6.1 まえがき
現在のLSI設計において,素子ばらつきの考慮は重要な課題である.この素子ばらつきは,ラ ンダム成分とシステマティック成分に大別できる[20], [33], [41].ランダム成分の扱いは容易であ ったが,一方のシステマティック成分の扱いが困難であった[21], [39].距離相関の計算量が膨大 な物になってしまうためである.
本研究では,前章においてこの課題を容易に解決する解を示した.ランダム曲面モデルという 新しい概念の導入である[39].このモデルは 2 次元に拡張したルジャンドル多項式を応用してい る.自由度3~15の関数一つでLSIチップ全体のシステマティック成分を表現することができる.
曲面の複雑度(自己相関長)は関数の次数で選択することが可能である.このルジャンドル多項 式によるランダム曲面モデルは非常に効率が高く,数学的素性も良い.しかしその一方で,多項 式を用いていることによる制約もあった.第一には,区間 [ -1, 1 ] の有限な空間しか表現できな いことである.第二には,曲面の均一性がないことである.このような制約は,時と場合によっ て数学的解析を難しくしてしまう.
それに対し,本研究では,ガウス分布の回転体を応用した新しいランダム曲面モデルを提案し ている.このモデルは無限空間を扱え,面内均一性を持つ.このモデルに関しては,第 7章にお いて詳述するが,本章においては,それに先立ち,ルジャンドル多項式ベースのランダム曲面モ デルの基本的性質を分析する.本章の構成を示す.第6章2節でモデル式を示す.第6章3節で はこのモデルの基本的性質について議論する.第6章4節にて本章のまとめを述べる.
6.2 モデルの数式表現
このモデルの生成方法については第5章において述べた.その生成原理の要点をまとめると,
以下のようになる.
・ガウス分布に従う乱数が,多数配列(アレイ)された理想乱数平面を定義する.
・その理想乱数平面に対して多項式近似を行う.
・その近似の結果,乱数平面の揺らぎが,平均化された曲面成分として抽出される.
・その曲面成分は,理想乱数平面から抽出された理想ランダム曲面である.
・その理想ランダム曲面はルジャンドル多項式の2次元拡張を応用して数式化が可能である.
ここではその結論として,式の最終形を記述する.まず,2 次元に拡張したルジャンドル多項式 を式(6.1)~(6.15)に示す.ここでは4次までの式を示している.
P0(x,y) = 1 (6.1) P1(x,y) = x (6.2) P2(x,y) = y (6.3) P3(x,y) = (3x2-1)/2 (6.4) P4(x,y) = xy (6.5) P5(x,y) = (3y2-1)/2 (6.6) P6(x,y) = (5x3-3x)/2 (6.7) P7(x,y) = y(3x2-1)/2 (6.8) P8(x,y) = x(3y2-1)/2 (6.9) P9(x,y) = (5y3-3y)/2 (6.10) P10(x,y) = (35x4-30x2+3)/8 (6.11) P11(x,y) = y(5x3-3x)/2 (6.12) P12(x,y) = (3x2-1) (3y2-1)/4 (6.13) P13(x,y) = x(5y3-3y)/2 (6.14) P14(x,y) = (35y4-30y2+3)/8 (6.15)
これらの式は,区間 [ -1, 1 ] において,最大値が1,最小値が -1になるように正規化されている.
これらの式に,さらに係数を掛けて式(6.16)~(6.30)の形式にする.これらの係数は,各式が区間
[ -1, 1 ] においてRMS = 1になるように正規化するためのものである.
