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総論 8 クリプトコックス症の感染制御

E. 抗レトロウイルス療法(ART)導⼊のタイミング Executive summary

各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症

各論1-24

Paradoxical IRISへの対応

症状が強いparadoxical IRIS例に対しては,初期投与量や,その後の漸減スケジュールに関して参考にできるエビデンスは乏しいが,

ステロイド薬(プレドゾロン換算で0.5〜1.0mg/kg/⽇)の投与を⾏う.服薬アドヒアランス不良等による再燃が否定できない場合に は,ステロイド薬と同時にクリプトコックス脳髄膜炎の導⼊治療の再開も検討してよい.初回投与のステロイド薬により症状が⼗分 に軽快しない場合には,ステロイド薬の増量を検討する.症状が抑えられたらプレドニゾロン換算で15〜20mg/⽇程度までは1週毎に ステロイド薬の漸減を⾏い,以後は2〜4週程度の間隔で症状に注意しながらステロイド薬を漸減する.IRISに対するステロイド薬の投 与は1年以上の⻑期間に及ぶこともあるため,過剰な免疫抑制を回避するよう,ステロイド薬の投与量は可能な限り最少⽤量をめざし 症状を⾒ながら減量を試みるべきである.IRIS発症時には髄液圧が著明に上昇し,ステロイド薬減量による再燃でも髄液圧は上昇する ことが多いため,ステロイド薬減量の指標となりうると考える専⾨家もいるが,根拠となるエビデンスはない.経過中のステロイド 薬減量に伴う⼀過性の症状悪化もまれではないため,数⽇は経過を⾒た上で,症状の⾃然軽快がない場合にステロイド薬の再増量を 検討する.

クリプトコックス脳髄膜炎以外のparadoxical IRISのマネジメントについて参考にできるエビデンスは皆無である.病態はART後に回 復した免疫機構の,クリプトコックス菌体に対する過剰応答である点は脳髄膜炎と同様であるため,例えば,肺クリプトコックス症 におけるART後のARDS発症例ではステロイド薬の使⽤が考慮できると考えられる.

E. 抗レトロウイルス療法(ART)導⼊のタイミング

各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症

各論1-25

髄液中の菌消失速度

IRISはクリプトコックスの菌体成分に対する宿主の回復した免疫応答で発症することから,ART開始前の髄液中の残存抗原量がpara doxical IRISの発症頻度および重症度に関連している可能性が⾼い.導⼊治療開始後の髄液中の菌消失速度は治療レジメンにより差があ り,FLCZ単剤治療の場合,800mg/⽇および1,200mg/⽇で治療した場合の髄液中の菌消失速度はそれぞれ, - 0.07log10CFU/⽇, - 0.18lo g10CFU/⽇であるのに対し95),標準治療レジメンであるAMPH-B+5-FCでは - 0.54log10CFU/⽇であり,多くの症例で治療開始後3週後 には髄液中のクリプトコックスは培養が陰性化する40).中枢移⾏性の違いから,AMPH-Bに⽐べて髄液中でより⾼い薬剤濃度が期待で きるL-AMBを⽤いた場合には,さらに⾼い菌消失速度が期待できると考えられる.

複数の臨床試験の結果

クリプトコックス脳髄膜炎発症時の⾎清GXM抗原価がparadoxical IRISの発症リスクと関連し,ART導⼊時期には関連しなかったとい う報告がある.101例の前向き検討では,ART開始時期を治療後42⽇(6週)以内あるいは,70⽇(10週)以内で検討しても,IRISの発 症頻度に有意差はなく,発症時の⾎清GXM抗原価はIRIS発症のリスク因⼦となっていた96).65例の前向き検討でもARTの開始時期とIRI S発症リスクは相関していなかった(IRIS群で治療後中央値44⽇,⾮IRIS群で治療後中央値47⽇97). 発症後1年間の予後が追跡できた 南アフリカのHIV感染合併クリプトコックス脳髄膜炎263例の前向き検討20)では,2週間の急性期を乗り切った患者のうちの85%(n=1 71)にARTが導⼊された.治療開始後23〜46⽇(中央値31⽇)でARTが導⼊され,うちparadoxical IRISは22例(13%)で発症し4例(2.

3%)はIRISが原因で死亡した.paradoxical IRIS発症に関連したのは,2週時点でのCSF中の菌量(p=0.007)であり,ART開始時期とは 関連がなかった.

