4 踏み切り時の股関節角度の大きさが初期飛行局面に及ぼす影響(実験3)
4.4 考察
4.4.1 初期飛行局面における姿勢制御と空気力との関係
が知られている(渡部 1984; 小早川ら 1985; Arndtら 1995; Songら 2004; Schmölzer ら 2005; Schwamederら 2005; Virmavirtaら 2005)。すなわち,本研究の分析対象 とした
0
~5 m
の区間はこの移行期間に該当するものと考えられる。本研究で分析を行った
5m
地点における飛行姿勢について,股関節角度(ε),下肢とスキーとのなす角度(θ),迎え角(α)そしてスキーと水平線とのなす角 度(γ) の値は,それぞれε:147.8±3.6°,θ:49.8±4.9°,α:8.7±3.8°そし てγ:-
0.4
±3.9
°であった(いずれもn=12
)。これらの値は,前述のSchmölzer
ら(2005
)が示した安定飛行局面の姿勢と比べて,εとαについては小さく,θに ついては大きく,γはほぼ同じであった。したがって5m
以降については,εとα はさらに増大,θについてはさらに減少,そしてγについてはほとんど変化しない ものと推測される。ここで,飛行姿勢の変化が飛行中に選手に作用する空気力(揚力,抗力およびピ ッチングモーメント)にどのような影響を及ぼすのか検討するため,先行研究によ る風洞実験結果を参照する。これまでに,スキージャンプの飛行姿勢に関する風洞 実験を行った研究は非常に多い(
Straumann 1927;
谷ら1951; Tani
ら1971;
谷ら1971;
渡部1981; Ward-Smith
ら1982; Watanabe 1983;
小早川ら1985;
神ら1992;
渡部 1992; 渡部ら 1992; Tavernier ら 1993; Watanabe ら 1993; 渡部ら 1993; 渡部 ら 1994; Jin ら 1995; Müller ら 1996; 瀬尾ら 1999; 瀬尾ら
2000; Schmölzer
ら2002; Seo
ら2004a; Meile
ら2006
)。しかしながら,これらの研究のほとんどは,安定した飛行局面における飛行姿勢を対象としている。すなわち,安定した飛行局 面に比べ,小さなε(110~150°),かつ大きなθ (50~90°)を含んだ初期飛行 局面の姿勢を対象とした風洞実験を行った研究は少ない。このような姿勢を含んだ 風洞実験を行っているのは,
1/5
スケール(0.35m
)の人形模型を用いた谷ら(1951
),に,これら2つの研究結果を示す。
谷ら(1951)は,上肢回転角:φ(φの角度定義については5.2.1のFig. 30に後述),
股関節角度(ε),下肢とスキーとのなす角度(θ),および迎え角(α)をそれ ぞれ,φ:
30
°,ε:130
~175
°,θ:20
~80
°,およびα:0
~30
°の範囲で組み 合わせて風洞実験を行った(Fig. 25)。Fig. 25において,揚力および抗力はそれぞ れ動圧で除し,揚力面積(SL)および抗力面積(SD)として示されている。ここでは,
4.3.1
で得られた初期飛行局面における飛行姿勢を参考に(Fig. 18
),各飛行姿勢の角度(ε,θ,α)について,それぞれ(
130
~145
°,50
~90
°,0
~15
°)の 範囲を参照する。まず,揚力面積(SL)について見てみると(Fig. 25a),θが大きいほどSLが小さ くなっていることが分かる。また,αが大きいほど
S
Lが大きくなっている。εにつ いては,εが130
°と145
°との間でS
Lに大きな変化が見られない。次に,抗力面積(SD)について見てみると(Fig. 25b),θが大きいほど,SDが大きくなることが分 かる。次に,εが130°と145°との条件を比較すると,εが大きいほどSDが大きくな ることが分かる。そして,αが大きいほど
S
Dが大きくなることが分かる。一方で,谷ら(
1971
)はφ,ε,θ および α の範囲をそれぞれ,φ:18
°および
165°,ε:140~170°,θ:15~40°,そして α:0~30°に設定した上で風洞
実験を行った。その結果,θ,ε および α が大きいほど,SD,SL,およびピッチ ングモーメントを動圧で除したピッチングモーメント容積(
Q
M)が大きくなること を示した。これら
2
