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総論 8 クリプトコックス症の感染制御

A. クリプトコックス脳髄膜炎 I. クリプトコックス脳髄膜炎の特徴

III. クリプトコックス脳髄膜炎の治療 Executive summary

3) 維持治療(Executive summaryに⽰した維持治療終了基準を満たすまで)

レジメン 抗真菌薬 1回あたりの⽤量 1⽇あたりの回数 投与経路

第⼀選択薬

FLCZ単剤(A-I) FLCZ 200mg 1回 経⼝

FLCZが使⽤できない場合

VRCZ 単剤(B-III) VRCZ 初⽇300mg

40kg未満は150mg

2回 経⼝(⾷間)

2⽇⽬以降 150〜200mg 40kg未満は100mg

2回 経⼝(⾷間)

(注意)VRCZの有効性を裏付けるエビデンスは乏しい.TDMによる⽤量調整をすること.

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各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症

各論1-7 Literature review

HIV感染患者におけるクリプトコックス脳髄膜炎の治療⽅針

抗真菌薬による治療アプローチは,速やかな髄液培養の陰性化を⽬指す導⼊治療とそれに続く⾼⽤量の抗真菌薬による地固め治 療,そして感染の再発を防ぐための維持治療,の3つのフェーズからなる.初期導⼊治療中の髄液からの菌消失速度が,その後の⽣命 予後と相関する20, 26)

L-AMBの位置づけ

治療薬として⽤いられる主な抗真菌薬は,アムホテリシンBデオキシコール酸静注剤(AMPH-B)およびそのリポソーム製剤(L-A MB),5-FC,FLCZである.アムホテリシンB製剤と5-FCは殺真菌性であるが,FLCZは静菌性である.

AMPH-B 0.7mg/kg/⽇とL-AMB 4mg/kg/⽇ の⽐較では髄液殺真菌速度において後者が優れていることが⽰されている27).加えてAMP H-B 0.7mg/kg/⽇,L-AMB 3mg/kg/⽇および6mg/kg/⽇の⽐較試験では,臨床的有効性は3群で同等であったが,腎毒性はL-AMB 3mg/k g/⽇が最も少ないという結果であった28).⼀⽅で,AMPH-Bは副作⽤発現率が⾼いことが知られ,使⽤に際しては腎機能障害,⾎液検 査,電解質(カリウム,マグネシウム)の密なモニタリングが必要である.加えて腎保護を⽬的とした⽣理⾷塩⽔の前投与を⾏いな がら,投与期間中はカリウムおよびマグネシウムを適宜補充することによる電解質の調整も必要となるため,L-AMBに⽐べて格段に 使⽤しづらい.以上を踏まえ,本ガイドラインはHIV感染患者におけるAMPH-Bの臨床試験のエビデンスとそれに基づく推奨をすべて L-AMB 3〜4mg/kg/⽇で代替可能であると判断し,原則としてAMPH-BではなくL-AMBを第⼀選択薬と位置づけた.静菌性であるFLC Zは菌量の少ない段階では有効だが,L-AMBが使⽤可能であれば第⼀選択薬とはならない.

導⼊治療における第⼀選択薬

導⼊治療において最も重要なのは,脳髄膜および髄液中に存在する⼤量の菌を速やかに急速に殺真菌し無菌化することである.導

⼊治療における殺真菌性治療は予後を改善する20, 26).現時点までの検討で,最も⾼い殺真菌効果を⽰しているのはL-AMBと5-FCの併⽤

であり,したがって,L-AMBや5-FCに関連する副反応が⽣じた場合でも,殺真菌能の低い他の薬剤の併⽤療法にスイッチするのでは なく,まずは副反応を積極的に管理することが推奨される.

194例のHIV感染合併クリプトコックス脳髄膜炎例を対象に2:1の⽐率でFLCZ(200mg/⽇)かAMPH-B (0.5mg/kg/⽇)に無作為に割 り付けした検討29)では,最初の2週以内の死亡率はFLCZ群でAMPH-B群よりも有意に⾼かった(15 vs 8%).また,FLCZ群と⽐較し て,AMPH-B群のほうがより早期に髄液中の菌陰性化が得られていた(42⽇ vs 64⽇).髄液中の速やかな菌の陰性化がより良好な予 後と相関し,クリプトコックス脳髄膜炎の症候例の再発率を低下させること,5-FCの併⽤はAMPH-B単独よりも死亡率を4割低減する ことが報告されている30, 31)

381例のHIV感染合併クリプトコックス脳髄膜炎患者を対象に導⼊治療として2週間のAMPH-B (0.7 mg/kg/⽇より⾼⽤量)と5-FC

(100mg/kg/⽇)の併⽤の有無で有効性を評価した多施設⼆重盲検試験32) では,2週⽬における髄液の菌陰性化は併⽤療法群でAMPH-B単剤群よりも⾼い頻度でみられ,毒性の増加はみられなかった.本研究では,さらに,地固め治療として8週間のFLCZ(400mg連

⽇)またはITCZ(400mg連⽇)の治療を⽐較している.多変量解析では,併⽤療法後にFLCZに割り付けられた群で10週⽬の髄液菌陰 性化率が⾼かった.

