総論 8 クリプトコックス症の感染制御
D. 免疫再構築症候群(IRIS)
I. IRISの特徴 Executive summary
HIV感染合併クリプトコック症のIRISには2種が存在する.⼀つ⽬は無症状の患者がART導⼊後に発症するunmasking IRISであり,
⼆つ⽬はクリプトコックス症の治療中にARTを導⼊することでクリプトコックス症の症状が増悪するparadoxical IRISである.
Unmasking IRISによる脳髄膜炎発症例はアフリカ地域などクリプトコックス症の⾼浸淫地域で,⽣命予後に関連する問題となっ ている.
アフリカ地域など⾼浸淫地域の居住歴を持つ患者では,ART開始前に⾎清GXM抗原の測定を考慮する.
HIV感染合併クリプトコックス脳髄膜炎症例におけるparadoxical IRISの発症率は⾼く,ART導⼊例の3〜4割程度で⾒られる.
Unmasking IRISおよびparadoxical IRISは,両者ともクリプトコックスに対する過剰な免疫応答(病理学的に⾮化膿性炎症)であ るため,理論的にはステロイド薬併⽤による適度な免疫抑制が予後を改善する可能性がある.
Literature review
IRISの種類
HIV感染合併クリプトコックス症のIRISには現時点で2種が報告されている.⼀つ⽬は無症状の患者にARTを導⼊後に発症するunmas king IRISであり,⼆つ⽬はクリプトコックス症の治療中にARTを導⼊後,既存のクリプトコックス症の症状が増悪あるいは新規病型と してクリプトコックス症が顕在化するparadoxical IRISである.⾮HIV感染患者でも
C. gattii
による脳髄膜炎では抗真菌薬治療後に病態の 悪化(paradoxical IRIS)が⾒られることが報告されている66).結核治療中に⾒られるparadoxical reactionに近い病態と考えられ,HIV感 染患者でも同様な機序でART⾮導⼊例におけるparadoxical IRISが⾒られる可能性はあるが現時点ではHIV感染例での報告は⾒当たらな い.Unmasking IRIS
Unmasking IRISによる脳髄膜炎はクリプトコックス症の⾼浸淫地域では⽣命予後を悪化させる重要な問題となっている.ウガンダで の検討でCD4陽性リンパ球数<100/μLで⾎清GXM抗原が陽性であり,かつ脳髄膜炎の既往のない26例を対象に,21例にはARTと同時
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各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症
各論1-22
にFLCZで2〜4週間治療,5例はARTのみを開始した検討では,FLCZ治療群では3例(14.2%)が脳髄膜炎を発症し30ヵ⽉⽣存率は71%
であったが,ARTのみ⾏った5例は全例が2ヵ⽉以内に死亡しており,死因の詳細な解析は⾏われていないが,全例がunmasking IRISに よる可能性が考えられる91).
エチオピアでCD4陽性リンパ球数150/μL未満の患者817例を対象とした検討92)では,6.2%で⾎清GXM抗原が陽性であった.⾎清GX M抗原陽性者では髄液GXM抗原検査も実施し,髄液抗原陽性の場合にはFLCZ1,200mg/⽇,髄液抗原陰性者では800mg/⽇で2週間の治 療を⾏ったのち,それぞれ800mg/⽇,400mg/⽇で8週間治療を継続してから,両群ともに200mg/⽇の維持治療に切りかえた.ARTは 抗真菌治療開始後4〜8週⽬で導⼊した.その結果,髄液抗原陽性の68%,髄液抗原陰性例でも24%が3ヵ⽉以内に死亡しており,ART 後のunmasking IRISが⾼い死亡率に関連していると考えられている.
Paradoxical IRIS
Paradoxical IRISによる脳髄膜炎も⽣命予後と関連している.ジンバブエのHIV感染合併クリプトコックス脳髄膜炎54例を対象に,治 療開始後72時間以内にARTを導⼊する群と10週以降にARTを導⼊する群の2群に無作為に割り付けた検討93)では,3年時点での死亡率が それぞれ88%,54%(p<0.006)であり,早期ART導⼊群で死亡率が有意に⾼かった.この超過死亡のほとんどが治療開始後4週以内 に⾒られていたことから,早期ART導⼊による死亡率上昇はparadoxical IRISが原因であると考えられている.ただし,この検討におけ るクリプトコックス脳髄膜炎に対する導⼊治療はAMPH-BではなくFLCZであった点には注意が必要である.