R0(x,y) = √1·P0(x,y) (6.16) R1(x,y) = √3·P1(x,y) (6.17) R2(x,y) = √3·P2(x,y) (6.18) R3(x,y) = √5·P3(x,y) (6.19) R4(x,y) = √9·P4(x,y) (6.20) R5(x,y) = √5·P5(x,y) (6.21) R6(x,y) = √7·P6(x,y) (6.22) R7(x,y) = √15·P7(x,y) (6.23) R8(x,y) = √15·P8(x,y) (6.24) R9(x,y) = √7·P9(x,y) (6.25) R10(x,y) = √9·P10(x,y) (6.26) R11(x,y) = √21·P11(x,y) (6.27) R12(x,y) = √25·P12(x,y) (6.28) R13(x,y) = √21·P13(x,y) (6.29) R14(x,y) = √9·P14(x,y) (6.30)
この関数を用いて式(6.31)~(6.34)の多項式を考える.これらの式は,2 次元に拡張したルジャン ドル多項式による1次から4次の多項式である.ここで係数a0~a14は各々が独立したσ=1のガ ウス分布である.
Z1(x,y) = a0R0(x,y) + a1R1(x,y) + a2R2(x,y) (6.31) Z2(x,y) = a0R0(x,y) + a1R1(x,y) + a2R2(x,y)
+ a3R3(x,y) + a4R4(x,y) + a5R5(x,y) (6.32) Z3(x,y) = a0R0(x,y) + a1R1(x,y) + a2R2(x,y)
+ a3R3(x,y) + a4R4(x,y) + a5R5(x,y) + a6R6(x,y) + a7R7(x,y) + a8R8(x,y)
+ a9R9(x,y) (6.33) Z4(x,y) = a0R0(x,y) + a1R1(x,y) + a2R2(x,y)
+ a3R3(x,y) + a4R4(x,y) + a5R5(x,y) + a6R6(x,y) + a7R7(x,y) + a8R8(x,y) + a9R9(x,y)+ a10R10(x,y)+ a11R11(x,y)
+ a12R12(x,y) + a13R13(x,y) + a14R14(x,y) (6.34)
これらの式(式(6.31)~(6.34))は,係数a0~a14がガウス分布の乱数になっているため,ランダム 曲面モデルとして扱える.次数が高いほど,複雑なランダム曲面を生成する性質がある.1 次の 式では,ランダムに向きを変える平面,2 次では丸みを帯びた曲面,またはねじれた平面を表現 する.3次,4次はより複雑な曲面を呈する.(第5章6節の図5.10参照)
6.3 モデルの基本的性質
次にこれらのモデルによるランダム曲面の振る舞いについて述べる.実はこれらのランダム曲 面のばらつき幅は一様ではない.中心近傍より縁部分が,縁部分より角部が大きなばらつき幅を 示す.そのような特性になる理由を図 6.1 に示す.中心近傍は周囲からの制約が大きく,自由に 動きづらい.縁部分では制約が半減するため動き易くなる.角部はさらに制約が少なく,より自 由に動く.
座標位置によるばらつき幅の違いを図 6.2 に示す.ばらつきの大きさをσで表現する.関数の 次数が大きいほど,ばらつきの振幅の変化が著しくなるのが分かる.特に角部のばらつき幅が大 きくなり易い.
