すでにFig. 49a
およびFig. 49b
の比較から,θが小さいほど,S
Lが減少し始めるσの値が小さくなることを示した。しかしながら,αが大きくなるほど,SLが減少し始めるσの値が大きくなっていた 点にも注意する必要がある(
Fig. 36b
およびFig. 49
)。これらの結果を考慮すると,この局面では,θの減少よりも,むしろαの増大による影響が強く,σを小さくす ることによって大きな
S
Lを得ることが難しい条件となっていたため,各飛行動作モ デル間のS
Lに差が見られなかったものと推察される。その後の
0.30
~0.70 s
の局面では再び,σが小さいほど大きなS
LおよびS
Dを示し た。この局面の姿勢を前述の0.20
~0.30 s
の局面と比較すると,αは増大し,θは 減少していた。ここで,この局面ではαの増大による作用(SLが減少し始めるσの 値が大きくなること)よりも,θの減少による作用(SLが減少し始めるσの値が小 さくなること)が強く影響したものと仮定すると,σの減少によってS
Lを増大する ことができたものと理解できる。その後,
0.70~1.00 s
の局面では4
つの飛行動作モデルのσがほぼ同じ大きさであったため,各飛行動作モデルの
S
LおよびS
Dは同じ値を示したものと考えられる。以上の議論より,σの大きさが
S
DおよびS
Lに及ぼす影響を以下にまとめる。ま ず,σが小さい(股関節角度が大きい)ほど,S
D は大きくなるものと考えられる。一方で,SL については,ある程度まではσの減少に伴い
S
L は大きくなるが,αま たはθが大きい条件下で,過度にσを減少させると,かえってS
Lは減少するものと 考えられる。具体的には,初期飛行局面の中でもθが十分に減少していない,ごくFigure 49 The effect of the hip bending angle (σ) on the lift area (S L )
between two conditions of the ski to leg angle (θ) (a: θ= 70°and b: θ = 50°) with different conditions of the attack angles(α) (a: -5 ~ 10°and b: -5 ~ 20°).
These data were measured by the wind tunnel test. The ski to ski angle ( λ ) and the arm angle ( φ ) were fixed at 0 ° and 170 ° respectively.
(a) θ = 70 °
σ (deg) σ (deg)
α (deg)
初期の局面や,その後αが増大し始める局面においては,σの減少が
S
Lの減少を引 き起こす可能性があるものと考えられる。最後に,ピッチングモーメント容積(QM)について見てみると(Fig. 42c),前 述の
S
Dと同様に,ジャンプ台を飛び出してから0.70 s
まで,σが小さいほどQ
Mが 大きい値を示した。すなわち,本研究で取り扱った初期飛行局面において,股関節 を伸展した姿勢は,股関節を屈曲した姿勢よりも大きなピッチングモーメントを受 けることが明らかとなった(なお,0.70~1.00 sの局面では,4つの飛行動作モデル のσをほぼ同じ値に設定したため,Q
Mもほぼ同じ値を示した)。ただし,いずれの飛行動作モデルにおいても,飛行中に作用していた
Q
Mの極性 は一定ではなく,正から負まで分布していたことに注意する必要がある。この結果 は,初期飛行局面において選手に作用するピッチングモーメントが,姿勢変化に伴 い,頭上げまたは頭下げのどちらかの方向に変化することを意味する。例えば,0.00
~
0.10 s
の局面において最もσが大きかった(股関節角度が小さかった)Hip_Small
には,わずかながら負の
Q
Mが作用していた。一方で,Hip_Small よりもσが小さか った(股関節角度が大きかった)Hip_Large,M. H.およびM. H. Case Study
のQ
