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緩和ケアはこの20年で急速に普及し,医療に欠かすことができないものとなった。緩和 ケアは世界保健機構(WHO)により以下のように定義されている。

「生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者と家族の痛みその他の身体的,心理 社会的,スピリチュアルな問題を早期に同定し適切に評価し対応することを通して,苦痛

(suffering)を予防し緩和することにより,患者と家族のQuality of Lifeを改善する取り組み である」 1)

従来緩和ケアの対象は,がんをはじめとした積極的治療に反応しなくなった患者とその家 族であるとされていたが,①疾患の種類を問わない(悪性腫瘍に限定せず,心不全や慢性閉 塞性肺疾患,神経筋疾患,認知症なども対象とする),②病気の時期を問わず,特に早期か ら予防的にかかわることの重要性が認識されてきている。また,WHOは緩和ケアの理念と 具体的な実践を次の9項目にまとめている(表1) 1)

緩和ケアの専門性を一言で表すと,治癒が望めない人も積極的な医療の対象として捉え,

死への過程の質(Quality of Death)を追求することである。医学は病気を治癒することや延 命を目的に発展し,その中で死は避けるべきものとして扱われることが多く,その過程に医 学の観点から目が向けられることが少なかった。緩和ケアは,死を人間が一度は体験する,

避けることのできないプロセスと捉え,多面的かつ包括的なアセスメントに基づいて患者と 家族のQOLの向上を目指すものであり,「Suffering(つらさ)のマネジメント」と「エンド・

オブ・ライフケア(終末期ケア)」がその根幹をなす。

近年,複数の緩和ケアの介入研究により,診断時から緩和ケアチームが専門的な緩和ケア を治療と並行して提供することにより,QOLが改善し,予後をも改善する可能性が示唆さ れており 2),その緩和ケアによる早期からの緩和ケア介入の内容として,関係性の構築(患 者自身の理解),診断時の衝撃への対応,病状理解の促進,がん治療に関する意思決定支援

表 1 緩和ケアの理念と実践

①痛みやその他の苦痛な症状の緩和を行う

②生命を尊重し,死を自然なことと認める

③死を早めたり,引き延ばしたりしない

④心理的,スピリチュアルなケアを通常の医療・ケアに統合する

⑤死を迎えるまで患者が人生をできる限り積極的に生きてゆけるように支援する体制をとる

⑥家族が患者の病気や死別後の生活に適応できるように支援する体制をとる

⑦ 患者と家族のニーズに対応するためチームアプローチを実践する(適応があれば死別後のカウンセリング も行う)

⑧ QOL を向上させ,病気の経過に良い影響を与える

⑨ 病気の初期段階から,化学療法,放射線療法などの延命を目指すその他の治療と協働して行われ,治療 や検査に伴う苦痛な合併症のマネジメントを包含する

(文献 1 を翻訳して引用,一部改変)

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と生活支援,終末期医療に関する計画,家族へのケア,症状マネジメント(非薬物療法を含 む),があげられている 3)

2 がんに対する緩和ケアの現状

本邦の緩和ケアの現状を,基本的緩和ケア,専門的緩和ケア(緩和ケア病棟,緩和ケア チーム,在宅緩和ケア)に分けて述べる。ここで基本的緩和ケアは,「全ての医療従事者が 日常診療の一環として提供する緩和ケア」,専門的緩和ケアを「専門家が提供する緩和ケア で,その代表的なものとして,緩和ケア病棟,緩和ケアチーム,在宅緩和ケアにおける診 療・ケアがあげられる」と操作的に定義する。

1)基本的緩和ケア

従来本邦では系統的な基本的緩和ケアの教育は行われてこなかったが,2007年に成立し たがん対策基本法に基づくがん対策推進基本計画で,すべてのがん診療に従事する医療従事 者が基本的な緩和ケア研修を受けることが義務付けられた。2008年から厚生労働省委託事 業として,日本緩和医療学会ががん診療に携わる医師のための緩和ケア研修等事業を行い,

2017年3月までに93,250名が受講した。これにより,がん患者の痛みをはじめとする苦痛の スクリーニングならびに,苦痛への基本的な対処をがん治療医が行う体制が整備された。

2)専門的緩和ケア

基本的緩和ケアの実施により改善が難しい苦痛やつらさに対しては,専門的緩和ケアに紹 介する必要がある。まずは全てのがん診療拠点病院に設置されている緩和ケアチームに相談 するとよい。もしくは,緩和ケアチームがない場合は,がん診療拠点病院に設置されている がん相談支援センターに連絡し,適切な専門家を紹介してもらうとよい。痛みをはじめとす る苦痛への適切な対処や在宅緩和ケアなど,患者・家族の病状や事情に合わせて,専門的な 緩和ケアが提供できるように調整する体制がある。入院の上で専門的な緩和ケアが必要な患

表 2 外来患者を専門的緩和ケアに紹介する基準 患者のニーズからみた基準

1)重度の身体症状(痛み,呼吸困難,悪心など。10 段階で 7-10)がある時 2)重度の精神症状(抑うつ,不安など。10 段階で 7-10)がある時 3)早く死なせてほしいと患者の求めた時

4)スピリチュアル・実存的な危機にある時 5)意思決定支援,ケア計画の支援が必要な時 6)緩和ケアを受診したいと患者が求めた時 7)せん妄がある時

8)脳転移・髄膜転移がある時 9)脊髄圧迫・馬尾症候群がある時 病期・病状からみた基準

1)予後が 1 年以内と推定される進行・治癒不能ながん診断から 3 ヶ月以内の患者 2)二次化学療法(second-line)で PD と判断された進行がん患者(治癒不能)

(文献 4 を翻訳して引用,一部改変)

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者に対しては,緩和ケア病棟が整備されている。2015年3月現在で330施設,6,500床を超

える病床が認可されており,がん死亡者の10%は緩和ケア病棟で最期を迎えている。緩和 ケア病棟に入院した患者は全てそこで最期を迎えるわけではなく,つらい症状などが緩和さ れ,自宅退院が可能となる患者も少なくない。専門的緩和ケアへの紹介基準を表2に示 す 4)

3 まとめ

基本的緩和ケアで重要な点を3つ挙げる。①患者・家族の苦痛に気づくこと(つらさに対 するスクリーニングを行うこと)。②ガイドラインに沿ったつらさへの初期対応を実践する こと,特にがんの痛みについては,非オピオイド鎮痛薬とオピオイドを組み合わせることに よって,多くの患者の苦痛を軽減することができる。③基本的緩和ケアの実践で改善できな いつらさや複雑な問題がある場合は,専門的緩和ケアに紹介すること。この3点に留意して 頭頸部癌診療の実践が行われることを望むものである。

参考文献

1) World Health Organization. Definition of palliative care. Geneva:WHO, 2002. www.who.int/cancer/

palliative/definition/en/. last accessed Apr.29, 2017.

2) Temel JS, Greer JA, Muzikansky A, et al. Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer. N Engl J Med. 2010;363:733-42.

3) Yoong J, Park ER, Greer JA, et al. Early palliative care in advanced lung cancer:a qualitative study.

JAMA Intern Med. 2013;173:283-90.

4) Hui D, Mori M, Watanabe SM, et al. Referral criteria for outpatient specialty palliative cancer care:

an international consensus. Lancet Oncol. 2016;17:e552-9.

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Ⅲ-B-1.口腔癌(舌癌) 1