• 検索結果がありません。

今から30年ほど前,LSIの微細化限界に関しては,プロセス的な加工限界や,デバイス的な動 作限界が主要因と考えられ,特にロジックLSIの世界では,チップ内素子ばらつきという問題に 関しては,その概念すら無かったものである.しかし10年ほど前から,徐々にその問題は頭をも たげ,45nm 世代となった現在では,設計に深刻な影響を与えるほどになった.現在,この素子 ばらつきに関する技術開発には,多くのリソースが投入はされているものの,問題を後追いして いる感が否めない.製造ばらつきというものは,太古の昔からあったはずのものである.なのに,

なぜこれほどまでにばらつきの問題に苦しめられるのか? それは,この新たなばらつきの問題 においては,旧来のそれと比較して,根本的に質が違うものであり,論理が違うものだからであ る.例えて言うならば,古典力学の世界と量子力学の世界の差に似ている.古典力学では物質と エネルギーは全く別のものであり,物の位置は点で表される.それに対し,量子力学の世界では,

物質とエネルギーは等価性があり,物の位置というのは波動方程式で表され,確率的な存在であ る.古典力学の世界では,その学術的および技術的な開発というものは,つつましいものである.

それに対して,量子力学のそれは,なんと深遠で大掛かりなものであるか.同じ力学でありなが らも,その世界観が全く違うのである.

これと同様のことが,従来のばらつき問題と,現在のばらつき問題にも当てはまる.世界観が 大きく違い,そして論理の深遠さにも根本的違いがあるのである.その結果として,現在のばら つき問題に対しては,多くの学術的発展と,多くの技術的革新を必要とするのである.本論文の 研究は,そう言った意味での時代の先駆けである.LSI チップ設計における,素子ばらつきの問 題に,学術的にも,技術的にも,新たな発展をもたらしたものである.本研究の成果は,多くの 研究の潮流の一部分に留まるものではなく,これからの研究の発展の源流となるものであると考 えている.

本研究のテーマは大きく二つに分かれている.第一には,DMA(Device Matrix Array)であ り,第二にはランダム曲面モデルである.DMA はLSIチップにおける素子ばらつきの評価に関 する革新である.この変革は,例えて言えば,過去にコンピュータと言えば,シングルプロセッ サが当然と考えられていた時代に,ベクトルプロセッサー(スーパーコンピュータ)が出現した ようなものである.様々な被測定素子を搭載した基本ユニットがチップ上でアレイ配置されてお り,約3万もの被測定素子が集積されている.これは,古典的な素子評価チップより,約2桁高 い集積度である.測定時間も1桁高速化された.これはそのまま評価コストに直結する.旧来の 方法と,本研究の方法とで,同じだけの情報量を確保しようとすると,チップの製造コストで百 倍,測定のコストで十倍の差になる.本研究の方法が,各々一千万円のコストを必要としていた とすると,旧来の方法では,チップの製造に十億円,測定に対しては一億円のコストがかかる計 算となる.この差は大きい.

問題はコストだけではない.情報の質も違うのである.旧来の方法では,一通りの情報を収集 するためには数十ものチップを必要とする.それに対し,本研究の方法はわずかに1チップであ

る.そのため,ある意味データの統計的な一貫性が良い.それに対し,旧来の方法では,ある測 定素子の一群が,いくつかのチップに分かれて配置されるため,チップ内ばらつきの特性として の一貫性を欠いてしまう.DMA では,基本的に 1 チップで評価されるため,このような問題が ない.この統計的な一貫性の良さは重要である.チップ内ばらつきの相関関係の分析など,統計 的解析を行うための基礎データとして,極めて有用である. DMAは技術的革新を具現化したの と同時に,データ解析手法の領域においても,新しい可能性を提供するものである.

第二のテーマはランダム曲面モデルである.今まで,ばらつきと言えば,数値のばらつきを表 現することが一般的であった.その代表がガウス分布モデルである.しかし,LSI チップにおけ るばらつきというものは,チップ内の位置に依存せずに個々に独立にばらつくランダム成分とい うものと,空間的連続性を持つシステマティック成分という二種に分けることができる.前者に は,ガウス分布という秀逸なモデルが存在したが,後者には適正なモデルが存在しなかった.そ のため,システマティック成分に関する扱いというのは,不明瞭な議論が続けられてきた.

本研究におけるランダム曲面モデルというものは,新たな数学概念である.ランダムばらつき,

即ち数値のばらつきには,ガウス分布という適正な数式モデルが存在するように,システマティ ックばらつきにも,そのランダムに変化する曲面を表現する数式モデルが存在してしかるべきで ある.ランダム曲面モデルは,そのための新たな数式表現手段として開発された.

ガウス分布モデルは,ばらつく数値を扱うための標準理論である.それと同様に,ばらつく曲 面を扱うための標準理論がランダム曲面モデルである.考えてみればおかしなことで,システマ ティック成分に関しては標準理論の存在しないままに,議論が進められてきたのである.今まで の議論の正当性は,いかにして保証されてきたのであろうか? しかし,現在ではランダム曲面 モデルという基本概念が確立され,それを標準理論として応用することが可能になった.システ マティック成分の扱いに対する,論理的検証が今後進められて行くと考えられる.