ウガンダのHIV感染合併クリプトコックス脳髄膜炎101例を対象とした前向き研究94)では,対象者は全例AMPH-B 0.7〜1.0mg/kg/⽇を 2週間,その後にFLCZ 400mg/⽇で治療された.ARTは中央値34⽇で導⼊され,その後に45例(44.6%)でparadoxical IRISを発症した.
1年時点の死亡率はIRIS発症群で36%,⾮発症群で21%であり,HR 2.4(1.1 - 5.3, p=0.035)でIRIS発症が予後不良と関連していた.
II. IRISの診断 Executive summary
【unmasking IRIS】
ART導⼊後(特に4週以内)に,原因不明の発熱,頭痛,意識障害などが発症した場合には,クリプトコックス脳髄膜炎の発症 を積極的に疑い,⾎清GXM抗原測定および髄液検査を実施する.
ART導⼊後(特に4週以内)に,新規の⽪膚病変や肺病変が出現した場合には,クリプトコックスによる病変を疑い,⾎清GXM 抗原測定および臨床検体の採取を⾏う.
【paradoxical IRIS】
脳髄膜炎例の場合,ART導⼊後(特に4週以内)に,頭痛などの臨床症状の悪化が⾒られた場合に疑う.
脳髄膜炎のIRISでは髄液圧が著明に上昇する.髄液培養は陰性である.髄液培養が陽性の場合には持続感染/再発と診断する.
脳髄膜炎以外では,ART導⼊後(特に4週以内)に既知の病変の増悪が⾒られた場合に疑う.この場合,ART開始前には認められ なかった脳髄膜炎が,IRISとして顕在化することもある点に注意する.
Literature review
進⾏期のHIV感染症では,重度の細胞性免疫不全により,クリプトコックス脳髄膜炎の病初期において全くの無症状あるいは発 熱のみの時期があることが知られている.この時期にARTを導⼊すると,急速に回復する免疫能により,体内のクリプトコックス菌 体に対する激烈な免疫応答が惹起され,脳髄膜炎の症状が健在化する(unmasking IRIS).ART導⼊後に原因不明の病態の悪化が⾒ら れた場合には,unmasking IRISの可能性を疑い,⾎清GXM抗原および髄液検査の実施を検討すべきである.
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各論1 HIV感染患者におけるクリプトコックス症
各論1-23
⼀⽅,すでにクリプトコックス症に対する治療が⾏われ,各種臨床症状の軽快が⾒られていた症例で,ART導⼊後に各種症状の再 燃,悪化をしばしば経験する(paradoxical IRIS).これも,unmasking IRISと同様の機序で発症するもので,体内に残存するクリプト コックスの菌体抗原に対する免疫応答がその病態に関与している.ただし,臨床症状のみでは,再燃/再発との区別は困難であるた め,髄液培養が陰性を維持していることを確認すること重要である.
III. IRISの治療 Executive summary
【unmasking IRIS】
クリプトコックス脳髄膜炎を発症した場合,ARTは直ちに中⽌する.
クリプトコックス脳髄膜炎以外の場合には,基本的にARTを継続できる.
クリプトコックス症に対する標準的治療を⾏う.
【paradoxical IRIS】
病型に関わらず,数⽇から数週間の経過で⾃然回復する場合もあるため,症状が軽度の場合には経過を観察する(B-III).
クリプトコックス脳髄膜炎の場合,適切な導⼊治療および地固め治療を2週間以上実施し,髄液培養陰性化を確認後にARTを導⼊
していた場合には,原則的にARTを継続する.
上記の基準を満たさない症例では,ARTの中⽌も検討すべきである.
