3 一流ジャンプ選手における床反力発揮の特徴(実験2)
3.4 考察
3.4.2 床反力発揮様式
床反力計の前半部分の曲線路で発揮された床反力の最大値(Fmax1)および後半部 分の直線路で発揮された床反力の最大値(
F
max2)との関係を見ると(Table 5
),全 試行(n=95
)においてF
max2がF
max1よりも高い値を示した(21.19
±1.25 N/kgBw VS 16.86±0.80 N/kgBw)。この結果から,踏み切り動作の主動作は床反力計の後半の
直線路において行われたものと考えられる。またF
max1とF
max2との間には有意な負 の相関関係が見られた(Fig. 10
)。この結果から,床反力計の前半の曲線路で比較 的大きい床反力を発揮する選手(例えばK.F.
)は,床反力計の後半の直線路で比較 的小さい床反力を発揮する傾向があり,逆に前半の曲線路で比較的小さい床反力を 発揮する選手(例えばN.K.)は,後半の直線路で比較的大きい床反力を発揮する傾
向があるものと考えられる。このような床反力発揮様式の特徴を捉える指標として,
F
max2をF
max1で除した値(F2/F1)を試行毎に算出した。F2/F1が大きいということは,床反力計の前半部分 の曲線路に比べて後半部分の直線路において,相対的に大きな床反力を発揮したこ とを意味する。この
F2/F1
を用いて,踏み切り局面における床反力発揮様式が,身 体重心の上昇速度および変位に及ぼす影響を以下で議論していく。3.4.3 床反力発揮様式と力学的諸変量との関係
本研究では踏み切り動作によって発揮された床反力を積分することで,身体重心 の上昇速度を求めた。身体重心の上昇速度の最大値(
V
max)の平均値と標準偏差は2.10±0.19m/s
であった。この値はBaumann
(1979)およびSchwameder
ら(1995)が,それぞれ映像解析から算出した身体重心の上昇速度(2.33±0.23 m/sおよび
2.07
±
0.14 m/s
)の範囲内であることから,踏み切り動作における身体重心の上昇速度としては,妥当な値が得られたものと考えられる。
12
名の被検者の平均値を用いて,Vmax と床反力発揮様式の指標(Fmax1,Fmax2,F2/F1)との相関関係を検討した結果,V
maxはF
max1,Fmax2そしてF2/F1
の3
変数と の間に有意な相関関係が見られなかった(Fig. 11
)。さらに,F2/F1
の大きさが異な る3
名の被検者を比較した結果,V
maxの値はほぼ同じであった(Fig. 15b
)。すなわ ち,床反力計の前半部分と後半部分のそれぞれで発揮された床反力の最大値および 床反力発揮様式では,選手間のV
maxの変動を説明し得なかった。これらの結果は,本実験に参加した一流選手の間では,床反力の発揮様式は決まったパターンに集約 されるわけではなく,選手それぞれが,床反力計の前半もしくは後半のどちらかで 大きな力を発揮することによって同等の力積を発揮していたことを意味する。
ここで,床反力発揮様式が異なる
K.F.と N.K.の力積獲得の方法を詳細に検討する
ため,床反力(Fig. 15a
)と上昇速度の時系列変化(Fig. 15b
)を取り上げる。床反 力計の前半部分の曲線路において,K.F.
はN.K.
よりも大きい床反力を発揮すること によって,N.K.よりも大きい上昇速度を得ていた。しかし,後半の直線路において,
K.F.は N.K.に比べて床反力が小さいため,上昇速度の増加が N.K.よりも小さくなり,
助走路の終端では
N.K.
とK.F.
の上昇速度はほぼ同じとなった。つまり,K.F.
は前半 の曲線路で,N.K.
