各論 5 妊産婦患者におけるクリプトコックス症
III. 妊産婦患者におけるクリプトコックス症の治療 Executive summary
症状には,頭痛,意識障害,嘔吐,咳嗽,発熱などを呈するが,無症状の場合もある.
肺クリプトコックス症の 38%は無症状である.
中枢神経系以外にクリプトコックス症の感染巣を認めた場合は,積極的な髄液検査により脳髄膜炎の検索を⾏う.
脳髄膜炎を呈している場合は,⾎清・髄液抗原検査に加えて⾎液培養および尿培養も積極的に実施する.
肺クリプトコックス症の画像所⾒は,多発結節影,浸潤影が 21%,単発の結節影,腫瘤影,空洞性病変,胸⽔と多岐に わたる.
⾎清 GXM 抗原は,肺クリプトコックス症で 83%が陽性,脳髄膜炎および播種性で 98%が陽性となり,診断に有⽤であ る.
Literature review
妊婦のクリプトコックス症に特異的な症状というものはない.
胸部単純 X 線や胸部 CT は,肺クリプトコックス症を疑う契機として重要な検査であるが,妊婦の画像検査は,診断的有⽤
性が上回ると判断される場合に限る.
確定診断は,顕微鏡検査(墨汁法,ギムザ染⾊,グロコット染⾊,PAS 染⾊),GXM 抗原検査および培養検査で⾏われる.
検体として喀痰,気管⽀肺胞洗浄液,⾎液,髄液や尿などが⽤いられる.
妊婦の HIV 感染患者には,ART 前の⾎清 GXM 抗原によるスクリーニングは早期診断や脳髄膜炎への進⾏を予防するための 意義が⾼い12)が,⾮ HIV 感染患者の無症候性妊婦における積極的な⾎清 GXM 抗原測定の有⽤性については不明である14).
III. 妊産婦患者におけるクリプトコックス症の治療 Executive summary
妊娠中であっても,クリプトコックス脳髄膜炎および播種性クリプトコックス症の場合は抗真菌薬治療を検討する.
播種性病変を伴わない安定した肺クリプトコックス症では妊娠中の治療を⾏わず,分娩後から治療開始することも検討 する.
妊娠中にクリプトコックス症を治療する場合は,原則 L-AMB を使⽤する(B-III).
妊娠が終了し,授乳を中⽌できた場合,クリプトコックス脳髄膜炎および播種性クリプトコックス症の導⼊治療中であ れば,L-AMB に 5-FC の併⽤を開始する(C-III).
妊娠が終了し,授乳を中⽌できた場合,クリプトコックス脳髄膜炎および播種性クリプトコックス症の地固め治療・維 持治療,あるいは肺クリプトコックス症の治療中であれば,FLCZ へ変更する(C-III).
妊娠期間中の FLCZ,VRCZ,ITCZ,5-FC の投与は禁忌である.
予防投与を推奨するデータはない.
HIV 感染妊婦において維持療法を終了(中⽌)後は,臨床経過および⾎清 GXM 抗原,CD4 陽性 T 細胞数を経時的にモ ニタリングする.