ベトナムの299例のHIV感染合併クリプトコックス脳髄膜炎を対象に⾏われた3種の異なる導⼊治療レジメンの有効性を⽐較したopen - labelのランダム化⽐較試験では①AMPH-B 1mg/kg/⽇4週間単剤と②AMPH-B 1mg/kg/⽇+5-FC 100mg/kg/⽇ 3 - 4分割の2剤併⽤投与 2週間,または③AMPH-B 1mg/kg/⽇+FLCZ 400mg 1⽇2回3剤併⽤投与2週間,の3群に割り付けられた31).その結果,AMPH-B+5-FC 群ではAMPH-B単剤群よりも70⽇⽬までの死亡数が少なく (70⽇までに30例vs44例,HR0.61,95%CI 0.39 - 0.97,p=0.04),5-FCの 併⽤でAMPH-B単剤よりも死亡率が4割低下していた.死亡率の低下は14⽇⽬時点では差はなかったが,70⽇⽬で統計学的に有意であ った.⼀⽅,AMPH-B+FLCZ併⽤治療群とAMPH-B単剤群との間では同様の⽣存率が観察され予後に差を認めなかった.AMPH-B+5

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各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症

各論1-8

-FCの併⽤群は有意に1⽇当たりの髄液中の菌減少率が⾼く( - 0.42 log10 CFU/mL/⽇(AMPH-B+5-FC併⽤治療群) vs - 0.31 log10 CF U/mL/⽇(AMPH-B単剤群 vs - 0.32 log10 CFU/mL/⽇(AMPH-B+FLCZ併⽤治療群)),治療開始14⽇⽬までの髄液中の菌消失速度が 最も速かった.⼀⽅,副反応発現率は全群で同等であったが,好中球減少症はAMPH-B+5-FC併⽤群(34%)またはAMPH-B+FLCZ 併⽤治療群(32%)がAMPH-B単剤群(19%)と⽐べて⾼かった.本検討で観察されたAMPH-B+5-FC併⽤群の死亡率と髄液中の菌 の陰性化率における優越性や,他の臨床試験33-35)でも髄液からの菌の陰性化までの期間がより短期間であり,再燃率がより低いこと が確認されたことがアムホテリシンB製剤と5-FCの併⽤を導⼊治療の第⼀選択に推奨する根拠となっている.

なお,髄腔内や脳室腔内へのAMPH-Bの投与については,くも膜炎を誘発する可能性があること,全⾝投与でも良好な効果が得られ ることから推奨されない36)

2018年にアフリカのHIV感染合併クリプトコックス脳髄膜炎721例を対象とした5種の導⼊治療レジメンのランダム化⽐較試験の結果 が報告された37).患者は以下の治療レジメンのいずれかに無作為に割り付けられた.(経⼝レジメン)①{経⼝FLCZ 1,200mg/⽇と 5-FC 100mg/kg/⽇併⽤}を 2週間,(AMPH-B 2週間レジメン){AMPH-B 1mg/kg/⽇と(②5-5-FC 100mg/kg/⽇あるいは ③経⼝FLCZ 1,2 00mg/⽇)}併⽤を2週間,(AMPH-B 1週間レジメン){AMPH-B 1mg/kg/⽇と(④5-FC 100mg/kg/⽇ あるいは ⑤経⼝FLCZ 1,200mg/

⽇)}併⽤を1週間(④,⑤は続けてFLCZ 1200mg/⽇ を1週間).導⼊治療終了後は全群でFLCZ 800mg/⽇を2週間ののち,FLCZ 400mg /⽇で合計8週間地固め治療を⾏い,その後にFLCZ 200mg/⽇の維持治療に切り替えた.腰椎穿刺による髄液圧管理は正常化するまで 適切に実施され,ARTは治療開始後4週に導⼊した.その結果,死亡率では経⼝レジメン① vs AMPH-B 2週間レジメン(②+③) vs A MPH-B 1週間レジメン(④+⑤)で有意差がなかった.⼀⽅,AMPH-B+ FLCZ(③+⑤) vs AMPH-B+5-FC(②+④)の⽐較では後 者で有意に死亡率が低かった(p=0.002).髄液の菌消失速度においても,それぞれ - 0.36±0.23 log10CFU/mL/⽇ vs - 0.46±0.25 log10 CFU/mL/⽇(p<0.001)であり5-FC併⽤群が有意に優れていた.10週時の死亡率は従来の第⼀選択レジメンである②と⽐較し,①, ③,

