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ランダム曲面モデルの発想

ドキュメント内 早稲田大学大学院情報生産システム研究科 (ページ 68-74)

第 4 章 ランダム曲面モデルの基本思想

4.2 ランダム曲面モデルの発想

第1章5節(図1.14)において,ばらつく数値というものについて考えた.ばらつく数値の理

想形はガウス分布である.どのような分布形状のばらつきでも,多数重ね合わせて行くと,その 分布形状はガウス分布に漸近して行く.世の中で観察されるばらつきの分布形状に,ガウス分布 に近いものが多いのはそのためである.

LSI のチップ内素子ばらつきにおいて,ランダム成分はばらつく数値である.ではシステマテ ィック成分とは何であろうか? それはチップ内ばらつきの中に含まれる,空間的に連続な変動 成分を意味する.システマティック成分のイメージを図にすると図 4.1 のようになる.システマ ティック成分は,ランダムに変化する曲面として表現することができる.

図4.1 ランダムに変化する曲面のサンプル

もう一度振り返ってみよう.ばらつく数値には理想形があった.その分布形状には明確な数式 表現があった.ガウス分布モデルである.この考え方を,曲面に対して拡張することはできない ものであろうか? ばらつく曲面の理想形とはどのようなものであるのか.これがランダム曲面 モデルという発想の始まりである.

一つの理想ランダム曲面(第4章4節参照)の生成方法について提案する.図4.2に示すのは 乱数平面の例である.ガウス分布に従う乱数を 20×20 のアレイ配置にしている.この乱数平面 には揺らぎがある.ある不特定の位置に,大きな正の値が集まる場合もあれば,負の値が寄り集 まる場合もある.エリア的に見て,多かれ少なかれ,正または負に偏っているものである.この 揺らぎ成分を平均化曲面として取り出すことを考える.最も単純な手段を用いてみる.図 4.3 は 図4.2に対して,3×3のウィンドウで移動平均を行ったものである.図4.2では,個々の数値は 完全に独立な乱数であるため,隣接するデータ間に連続性はない.しかし図 4.3 では平均化の効 果で,曲面とは呼べないが,隣接データ間に連続性が見られるようになった.

多数の乱数平面のサンプルに対して,この平均化の操作を5回繰り返したものが図4.4である.

元のデータのアレイサイズは20×20であるが,移動平均の過程で,中央の10×10のエリアが有 効なデータとなる.5 回の移動平均の結果,ほぼ曲面と言って良い滑らかさが得られる.このよ うに,乱数平面から,それが持つ揺らぎ成分を平均化曲面として抽出すると,ランダム曲面が得 られることが分かる.説明では,元の乱数平面のサイズを20×20,移動平均の繰り返し回数を5 回としたが,この方法で,乱数平面のサイズおよび移動平均の繰り返し回数を増やしていけば,

理想のランダム曲面に近づいていくと考えられる.(移動平均の繰り返し回数をnとした場合,乱 数のσを3√nとすると,得られる曲面のRMS(Root Mean Square)がおよそ1となる.)

図4.2 乱数平面の例 図4.3 移動平均(3×3)実施後

図4.4 平均化曲面によるランダム曲面抽出の例

理想ランダム曲面の生成の基本的考え方として,ガウス分布に従う乱数が無数に並ぶ乱数平面 からの平均化曲面の抽出という考え方を上記に示した.たしかにこの方法で理想ランダム曲面の 生成は可能ではある.しかし,以下のような問題も残されている.

・膨大な数の乱数を生成して,移動平均を繰り返すのでは,計算に時間がかかる.

・アルゴリズムとして示されており,数式化はされていない.

・遅延時間モデルとしての計算方法が不明.

ここで別の考え方を導入してみる.平均化曲面の抽出に多項式近似を使う方法である.第2章 4節1項にて説明したが,2次元多項式を最小自乗法でフィッティングすることにより,多項式に よる曲面成分の抽出が可能である.1次から4次の2次元多項式を式(4.1)~(4.4)に示す.

Z1(x,y) = a0 + a1 x + a2 y (4.1)

Z2(x,y) = a0 + a1 x + a2 y + a3 x2 + a4 xy + a5 y2 (4.2) Z3(x,y) = a0 + a1 x + a2 y + a3 x2 + a4 xy + a5 y2

+ a6 x3 + a7 x2y + a8 xy2 + a9 y3 (4.3) Z4(x,y) = a0 + a1 x + a2 y + a3 x2 + a4 xy + a5 y2 + a6 x3 + a7 x2y

+ a8 xy2 + a9 y3 + a10 x4 + a11 x3y + a12 x2y2 + a13 xy3 + a14 y4 (4.4)

これらの式を図4.5(a)の乱数平面にフィッティングしてみる.係数a0~a14を最小自乗法で導出し た結果,式(4.5)~(4.8)が得られた.この時の波形は図4.5(b)~(e)のようになった.