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各論
5-4
妊産婦患者におけるクリプトコックス症の抗真菌薬治療レジメン
【クリプトコックス脳髄膜炎および播種性クリプトコックス症】
1) 導⼊治療( 2 週間以上かつ髄液培養陰性化まで)
レジメン 抗真菌薬 1 回あたりの⽤量 1 ⽇あたりの回数 投与経路
第⼀選択薬
L-AMB 単剤(B-III) L-AMB 3〜4 mg/kg 1 回 点滴静注
2) 地固め治療(8 週間)
レジメン 抗真菌薬 1 回あたりの⽤量 1 ⽇あたりの回数 投与経路
妊娠中 第⼀選択薬
L-AMB 単剤(C-III) L-AMB 3〜4 mg/kg 1 回 点滴静注 妊娠が終了し授乳を中⽌できる場合
第⼀選択薬
(F-)FLCZ 単剤(A-III) FLCZ は以下のいずれかを⽤いる
FLCZ(内服) 400mg 1 回 経⼝
FLCZ 400mg 1 回 点滴静注
F‒FLCZ 400mg 1 回 静注
3) 維持治療(6〜12 ヵ⽉間)
レジメン 抗真菌薬 1 回あたりの⽤量 1 ⽇あたりの回数 投与経路
妊娠中 第⼀選択薬
L-AMB 単剤(C-III) L-AMB 3〜4 mg/kg 1 回 点滴静注 妊娠が終了し授乳を中⽌できる場合
第⼀選択薬
FLCZ 単剤(A-III) FLCZ(内服) 200mg 1 回 経⼝
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各論
5-5
【肺クリプトコックス症】(6〜12 ヵ⽉の治療を⾏う)
レジメン 抗真菌薬 1 回あたりの⽤量 1 ⽇あたりの回数 投与経路
呼吸不全を伴う重症例
クリプトコックス脳髄膜炎に準じた抗真菌薬治療を⾏う(クリプトコックス脳髄膜炎の治療の項を参照)
上記以外 妊娠中 第⼀選択薬
妊娠が終了し授乳を中⽌できた場合は,下記の FLCZ 単剤に移⾏して治療期間を完遂する.
L-AMB 単剤(C-III) L-AMB 2〜5 mg/kg 1 回 点滴静注 妊娠が終了し授乳を中⽌できる場合
第⼀選択薬
(F-)FLCZ 単剤(B-III) FLCZ は以下の 3 種類のいずれかを⽤いる
FLCZ 400mg 1 回 経⼝
FLCZ 400mg 1 回 点滴静注
F‒FLCZ 1 ⽇⽬,2 ⽇⽬ 800mg 3 ⽇⽬以降 400mg
1 回 静注
Literature review
妊娠中における治療上の注意点
妊娠中に⺟体に投与した薬剤の多くは経胎盤的に胎児に移⾏する.したがって,投与薬に催奇形性や胎児毒性がないこと,
⺟体への代謝障害などの影響がないこと,それによる⼆次的な胎児への影響がないことが確認された薬剤であることが⼤前提 となる29).薬物の胎盤通過に影響を与える因⼦としては,分⼦量,分⼦の形状とイオン化の程度,脂溶性,蛋⽩結合率,胎盤 における⾎流,胎盤における代謝,胎盤のエイジングなどが挙げられる30).⼀般に,分⼦量の⼩さいほど,イオン化しない⾮
解離性物質ほど,脂溶性の⾼い物質ほど胎盤を通過しやすい.また⺟体への投与に際しては少なくとも投与の時期が器官形成 期にかかっているかどうかを考慮することは重要である.抗真菌薬の全⾝投与が必要な場合には,特にアゾール系薬の全⾝投 与は推奨されない31) 上に,⽇本では FLCZ の投与は禁忌である.
妊娠中に使⽤可能な抗真菌薬の判断
これまで⼀般的に,妊娠中に投与が必要と判断された場合には,⽶国 FDA(food and drug administration)が定めていた 妊娠時おける抗微⽣物薬の危険区分を参考にして投与されることが多かった32).これは A(妊婦における研究により危険性な し),B(動物実験では危険性はないが,ヒトでの安全性は不⼗分,もしくは動物では毒性があるがヒトの試験では危険性な し),C(動物実験で毒性があり,ヒト試験での安全性は不⼗分だが,有⽤性が危険性を上回る可能性あり),D(ヒトの危険 性が実証されているが,有⽤性のほうが勝っている可能性あり)に分類されたもので,A に該当する抗真菌薬はなく,B に該 当する抗真菌薬に AMPH-B,C に該当する薬剤に MCFG,CPFG,FLCZ,ITCZ,5-FC,D に該当する薬剤に VRCZ が記載 されていた.しかしこの FDA の分類において,同カテゴリー内であっても各薬剤に相違があることから 2015 年以降危険区分 分類は廃⽌されており,投与を検討する際は各添付⽂書に記載されている内容を⼗分慎重に鑑みて有益性がリスクを上回ると 判断された場合に処⽅することとなる.