つの研究結果の間で,θが揚力面積(SL)に及ぼす影響について異なっ た結果が得られた点について,谷ら(1951)の実験結果(Fig. 25a)からその原因を探る。
Fig. 25a
に示したとおり,θ を増大していくと,θ のある値でS
Lは最大となり,それ以上 θ を増せば
S
Lはかえって減少している。このようなS
Lの減少は,航空機の迎え角を増大させた場合にも見られることが知られている。航空力学では,
この
S
L の減少を失速と呼び,SL が最大となる時の迎え角の大きさを失速角と定義 している(落合1999
)。さらに詳細にS
Lの変化について見てみると,いずれの ε の条件においても,α が小さくなるほど,失速が起こる θ の値は増大している。これは,α が小さい場合は θ の増大によって身体に作用する
S
Lを大きくすること ができるが,α が大きい場合にはスキーが失速角に近付いており,この状態でさら にθを大きくすると,身体の迎え角(θ + α)が失速角に達し,身体-スキー系 全体のS
Lが減少することを意味する(瀬尾ら1999
)。以上の議論から,θを増大させると
S
Lが単調に増大した,という谷ら(1971)の 結果は,θが比較的小さいため(15~40°),身体の迎え角(θ + α)が失速に 至らなかったことが理由であると考えられる。一方で,
Fig. 25a
に示したθとS
Lの失速との関係は,上肢を前方に挙上した姿勢(φ = 30°)から得られたことに注意する必要がある。上肢の位置の違いが
S
Lに 及ぼす影響について,谷ら(1971)は,φを18°(上肢挙上位),および 165°(上
肢体側位)の2
条件に設定した上でS
Lを比較した。その結果,上肢体側位の方が上 肢挙上位に比べてS
Lが大きくなることを示した(Fig. 26
)。さらに,θを30
°から40°まで増大させたときの S
Lの変化量を比較すると,αが0°では S
Lはほぼ同様に増大しているが,αが
5°および 10°の条件では,上肢挙上位の方が上肢体側位よ
りもS
L の増加量が小さくなっていることが分かる。谷ら(1971
)は,S
L が失速に 至るまでθを増大していないが,前述の結果を外挿し,S
Lが失速する程度までさら にθを大きくした場合を想定すると,SLの失速を引き起こすθの値は,上肢体側位 の方が,上肢挙上位に比して大きくなるのではないかと推察される。ここで,本研 究で対象とした被検者は,すべて上肢体側位であったことを考慮すると,S
Lの失速このように,上肢体側位の場合は
S
L がまだ失速に至らないと仮定すると,谷ら(1971)が示したように股関節角度(ε)の増大によって,SLを増大することも可 能であるものと推察される。ただし,揚力の失速が起こるかどうかを判断するεお よびθの大きさやその組み合わせ方について,姿勢から直接読み取ることは難しい。
ここまでの議論より,谷らの研究結果(谷ら 1951; 谷ら 1971)を以下のように まとめる。まず,抗力面積
S
Dと揚力面積S
Lについて,迎え角(α)を増大するとS
DおよびS
Lが増大する。股関節角度(ε)を増大するとS
Dが増大し,失速が起こ っていない条件ではS
Lも増大する。下肢とスキーとのなす角度(θ)を増大すると,S
Dについては単調に増大し,S
Lはある程度までは増大するが,それ以降は減少する。次に,ピッチングモーメント容積
Q
Mに関しては,ε,θおよびαが増大するとQ
Mが(頭上げ方向に)増大する。
ただし,これらの研究における飛行姿勢が,初期飛行局面に十分対応していない 点に注意する必要がある。すなわち,谷ら(1951)の研究は,εを
130°以上に設
定しているため,当該局面のεとしては大きい。一方で,谷ら(1971)の研究は,εを
140
°以上に設定し,θを15
~40
°までしか用いていないことから,当該局面 のεとしては大きく,同じくθとしては小さい。これらの注意点を踏まえた上で,本研究で得られた飛行姿勢の変化を空気力学的に検証する。
θ (deg)
S L (m 2 )
θ (deg)
S D (m 2 ) (a)
(b)
Figure 25 The effect of the attack angle ( α ), ski to leg angle ( θ ) and
hip joint angle ( ε ) on the Lift area: S L (a) and the drag area: S D (b).