Z1(x,y) = − 0.040 + 0.016x − 0.218y (4.5)

Z2(x,y) = − 0.088 + 0.016x − 0.218y + 0.234x2 + 0.117xy − 0.107y2 (4.6) Z3(x,y) = − 0.088 − 0.116x + 0.178y + 0.234x2 + 0.117xy − 0.107y2

+ 0240x3 − 0.319x2y − 0.077xy2 − 0.411y3 (4.7) Z4(x,y) = − 0.513 − 0.116x + 0.178y + 2.036x2 + 1.020xy + 1.408y2

+ 0240x3 − 0.319x2y − 0.077xy2 − 0.411y3 − 1.492x4

− 0.637x3y − 1.012x2y2 − 0.706xy3 − 1.191y4 (4.8)

-1 0 1

-1 0

1 -2.8-2.1

-1.4-0.70.00.7 2.11.4 2.8

1 0

-1

1 0 -1 -2.8

0 2.8

x

y

-1 0 1

-1 0

1 -0.8-0.6

-0.4-0.20.00.2 0.60.4 0.8

1 0

-1

1 0 -1 -0.8

0 0.8

x y

-1 0 1

-1 0

1 -0.6-0.8

-0.2-0.40.40.20.0 0.80.6

1 0

-1

1 0 -1 -0.8

0 0.8

x y

(a) 乱数平面

(b) 1次近似 (c) 2次近似

-1 0 1

-1 0

1 -0.8-0.6

-0.4-0.20.00.2 0.4 0.80.6

1 0

-1

1 0 -1 -0.8

0 0.8

x y

-1 0 1

-1 0

1 -0.6-0.8

-0.2-0.40.40.20.0 0.80.6

1 0

-1

1 0 -1 -0.8

0 0.8

x y

(d) 3次近似 (e) 4次近似

図4.5 多項式近似によるランダム曲面の導出

このようにして,多項式のフィッティングにより,ランダム曲面を生成することが可能である.

これも理想ランダム曲面とみなすことができる.乱数平面からの平均化曲面の抽出だからである.

これは「多項式由来のランダム曲面」と呼ぶことができる.これにより,一つの目標が達成され た.ある特定の形状(図4.5(b)~(e))に関しては式(式(4.5)~(4.8))で表現することができると いうことが実証された.しかしこの段階ではまだ不十分である.いくつものランダム曲面を得よ うとすると,そのたびに乱数平面を発生させ,多項式をフィッティングするという作業が必要で ある.また,この状態では,ガウス分布の式のように,ばらつき分布そのものを定式化したとは 呼べない.個々のランダム曲面の式を寄せ集めたに過ぎないからである.

ここで次のステップを考えることにする.式(4.5)~(4.8)を一般化した表現形式(ばらつき曲面 分布の定式化)ができないかを追求するのである.そこで次のような発想をしてみた.

「2次元多項式のフィッティングで,多量にランダム曲面を生成させれば,式(4.1)~(4.4) の係数a0~a14は,ある特定の分布を持つようになるのではないか? 逆にそのような分 布を係数a0~a14に与えてやる式を考えれば,ばらつき曲面分布の定式化が可能なのでは ないだろうか?」

この発想を試してみることにした.図 4.6 のような乱数平面に対して,式(4.4)をフィッティング し,係数 a0~a14の分布を調べてみた.(サンプル数は 106個) その結果を図 4.7 および図 4.8 に示す.図 4.7 に見られるように,各係数の分布はガウス分布になった.分布の広がり(σ)は まちまちである.各係数間の相関係数を調べたものが図 4.8 である.得られた相関関係の結果は 単純ではなかった.この状態から,式(4.4)および図4.7,図4.8を元にして,ばらつき曲面分布の 定式化が不可能ではない.図 4.8の相関関係を満たし,ばらつきの大きさが図 4.7に従うガウス 分布の式を,式(4.4)の係数a0~a14に当てはめてやれば良いのである.しかし,そのようなやり方 は,多分に実験的であり,論理的根拠が希薄である.このような方法で,理想ランダム曲面を表 現していると言い切るのは,少々論理展開に無理がある.

16 × 16 アレイ

: ガウス乱数 (σ = 1) (1,1)

(1,-1) (-1,1)

(-1,-1)

x y

図4.6 乱数平面

σ = 0.648

σ = 0.801 σ = 0.424 σ = 0.368 σ = 0.367 σ = 0.425 σ = 0.174 σ = 0.300

σ = 0.871 σ = 0.738 σ = 0.717 σ = 0.738 σ = 0.871

a

4

a

10

a

9

a

8

a

7

a

6

a

14

a

13

a

12

a

11

a

3

a

2

a

5

a

0

a

1

σ = 0.301 σ = 0.800

0 50000

-0.6 -0.3 0 0.3 0.6

0 30000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

0 30000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

0 12000

-3 -1.5 0 1.5 3

0 15000

-3 -1.5 0 1.5 3

0 12000

-3 -1.5 0 1.5 3

0 24000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

0 25000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

0 25000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

0 24000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

0 12000

-3 -1.5 0 1.5 3

0 13000

-3 -1.5 0 1.5 3

0 13000

-3 -1.5 0 1.5 3

0 13000

-3 -1.5 0 1.5 3

0 12000

-3 -1.5 0 1.5 3

50000

-0.6 -0.3 0 0.3 0.6

30000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

30000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

12000

-3 -1.5 0 1.5 3

12000

-3 -1.5 0 1.5 3

15000

-3 -1.5 0 1.5 3

24000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

25000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

25000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

24000

-1.2 -0.6 0 0.6 1.2

12000

-3 -1.5 0 1.5 3

13000

-3 -1.5 0 1.5 3

13000

-3 -1.5 0 1.5 3

13000

-3 -1.5 0 1.5 3

12000

-3 -1.5 0 1.5 3

図4.7 各係数の分布(ヒストグラム)