抗真菌薬による治療開始の判断
⽇本の添付⽂書では,ポリエン系・キャンディン系薬については「治療上の有益性が上回ると判断された場合にのみ投与」
と記載されており,アゾール系薬は⼀律「投与しないこと」と記載されている.そのような観点から,脳髄膜炎や播種性病変 を伴わない軽症の肺クリプトコックス症症例に限っては,妊娠期間中は抗真菌薬投与を控え,症状増悪がないかどうかを⼗分 に注意しながら観察し,分娩後に授乳を中⽌してからから抗真菌薬を開始することを検討する.
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各論
5-6
妊婦に対する AMPH-B および L-AMB の安全性ポリエン系薬では従来の AMPH-B が,妊婦のクリプトコックス脳髄膜炎,播種性疾患または重症肺クリプトコックス症の 初期治療薬として多くの報告がある. AMPH-B は FDA の旧妊娠カテゴリーB に分類されている.AMPH-B は臍帯⾎清,⽺
⽔,胎盤によく分布する33) .臍帯⾎中濃度は⺟体の⾎清濃度の約 30〜100%である33,34).妊娠中の AMPH-B 療法の⾄適期間 は明らかではないが,治療開始の三半期に応じて期間を調整する必要がある.AMPH-B に不耐性の症例では,L-AMB が適切 な代替薬である.なお,L-AMB は FDA の旧妊娠カテゴリーB に分類されている.国内の添付⽂書では,妊婦に対して治療上 の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与することとされており,妊娠中の投与に関する安全性は確⽴していな いこと,ラットの周産期の投与により⺟動物の状態悪化に起因する死産率の⾼値が認められていると明記されている35).
妊婦に対する FLCZ の安全性
FLCZ は妊娠期間中(特に妊娠初期)には投与を避ける必要があり,⽇本では妊娠中の投与は禁忌である.その理由として FLCZ は頭蓋顔⾯の⾻形成異常,薄い波状肋⾻や腎盂⽋損の原因となることが挙げられる36).また,妊娠初期または妊娠初期 を超えて FLCZ が投与された妊婦から出⽣した児に,動物で認められたのと同様の先天奇形が報告されている37).しかしなが らクリプトコックス症の治療期間は⻑期に渡ることから,分娩後は内服薬が存在し安全性も⾼い FLCZ に切り替えるのが適切 である.なお,妊娠中のクリプトコックス症の初期治療において,FLCZ 単剤での治療は,治療効果が乏しく IRIS のリスクを 増加させる可能性も指摘されている14).
妊婦に対する VRCZ の安全性
VRCZ はラットの実験で,10mg/kg 以上の投与において催奇形性(⼝蓋裂,⽔腎症/尿管⽔腫),ウサギ 100mg/kg 投与に おいて胎児毒性(胎児死亡率増加,⾻格変異など)が認められたことから,妊娠または妊娠している可能性のある婦⼈には投 与しないこととなっている38).妊娠第⼆・三半期に投与された症例での胎児や新⽣児の報告はみられていない39).
妊婦に対する ITCZ の安全性
ITCZ はラットの実験,マウスの実験で催奇形性が報告されており,国内では妊娠⼜は妊娠している可能性のある婦⼈には 禁忌となっている40).De Santis らは、第⼀半期に投与された症例は奇形とは関連がないがことを報告しているが,流産との 関連性が指摘されている41).
妊婦に対する 5-FC の安全性
5-FC はラットを⽤いた動物実験で,40mg/kg/⽇以上の投与で⾻格異常,マウスを⽤いた動物実験で 400mg/kg/⽇以上の 投与で外表奇形が報告されていることから,国内では妊娠または妊娠している可能性のある婦⼈には投与禁忌となっている
42).なお,妊婦に対する 5-FC の使⽤は⼩規模試験に限られているが,5-FC は主に妊娠中期,妊娠後期にポリエン系薬との併
⽤で使⽤された報告では新⽣児の有害転帰の原因とはなっていない43).