ボツワナでAMPH-Bで治療が導⼊された27例のHIV感染合併クリプトコックス脳髄膜炎症例を対象に⾏われたランダム化⽐較試験98) では,治療開始7⽇以内と28⽇以降にARTを導⼊した群を⽐較した.結果は,髄液中の菌のクリアランス速度は両群で差なく,早期治 療群は死亡率が少なめであったが有意差はなく(13%vs 36%),paradoxical IRISの発症頻度は早期治療群の54%で発症したがARTを28

⽇以降に導⼊した群では1例もないという結果だった(p=0.002).

ウガンダと南アフリカでAMPH-B+FLCZで治療導⼊された177例を対象とした無作為化⽐較試験99)では,早期ART群(1〜2週:中央 値8⽇)と待機ART群(5週:中央値36⽇)を⽐較し,早期ART群で26週時点での死亡率が有意に⾼かった(HR 3.87, p=0.008).この 検討で特筆すべきは,サブ解析の結果,早期ARTで予後が悪化したのは発症時のCSF中の細胞数が少ない(免疫応答が乏しい)群に限 られていたという点である.

髄液培養が陰性化してからARTを導⼊したほうが,有意に神経学的予後が良好で,paradoxical IRISの発症頻度も有意に低く,⽣存率 でも予後良好な傾向であることを⽰した後ろ向き検討が存在する.ART開始前に髄液の培養が陰性化している群と培養陽性群を⽐較 し,ART開始前の髄液培養陰性群において有意に神経学的予後が良好で,IRISの発症頻度も有意に低かった.死亡例は髄液培養陰性群 で少なかったが有意差はなかった (p= 0.13)100)

本ガイドラインにおける考え

以上の知⾒からは,クリプトコックス脳髄膜炎発症後の早期ARTは,⽣命予後等に関する有益性はほとんどなく,逆に有害である 可能性が⽰唆されていると⾔える.特に髄液中の抗原量が多い患者や免疫不全が重度の患者において,paradoxical IRISによる過剰免疫 応答から予後を悪化させる可能性が⾼い.

現時点では少なくとも,クリプトコックス脳髄膜炎に対する治療が奏効し,各種臨床症状が改善するまではARTの導⼊は待つべき であろうと考えられる.多くの専⾨家は,2週間の導⼊治療後に髄液検査を⾏い,少なくとも髄液圧が正常化しており,かつ髄液培養 が陰性であることを確認後にART導⼊時期を検討することが望ましく,おそらくは治療開始後10週程度までは,予後を悪化させるこ となくART導⼊を待てると考えている90)

本ガイドラインでは,クリプトコックス脳髄膜炎発症後のART開始時期は髄液中のクリプトコックス量が⼗分減少した治療開始後2 - 10週程度を⽬安とし,少なくとも脳髄膜炎の臨床症状が軽快し,かつ髄液の培養陰性化を確認後に⾏うことを推奨する.ただし,開 始時期はparadoxical IRIS発症リスクのみならず,宿主の免疫不全の程度やその他の合併疾患の有無を考慮した上で,症例毎に検討され るべきである.脳髄膜炎を合併していない播種性クリプトコックス症では,unmasking IRISによる脳髄膜炎合併の顕在化のリスクも考 慮し,2週間以上の導⼊治療終了後とした.肺クリプトコックス症では,IRISによる病変部の悪化が⽣命予後に与える影響は少ないと 考えられるため,無症状もしくは症状が軽度であれば直ちにARTを導⼊とした.⼀⽅で,有症状患者ではIRISによる呼吸状態の悪化,

あるいはARDSへの進展のリスクを考慮し,肺クリプトコックス症に対する初期治療による症状の軽快を確認後にARTを導⼊すること を推奨する.

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各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症

各論1-26 F. 予防投与

Executive summary

 ART導⼊が可能な場合,クリプトコックス症の⼀次予防としての抗真菌薬による予防治療は全体⽣存率を改善しないこと,薬剤 相互作⽤,副反応,潜在的な抗真菌薬剤耐性誘導,コストの問題から⾏わないことを推奨する(A-II).

Literature review

クリプトコックス症の⼀次予防として抗真菌薬による介⼊を⾏った5つの無作為化対照⽐較試験1316例に関するシステマチックレビ ューでは,FLCZまたはITCZ服⽤群ではクリプトコックス症は有意に減少した101)が,死亡率には有意な影響はなかった.薬剤相互反 応,副反応,潜在的な抗真菌薬剤耐性,コストの問題もあり,ルーチンの予防投与は推奨されない.

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各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症

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