第 2 章 Device Matrix Array の基本思想
2.4 分析手法
第2章2節および第2章3節で示したように,DMAでは,数百種の被測定素子が集積された 基本ユニットを,チップ全体に数百個のアレイ配置にしているため,強力な統計解析の実行が可 能である.ここではその能力を生かした,様々な分析手法の提案を行う.
2.4.1 4 次多項式近似
DMA を用いた分析手法の代表とも言えるのが,システマティック成分とランダム成分への成 分分離である.最小自乗法による2次元多項式のフィッティングという手法を採用している. xy 平面上の2次元多項式としては,1次から4次までの例を示すと,式(2.1)~(2.4)となる.
Z1(x,y) = a0 + a1 x + a2 y (2.1)
Z2(x,y) = a0 + a1 x + a2 y + a3 x2 + a4 xy + a5 y2 (2.2) Z3(x,y) = a0 + a1 x + a2 y + a3 x2 + a4 xy + a5 y2
+ a6 x3 + a7 x2y + a8 xy2 + a9 y3 (2.3) Z4(x,y) = a0 + a1 x + a2 y + a3 x2 + a4 xy + a5 y2 + a6 x3 + a7 x2y
+ a8 xy2 + a9 y3 + a10 x4 + a11 x3y + a12 x2y2 + a13 xy3 + a14 y4 (2.4)
各式の自由度は,1次式から順に,3自由度,6自由度,10自由度,15自由度である.これらの
式を図 2.16(a)の実測データの例に対してフィッティングを行ってみる.その結果が図 2.16(b)~
(e)である.(b)の1次式の場合ではもはや近似ではない.(c)~(e)においては近似と呼べる.2次→
3次→4次という風に進むにつれ,元データの形状の再現性が高くなって行く.
次数が高いほど近似が良くなるのは分かったが,では何次の関数を使うのが適切であるのか?
上記の例では4次までで評価を止めているが,さらに先の5次(21自由度),6次(28自由度)
というのも考えられる.この内,奇数次はあまり適切ではなく,候補から抜け落ちる.チップの
ばらつき形状にはお椀型(偶関数)の形状が出現し易い.その点において,奇関数はあまり親和 性がないためである.よって,考えられる対象としては,2次の式,4次の式,6次の式となる.
0
1 5
0
1 5 - 2
- 1 .5 - 1 - 0 .5
0
0 .5
1
1 .5
2
x
y
Variation(a.u.)
0
15 15
0
0
1 5
0
1 5 - 2
- 1 .5 - 1 - 0 .5
0
0 .5
1
1 .5
2
x
y
Variation(a.u.)
0
15 15
0
0
1 5
0
0
- 2 - 1 .5 - 1 - 0 .5
0
0 .5
1
1 .5
2
x
y
Variation(a.u.)
0
15 15
(b) 1次 (c) 2次 0
0
1 5
0
1 5 - 2
- 1 .5 - 1 - 0 .5
0
0 .5
1
1 .5
2
x
y
Variation(a.u.)
0
15 15
0
0
1 5
0
0
- 2 - 1 .5 - 1 - 0 .5
0
0 .5
1
1 .5
2
x
y
Variation(a.u.)
0
15 15
0
(d) 3次 (e) 4次
(a) 元データ
図2.16 多項式近似の例(1次~4次)
どの次数が最適かを求める確立した手法はない.そもそも相手がばらつきなので気まぐれであ る.標準的ばらつき形状というものを定義することは困難なのだ.この問題に関しては,過去の 観察事例からの判断によることにする.(16×16のアレイ配置に対して検討)
・2次の式:チップ内ばらつきの全体的傾向を表現可能.ディテールの表現は不十分.
・4次の式:チップ内ばらつきの表現力に富む.システマティック成分の分離も良い.
・6次の式:細かな変動を過剰に追うようになる.システマティック成分は乱れる.
このような結果から,実用的に使えるのは,第一選択肢として4次の式,第二選択肢として2次 の式となった.標準的に推奨されるのは4次の式である.システマティック成分とランダム成分 の分離バランスに優れている.(第3章3節参照) 2次の式は,成分分離の観点からは推奨され ないが,チップ内ばらつきの簡潔なモデル化という意味においては有益である.ばらつきの全体 傾向を調査するためには十分なトレース力があるのと同時に,曲面の曲率を単純な数値(2 次の 項の係数)で示すことができるという表現力を持ち合わせている.
測定データのアレイサイズと,式の自由度の関係について考察してみる.ここで言う式の自由 度とは,式(2.1)~(2.4)におけるaiの数のことである.これらの変数はフィッティングパラメータ として,最小自乗法によって決定される.まず小さなアレイサイズについて考えてみる.たとえ ば8×8の場合,サンプル数は64個である.これを自由度で割ると以下となる.
・2次の式:64÷6 = 10.67
・4次の式:64÷15 = 4.27
・6次の式:64÷28 = 2.29
最も大きな値が2次式の場合の10.67である.一つの自由度の値を決定づけるために関与するサ ンプル数がおおよそ11個ということになる.これは統計的にかなり少ないと言える.4次,6次 に至っては,おおよそ4個と2個であり,もはや統計解析の対象ではない.よって,測定データ のアレイサイズが8×8のケースでは,2次の多項式でのフィッティングが精一杯である.これを 大きなアレイサイズにして考えてみる.アレイサイズを 16×16 とした場合,サンプル数は 256 個であるから,以下の計算となる.