Mは 正の値であった。これらの結果から,踏み切り動作終了時に股関節を伸展させた姿 勢でジャンプ台を飛び出す選手には,頭上げ方向のピッチングモーメントが作用し,逆に股関節を屈曲させた姿勢で飛び出す選手には,頭下げ方向のピッチングモーメ ントが作用する可能性があるものと考えられる。
ここで,第
4
章で行った画像分析の結果(Fig. 19b
),Hip_Small
の下肢と水平線 のなす角度(τ)の角速度(τ’
)が,ジャンプ台を飛び出してから1 m
までの区間 でほとんど変化しておらず,Hip_Large のτ’が減少していたことを想起すると,Hip_Small
のように股関節を屈曲した姿勢には,作用したモーメントの大きさがほぼ
0
であったために,τ’
の減少が抑制されたものと考えられる。一方で,Hip_Large
のように股関節を伸展させてジャンプ台を飛び出す姿勢は,ジャンプ台を飛び出し た直後に,頭上げ方向のピッチングモーメントが作用したため,τ’が減少したもの と考えられる。すなわち,Hip_Small のように股関節を屈曲させてジャンプ台を飛 び出す姿勢は,飛行中に素早く前傾姿勢をとることに貢献するものと考えられる。一方で,
Hip_Large
のように股関節を伸展させてジャンプ台を飛び出す姿勢は飛行中に素早い前傾姿勢をとるには不利な姿勢であると考えられる。このように,股関 節を伸展させた姿勢は,飛行中に下肢を前傾することが困難であるため,
Hip_Large
群は踏み切り動作によって事前に下肢の前傾を行うことで,前傾不足を補っていた ものと推察される(4.3.1.b
のFig. 19a
)。一方で,
M. H.のように,ジャンプ台を飛び出す際の股関節角度が特に大きいもの
の,飛行中に一時的に股関節を屈曲させた場合には(Fig. 33b),股関節角度が一時 的に減少した約
0.10
~0.20 s
局面において,Q
Mの急激な減少が観察された(Fig. 42c
)。メントの増大を抑制できるものと考えられる。その後
0.20~0.70 s
の局面において,いずれの飛行動作モデルにおいても,QMは正の値から負の値まで減少していたが,
この区間で最もσが大きい(股関節角度が小さい)
M. H.
は,最も早いタイミングでQ
Mを負の値まで減少させていた(Fig. 42c
)。この結果から,前述の一時的な股関 節屈曲の後(0.20~0.70 s)も股関節の伸展を抑制することによって,頭下げ方向の ピッチングモーメントをより早く利用することができるものと考えられる。ただし,本研究では約
0.20
~0.70 s
の局面における飛行姿勢の実測値が欠損していたため,3
次スプライン関数による内挿操作によって飛行姿勢をモデル化したことに注意する 必要がある(5.2.3.c参照)。特に,M. H.モデルにおいては,σの一時的な減少後,その他の飛行動作モデルが示した減少傾向とはやや異なる波形でσが減少していた。
すなわち,
M. H.
モデルの0.20
~0.70 s
におけるσの値は,実際の飛行姿勢に比べて 大きい(股関節角度がより小さい)姿勢であった可能性がある。ここまでの空気力係数に関する議論を踏まえた上で,
M. H.選手が実際に行ってい
た飛行中の一時的な股関節屈曲動作について,その空気力学的な意味を検討してみ たい。まず,M. H.
選手の飛行姿勢の特徴は,股関節を極端に伸展させてジャンプ台 を飛び出すことにあった。これまでの議論より,このように股関節を伸展した飛行 姿勢には,大きなS
DおよびQ
Mが作用するものと考えられる。ここで,前述のS
Lに関する議論を想起すると,過剰な股関節伸展によって
S
Lが小さくなるような局面 においては,M. H.
が示した股関節の一時的な屈曲は,S
Lの減少を伴うことなく(Fig.
42a
),S
Dのみを減少させ(Fig. 42b
),さらにQ
M(頭上げ方向)を減少させる効 果が期待できる(Fig. 42c)。これまで,初期飛行局面において身体-スキー系に作用するピッチングモーメン トは,常に頭上げ方向と考えられてきた。そのため,素早く前傾姿勢へ移行するに は,踏み切り動作によって合成重心周りに前方回転のモーメントを発生させ,角運