Restriction Free space 1
x y
1
-1 -1
Plane
Corner
Edge 0
図6.1 座標位置による制約の違い
1st-order
2nd-order
3rd-order
4th-order
0 1 2 3 4
-1 -0.5 0 0.5 1
- 1
1
- 1
1
0
0 .4 0 .8 1 .2 1 .6
2
2 .4 2 .8 3 .2
x -1.0 y
1.0 1.0
-1.0 0
0
0 3.2
A B C
E DDDD D
-1 -0.5 0 0.5 1 σ
A B C
D
E σ
x
0 1 2 3 4 5 6
-1 -0.5 0 0.5 1
- 1
1
- 1
1
0
0 .8 1 .6 2 .4 3 .2
4
4 .8 5 .6 6 .4
x -1.0 y
1.0 1.0
-1.0 0
0
0 6.4
A B C
E DDDD D
-1 -0.5 0 0.5 1 σ
A
B
C
D
E σ
x
0 2 4 6 8 10
-1 -0.5 0 0.5 1
- 1
1
- 1
0
1 .2 2 .4 3 .6 4 .8
6
7 .2 8 .4 9 .6
x -1.0 y
1.0 1.0
-1.0 0
0
0 9.6
A B C
E DDDD D
-1 -0.5 0 0.5 1 σ
A
B
C
D
E σ
x
02 46 108 1214
-1 -0.5 0 0.5 1
- 1
1
- 1
1
0
1 .6 3 .2 4 .8 6 .4
8
9 .6 1 1 .2 1 2 .8
x -1.0 y
1.0 1.0
-1.0 0
0
0 12.8
A B C
E DDDD D
-1 -0.5 0 0.5 1 σ
A
B
C
D
E σ
x
図6.2 各次数でのばらつき幅分布
場合によっては(実用面で),この角部の変動が過剰であることも考えられる.そのような場合は,
図6.3に示すように適用区間を [ -1, 1 ] よりも狭めて使用することで調整できる.(4次の例)
4th-order
4th-order
Interval = 0.9
Interval = 0.8 02 46 108 1214
-1 -0.5 0 0.5 1
02 46 108 1214
-1 -0.5 0 0.5 1
- 0 .9
- 0 .9
0
1 .6 3 .2 4 .8 6 .4
8
9 .6 1 1 .2 1 2 .8
x -0.9 y
0.9 0.9
-0.9 0
0
0 12.8
A B C
E DDDDD σ
-1 -0.5 0 0.5 1
A
B
C
D
E σ
x
- 0 .8
- 0 .8
0
1 .6 3 .2 4 .8 6 .4
8
9 .6 1 1 .2 1 2 .8
x -0.8 y
0.8 0.8
-0.8 0
0
0 12.8
A B C
E DDDDD σ
-1 -0.5 0 0.5 1
A B C
D E
σ
x B
図6.3 適用区間によるばらつき幅の違い(4次式の例)
図6.3の上の図は適用区間を [ -0.9, 0.9 ] に制限した場合を示し,図6.3の下の図は [ -0.8, 0.8 ] に制限した場合を示している.図6.2の一番下の図(適用区間 [ -1, 1 ] での4次の例)と比較し て,振動の変動範囲が縮小して行くのが分かる.
以上の説明および第5章での報告のように,このランダム曲面モデルは,関数の次数によって 固有の特性や不均一性を持っている.この固有の特性は,このランダム曲面モデルが多項式をベ ースに構成されていることに由来している.その結果の一つとして,表現区画内での不均一性が 存在するが,その不均一性に関しては,適用区間の制限により,ある程度の改善が可能である.
6.4 まとめ
ルジャンドル多項式の2次元拡張をベースにしたランダム曲面モデルは,ランダムに変化する 曲面の理想形の一つである.理想乱数平面を想定し,その平面上の乱数が持つ揺らぎ成分を,最 小自乗法による多項式近似で,平均化曲面として抽出したものが根本原理となっている.少ない 関数の自由度で,複雑な曲面を表現できる効率の良さを持ち合わせている.
一つの理想形ではあるが,制約事項や固有の特徴的性質もある.まず,表現範囲が区間 [ -1, 1 ] の2次元空間に制限されることが上げられる.そして,空間一様性を持たないことが,このラン ダム曲面モデルの特徴的な性質である.基本的に中心近傍より縁部分が,縁部分より角部が大き なばらつき幅を示す.その傾向は関数の次数が上がると,より顕著になる.このような表現範囲 の制約や空間的な非一様性は,場合によっては,このランダム曲面モデルの適用範囲や,解析の 容易性の足かせともなり得る.これは,このモデルの表現効率の良さと表裏一体のハンディであ るとも言える.
次章である第7章においては,これと対極的な,ユニバーサルな性質を持つモデルである「ガ ウス分布回転体ベースのランダム曲面モデル」を提案する.ガウス分布回転体をアレイするとい うユニークな手法を採用している.ガウス分布という関数の素性の良さが,この新しいモデルの 成立の鍵となっている.