は後半の直線路で大きい床反力を発揮することによって,最終的 に得られた力積の大きさ,すなわち上昇速度が同じになったものと考えられる。次に,身体重心変位について見てみると,踏み切り動作による身体重心の上昇に 先立ち,一時的な身体重心の下降(反動動作)が,すべての試行で観察された。そ の最小値,すなわち身体重心変位の最小値(
DCG
min)は,-0.04
~-0.00m
の範囲 であった。このDCG
minと発揮された床反力との関係を検討した結果,Fmax2およびF2/F1
が大きいほど,DCG
minが小さくなる(一時的な身体重心の下降が大きくなる)傾向が見られた(
Fig. 12
)。また,F
max2およびF2/F1
が大きいほど,DCG
minが発現これらの結果は,床反力計の後半部分の直線路において大きな床反力を発揮した選 手ほど反動動作が大きく,さらに主動作の開始タイミングが遅くなることを示して いる。
このような反動動作は,実験室内でスキージャンプ選手に擬似ジャンプ動作(シ ミ ュ レ ー シ ョ ン ジ ャ ン プ ) を 行 わ せ た 際 に 見 ら れ る こ と が 報 告 さ れ て い る
(Hochmuth 1958; Komiら 1997)。Hochmuth(1958)は反動動作を伴う踏み切り動 作が,反動動作を伴わない踏み切り動作よりも,離床時の身体重心の上昇速度が大 きくなることを示し,その原因は反動動作によって身体重心が下降した分だけ,加 速軌道が延長されるためであると指摘している。
一方で,実際のスキージャンプにおける踏み切り動作は,実験室内におけるシミ ュレーションジャンプとは異なり,高速度で移動しているため,踏み切り動作に利 用できる時間が
0.25
~0.30s
に制限されること(Komi
ら1974; Schwameder 1993;
Schwameder
ら 1995) を考慮する必要があろう。このような制限の中で,反動動作を伴う踏み切り動作を行うとすれば,反動動作のない踏み切り動作に比べ,主動作 に利用できる時間は非常に短いと考えられる。したがって,反動動作を伴う踏み切 り動作を遂行し,かつ十分な上昇速度(力積)を得るためには,短時間で大きい床 反力を発揮する能力が必要となる。以上の考察より,反動動作を用いた踏み切り技 術は,直線路の後半で大きい床反力を短時間に発揮できる選手に適した技術である と考えられる。また,できるだけ助走路の終端近くまで身体重心を低く保つことに より,空気抵抗の少ない助走姿勢を長く維持でき,助走速度の減速を防ぐという利 点があると推察される。
一方で,K.F.のように前半から比較的大きい床反力を持続的に発揮する選手は,
N.K.
のように大きい床反力を短時間に集中して発揮せずとも上昇速度を高めること ができるといえよう。しかしながら,踏み切り動作の開始タイミングが早く(Fig. 13
),その後の踏み切り動作中の重心変位が大きくなる傾向があることから(Fig. 14),
踏み切り動作中に空気抵抗が増大することが予想される。ここで,Fig. 15d に示し た股関節の角度変化を見ると,助走路の終端における
K.F.
の股関節角度(Hip
)は 他の2
名の選手よりも小さいことが分かる。すなわち,K.F.
は早いタイミングで床 反力発揮を開始する一方で,股関節の伸展を抑制し,空気抵抗の増大を防ぐ動作を 行っていたものと推察される。複数の被検者を対象とした場合には,踏み切り動作における反動動作の大きさが,
飛距離に影響を与えなかったことが報告されているが(
Troxler
ら1979; Virmavirta
ら 1993b),本研究で得られた結果から考えて,反動動作の利用の有無は高い技術 水準を有する選手間においても,選手の床反力の発揮様式に影響されることを考慮 する必要があろう。3.4.4 床反力発揮様式と踏み切り姿勢との関係
F2/F1
と踏み切り局面終了時の姿勢(膝関節角度と股関節角度)との相関関係について検討した結果,
F2/F1
は膝関節角度との間には有意な相関関係が見られなかったが(
Fig. 16a
),股関節角度との間に有意な正の相関関係が見られた(Fig. 16b
)。これらの結果から,助走路の終端付近で大きな床反力を発揮する際には,股関節の 大きな伸展を伴うものと考えられる。踏み切り局面終了時の姿勢は,その直後の初 期飛行局面における飛行姿勢に影響を与えると考えられることから,飛行中の空気 力にも影響を与えるものと推測される。
スキージャンプ飛行姿勢の変化に伴う空気力の変化を風洞実験によって測定した 研究(谷ら 1971)によれば,股関節角度の増大は,抗力,揚力および頭上げのピッ チングモーメントの増大をもたらすことが示されている。このような抗力の増大は
は重力による落下速度の増大を抑制し,飛行軌跡を高く維持し飛距離の増大に貢献 するものと予想される。さらに,身体-スキー系の重心周りのピッチングモーメン ト(頭上げ方向を正とする)が大きいことは,選手が素早く前傾姿勢に移行するこ とを困難にするものと推察される。
以上の議論より,助走路の終端近くで大きな床反力を発揮するような選手は,股 関節角度が大きくなる傾向があるため,その後の初期飛行局面において進行方向速 度と前傾姿勢への移行に不利益が生ずる一方で,飛行軌跡が高くなる利益も得られ る可能性がある。実際のジャンプの際に,踏み切り局面終了時の股関節角度が初期 飛行局面にどのような影響を与えるのかについては,第4章で改めて考察する。