・2次の式:256÷6 = 42.67
・4次の式:256÷15 = 17.07
・6次の式:256÷28 = 9.14
2次の式では,統計的に十分有意な条件となる.4次の式においては,統計的有意性がかろうじて 確保される水準である.6次の式では有意とは言えるレベルに達していない.
このように,測定データのトレース力と成分分離のバランスを求めると,式の次数の上限は 4 次となる.簡潔な式でのモデル化,統計上の高い有意性を求めた場合は2次となる.このような 条件の中,本研究においては4次の多項式を用いることを基本としている.過去の多くの観測の 事例から2次ではトレース力が不足し,成分分離が精度良く行えないケースが散見したからであ る.現在の所,LSI のチップ内素子ばらつきの観測のためには,4 次多項式近似を標準手法と位 置付けている.
2.4.2 従来手法との比較
4 次多項式近似を標準手法と位置付けたが,これは従来手法との比較も考慮しての決定事項で ある.そもそも最小自乗法というのはばらつきと相性が良い.ばらつきの成分がガウス分布に従 うと仮定した場合に,最も確率の高い曲面を抽出してくれるのである.この点において,本研究 の手法は,基本的なアドバンテージを有していると言える.しかし従来手法との比較も必要であ る.4 次多項式近似という手法の開発という過程において,この問題に関する研究も行われてい る[41].図2.17にそれを示す.
図2.17(a)に示されるのはシステマティック成分の模擬データである.これに対して,ランダム
成分を重畳したサンプルを生成したのが図 2.17(b)となる.(いずれのデータも 16×16) 図
2.17(c)はそれぞれのデータ(256 点)の数値分布をヒストグラム化したものである.図 2.17(b)
のようなデータは,モンテカルロ的手法で多数生成することができる.実際に100個生成し,色々 な方法で成分分離を試した(図2.17(d)~(h)). 以下の5つを試験対象とした.
(d) 4th-order polynomial (e) Spline
(f) Stationary wavelet. Wavelet: ‘Harr’ Decomposition level: 1 (g) Gaussian filter (3x3)
(h) Adaptive Wiener filter (3x3)
各図(図2.17(d)~(h))における左のグラフの波形は図2.17(b)からシステマティック成分を分 離した結果である.右のヒストグラム中に書かれるSYS:の値は,元のグラフ(図2.17(a))に対 する誤差をrms(root mean square)で示したものである.RNDは,元のランダム成分に対して,
分離した後のランダム成分の誤差をrmsで示しており,SYS+RNDはシステマティック成分の抽 出誤差とランダム成分の抽出誤差の和を rms で表したものである.SYS:の値では図 2.17(e)の 0.01が最も良いが,それに次いで図2.17(d)の0.03が他を引き離して良い値を示している.RND,
SYS+RNDのヒストグラムでは,図2.17(d)が圧倒的に良い結果となっている.よって,SYS:, RND,
SYS+RNDを総合的に見た場合,最も優れているのが4次多項式近似(図2.17(d))であると結論
付けることができる.
図2.17 分離手法の誤差比較
M. Aoki, S. Ohkawa, and H. Masuda, "Design guidelines and process quality improvement for treatment ofdevicevariationsinanLSIchip,"IEICETrans.Electron.,vol.E88-C,no.5,pp.788–795,May2005. より転載
2.4.3 分析項目一覧
LSIチップ内の素子ばらつきに関して,DMAの特質である,圧倒的なデータ収集能力を生かす ことにより,様々な統計的分析が可能である.本論文においては,以下に列記する分析を行った.
(1) チップ内素子ばらつきの直接観察
生データおよび,システマティック成分とランダム成分への分離結果の,直接観察を 行った.素子種によってばらつきに個性がある.プロセスによって固有の現象も観測 された.本論文には結果が含まれていないが,最新のチップおよび計測システムによ るフルウェハでの評価では,ばらつきの真の姿がリアルに観察できる.
(2) ばらつき特性の観察
これは本研究における新しい試みである.複数のチップ(数十個あることが望ましい)
を測定し,ランダム成分のばらつきの大きさ(σ)の平均値を基準に個々のチップの システマティック成分とランダム成分の大きさを観察する.これをばらつき特性の観 察と呼んでいる.観測対象の素子に固有のばらつきの出方が観察できる.システマテ ィック成分とランダム成分の連動性や独立性,チップ個体差の有無などが評価される.
(3) ばらつき成分分析
リングオシレータの発振周波数(ゲートの遅延時間)を対象に,諸々の素子種が,ば らつきに対して与えている影響の寄与率や,システマティック成分とランダム成分の 寄与率を分析する.これによって,どのようなばらつき要因が支配的であるかを調査 する.
(4) 素子ばらつきとサンプル回路ばらつき間の相関解析
素子ばらつきとサンプル回路ばらつきを,それぞれシステマティック成分とランダム 成分に成分分離を行う.そしてそのシステマティック成分同士とランダム成分同士の 相関解析を行う.理論的には,システマティック成分(各素子から回路への寄与率を 考慮した物)では相関係数1 が得られ,ランダム成分では0が得られるはずである.
これがどれだけ理想の結果に近いか評価する.