⑤は有意差がなく,④AMPH-B+5-FC 1週間治療は有意に死亡率が低い(Hazard ratio 0.56: 0.35 - 0.91)という結果であった.ただし髄 液中の菌消失速度については,②と⽐較して①, ③, ⑤は有意に遅く,④では有意差はないもののやや劣る傾向が⾒られた( - 0.49±0.2 6 log10CFU/mL/⽇ vs - 0.44±0.25 log10CFU/mL/⽇, p=0.16).

この検討は医療資源に乏しいアフリカで⾏われており,⽇本とは異なりAMPH-B 2週間継続における電解質を含めた副作⽤管理が不

⼗分であり,それが死亡率増加に関連した可能性を否定できない.⼀⽅で,本検討においても髄液の菌消失速度における現⾏の第⼀

選択レジメンの優位性が⽰されていた.以上より本ガイドラインでは,この結果を踏まえても第⼀選択レジメンであるアムホテリシ ン製剤+5-FCの変更は不要と判断した.⼀⽅で,FLCZ+5-FC併⽤レジメンを含め他の代替レジメンをB-I とした.

導⼊治療における代替レジメン

L-AMBが使⽤できない場合には,FLCZと5-FCの併⽤が推奨される.ただし,⾼⽤量のFLCZ(400〜800mg/⽇)と5-FCの併⽤に よる導⼊/地固め治療のオープンラベル試験では,治療10週時点でも25%は髄液培養陽性が持続し,13%が死亡している38).別の⼩規 模臨床試験では,併⽤療法群がFLCZ単独(200mg/⽇)群と⽐べて予後良好であったが,死亡率は16%と⾼かった(16 vs 40%)39).髄 液中の菌消失速度については,AMPH-B+FLCZ併⽤群がAMPH-B +5-FC併⽤群よりも導⼊/地固め治療に関し劣っていたが,AMPH-B 単独群よりは有効であったという報告がある40)

導⼊治療時の経⼝FLCZの投与量については,2018年に報告されたランダム化⽐較試験のプロトコルと同⽤量の1,200mg/⽇までを推 奨⽤量とした37).FLCZの経静脈投与については,経⼝よりも⾼い⾎中濃度となることが予想されるため,投与量の上限は800mg/⽇と した.このような⾼⽤量・⻑期投与に関する⽇本⼈での経験例は乏しく,安全性が確⽴されているわけではない.⽇本⼈が体格の点 で⽐較的⼩柄である点も考慮し,⾼⽤量投与に起因する副作⽤発⽣には⼗分注意する必要がある.

5-FCの投与量は腎機能低下例では調整が必要であるが,投与量を調整することで2週間投与の忍容性は概して良好である41). 5-FC が毒性等で使⽤できない場合には,L-AMBとFLCZの使⽤が推奨される.この際,FLCZは800mg/⽇のほうが 400㎎/⽇より効果が優れ る可能性がある42)

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各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症

各論1-9

導⼊治療におけるFLCZ単剤治療の位置づけ

FLCZの単独使⽤は⾼⽤量でも死亡率が⾼く奨められない43-45)

南アフリカでART導⼊前の80例のHIV感染合併クリプトコックス脳髄膜炎例における臨床試験45)では,2週間導⼊治療の以下の4群に 無作為に割り付けられた:①AMPH-B (0.7〜1mg/kg/⽇)+5-FC (25mg/kg経⼝,1⽇4回),②AMPH-B (0.7〜1mg/kg/⽇)+FLC Z(800mg,連⽇),③AMPH-B (0.7〜1mg/kg/⽇)+FLCZ (600mg,連⽇),④AMPH-B (0.7〜1mg/kg/⽇)+VRCZ(300mg,1⽇

2回).髄液におけるクリプトコックス菌数の消失率には,4群間で統計学的な有意差はなく,全死亡率も2週⽬で12%,10週⽬で29%

であったが,4群間で統計的に有意な差は無いという結果であった.