0.00

0.41 0.00 0.45 0.00 0.41 0.00 0.00 0.00 0.00

0.00 0.00 0.00

0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 -0.40 1

-0.84 0.00 0.00 0.00

1 -0.62

0.00

0.41 0.00 0.00 0.00 0.00

0.00 0.00 0.00 0.00 -0.92 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00

0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 1 0.00 0.00 0.00 1 -0.84 0.00 0.00 0.00

0.00 1 0.00 0.00 -0.41 0.00 0.00 0.00

0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 1 0.00 0.00 0.00

1 0.00 0.00 0.00 1

0.00 0.09 0.00 0.00 0.00 1 0.00

0.00 0.00 0.00 -0.68

0.00

0.00 0.00 0.00 0.00

0.00

0.00 0.00 0.00 0.00 0.00

0.00 0.00 0.00 0.00

0.00

0.00

0.00 0.00 0.00 0.00 0.00

0.00 0.00 0.00 -0.92 0.00 0.00 0.00

0.00 0.00 1 0.00 0.09

0.00 0.00 0.00 0.00

0.00 1 1 0.00

1 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 -0.30 0.00

0.00 0.00 -0.68

0.00 0.00 0.00 0.00

-0.30 0.00

0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 -0.68

0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00

0.00 0.00 0.00 0.00 -0.92 0.00

0.00

0.00 0.00 0.00

0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 1

0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00

0.00 -0.30 -0.68 -0.92 0.00 -0.30

0.00 0.00

0.00 0.00

0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 -0.41 0.00

0.00 0.00 -0.40

-0.84 0.00

0.00 -0.84

0.00 0.00 0.00

a

3

0.00 -0.62 0.00 -0.62

a

10

a

9

a

8

a

7

a

0

a

1

a

2

a

4

a

5

a

6

a

11

a

12

a

13

a

14

a

5

a

6

a

1

a

2

a

3

a

4

0.41 0.00 0.45

1

-0.62 0.00 0.00

a

12

a

13

a

14

a

7

a

8

a

9

a

10

a

11

a

0

図4.8 各係数の相関マトリックス

理想ランダム曲面の実現を目指して,さらに次のステップに進むことを考えた.その試みには,

大胆な発想が導入されたが,幸運にも成功への道筋を辿る結果となった.目標は達成され,ここ で一つの大きな飛躍が成し遂げられる.「ランダム曲面モデル」という新たな数学概念を発見する のである.それは次のようにして実現した.

多項式の中にも直交系というものがある.その最も基本的な形として,ルジャンドル多項式と いうのがある.(式(4.9)~(4.13)) この関数は,区間 [ -1, 1 ] における1次元の直交関数系にな っている[48].

P0(x) = 1 (4.9) P1(x) = x (4.10) P2(x) = (3x2-1)/2 (4.11) P3(x) = (5x3-3x)/2 (4.12) P4(x) = (35x4-30x2+3)/8 (4.13) ・ ・ ・ ・ ・ ・

この関数を用いて,式(4.1)~(4.4)を以下のルールで置き換える.

1 → √1·1 x → √3·x x2 → √5·(3x2-1)/2 x3 → √7·(5x3-3x)/2 x4 → √9·(35x4-30x2+3)/8 y → √3·y

y2 → √5·(3y2-1)/2 y3 → √7·(5y3-3y)/2 y4 → √9·(35y4-30y2+3)/8

すると,図4.7の係数分布はすべてσ= 1となった.また図4.8の相関係数の表は,対角成分のみ が1となり,その他はすべて0となった.すなわち,係数a0~a14は,完全に独立なσ= 1のガウ ス分布関数で与えてやることが可能になったのである.また,その論理的正しさの証明も成し遂 げられた.(詳細第5章)

以上のような軌跡を辿り,理想ランダム曲面(ランダム曲面モデル)は誕生した.乱数平面が 持つ揺らぎ成分を,平均化曲面として抽出するという基本原理に始まり,それを数式表現する手 法を見出すに至ったのである.ルジャンドル多項式の2次元拡張と,その振幅の正規化(詳細第 5 章)が成功への鍵となっていた.ついにランダムに変化する曲面の定式化を実現することがで きたのである.ランダムに変化する数値の標準表現がガウス分布であったように,ランダムに変 化する曲面の標準表現が,ランダム曲面モデルという新しい数学概念として誕生した.

ドキュメント内 早稲田大学大学院情報生産システム研究科 (ページ 68-74)