病型に関わらず,IRISによる症状悪化が強い場合には,ARTを継続しつつステロイド薬(プレドニゾロン換算で0.5〜1.0mg/kg/
⽇)の投与を考慮する.
服薬アドヒアランス不良等による脳髄膜炎の再燃が否定できない場合には,ステロイド薬と同時にクリプトコックス脳髄膜炎の 導⼊治療の再開も検討する.
初回量のステロイド薬でも強い症状が持続する場合には,ARTの⼀時中断(A - III)とそれに加えてステロイド薬の増量を検討す る.
症状が抑えられたらプレドニゾロン換算で15〜20mg/⽇程度までは1週毎にステロイド薬の漸減を⾏い,以後は2〜4週程度の間隔 で症状に注意しながら,さらにステロイド薬を漸減し,症状をコントロールできる最少⽤量となるように留意する.
脳髄膜炎のIRISの場合,髄液圧の正常化はステロイド薬減量の判断の指標となりうる.
ステロイド薬減量に伴う症状再燃は⾼頻度である.数⽇,経過を⾒て症状の軽快がない場合にはステロイド薬の再増量を検討す る.
Literature review
Unmasking IRISへの対応
Unmasking IRISは⼗分な抗真菌治療を⾏っていない状況下でARTを導⼊したことにより,多量のクリプトコックス抗原に対する過剰 な免疫応答が起こっている病態であると考えられるため,特に⽣命予後不良である脳髄膜炎症例ではARTを直ちに中⽌し,クリプト コックス症に対する標準治療を開始すべきである.⼀⽅で⾮脳髄膜炎症例においては,unmasking IRISと⽣命予後との関連は現時点で は不明である.多くはARTを継続可能であると考えられるが,症例毎に判断することが望ましい.
病型に関わらず,数⽇から数週間の経過で⾃然回復する場合もあるため,症状が軽度の場合には経過を観察する.クリプトコック ス脳髄膜炎の場合,適切な導⼊治療および地固め治療を2週間以上実施し,髄液培養陰性化を確認後にARTを導⼊していた場合には,
原則的にARTを継続する.ただし,上記の基準を満たさない症例では,ARTの中⽌も検討すべきである.
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各論1-24
Paradoxical IRISへの対応
症状が強いparadoxical IRIS例に対しては,初期投与量や,その後の漸減スケジュールに関して参考にできるエビデンスは乏しいが,
ステロイド薬(プレドゾロン換算で0.5〜1.0mg/kg/⽇)の投与を⾏う.服薬アドヒアランス不良等による再燃が否定できない場合に は,ステロイド薬と同時にクリプトコックス脳髄膜炎の導⼊治療の再開も検討してよい.初回投与のステロイド薬により症状が⼗分 に軽快しない場合には,ステロイド薬の増量を検討する.症状が抑えられたらプレドニゾロン換算で15〜20mg/⽇程度までは1週毎に ステロイド薬の漸減を⾏い,以後は2〜4週程度の間隔で症状に注意しながらステロイド薬を漸減する.IRISに対するステロイド薬の投 与は1年以上の⻑期間に及ぶこともあるため,過剰な免疫抑制を回避するよう,ステロイド薬の投与量は可能な限り最少⽤量をめざし 症状を⾒ながら減量を試みるべきである.IRIS発症時には髄液圧が著明に上昇し,ステロイド薬減量による再燃でも髄液圧は上昇する ことが多いため,ステロイド薬減量の指標となりうると考える専⾨家もいるが,根拠となるエビデンスはない.経過中のステロイド 薬減量に伴う⼀過性の症状悪化もまれではないため,数⽇は経過を⾒た上で,症状の⾃然軽快がない場合にステロイド薬の再増量を 検討する.
クリプトコックス脳髄膜炎以外のparadoxical IRISのマネジメントについて参考にできるエビデンスは皆無である.病態はART後に回 復した免疫機構の,クリプトコックス菌体に対する過剰応答である点は脳髄膜炎と同様であるため,例えば,肺クリプトコックス症 におけるART後のARDS発症例ではステロイド薬の使⽤が考慮できると考えられる.