(Figure adapted from (Tani et al. 1951)).
ε=175° ε=160°
ε =145 ° ε =130 °
ε =175 ° ε =160 °
ε =145 ° ε =130 °
-0.10 -0.05 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25
10 15 20 25 30 35 40 45
α 0, φ18 α 5, φ18 α10, φ18
α 0, φ165 α 5, φ165 α10, φ165
S L (m 2 )
θ
Figure 26 The effect of the arm position (φ) on the lift area (S
L
) with increasing the ski to leg angle (θ) .
The markers painted white and black mean the arms raised up forward position (φ=18°) and the arms fitted to the trunk position (φ=165°) respectively. Hip joint angle ( ε ) was fixed at 140 ° . Attack angle (α) was varied at (0, 5 and 10°). (Data adapted from (Tani et al. 1971)).
(ε = 140°)
4.4.1. b 初期飛行局面における姿勢制御の違いによる空気力推定
前述の先行研究の風洞実験結果をふまえて,改めて本研究で得られた股関節角度
(ε),下肢とスキーとのなす角度(θ)および迎え角(α)の変化による空気力 変化を推定することを試みる。ただし,上記の風洞実験結果(谷ら
1951;
谷ら1971
) は,これらの角度の内の1
つが単独で変化した場合の空気力の変化を示しており,「他の角度の大きさが一定であれば」という仮定の上に成り立つ関係である。その ため,本節では
Hip_Large
群とHip_Small
群の飛行姿勢(ε,θおよびα)につい て,1つの角度を2
群間で比較することにより,両群に作用した空気力の大きさを 推定する。まず股関節角度(ε)を見てみると(Fig. 18a),Hip_Large群は
0m
地点から2 m
地点まで
Hip_Small
群よりも有意にεが大きいことから,Hip_Small
群よりも大きい抗力が作用していたものと推察される。揚力が失速に至っていなければ,
Hip_Large
群には
Hip_Small
群よりも大きな揚力が作用していたものと推察される。また,Hip_Large
群にはHip_Small
群よりも大きなピッチングモーメントが作用していたものと推察される。その後,
2 m
地点以降のεの変化を見てみると,Hip_Large
群は εの増大がほとんど見られず,一方でHip_Small
群はεを増大させることで,2
群 のεの値がほぼ同じとなった。そのため,Hip_Small
群はこの区間でHip_Large
群に 比して,作用する空気力(抗力,揚力およびピッチングモーメント)をより増大さ せ,最終的には同程度の空気力が2
群に作用したものと推察される。次に,下肢とスキーとのなす角度(θ)を見てみると(
Fig. 18b
),Hip_Large
群 は0m
地点から1 m
地点まで,θをHip_Small
群よりも小さくしていたため,抗力 については,Hip_Small群よりも小さかったものと推察される。Hip_Large群の揚力 については,失速に至っていなければ,Hip_Small
群より小さく,逆に失速していついては,
Hip_Large
群がHip_Small
群よりも小さかったものと推察される。その後,3 m
地点から5 m
地点までは有意ではないものの,Hip_Large
群がHip_Small
群より も大きなθを示していた。この区間においてはHip_Large
群の方がHip_Small
群よ りも大きな抗力が作用し,揚力については,失速に至っていなければHip_Small
群 よりも大きく,失速していればHip_Small
群よりも小さいと推察される。同区間の ピッチングモーメントについては,Hip_Large
群がHip_Small
群よりも大きなピッチ ングモーメントを受けたものと推察される。最後に,迎え角(α)について見てみると(
Fig. 18c
),1m
地点から5m
地点ま でHip_Small
群よりもαを小さくしており,Hip_Large
群はHip_Small
群に比べ,抗 力,揚力およびピッチングモーメントが小さかったものと推察される。ここまで,谷らの風洞実験結果(谷ら
1951;
谷ら1971
)を用いて,Hip_Small
群と
Hip_Large
群の飛行姿勢に作用する空気力(揚力,抗力およびピッチングモーメント)の大きさを推測しようと試みた。しかしながら,2 群間における飛行姿勢 の違いは,ε,θ,およびαのうちの
1
つに限定されたものではなく,これら3
つ の角度にわたる複雑なものであった。したがって,他の角度を一定とした条件でε,θ,およびαのうち