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総論 8 クリプトコックス症の感染制御

B. 播種性クリプトコックス症(脳髄膜炎以外)

I. 播種性クリプトコックス症(脳髄膜炎以外)の特徴 Executive summary

 播種性クリプトコックス症では肺あるいは⽪膚へ局所感染が成⽴した後,⾎流感染として全⾝播種し,必ずしも脳髄膜炎を伴わ ずに様々な臓器に病変を形成しうる.

 ⽪膚病変の頻度が最も⾼く,リンパ節,消化管,眼,⼼臓 ,泌尿⽣殖器,⾻髄,肝臓,縦隔,膣などへの播種の報告がある.

 ⽪膚クリプトコックス症は

C. neoformans

が直接,⽪膚に感染した結果として起こる⽪膚限局性と,播種性クリプトコックス症に 合併する続発性があり,播種性病変を疑う場合には,⽪膚病変の有無につき⼗分な診察を⾏う.⽪膚病変は多彩な病型をとり,

丘疹,腫瘤,⽔疱,膿瘍,蜂窩織炎,紫斑,潰瘍,⽪下腫脹などの報告がある(各論7参照).

Literature review

播種性クリプトコックス症の病変

播種性クリプトコックス症の病態は肺あるいは⽪膚へ局所感染が成⽴した後,⾎流感染として全⾝播種するものである.したがっ て播種性病変としては脳髄膜炎を発症することが最も多いが,脳髄膜炎と同時あるいは必ずしも脳髄膜炎を伴わずに様々な臓器に病 変を形成しうる.HIV感染患者では脳髄膜炎以外では⽪膚病変が最も多いが,リンパ節炎67),消化管潰瘍性病変68),眼病変69),⼼筋炎7

0) ,前⽴腺炎71),⾻髄病変72),肝病変73),縦隔膿瘍74),膣病変75)などの播種性病変が報告されている.41例の脳髄膜炎症例中の9例で脳髄 膜炎の初期治療後の尿培養で菌が証明され,うち4例で前⽴腺分泌液中に菌体が確認できたという報告がある71).脳髄膜炎では13例中4 例(30.8%)で⾻髄培養が陽性であり,⾻髄培養陽性の4例はすべて⾎液培養でも陽性だったという報告がある73).残りの9例は髄液の みで分離されていた.肝⽣検が実施された3例のうち2例で菌が証明できたという結果であった.

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各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症

各論1-17

播種性クリプトコックス症における⽪膚クリプトコックス症

⽪膚クリプトコックス症には,⽪膚限局性クリプトコックス症と播種性クリプトコックス症の⽪膚病変がありうるためその両者の 区別は重要である(本症については各論7も参照のこと).前者は

C. neoformans

が直接,⽪膚内に接種・感染した結果起こるものであ り,蜂窩織炎から⾁芽腫までの多彩な病変を来たし,⾃然寛解することもあれば,そこから播種性病変に進展することもある.後者 は,播種性クリプトコックス症の10〜15%に⾒られるとされる.病変は,丘疹,腫瘤,⽔疱,膿瘍,蜂窩織炎,紫斑,潰瘍,⽪下腫 脹など多様な形をとりうる76)

II. 播種性クリプトコックス症(脳髄膜炎以外)の診断 Executive summary

 HIV感染患者で原因不明の⽪膚病変を呈する場合には,積極的に播種性クリプトコックス症を疑い,⾎液培養,⾎清GXM抗原の 測定および⽪膚⽣検・培養検査を考慮する.

 ⽪膚クリプトコックス症は中⼼臍窩を伴う丘疹が典型的所⾒であり,形態的に伝染性軟属腫に類似している.(各論7参照)

 ⽪膚クリプトコックス症は多彩な形態をとりうるため,カポジ⾁腫,悪性リンパ腫との鑑別が必要となることもある.

 ⾎液培養のみが陽性で,脳髄膜炎を含め他に感染病巣が確認できない場合にも播種性クリプトコックス症として扱う.

 ⾎清GXM抗原のみが陽性で他の感染病巣が確認できない場合,抗原価が⾼い (512倍以上)場合には播種性クリプトコックス症 として扱う.512倍未満の抗原価の場合には肺クリプトコックス症に準じる.