このように,本論文における研究では,新たな学術領域および技術革新の源流となり得る二つ のテーマを扱っている.本論文内では,DMA に関しては第2章~第3章において論じ,ランダ ム曲面モデルに関しては第4章~第8章において論じた.これより,以下の記述において,それ ぞれの章における結論をまとめて行く.

・第2章 Device Matrix Arrayの基本思想

LSI チップ内素子ばらつきを極めて高い効率で評価するための TEG チップとして,Device Matrix Array(DMA)を考案した.本研究によって創出された新しいチップアーキテクチャを採 用しており,1チップで大量の素子を評価することと,高精度測定の実現を両立している.nMOS,

pMOS, C, R, Ring OSCの5種の被測定素子(回路)を各々多数搭載し,それぞれの測定回路毎

にバスアーキテクチャと回路方式(アクティブマトリックス)が最適化されている.特にメッシ ュバスという測定バスのアーキテクチャは新しい発想である.リークコントロールという回路思 想も新しい.DMA における高精度測定の実現の要となっている.測定精度に関しては詳細な検 討が行われており,必要十分な精度が得られることを確認している.一部の測定項目(C 測定お

よびRing OSC)においては測定環境の影響も含めた検討が行われている.

DMAはチップ内素子ばらつきの高精度測定ができるのと同時に,1チップにすべてを集積して

いるという特徴から,高い信頼度の統計解析が可能である.4 次多項式近似による測定データの 成分分離(ランダム成分とシステマティック成分への分離)を効果的に行うことができる.この 成分分離をベースとして様々なデータ解析が実行可能である.分離データの直接観察から始まり,

独自の分析手法である“ばらつき特性”の評価,ばらつき成分分析,素子ばらつきとサンプル回 路ばらつき間の相関解析等の手法が適用可能である.

・第3章 Device Matrix Arrayによるチップ内ばらつきの評価

LSI チップ内素子ばらつきの評価には,膨大な量のデータ収集が必要である.多種多様な素子 に対して,統計的な分析を,十分に有意な水準で行うためには,チップ一つで数万~十万,ウェ ハ一枚で数百万から一千万のデータを収得する必要がある.当然ではあるが,高速に評価できる デバイスであることが要求される.また,その高いデータ収集能力と,評価速度の高速性と同時 に,統計処理に耐え得るだけの高精度測定を可能にしなくてはならない.

DMA はそのためのアクティブマトリックスTEG として開発された.148種の素子を 240μm

□の基本ユニットに集積し,それを14×14のアレイ配置にする.チップ全体で29,008の被測定 素子が集積される.アクティブマトリックスは,素子の種類(nMOS, pMOS, R, C, Ring OSC)

毎に最適化された測定バスと,リーク電流のコントロールが施された切り換えスイッチで構成さ れている.MOSトランジスタ測定回路には低抵抗のメッシュバス構成が採用され,容量測定には CBCM(Charge-Based Capacitance Measurement),抵抗測定には4端子法が採用されている.

これらの卓越したチップ構成と同時に,測定系への細心の配慮によって,必要十分な高精度の測 定が可能となっている.その測定精度は,MOS トランジスタ,抵抗,容量それぞれに対して,

3σで90pA, 11mΩ, 23aFであった.

このようにして実現された,データ収集能力と高精度測定能力を生かして,実際のデータ分析 も行われた.核となる分析技術は,4 次多項式近似による成分分離である.生データ(測定デー タ)に対して,4 次多項式を最小自乗法によってフィッティングする.そのフィッティング結果 がシステマティック成分であり,生データからそれを引いた残りがランダム成分である.この成 分分離の結果から,多くの知見が得られた.素子の種類によって特徴的ばらつき傾向を示すこと,

素子間のばらつきの相関関係,リングオシレータのばらつき要因分析などである.DMAが,1チ ップで統計的な一貫性の高いデータ収集を可能にすることによって,LSI チップ内の素子ばらつ きの統計的分析に大いに貢献できることが示された.

チップアーキテクチャの基本思想,適用された回路技術の完成度,周到な測定環境,新たに開 発された評価手法.これらの総合的な性能と環境によって,DMAは,これからの時代,LSIの未 来における,素子ばらつき評価の技術標準となって行くと考えられる.LSI の将来における新た な展開を見越した独創的技術であり,時代の先駆けであると言える.

・第4章 ランダム曲面モデルの基本思想

LSIチップ内素子ばらつきは,ランダム成分とシステマティック成分に分離することができる.

ランダム成分は位置に依存しない独立なばらつき成分であるのに対し,システマティック成分は チップ上でランダムに変化する曲面成分として表現される.ランダム成分に関してはガウス分布

ドキュメント内 早稲田大学大学院情報生産システム研究科 (ページ 125-142)