⽶国またはタイでクリプトコックス脳髄膜炎と診断された143例のHIV感染患者を対象としたオープンラベル試験42)では,AMPH-B

(0.7/kg/⽇)単剤またはAMPH-B (0.7/kg/⽇)+FLCZ (800m/⽇)に無作為に割り付られた.導⼊治療後に,初期AMPH-B単剤投与 例はFLCZ(400mg/⽇)8週間へスイッチされ,初期AMPH-B+FLCZ投与例はFLCZ(400mgまたは800mg/⽇)8週間へスイッチされ た.結果,群間で統計学的に有意な有効性の差はなかったが,⾼⽤量のFLCZ (800mg/⽇)を受けた群が,より良好なアウトカムを

⽰し,レジメンの忍容性も良好であった.

L-AMBと5-FCのいずれにも忍容性が無く,FLCZ単剤で治療する場合には1,200mg/⽇の⾼⽤量を⽤いるべきである46).FLCZ単剤治療 の予後は⽤量依存性が認められ,800mg/⽇よりも1,200〜2,000mg/⽇の投与によって有効率が改善することが⽰されている47)

導⼊治療におけるVRCZの位置づけ

VRCZはクリプトコックスに対する抗菌活性や髄液移⾏性からはFLCZと同等以上の効果が期待できるが,現時点で⼗分なエビデン スが存在しない48).本薬剤は主としてCYP2C19で代謝されるが,遺伝⼦多型により⽇本⼈で15〜20%にpoor metabolizerが存在するた め,⾎中濃度が上昇して中枢神経系の副作⽤が出現するリスクがある.さらに⼀部の抗HIV薬を含む各種薬剤との相互作⽤により⾎中 濃度が⼤きく変化しうる点にも注意が必要となる.以上によりFLCZ耐性など特別な理由がある場合を除き,VRCZは原則的に使⽤す べきではなく,使⽤する場合には特に薬物相互作⽤に注意した上で⾎中濃度のモニタリングが必要である.本薬剤の治療効果と関連 するPK - PDパラメ - タ - はAUC/MICであるが,臨床的にはトラフ濃度/MICが代替指標として⽤いられる.投与開始5〜7⽇で定常状態 に達するのでその時点でトラフ濃度をチェックする.有効性の観点からトラフ濃度1 - 2μg/mL以上が推奨されており,4〜5μg/mL以 上では肝機能障害などの副作⽤に注意する49).クリプトコックス脳髄膜炎にVRCZを使⽤した症例報告において,トラフ濃度と髄液濃 度は相関を⽰し,髄液濃度はトラフ濃度の60〜80%程度であった50).まだ⼗分なエビデンスはないが,トラフ値2μg/mLとすれば髄液 濃度は1.2〜1.6μg/mL程度が予想され

C. neoformans

に対するVRCZのMIC90(0.25μg/mL)を⼗分に上回る濃度を達成できると考えられ る.可能な限り個々の症例でトラフ濃度および髄液濃度をモニタリングすることを推奨する.

L-AMBの⽤量について

2018年にボツワナとタンザニアにおけるHIV感染合併クリプトコックス脳髄膜炎79例を対象としたL-AMB⾼⽤量短期治療に関する第 2相試験の結果が報告された51).患者は以下の4つの群に無作為に割り付けられた,primary endopointは最初の2週間の髄液中の平均菌消 失速度とした(①L-AMB 3mg/kg/⽇ を14⽇間の標準投与群(n=21) ,②⾼⽤量L-AMB1回(day 1: 10mg/kg, n=18 ) ,③⾼⽤量L-A MB2回(day 1: 10mg/kg, day 3: 5mg/kg, n= 20) ,④⾼⽤量L-AMB3回( day 1: 10mg/kg, day 3 and 5: 5mg/kg, n=20 )).全例で最初の 2週間はFLCZ 1,200mg/⽇,次の8週間を800mg/⽇,その後に200mg/⽇の併⽤治療を⾏い,ARTは治療開始後4〜6週の間に導⼊され た.その結果,各群の平均菌消失速度はそれぞれ - 0.41, - 0.52, - 0.47, - 0.54(log10CFU/mL/⽇)で有意差はなく同等であり,有害事象 および10週時点の死亡率においても各群に有意な差は認められなかった.

本検討は5-FC併⽤治療下での⽐較試験ではなく,⾼⽤量L-AMBの間歇的投与が標準治療を上回る菌消失速度を⽰せているわけでは ない.検討症例数の少ない第2相試験であり,⾼⽤量L-AMBの有効性と安全性については,まだ今後の検討課題である.以上を踏ま え,本ガイドラインでは,10mg/kg/⽇のような⾼⽤量L-AMB投与については推奨しない.

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