Literature review

播種性クリプトコックス症の診断契機

免疫不全状態(CD4陽性リンパ球数100/μL未満)のHIV感染患者で,原因不明の⽪膚病変を⾒た場合には,積極的に本症を疑い,

⾎清GXM抗原を測定することが診断の⼿がかりとなる.抗原陽性の場合,あるいは抗原陰性であっても⽪膚病変の形態から本症が疑 われる場合には,⽪膚⽣検・培養検査を考慮すべきである.HIV感染患者の播種性クリプトコックス症では,免疫不全状態を反映して 炎症反応が乏しいため,脳髄膜炎症例でも進⾏するまで無症状となりうる.⽪膚病変などの脳髄膜炎以外の病変が播種性クリプトコ ックス症の唯⼀の症状であることもある78).⾎液培養からクリプトコックスが分離された場合には,肺病変,脳髄膜炎ともに認められ ない場合でも,その病態から播種性クリプトコックス症と診断すべきである.

⾎清GXM抗原価の解釈

⼀⽅,⾎清GXM抗原のみが陽性で他の感染病巣が確認できない場合は,本検査が限局性病変でも陽性となりうるため,播種性クリ プトコックス症とは診断できない.ただし⾼抗原価(512倍以上)の場合には,顕在化していない播種性病変が存在していると想定し て治療を⾏うことは理にかなっている.

エチオピアでCD4陽性リンパ球数150/μL未満の患者817例を対象とした検討79)では,6.2%で⾎清GXM抗原が陽性であった.⾎清GX M抗原陽性者では髄液GXM抗原検査も実施し,髄液抗原陽性の場合にはFLCZ1,200mg/⽇,髄液抗原陰性者では800mg/⽇で2週間の治 療を⾏ったのち,それぞれ800mg/⽇,400mg/⽇で8週間治療を継続してから,両群ともに200mg/⽇の維持治療に切りかえた.ARTは 抗真菌治療開始後4〜8週⽬で導⼊した.抗真菌治療開始前の⾎清抗原価が80倍以下では脳髄膜炎例(髄液抗原陽性)は無く,160倍以 上の⼀部で脳髄膜炎合併例が⾒られ,1,280倍では全例で脳髄膜炎が診断された.この結果は⾎清GXM抗原価が播種性病態との相関が あることを⽰唆しており,脳髄膜炎以外の播種性病変の存在も考慮した場合,⾎清GXM抗原価が⾼値の場合に脳髄膜炎に準じて治療 を⾏うのは理にかなっていることを⽰唆している.実際,本検討で髄液抗原陽性でFLCZ 1,200mg/⽇で導⼊治療された患者の68%,髄

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各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症

各論1-18

液抗原陰性例であっても24%が3ヵ⽉以内に死亡していた.このように,⾎清GXM抗原陽性者をFLCZのみで治療するとART導⼊後の

⽣命予後は不良であり,その機序としてART導⼊後のunmasking IRISが想定されている.

以上より,顕在化していない播種性病変を想定すべき⾎清GXM抗原価の明確なカットオフに関する知⾒は不⼗分であるが,⾎清GX M抗原⾼値例には播種性病変に準ずる治療が必要な症例が混在していることは明らかである.本ガイドラインではIDSAのガイドライ ン56)に準じ,⾎清GXM抗原陽性のみで他に顕在化した臓器病変が⾒られない場合には,⾎清GXM抗原が512倍以上の場合に播種性病変 に準じた治療を⾏うことを推奨する.

III. 播種性クリプトコックス症(脳髄膜炎以外)の治療 Executive summary

 脳髄膜炎以外の病変を有する播種性クリプトコックス症においても,治療薬剤,治療期間ともにクリプトコックス脳髄膜炎と全 く同様に⾏う.

 ⾮脳髄膜炎症例でも,治療導⼊後の臨床経過中に,播種性病変として脳髄膜炎が顕在化するリスクに注意する.

 ⾮脳髄膜炎症例では,ART導⼊後にIRISとして脳髄膜炎が顕在化するリスクに注意する.

 ⾎清GXM抗原陽性,髄液GXM抗原陰性で播種性病変が特定できない場合でも,⾼抗原価(512倍以上)の場合には,顕在化して いない他の播種性病変が存在していると推定して,播種性クリプトコックス症に準じた治療を⾏うことを推奨する.

抗真菌薬治療レジメン

●脳髄膜炎に準じた治療を⾏う(B-III) (クリプトコックス脳髄膜炎の治療の項を参照)

Literature review

中枢神経系以外に病変を有する播種性クリプトコックス症の治療については,これまでの症例報告,ケースシリーズ等から治療薬 剤,治療期間ともにクリプトコックス脳髄膜炎と同様で良いと考えられる.ただし,脳髄膜炎に前⽴腺炎を合併した症例の報告71)では 髄液と⽐較して前⽴腺からの菌体のクリアランスが遅く,抗真菌薬の病巣への移⾏性の違いを⽰唆していた.したがって,厳密には 使⽤する治療薬剤の病巣移⾏性と治療反応性を⾒ながら症例毎に判断すべきである.

脳髄膜炎を伴わない播種性病態では,経過中に脳髄膜炎を合併するリスクがある点に注意が必要である.治療開始以後も脳髄膜炎 の発症に注意する.

同様に,ART導⼊後にunmasking IRISとして脳髄膜炎が顕在化するリスクにも注意する.

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各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症

各論1-19 C. 肺クリプトコックス症

I. 肺クリプトコックス症の特徴 Executive summary

 無症状で健康診断や他疾患経過観察中に,胸部異常陰影として発⾒されることが多い.

 HIV感染患者では⾮HIV感染患者より重症化する傾向があり,進⾏も急速である.

 症状・徴候を呈する肺クリプトコックス症はCD4陽性リンパ球数<100/μLで発症する.病変の重症度はCD4陽性リンパ球数に 逆相関する.

Literature review

免疫不全宿主における肺クリプトコックス症例のほとんどは潜在性感染の再活性化によると推定されている.しかし,未感染の宿 主における初感染や新たな株による再感染のこともある.HIV感染患者における肺クリプトコックス症の症状はHIV⾮感染例より急速 で重篤である.症状・徴候を呈する肺クリプトコックス症はCD4陽性リンパ球数100/μL未満で発症する.病変の重症度はCD4陽性リ ンパ球数に逆相関する6)

II. 肺クリプトコックス症の診断 Executive summary

 臨床症状は無症状から発熱,咳嗽,呼吸困難,頭痛を呈する例まで多彩である.低酸素⾎症やARDSを呈する重症例もある.

 ⾮HIV感染患者同様,画像所⾒としては胸部X線で孤⽴性あるいは多発性結節影を認める.胸部CTでは胸膜から数mm離れた肺末 梢の結節影を認める.

 免疫不全の進⾏したHIV感染患者の場合にはニューモシスチス肺炎に類似したすりガラス様陰影を呈するのが典型的である.コ ンソリデーション,⼤葉性陰影,縦隔腫瘤,胸⽔,空洞形成なども呈する.

 確定診断は気道由来検体(喀痰,気管内採痰,気管⽀肺胞洗浄液,経気管⽀肺⽣検,経⽪的肺吸引液)からクリプトコックスを 直接検鏡法あるいは培養検査で証明することによる.

 ⾎清GXM抗原が陽性であれば,直ちに⾎液培養を施⾏して播種性病巣の検索を⾏う.

 肺クリプトコックス症を診断したら,脳髄膜炎合併の可能性を除外すべきである.本症と診断した全例で神経学的症状・徴候の 有無に関わらず髄液検査が推奨される.

Literature review

主な臨床症状は発熱(81〜94%),咳嗽(63〜41%),呼吸困難(5〜50%),頭痛(41%)などであり80),⼀部の例では重症化し 低酸素⾎症やARDSを呈する.

HIV関連肺クリプトコックス症の65〜94%で肺から中枢神経系への播種が⽣じるとされる80-83).したがって,肺クリプトコックス症 を診断した全例で神経学的症状・徴候の有無に関わらず腰椎穿刺と⾎液培養を施⾏し播種性感染の検索を⾏うことが推奨される84). ⾎清GXM抗原は感度が⾼く,肺クリプトコックス症を疑った場合にもまず⾏われるべき検査である85)

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